おかえり、骸。
そう、少年は微笑んだ。
「さわだ……つなよし……?」
違うよ。
少年は否定する。
しかし、骸の目には少年は自分の記憶の中にいる人間の、初めて会った時にそっくりだった。
その目も、その髪も、表情も。
そう、初めて会った時のまま。
まさかっと、考え直す。
なぜなら、骸の最後の記憶にあるつなよしは、すでに青年の域を越えて男に成長しているからだ。
いつも怯えていた表情にどこか強さと陰りと負ったあの顔に対して、あまりにも目の前の少年は無邪気すぎる。
「あなたは……」
誰なんですか。
そう問えば、少年は少しだけ悲しそうに笑った。
薄情だね。
でも、それほど、今回の生は楽しかったんだ。幸せだったんだ。
「どういう……意味ですか」
俺は俺だよ。
少年は笑う。
骸を見て、自分はずっと近くにいたのだと。
ずっと、一緒にいたのだと。
初めから、終わりまで巡ったと。
辛い時、いつも俺の名前を呼んでくれたでだろ?
俺を恨んでくれただろ。俺を愛してくれただろ。俺と共にいてくれただろ。
苦しい時、痛い時、悲しい時、虐げられた時、傷つけられた時、裏切られた時、死にたい時。
俺は恨まれたよ。俺は愛されたよ。俺は共にいたよ。
ねえ、本当に覚えてないの? 骸。
お前が楽しいのは、幸福なのは俺だって嬉しいけど、寂しいよ。
俺はお前に名前をあげたじゃないか。
それなのに忘れるなんて本当にお前は薄情だね。
そこで、骸ははっとした。
雷に打たれたような衝撃が右目に走る。
ぐるりっと、世界が回った。
ああっと、口から声が漏れる。
あああああ。
「ああ、あな、あなたは」
ああっと、うまく言葉にならない言葉をまとめ、骸はその単語を口にする。
「あ、あなたは、六道輪廻」
当たり。
少年は嬉しそうに微笑んだ。
微笑んで、立ち上がる。
一糸纏わぬその姿で、骸へと近づいた。
そして、手を伸ばす。
楽しかったかい。幸福だったかい。嬉しかったかい。
一生懸命集めて揃えてあげたんだ。今度の生こそ喜んでもらえたみたいだ。
きっと、死にたくないと思ったね。
俺に会いたくないと思っただろうね。
そう思ったなら、とてもいいことだ。
とてもいいことだ骸。
だって、お前はどれだけ生まれても生きてもずっと死にたい死にたいって。
俺の名前を呼び続けたから。
俺への愛の言葉と怨嗟を吐き続けたから。
俺を忘れるほどの生を送ってくれたなんて。
俺は嬉しいよ。
「ああ、あああああっ!」
言葉がとまらない。
骸はがくがく震えながら思う。
なぜ、自分がつなよしに執着したのか。
他の誰でもなく、他のなんでもなく、つなよしばかり見ていたのか。求めていたのか。
なぜ、つなよしだったのか。
今まで考えたこともないことを考える。
答えは、目の前にあった。
そう、つなよしはそっくりだったのだ。
ずっとずっと地獄と現の狭間で出会う少年に。
六道輪廻にそっくりだったのだ。
そう、自分とずっと共にいた。
始まりから終わりまで傍にいた。
愛して、そして憎み続けた。
蕩けるほど自分を愛し、焦がれるほど自分を苦しめた。
六道輪廻そっくりだったのだ。
「うっうそだああ!!」
子供のようにみっともなく叫ぶ。
叫んで、その場に座り込んだ。
頬には、いまだ六道輪廻の手が触れている。
暖かい手だった。
いや、本当に暖かかったのかはわからない。
ただ、震える。
怖い。同時に、懐かしい。
嘘じゃないよ。
おかえり、愛しい骸。
もう一度巡り直しだよ。
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