人とは、儚いものだった。
 殺しても死なないと思っていた男ですら、あっさりと死んでしまう。
 しかも、殺されたのではなく、病気でだ。
 人づてに聞いた話ではどうもあの死闘の日、病院に担ぎ込まれてわかったらしい。
 男は知っていたという。
 自分の寿命が少ないことを。
 自分が長く生きられないことを。
 知っていて、笑っていたという。
 怪我にしては長い入院期間は、治療の為だとか。
 後は若い者に譲ると言って引退したのも、衰える体を隠す為だとか。
 色々な噂が飛び交う。
 そのほとんどはただの噂であったし、そのほとんどが真実でもあった。
 死んでなお影響力のある剣帝の死はこのまま隠されるという。
 一部の幹部と有力なマフィア、そして些細な友人達、知人だけの葬式だそうだ。
 自分が呼ばれたのは、唯一の家族のせいだ。
 親も兄弟もいないこの男のたった一人の。
 戸籍上では一応娘。
 血の繋がりは一切ない。









 結局、剣帝も人間だったか。









 そうはき捨てれば、目の前の彼が悲しい顔をした。
 彼の悲しい顔は好きではなかったので俯いてしまう。
 だって、悔しいじゃないか。
 悔しくて、たまらない。
 自分は、欺かれたのだ。
 嘘をつかれたのだ。
 死の日まで、ずっと騙され続けたのだ。
 これが悔しくなくてなんと言うだろう。
 
「あいつ」

 さっき渡された花を握りつぶした。
 こんな花、いるものか。
 誰が供えてやるものか。
 放り出された白い花。
 白はあの男の好きな色だ。
 よく、幼い頃は白い服を着せられた。
 ある時期から反発して黒ばっかり着てやったこともある。
 それでも、男は似合うと笑うだけだった。
 笑うだけの男だった。
 笑う以外の表情などあったのだろうか。
 花を放り出そうとしたら彼に手を止められる。
 さすがにそれは思いとどまった。
 彼が悲しい顔をする。
 サングラスをかけて目元を隠しているものの、きっと目は腫れて真っ赤だろう。
 なぜなら、彼はあの男が好きだったからだ。
 あの最低な男が好きだったのだ。
  
「あいつ、俺のこと好きだって言ったんだぜ」

 そして、自分も好きだった。
 それが親子の情だったのか、それともまた別の感情だったのかはわからない。
 ただ、好きだった。
 幼い頃は触れられれば嬉しかったし、成長するごとにそれはむずがゆいものに変わったが、嫌いではなかった。
 
「愛してるって、言ったんだ」

 くそっ目が熱い。
 泣いてやるものか、泣いてやるものか。
 鎮魂などしてやるものか。
 そう、男は愛していると言った。
 俺の手をとって、真剣な目でそう言った。
 先のない左腕に口付けて俺に愛していると言ったのだ。

「結婚しようって、言ったんだ」

 嘘だった。
 それもこれも嘘だった。
 なぜなら、死に行く男が言った言葉だから。
 きっと、男は誰よりも自分の死がわかっていただろうに。
 それが目前だと知っていただろうに。
 そう言ったのだ。
 娘から妻にしたいと言ったくせに。
 白い服を送ると言ったのに。
 彼の喪服が嫌だった。
 彼の喪服さえ見なければ、嘘だと思えた。
 どこかでひょっこり出てきて、死んだフリでもしていたとあの笑顔で言いそうな気がするのに。
 それでも、死は本当だ。
 自分は死の間際を見れなかったが、死体は見てしまった。
 生命を放棄したその顔を目に焼き付けて。
 偽物ではないことは一瞬でわかった。
 あの死体が偽者であれば、自分の目は節穴だろう。

「スクアーロ、落ち着いて」

 彼が抱きしめる。
 目が痛い。
 泣いてしまいそうだった。
 それでも、泣いてやるものか。
 そう思ってこらえると、彼がそっと、俺の肩に手を置いた。

「お葬式が終わってからにしようと思ったけど、先に見せるわ」

 俺を促すように押しながら彼は知らない部屋まで導いた。
 それは、何の飾りもない質素な部屋。
 部屋の中で、たった一つの机の上には二つの箱。
 一つは長方形の妙に大きな箱で、一つはうすっぺらい正方形の箱だった。
 キレイなリボンがされていて、そのリボンの色も箱の色も白なことからそれが誰の物かすぐわかる。
 俺が彼の顔を見れば、彼は開けてみてと促した。
 中身は知らないと首を振る。
 手が震えた。
 恐る恐る指をリボンにかける。
 うまく力が入らない。
 それでも、やっとリボンをのける。
 まずは長方形の箱を開けてみれば、物々しい機械の腕が入っていた。
 そういえば、1年前に聞いていた。
 自分に義手を作ってくれると。
 そして、ごくごく最近、あの男が生きていた頃、すぐに取り付けれるようにと手術までした。
 だから、つけようと思えば簡単にその腕は自分のものとなるだろう。
 じわりと目の熱さが消えない。
 それでも泣いてやるものかと必死にこらえれて長方形の箱に手をかける。

「あっ」

 白。
 目も眩む。
 白。
 あの男の好きな色。
 幼い頃よく纏わされた色。
 反発して黒ばかり着るようになっても勧められた白。
 飾りも素っ気もないその白を持ち上げれば、我慢の限界だった。
 抱きしめて顔を隠す。
 見られたくなった。
 ただ、ただ、片腕で抱きしめる。

「るっす」

 葬式の鐘が聞こえた。





































「てつだってくれ」




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