ツナと呼ばれる少年がヴァリアーに飾りだけのボスとしてやってきたのは、彼が10になったばかりの頃だった。
本当はツナではなく、正式な名前があるのだが、誰かが彼を呼ぶときはいつも「ツナ」か「御曹司」だったので、彼はたまに自分の名前を忘れそうになる。
明るく広い、でも寂しい屋敷から、暗く、やはり広くて怖い屋敷に連れてこられたとき、その瞳には涙がたまり決壊寸前で、がたがた震えながら、同じ日にヴァリアー入りした新人の背中に隠れて出てこなかった。
誰もが、一目で彼が厄介払いされたのがわかった。
ドン・ボンゴレの血を引く第一子である彼は、本来ヴァリアーなどという闇の部分には触れられない。
どころか、もしも第一子でなかったとしても、10になったばかりというあまりにも幼い彼はヴァリアーに放り込まれるのは早すぎた。
彼に、特別な才能があった訳ではない。
どころか、人一倍何もできなかった。その上、臆病で泣き虫で不器用で、とてつもなく弱かった。
まず、屋敷の雰囲気に怯え、味方の顔に怯え、微かな敵意に怯え、血の匂いに、殺人の気配に怯え、夜の闇に怯え、一人に怯えるただの子ども。
常に一緒に入ってきたばかりの新人、あるいは幹部候補である青年か、名目上は部下である先代ボスにひっつき、離れない。
すぐ泣くし、すぐこけるし、すぐ悩むし、すぐ逃げる。
ボスというには、あまりにも脆弱だった。
人を殺したどころか、虫も殺したことのないような真っ白い手と日向の匂いのする彼は、あまりにもヴァリアーに似合っていない。
それでも、彼はボスだった。
誰が文句を言おうとも、上の、それも一番上のドン・ボンゴレ周辺から出された命令は絶対。
名前だけのボスは、それから何年にも渡ってボスであり続けた。
「ツナ」
赤ん坊を抱きかかえた少年が振り返ると、そこには前髪で顔を隠した青年が立っていた。
青年は機嫌よさそうに少年の隣に並ぶ。
すると、金の髪とそれを彩るティアラが太陽の光を受けてきらきら光った。
「はい、なんですか?」
そう、少し怯えた笑顔で少年は答える。
もうすでに何年も近くにいるというのに、一向に慣れない
「俺に、なんか言うことあるんじゃないの?」
うししっと、意地悪げに笑って青年はずいっと顔を近づけた。
少年は困った顔で考える。
心当たりのないという顔に、少しだけ気に障ったかのように青年の唇の端が歪んだ。
その歪みを性格に察知した少年は慌てて記憶を手繰る。
何かあっただろうか。
思い出せず必死でぐるぐるする少年に、赤ん坊が口を開いた。
「僕にも、言うことがあるんじゃない?」
それは、赤ん坊なりの助け舟だったが、あまりにもその助け舟は小さかった。
ますます混乱した少年に、青年は焦れたように手を突き出した。
手のひらではなく、手の甲。
しかも、左手。
「もしかしてさ、王子にくれるつもりないとか言ったらハリネズミだよ?」
その物騒な言葉に、少年は怯えながらも思い当たる。
「ああ、」
なるほどっという顔だった。
それから、すぐに顔がくしゃっと歪められる。
悲しそうに、ためらう様に。
「アレですか?」
開かれた口から出た言葉は、忌々しいものを口にするような口調だった。
アレの正体を知っているものならば、少年のような態度をとるのは当然だが、少年の顔のどこかに違うズレを、青年は見出す。
そう、それは、微かな喜びと勇気。
滅多に、というか、まったく見たことのないその力強さに、青年は少し驚く。
しかし、それも一瞬のこと、すぐに凝視する青年に怯えたようなまなざしでびくびくとどうしたんですか?と聞いてくる。
「なーんでも、で、くれるの?」
「……もらって、くれるんですか?」
「あのさー、俺と何年一緒にいるの? 王子の性格わかってる?」
「あっはい……でも、アレは……」
「あーもー」
地団太を踏みそうになる青年に、それでも少年はうかがうようなしぶるような仕草で話を引き伸ばす。
のらりくらりとした態度に、赤ん坊が口を出した。
「で、ツナは僕とベル以上にアレにふさわしい人間がいると思ってる?」
「……卑怯だよ」
「僕はマーモン(強欲)だよ、ツナ。欲しいものは卑怯でも手に入れるさ」
「マーモンの言う通り、で、王子以外にふさわしい奴いつの? いるって言ったらそいつ串刺し決定、うしし」
「……二人には負けました……」
少年は、赤ん坊をぎゅっと強く抱きしめると、観念したように呟いた。
その呟きに、二人は同時に笑うと、当然だとばかりに頷く。
アレにふさわしいのは自分たちだけだというそこには驕りではない自信が満ちている。
「正解です。俺がアレを渡すのは、貴方たちしかいないと思いました」
でもっと、言いよどむ。
「いいんですか、俺に付き合って……」
そこで、赤ん坊と青年が同時に言葉を止める。
もう、言葉は要らないとばかりに微笑んで。
「ほんと、ツナは臆病だね。それ以上言うと愚痴料金とるよ?」
「王子にお願いできるのなんて、ツナだけじゃん」
少年は、泣きそうに、いや、泣いた。
「俺の守護者になってくれる?」
泣いて、どうしようもないという顔で、二人に願った。
「いや、なってくれない?」
返ってきたのは、当然とばかりの肯定の返事だった。
「どうせ、スクアーロにはとっとと渡してるんだから素直に渡すべきだよ」
「ぇー、俺たちバカ鮫より後?」
「だっだって……スクアーロに断られたら俺、指輪捨てちゃおうかと思ってたし……」
「うわ、ツナ、それ他の人に聞かれたらいくらツナでも生きてられないよ?」
「うしし、それもおもしろいじゃん」
「スクアーロに選ばれない俺なんか、指輪持ってる価値ないし……」
「それで、後何が残ってるの?」
「えーっと……後は雷のリングだけかな……バジルくんがつかまらなくて……」
「………ツナ、王子後回し……?」
「だっだって!! ルッスとテュールは……!!」
「それよりも先にバジルがいたら先に渡してたんだ……」
「バジルくんはほら、その……」
「今日はぐらかしたら王子とマーモン最後じゃん!! 信じられない!!」
「……ツナ、僕とベル、どっちを先に渡そうとしてたの? これは重要だよ」
「えっえーっと……!!」
「ナイフ何本でツナがしゃべるかマーモン賭けない、俺0本」
「僕も0本、賭けにならないね」
「すっすくあーろおおお!!」
「てめーらー!! 何、ツナいじめてんだー!!」
Copyright(c) 2006 all rights reserved.