きっと苦労性



 オッドアイの少年は微笑んだ。

「では、まずやっていただきたいことがあります」



















 男は目の前の惨状に顔をしかめた。
 数々の戦場を目にしてきた男でも、これはひどいと思わせる。
 いや、今まで見てきたどの戦場よりも、ある意味この惨状はひどいものだった。
 男が後ろに立つ少年を振り返る。
 少年は笑って手でその先を指差す。
 男は、もう一度その惨状を見た。
 酷い、としか言いようがない。

「なんだあ、こりゃ」
「クフフ、見てわかりませんか?」

 少年は、穏やかに笑った。

「台所です」

 男の目の前、その惨状たるやひどいものだった。
 床が見えない程ゴミが溢れ、いたるところに使用済みの食器が散らばり、よくわからない虫や黒い悪魔がまるで自分たちの王国とばかりに暴れまわっている。壁にはカビらしきものがはびこり、さび付き、どす黒く染まった換気扇は誰が見ても動きそうにない。なぜか黒いゴミ袋にいれられている何かがもぞりと動いた。何かが腐った匂いとヘドロにも似た刺激臭が涙腺すら刺激する。
 ひどい。
 男はもう一度そう思った。
 何をすればここまでひどくなるのだろう。
 きっと、潔癖症の人間が見ればあまりの酷さにショック死してしまう程だ。

「いや、ゴミタメのまちがいだろうがあ」

 スラムだってこんなにひどくねえぞおっとぼやく。
 しかし、少年はまったく関知しないという表情で答えた。

「ですが、料理は作れます」
「作れるかあ!!」

 料理を作る以前に、まず入れないだろうと男は叫んだ。
 それに、少年は不思議そうな顔をする。

「入れるじゃないですか」

 じっと、床を見つめ、少年はひょいっと飛んだ。
 そして、それほど汚れていない床に着地。
 また、辺りを見回し足場を確保すると男を見た。

「ほら」
「それは入ったっていわねえぞお!! なんで誰も掃除しないんだ!!」
「皆、掃除が嫌いだからです」
「日本人はキレイ好きじゃなかったのかあ!!」
「今の体は日本人ですが、元々イタリア育ちですよ?」
「イタリア人だってこのゴミタメになる前に片付けるだろおがあ!!」

 叫びすぎて息切れする男に、少年は告げた。

「なら、片付けてくださいね?」

 男は、少年の笑顔にしっかりと悪魔を見た。
 悪魔の手には、いつのまにか、エプロンとゾウキンが握られている。

「がんばってください」













 
「骸さん」
「なんですか、犬」

 台所の前に少年が二人立っていた。
 そう、彼らの目線の先にあるのは、確かに台所だった。
 床は古いがきれいに磨かれ、シンクには曇りがあるものの食器一つなく、棚のあるべき場所に食器が片付けられ、換気扇はなんとか動くまでに回復していた。王国を奪い取られた虫はいまやいない。
 机の上はまだ少し薄汚れていたが、少し拭けば食事をとるくらい可能だろう。

「掃除って本当にきれいになるんれすねえ。床、久しぶりに見ましたー」
「そうですね、さすがヴァリアークォリティ」
「使いどころ間違ってるぞお!!」
「あの人がいた時もこれくらいきれいれしたねー」
「ああ、ランチアさんですか、そういえば彼はどうなったんでしょうね。クフフ」
「つーか、ちったあ手伝え!!」

 シンクを磨いていた手を止め、男は叫ぶ。
 その顔には濃い疲労と諦めが浮かんでいた。
 剣以外しばらく握っていなかった手に金だわしを握っていることに絶望しているのだろう。
 長い髪が少し乱れているのも直さずにがくりとうなだれた。

「そろそろ千種が帰ってきますね」
「そうれすねー」
「そしたら、ご飯を作っていただきましょうか?」
「はあ!?」
「言っておきますが、私と犬はこの通り料理なんか作れません」
「もう一人のガキはどうしたあ!?」
「前に千種に料理を頼んだらサプリメント炒めと栄養ドリンクの煮込みを食べさせられました」
「……………」
「骸さん、ひさしぶりにインスタントいがいたべれるんれすかー?」
「そうですよ、クフフ」
「やった! 久しぶりれす!!」
「そうだ、犬、千種を迎えにいってあげなさい。ガム買ってもいいですから、後、途中で彼に出会うかもしれませんが、殺してはいけませんよ」
「はーい」

 男は、何か言うことを諦めた。
 諦めて、ふと、排水溝の蓋に気がつく。
 そういえば片付けの間に見なかったのを思い出し、開けて見た。
 そして、当然の惨状にぐったりした。




















「久しぶりだね」
「ええ、沢田綱吉、3年前以来でしょうか、僕とは」
「そうですね」
「クフフ、わかってますね」
「ところで、スクアーロのことなんだけど」
「返しません」
「え?」
「返しませんよ」
「ちょっと待って」
「いや、絶対返しません、渡しません」
「ええ……?」
「彼がいなければまた台所が腐海とかし、僕らの食事レベルが落ちてしまいます」
「台所……? 食事レベル……?」
「クッキー、おいしいですか?」
「あっうん……」
「それは、彼の作です」
「えぇ!?」
「ちなみに、最近、犬や千種が彼のおやすみ前のキスがないと寝つきが悪いんです」
「ちょっ!! ちょっと待って!!」
「という訳で、あきらめてください沢田綱吉」
「骸さーん!! つまみぐいしたらスクアーロになぐられましたー!」
「ははは、犬、来客中ですよ」
「あっ!! てめえもしかしてスクアーロとりかえしにきらのかー!」
「犬!! てめえつまみ食いはともかく皿ごと食うなっつっただろうがあ!!」
「きゃいん!」
「犬、諦めろ」
「柿ピーまで!?」 

 どたどたどたどたどた。

「沢田綱吉」

 にこりっと、六道骸は笑った。

「お引取りください」

























「ツナー、どうだった?」
「んー……お母さん」
「は?」
「お母さんはとりあげられなかった」
「それ、どういう意味?」
「スクアーロを取り返すには」
「うん」
「たぶん、ランチアさんを返さなきゃいけない」


お母さん


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