「愛しい三番目、何が欲しい」

 お前の欲しい物をあげよう。
 何も持たず与えられなかった三番目。
 母を殺して育った子。
 さあ、何を望む。

「欲しい……?」
「そう、欲してごらん、愛しい一番目のように、愛しい二番目のように」
「両兄上のように?」
「そう、望めば与えよう、ただし、一つだけ。
 よく考えてはいけないよ。すぐに口に出しなさい」
「ならば、」

 ならば、余は。








 

「末、お前は本当にうちで一番手がかかるくせに、なんでも自分で決めてしまうね」

 とある学校のパンフレットを手に、彼の二番目の兄は言う。
 机に視線をやれば、他にもいくつかの書類があった。
 それらの空欄はほとんど埋められており、後は保証人や保護者等の欄を埋めるだけ。

「保護者の判がいるものです。
 父上はどうせ帰ってこないので、下の兄上、押してくださいませ」

 淡々とした言葉に、二番目の兄は苦笑する。
 ぴくりとも動かない表情も、揺るがない感情も、なんでもかんでも独断で動くところも、まったく幼い頃から変わらない。
 小さい頃は何かの病気ではないかと心配したが、今はあの親とこの家で育ったのだから仕方ないと諦めている。
 それに、これでも随分と人間らしくなった方だ。
 報告し、頼んでくる分、判や書類を偽造して、勝手に出て行くよりは万倍もいい。

「押すさ。それにしても、兄貴が見たら驚くを通して怒るよ。
 てっきりお前も俺や兄貴やしぃと同じ学校に行くと思ってたからね。受かってもないのに住む場所まで……お前なら心配ないだろうけど、お金どうしたんだい」
「色々と」
「詳しくは聞かないけどね。末、でも、一つだけ聞いておくよ」
「なんでしょう」

 一呼吸、間をおいた。

「ここを出るってことは、ろくを置いていくことに繋がるけど、お前はそれで大丈夫なのかい?」

 きょとんっと、していた。
 彼はきょとんっとしていた。
 不思議そうに、あまりにも不思議そうに。
「なぜ呼吸をしているんだ?」
 っと聞かれたときのような表情だ。
 この顔を、二番目の兄はよく見る。全てを自分の内で決め、独特の常識を内包する彼は、それを指摘された時、こういった表情をする。
 二番目の兄はこれを「考えていなかった」と判断、処理する。

「……書類はもう少し預かろう。お前がろくと離れて本当に大丈夫なのか、きちんと考え終わったら言いなさい」
「なぜ、」

 きょとんっとした表情のまま、平坦な声が紡がれる。

「なぜ、下の兄上はそのようなことを言うのですか」

 理解できないという表情。

「お前が心配だからだよ。
 お前だけじゃない、私は兄弟全てのことを心配している」
「そうではございません」

 きっぱりと、彼は言う。

「なぜ、私が六の弟と離れることになるのですか」

 狂信者とは、こういう目をしているのだろう。
 どこまでもどこまでも彼らの父に似た濁った赤い瞳を持つ弟に、二番目の兄はソレを見た。
 そして、自分の話を、彼が根本から理解していないことにも気づく。
 認識のズレを、やっと気づけた。
 わかっていたはずなのに。

「それはだめだ。兄貴も俺も許さない」 
「なぜ」
「ろくはまだ小さいし、自分で動くことができない、無理だ」
「なぜですか」
「お前の優秀さはわかってる。現に今もろくの世話がお前がやってるようなものだ。けれど、」

 言葉を遮るように、彼は言う。

「なぜ、両兄上が許す許さないを決めるのですか」
「末」
「アレは、余のものなのに」

 二番目の兄の顔が凍りつく。
 彼のこういった思考はわかっていた。
 わかっていても、こうしてはっきり言われるとあまりいい気持ちではない。
 なぜだか、過去の自分を写されているようで。
 
