「左腕は切るべきじゃなかったね」

 病室のベットに寝転がる男はそう苦笑いを浮かべる。
 黒をまとった少女は、それに不機嫌そうにそれだけかよっと呟いた。
 どこか悔しそうな、寂しそうな表情に、男は不思議そうに小首をかしげる。
 少女の左腕には一定の部分から先が存在していなかった。
 その、左腕の袖を掴み、男は呟く。 

「ああ、これはヴァリアーの制服だね。よく似合ってる」
「そうじゃねえだろお!!」
「……?」

 本当にわからないという顔の男に、少女は歯噛みする。

「もっとあるだろ!! てめえ娘に、しかも2回りは年の離れた相手に負けたんだぞ!!」
「そうだな。強くなったね」
「〜〜〜〜〜〜!!」

 あまりにも穏やか過ぎる言動に少女は怒りと苛立ちを露わにした。
 袖から手を離させようと振り払うが、思ったよりも強く握っていたせいかうまく外れず、短い銀の髪がばらりとはねる。
 その髪が肩に落ちていくのを見ながら、男は笑う。

「うん、黒い服に銀の髪は映えるけど、やっぱり白が似合うね」

 その、あまりにもズレすぎた答えに、がくりっと少女は肩を落とした。
 何を言っても無駄だと悟ったのだろう、袖をつかませたまま近くの椅子を引き寄せる。
 そして、どかりっとおおよそ少女の座り方ではないほど荒荒しく座った。
 男は、それに何一つ文句を言わない。
 ただ、笑っていた。
 少女は、唇を噛む。

「傷は、痛むかい?」
「はっどれくらい前のことだと思ってやがる」
「2ヶ月程だね。まったく、年をとったせいか傷の治りが遅くて困るよ」
「化け物がなに言ってんだ……」

 化け物とはひどいなっと肩をすくめた。
 病人服の隙間から見える包帯が、妙に男を弱弱しく見せる。
 少女は思わず視線をそらした。
 弱弱しい男など、少女は知らない。

「まあ、お前もまだ完治してないようだから、お互い様か」

 びくっと少女の体が跳ねた。
 気まずげな視線で男を睨めば、「アバラと鎖骨、ヒビもいくつか入ってるな」と的確にあててみせた。
 やっぱり化け物だと少女が心の中でうめけば、男は袖を引いて少女を近づける。

「いくつ、くらいになったんだい?」
「……15歳くらいじゃね?」

 ふてくされたように適当に答えると、男は、一瞬考えるような顔になった。
 何を考えているかは読めない。
 それも一瞬のことで、すぐにいつもの笑みに戻すと、袖を離し少女の頭を撫でる。
 少しだけ伸びた短い髪。切ってしまったのが勿体無いと男は指で弄び始めた。
 昔は、もっと長く指に絡めても余裕があったというのに。
 ふっとそんなことを考えていると少女の白い肌が赤く染まっていることに気づいた。

「ん、熱でもあるのかい」
「ねえよ!!」

 手を振り払おうとして腕の先がないことに気づき、無理矢理逆の腕で引き剥がした。
 不思議そうな男に、少女はふんっと顔をそらす。
 しかし、椅子から立つ様子もなく、そこにいた。

「義手を、作らせるか」
「あ?」
「私に勝てた記念に、義手を作ってやろう、いい職人がいてな……」
「別にかまわねえよ。あんただってつけてねえし」
「いや、私の手はお前よりずっと幼い頃からだし……利き腕は左だろ? 不便な筈だ」
「不便だけどよお」
「それとも、私とお揃いがいいのか?」
「いっ嫌に決まってんだろ!!」

 なら、決まりだ。
 男はそう言って頭を巡らせる。
 いい案が浮かんだのだろう、いつも笑っている中でも特に極上の笑顔を浮かべた。

「いい義手をプレゼントしよう」





































 それから、義手ができたのは1年後。




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