弟ができました



 弟だよっと紹介されたガキを見て、俺はあの人に似てないとだけ思った。
 それから、思ってたよりずっと背が小さいと思う。
 俺より2つだか3つだか、下らしい弟はいきなり俺をにらみ付けた。
 まあ、しょうがねえだろ。
 いきなり父親が再婚してしかも自分で言うのもなんだが小汚ねえ目つきの悪い奴が兄とか言われたんだ。睨みたくなるどころか文句の一つも言いたいだろう。
 まあ、こいつの場合文句の代わりにびしばし敵意と殺意を飛ばしてやがるけど。
 俺は、あの人の

「あの子は寂しい子なんだ、仲良くしてやってくれ」

 という言葉を思い出してできるだけ穏便に笑って見せた。
 多少引きつっていたが問題はなかったと思う。
 だが、何が気に入らなかったのか、ガキは俺のよこっつらを殴り飛ばしやがった。
 思わずしりもちをつくほど痛かったが、母親の拳ほどじゃなかったんでぐっと飲み込んだ。
 こっちは笑いたくもねえのに笑ってやったってのになんなんだその態度は!!
 本来ならば殴りかかってやりたいところだったが、こいつはあの人の子ども。
 そう自分に言い聞かせる。

「名前なんてんだよ」

 立ち上がって聞けば、ふいっと目をそらしやがった。
 俺のあんまり寛大じゃねえ精神が切れかかる。
 それでも我慢だ。
 きっと、ここでケンカでもしたらあの人が悲しむだろう。
 それに、これから長い付き合いになるのだ。
 今険悪だと母親にもあの人にも迷惑がかかる。
 俺は舌打ち一つで怒りを乗り越えた。
 すると、ガキは赤い瞳で俺をつまらなそうに睨みつけやがる。

「俺はあんなアバズレ認めねえ」


 ぷっつん。


 音が聞こえた。
 それは俺の精神の糸が切れる音だった。
 気づけば、俺はガキを蹴り倒し、驚くガキの上にのっかって殴りつけていた。
 ケンカは母親に習っていたし、住んでたとこのガキの中では俺は一番痩せてた負けたことはない。
 とにかく、意表をつけ、そして上をとれ。
 母親の言葉を忠実に守ってがんっとその鼻っ面を殴る。
 たいていの奴は血が出ればびびることが多いから切れやすい箇所を狙った。
 案の定、切れた唇から血が流れるが、ガキはびびらない。
 逆にそれで目が覚めたようにぐわっと下から殴りつけた。
 ひたすら痛くて重い拳に視界がぐわんっと揺れる。
 ちくしょう、こいつチビのくせにつええ。
 それでも、体勢とタッパじゃ俺が上だったせいかそいつは中々下から這い出せずもがく。
 それを許さず俺がもう一度殴りつけるがそれは止められた。

「どけ」

 っとそいつは言うが、どく筈がない。
 むかつくほど尊大な態度に俺はかあっと頭に血が上るのがわかった。
 俺は逃げられないように足で体を固定してもう一発。
 こいつは、俺じゃなくて、母親をバカにしやがった。
 母親の何も知らない癖に。

「どけ、マンモーネ」

 ガキの拳をのけぞってよけたと思った瞬間、襟が掴まれた。
 引き寄せられたかと思えば一瞬、強烈な頭突きが脳を揺さぶる。
 痛みよりも先の衝撃にぐわんっと思わず前のめりになればそいつは俺を突き飛ばす。

「ぐぇ」

 みっともないうめき声をあげてしまった。
 さっきのお返しとばかりにガキは俺の上に馬乗りになると拳を振るう。
 俺はなすがままに殴られ、血が流れるのがわかった。
 開いた唇に血の味。
 鼻血くらい出ているだろう。
 がしがしととまることのない衝撃が、俺の頭を右へ左へ動かす。
 舌を噛まないようにかみ締めた奥歯がぎりりと痛む。
 痛いということすらわからない。
 ただ、ガキの拳は俺の血で真っ赤で、見開かれた瞳も真っ赤だということだけがわかった。
 さすがに疲れたのだろう拳を止めるとガキは肩で息をしながら、俺を睨んだ。

「俺は、認めねえからな」

 言い返してやりたかったが、口が動かない。 
 ただ、手は動く。
 俺が動けないと思って油断しているガキは、何か俺を罵ってるようだったがうまく聞こえない。
 ただ、赤い瞳が、妙に。
 妙に焼きつく。

「はい、ストップ」

 声に、びくりっと俺とガキの体が震えた。
 俺は起き上がれないんで見えないが、ガキが振り返る。
 それでも、見なくてもわかった。
 ただ、声だけ聞けば、わかる。
 たぶん、そこに立っているのは。

「兄弟喧嘩はそこまで」

 見なくても、わかった。

「特にスペルビ」

 名前を呼ばれて手を止める。
 そこには、きっと母親が立っているだろう。
 いつものように少し不機嫌そうな顔で、銀の長い髪を揺らしながら。
 特別、ガキの殺気にも睨みにも関知した様子無く、壁にでももたれているだろう。

「俺はてめえにケンカは教えたけど、殺しは教えてねえぞ」

 ガキが、よくわからないという顔で俺を見た。
 俺は、左手からぽーんっとナイフを投げる。
 そのガキの驚いた顔を見れば、ナイフの存在にはまったく気づいていなかったらしい。
 これで母親が現れなければ俺は確実に刺していただろう。
 俺はそれを少し残念に思いながらほっとした。
 思わず頭に血が上ったが、さすがの俺だってケンカに刃物は持ち出したくない。

「誰が教えた? テュールか?」

 俺は顔を動かせないので答えなかった。
 まあ、たぶん母親はほとんどそいつだと確信しているので後であいつの顔が地面とキスしているだろう。
 なんだか、ほっとしたら母親の声さえ遠い。
 叫び声。
 俺の上からガキがどいた。
 何かが壊れる音がして、母親が何か言っている。
 ガキも、なんか吼えてる。
 うっすらと景色が滲む。
 あっやばい。
 意識が。
 消え。

































 目を開けると、ベットの上だった。
 起き上がってみると顔がひきつる。
 視界が妙に狭い。
 ぺたっと顔に触れると、どうもガーゼと包帯まみれになってるらしい。
 なんだこりゃっと思った瞬間、視界の隅で銀が揺れる。
 一瞬俺の髪かと思えば、母親だった。
 母親はおかしそうに笑っている。
 息子の顔がへこんでいるのがそんなにおもしろいかよっと言おうとしたら顎も固定されていた。
 ああ、ちきしょう、あのガキよくも殴りやがったな。
 苛立ち紛れの舌打ちさえできない。
 ふと、目をそらせば、そこにあのガキがいた。
 なんでそこにいるかとか、よくもやりやがったなっと思う前に驚いた。

「……」

 ガキは、顔がへこんでいた。
 でっかいガーゼを貼り付けて不機嫌なオーラを全開にして、俺を睨んでいる。
 俺よりは軽症だが、その不機嫌な顔をあいまって滑稽でおかしい。
 俺はなんとなく笑えず、母親を見た。
 おそらく、母親がへこませたんだろう。
 俺の母親ながら恐ろしい。
 今日から息子になるっていうのに何一つ加減も容赦もしなかったのが見てとれた。
 母親は、ガキを見る。
 ガキは、更に不機嫌そうに俺を睨むと、口を開いた。






























「……ごめんなさい」





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