さらさらと流れる銀色に細い指が絡まった。
指は、少し荒いが繊細な手つきで銀を梳かし、毛先まで到達するとそこに櫛をいれる。
何度も、何度も絡まりやすい銀を梳いてはその細い指先で具合を見た。
よく見るとその細い指先にはいくつもの新旧雑多な火傷のようなものがあり、彼が火を扱う存在だと少し見ただけでしらしめる。
しかし、それよりも彼の印象を左右するのは、左頬に張られた大きなガーゼだった。
端正な顔の左半分を大きく隠すソレは、彼の魅力を損ねるものではなかったが、痛々しいのだけはわかる。
対して、梳かれる銀の根元にはぐるりと包帯が巻かれていた。
その包帯の隙間から赤い傷がちらちらとはみで、それがまだ新しいことを告げる。
それを特別気にすることもなく、彼はまんべんなく銀に櫛を入れ、時折痛いという声に力を緩めた。
「10代目」
彼が、くるりと振り返り彼の人の名前の一つを呼ぶ。
すると、にこりと笑い返した相手は何?と書類から顔を上げて聞いた。
「終わりました」
「そう、じゃあ……次は……」
次はっと呟いた相手に、銀も振り返る。
すると、髪の隙間から見えるだけだった傷も包帯もはっきりと見えた。
「う゛お゛ぉい、まだ終わらねえのかあ?」
不満そうな声に、相手はもう少しねっと笑って視線を巡らせた。
「でもよお」
「でも?」
「あっちがヤバイぞお……」
巡らせた視線と一緒に銀が指差した先には、二人の男が壁にもたれて立っていた。
顔も、背も、瞳の色も違う二人だが部屋の右隅と左隅にまるでシンメトリーの置物のように同じポーズをとり、同じ雰囲気を惜しむことなく部屋に振りまいている。
その雰囲気の名は、不機嫌を超えた殺意だ。
ぱっと見ではわからないが、二人とも小刻みに震え、何かきっかけがあれば獣のように飛び掛りそうにも見える。
その雰囲気に怯える彼と銀はちらっと見てはさっと目をそらす。
怖い、とてつもなく怖いと思いつつも、見ずにはいられない。
それでも、やはり怖い。
だから、二人を見る代わりに彼と銀は訴えるように自分の上司を見るのだ。
しかし、そんな雰囲気の中、上司は穏かだった。
とても、とても穏かで優しげですらある表情で大丈夫だよっと呟く。
それは、確信だった。
穏かなままに上司は二人に視線を向け、笑う。
それに、二人の殺意がぶわっと破裂しそうな風船のごとく膨れ上がり、思わず銀と彼は小さな悲鳴をあげた。
それでも、上司は揺るがない。
絶対の笑顔で殺意を受け流し、むしろ、それをたった一言で返した。
「ねえ、雲雀さん、XANXSさん、俺、前になんていいましたっけ?」
殺意が、弱まった。
二人が気まずそうに睨んでいた瞳をそらし、虚空と床を見る。
「そりゃ、俺も正当な理由がある場合はね、それなりにね、考慮したんですよ」
でも
「お二人とも、まったくわかってくれませんでしたね」
いえ、ハヤトもスクアーロも悪いのはわかります。
二人がとんでもなく鈍感なのは俺も承知です。
貴方達がとても嫉妬深いのもわかります。
大事な物の引きとめ方を知らないのは承知です。
口より先に手が出てしまうこともわかります。
そうやって生きてきてそれ以外の方法をあまり知らないのもわかります。
だから、今まで大目に見ましたよ。
まあ、恋人同士のことですから、他人がとやかく言うことじゃないでしょう。
でもね、限界ってあるんですよ。
「俺は、ハヤトもスクアーロも好きなんです。俺は、お二人と違って好きな者は守りたいんです。
大事にしたいんです。傷つけるのも傷つくのも傷ついているのを見るのも嫌なんです」
あまりにもストレートな上司の言葉に、銀と彼はぼっと顔を真っ赤にする。
明らかに好意的な言葉を受けていない銀と彼はストレートであればあるほど恥ずかしい、しかし、同時に嬉しい。
それを敏感に感じ取った二人はますます不機嫌さを増した。
その不機嫌さに、一瞬で銀と彼は顔を青くする。
しかし、その不機嫌さを上回るのは、穏やかに笑う上司だった。
「俺言いましたよね」
口調こそ表情と同じ穏やかさだったが、声の質は底冷えする程冷たい。
「最終措置をとらせてもらうって」
銀と彼を手招きし、上司はそのガーゼの張られた頬と包帯を巻かれた頭を撫でる。
痛くないように繊細に撫でられれば、また銀と彼は顔を赤くした。
今度は、二人の機嫌も悪くならない。
なぜなら、上司の目が、ちっとも笑っていないのだ。
「だけど、俺も鬼じゃないですから、貴方たちの為に何人も縛り付けておくのはかわいそうだと思ったんです」
二人がかわいそうではないというところがポイントなのだろう。
そうっと上司は今度は銀の髪を掴み、彼の手をとる。
その髪と手を優しく引き寄せると、交互に口付けた。
おそらく、この世で上司以外がやれば生きていることができない行為だろう。
ますます顔を赤らめる銀と彼に微笑みかけ、言葉を続けた。
「だから、我慢してください。拷問ですから」
手を髪と手から名残惜しげに離して、上司は次の指示を出す。
「じゃあ、ハヤト、スクアーロの髪みつあみにして、あっ体は密着気味で」
「はい……」
「……おう」
にこにこと上司の目から見てほほえましい光景を見つめながら、書類に目を落とす。
ドス黒い雰囲気をまた無駄に噴出させる二人に、ぽつりと呟いた。
「今度俺の気に触ったら、二人をディーノさんに貸し出しましょうか」
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