「ろくは、ものじゃない」
「余のものです」
「末、聞きなさい」
「聞いています」
「そうじゃなくて」
「アレは、余のものです」

 話が平行線から変わらない。
 溜息。

「末、兄として言うろくを連れて行くことはだめだ。
 書類はもう少し預かる、いいね」
「わかりました」

 あっさりと、あまりにもあっさりとした引き。
 その表情からは、なにも感じ取れない。
 「兄として」その単語をいれると彼は急に大人しくなる。
 使いたくなかったが、しかたない。

「末」
「はい」
「早まったマネだけは、しないでくれ」

 彼は答えなかった。
 約束はできないという意味らしい。








「ろくがいない」

 一番目の兄の引きつった声に、兄弟たちは立ち上がる。
 兄弟の六番目の少年は、最も大事にかわいがられている。それは、その容姿が愛らしいこともあるが、一番は四肢と右目に欠損があることだった。
 自分で自由に動くことのできない、必ず誰か

「いつから?」
「さっき起こしに行った時にはいなかった」
「昨夜寝かせたときはいたのに」

 真っ先にガサ入れが入ったのが、兄弟の三番目である彼の部屋。
 荷造りをしている彼の横を兄弟が何の言葉もなく通り過ぎていく。

「こっちにはいません」
「僕、台所も見てくる」
「私は倉庫を」
「ああ、頼んだ」

 頷きあい、散らばっていく。

「末、ろくを知らないか?」

 一通りゴミ箱の中まで調べた一番上の兄の問いに、無言で首を傾げる。
 ちらりと見た開きっぱなしのトランクには、不自然な膨らみは見つからない。
 ひっくり返して調べたい衝動に駆られたが、そこまではさすがに止めた。

「……末」
「なんでしょう」
「見送り、本当にいいのか?」
「見送りたければ、どうぞ」
「……車で送ってやってもいいんだぞ」
「かまいません」

 今日、彼は家を出る。
 彼が誰にも相談せず、勝手に決め、勝手に全て滞りなく終わらせた。
 一番上の兄は、全てが結果になったとき、知らされ、それなりに反対したが、彼を動かすことはできなかった。。
 恐るべき行動力と不動の意思を持つ彼を、止められるものは兄弟全員が厭う父ですらできはしない。
 寂しさを滲ませる一番上の兄に、やはり少しも表情は動かなかった。
 悲しさも、寂しさも、何一つ見えない。
 それがまた兄の寂しさを助長させるのだが、彼は構わず、トランクの大きさに反して少ない荷物をいれていく。

「まさか、お前が一番先に家を出て行くとは思わなかった」

 四番目が先だろうと、でなければ誰もでていかないと、思っていたのに。
 手のかかる弟だったが、いなくなると思うと、胸に穴が空くようだった。

「ここから、通うには、遠すぎます」
「それは、わかっている。だが、本当に一人で大丈夫か」
「問題ありません」

 生まれてからこの方1週間以上はなれたことのない弟。
 欠点の多すぎる彼は、しかしそれを上回るほどの優秀さを持っている。
 恐らく、一人でも、彼はうまくやるだろう。そもそも、彼の欠点の多くは、対人関係に集中していた。逆に一人の方がいいのかもしれない。
 だが、兄としては心配でたまらなかった。
 兄弟の目の届かぬところで、なにか、今までよりももっと恐ろしいことをしでかすのではないかと……。

「そろそろ、時間ですから」

 トランクを閉め、立ち上がる。
 もう、言う事はないとばかりに頭を下げ、横を通り過ぎた。
 訳のわからない違和感が胸に満ちた。
 弟がいなくなるという欠落ではない。
 なにかが、おかしい。いつも通りなのに、なにかが。 
 だが、そのなにかの正体が、わからない。


