そんなに昔でもないとある場所から、化け物の巣に。
赤ん坊が、逃げてきた。
見かけは赤ん坊でも、ただの赤ん坊ではなかったが、特別話に関係ないので割愛しよう。
とにかく追われていた赤ん坊は、近づくと化け物に食われてしまうという森の中に逃げ込むことで追っ手をまいた。
化け物だとか、食べられるとか、そんなものあるわけがない、迷信だと思っていた赤ん坊は更に逃げるために奥に向かう途中、力尽きて眠ってしまった。
そして、目覚めるとなぜか布団の中にいた。その上、横には知らない子どもが寝ている。
驚いた赤ん坊は逃げようと思ったけれどあんまり疲れていたものだから、眠っただけでは体力が戻らなかったし、子どもがまるで自分を枕のようにして眠っていたからだ。
しかも、それだけではなく、よく見れば近くの椅子に首輪をつけ、鎖をたらす男までいた。
どう見ても追っ手ではないが、怪しすぎる組み合わせに赤ん坊は混乱する。
これがもしかして森にすむ化け物なのだろうか、そう疑ったほどだ。
けれど、男が目覚めた赤ん坊に気づいて言うには、自分も子どもも化け物ではないらしい。
むしろ、男は化け物に食われてて、子どもは化け物にさらわれ中だとか。肝心の化け物は留守で自分を拾ったのは今寝ている子どもらしい。
「まあ、お前わけありっぽいし、特に急いでないならこいつに付き合ってやってくれ」
そう言って、特に赤ん坊の素性も聞かずにほうっておいた。
赤ん坊は、とにかく、体力が戻ったら逃げ出そうと今は休むことに専念することにした。
それなのに、子どもはそんなことお構いなしで屋敷中を赤ん坊を連れまわす。
子どもは、なぜか外に出れないらしい。というよりも外に出ることは禁止されているらしい。
理由は子どももよくわかっていないようだから深く聞かなかった。
どうせ、短い付き合いだ。深く知ってどうする。
そう思って付き合っていたら、男が言った。
「食われるなよ」
意味がわからなかった。子どもはただの人間で、人間を食べたりしないはずなのに食われるな、なんて意味がわからない。
からかわれたのだろうと思い直してその言葉を忘れた。
子どもはよく笑う子どもだった。なぜか寝るときは赤ん坊を枕かぬいぐるみのように抱きしめて眠るのが気に入らなかったが、我慢することにした。男は放任主義だったがよく子どもの世話を焼いた。巨大な掃除機かと思ったロボは、よく自分の行きたいところに運んでくれた。
そろそろ、体力も回復してきはじめた頃。少し外に出てみれば、屋敷は森のけっこう奥深い場所にあり、赤ん坊の足では中々脱出できそうになかった。
ゆえに、赤ん坊はその日はおとなしく帰って、いつも通りすごした。
しかし、次の日、子どもが倒れた。
ひどい熱とせき。起き上がることすらできない状態が続く中で、男は言う。
「あいつが外に出るのを禁止されてる理由は、免疫力がぜんぜんないからだ。なんでもない菌一つであいつは死ぬかの知れない可能性がある。
化け物が留守にしてるのも、そのためでな」
賢い赤ん坊は、自分が外から菌を持ってきたことに気づく。
「ま、出てくなら、今のうちだ」
男はそれだけ言って、子どもの看病に向かう。
そう、今がチャンスだ。
体力も十分回復した。森の中も昨日でだいたいわかった。2,3日の徹夜なんて平気だし、食料だって奪えばいい。今なら誰にも邪魔されず外へ逃げられる。
そう、こんな、ところ、さっさと。
赤ん坊には、子どもを治せる術があった。知識があった。技術があった。
けれど、そんなこと、知ったものか。
そう、思ったはずなのに。
赤ん坊は、気づくとなぜか子どもが寝込む部屋の中にいた。
ベットの上で、子どもが白い頬を真っ赤にし、荒い息を繰り返す。
こんなにも、弱った子どもの姿は初めて見た。いつも、元気そうに笑う子どもしか見たことがなったというのに。
しばらくじっと見ていると赤ん坊の気配に気づいたのか、重いまぶたを持ち上げ、潤む瞳で子どもを見る。
熱に浮かされ震える唇。
「、んぱい、する、なあ……」
笑った。(ぱくり)
朝起きると、子どもは体が軽いことに気づいた。
のども痛くないし、熱もない。がばっと起き上がり、体を動かせば、倦怠感も消えている。
大喜びで立ち上がろうとする子どもは、ひとつの事実に気づいて、更に笑う。
なぜならふと見ると、そこには、化け物じゃなくて、ただの子どもに食べられた赤ん坊が、すやすや寝ていたとさ。
「なあ、シャマル」
「どうした?」
「あんなぬいぐるみ、うちにあったか?」
「ねえよ、っつーか、ぬいぐるみじゃなくて一応生きてるガキ。あいつが拾ってきたんだ。多めに見てやれ」
「ふーん」
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