 にゃー。


 どこか遠くで猫が鳴いている気がした。





「末」

 騒がしい家からでたとき、呼び止められた。
 玄関から、二番目の兄が見ていた。

「待ちなさい」
「なんでしょう」
「ろくは、おいていきなさい」
「…………」

 否定ではない、沈黙。
 トランク以外何一つ持たない弟に、そう言った。
 彼は、必要なときでないと誤魔化すことはない。今は、不要だと感じたのだろう。
 口を開く。

「下の兄上」
「なんだい」
「余は、貴方のことをずっと見てきました」
「それで?」

 一呼吸。
 この間の取り方は兄に似ていた。



「あのことは、上の兄上言わない方がいいですよね」



 目を、見つめる。
 揺るがない。
 彼は、必要のないときは嘘をつかない。
 そして、今は不要なとき。

「なんのことかな?」
「……上の兄上様は許しても、四の弟や五の弟はなんと言うでしょう」
「なんの、ことかな?」
「別に、他の兄弟にバラすとは、言いません……父上に相談、いたしましょう」

 諸悪の根源、史上最大の悪人、家族どころか、どこへ行っても最も忌み嫌われる存在。
 最悪を七乗する父親。
 一つの弱味を、百にも変える。

「……………」
「どうしました、下の兄上」


 長い、長い沈黙。


 二番目の兄は、視線をそらして、小さく吐息を漏らした。
 そして、とびっきりの笑顔で告げる。

「……いってらっしゃい」
「いってきます」

 トランクを掴み、背を向ける。
 ごとっと、トランクが揺れた。
 猫の声がする。

「二重底、うまくできてるね」
「ありがとうございます」
「なんで、バレたかわかるかい?」

 振り返る。
 その瞳に、笑いかけた。

「ろくがいないのに、お前が一つも慌てていないからだよ。
 末、お前は自分が思う以上に、ろくがいないとだめなんだ。覚えておきなさい」
「心に留めておきます」

 頭を一度だけ下げ、再び背を向ける。
 遠ざかる背中を二番目の兄はやはり寂しそうな目で見ていた。

「……さて、兄貴たちになんていうかな……」

 めんどくさいことになるだろう。
 本来、めんどくさいことを嫌う二番目の兄にとってそれはあまりよいことではなかったが。
 だが、

(あのことをバラされるより、マシ……)

 そう考えればマシだった。
 より、楽な方をとった。それだけ。
 それだけのために、あっさりと六番目の弟を売ったのだ。
 
(許せ、ろく……)

 消えた彼の背中に、合掌した。










「ならば、余は、弟がほしいです」
「愛しい四番目がいるだろう?」
「余より年下の弟がいいです」
「なぜ」
「余が所有できません」
「んー、少し時間はかかってもよいか?」
「かまいません」
「大事にしなさい。お前の始めての望みなのだから」
「はい、とここで言いたいところですが、貴方に素直に言葉を漏らすと大変負けた気分になります。両兄上にも父上のいう事は聞くなとしっかり躾けていただきました。
 ゆえにここはノーコメントでいかせていただきたいと思います」
「本当にお前は外見だけはかわいいな。なぜいきなり饒舌になる」
「余は別に、無口ではございません」
「そうか、なら関係ないが、数年後を予想してこういってやろう」
「なんでしょう」
「空気穴、空けとけよ」
「?」









「……」

 ゴトゴトゴトゴト。
 にゃーにゃーにゃー!!

「空けてなかったな……」



 誘拐犯三男。
 被害者六男、あまねこちゃん。
 こういうことがあって二人+1匹暮らし中。
 ここから、不思議と→歩き出す前にに続きます。
 ちなみに、この前からもう、三男は六男に色々エロエロ……やらかしてます。 
 天才のくせに頭が悪いというのがわかっていただければ成功です。
 兄弟一の性悪は誰だって言われたら、兄弟全員に指をさされることは間違いないですね。
 ただし、父親をいれたら二番。

 今回は、兄弟を交えてメインキャラが4人という無謀をやらかしました。
 3人が限界なのによくやるよ……。
 そして、長男次男の口調、性格が怪しいのは、現代パラレルだからと無理矢理説明をつけます。すみません、文才不足です。

 頭の悪いむっつりブラコン鬼畜ショタに需要はあるのか。
 ないなあ……。



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