ちりん。
鈴の音がする。
ふと、自由になる首を動かせば、開いた窓から出ようとしている猫を見た。
「兄上様」
包帯が解かれる。
白い布が片目の上を行きかい、眉一つ動かない彫刻のような顔があった。
それが本当に彫刻であれば美しいと賞賛するだけでよかったが、困ったことにその顔は生きた人間のものである。整いすぎていっそぞっとするほど恐ろしい。
けれど、もうすっかりそんな顔には慣れ切ってしまった少年はかまわず自分と同じ赤い瞳を見た。
ただし、少年の瞳はただ一つで、包帯を外したその、もう片方の瞳がある位置には、ただの引きつった空洞しかない。
「天音が……出て行きます」
「そうか」
少しだけ、視線が動く。
猫と目が合った。
怯えるように猫が身を竦める。しかし、すぐにその視線は少年に降りた。
視線と一緒に、唇も少年の存在しない目元へ降りる。
小さく、触れるように一つ、二つ。そして、赤い舌がちろりと空洞である目の周りをなぞった。
空洞に舌を差し込まれるかと思い、身を固めたがそのまま舌は頬から唇へと移る。
ちりん。
遠くで鈴の音がする。
窓にはもう猫がいなかった。
別に、特別気にしていたわけではない。ただ、目に映ったから言っただけ。
少年はうっすらと唇を開いて舌を受け入れる。
最初はぬるりと別の感触と体温が入ってくるせいで気持ち悪いが、口内を舐められ、舌を絡めて座れると、ぴりぴりと痺れるように心地よい。
幼い頃から、少年が与えられている感触。いつからかなど当の昔に忘れてしまうほど、馴染んだものだ。
しかも、相手は甘いものが好きであるから、口の中はだいたい甘い。今日も何か食べたのか、うっとりするほど甘かった。
その間に、指が首を撫でた。正確には首に走る傷痕を。
古い傷跡はそれこそ永遠に消えることなく皮膚を引きつらせ続ける。そこを何度も指がざらざらと撫でた。その感触は、少年の体をもどかしくさせる。
もしも、そこで少年に手足があれば、しがみつくか、あるいは拒絶するかしていただろう。
だが、不幸にも、少年には手足が存在しない。
腕はほとんど肩の付け根で足は太ももを短く申し訳程度に残して存在しないのだ。
欠落だらけの少年は大人しく舌を受け入れて、ぼーっと、目の前にある顔を見ていた。
見惚れているわけでも、なんでもなくただ他に見るものがないので見ているにすぎない。もしも、そこに顔がなければ天井を見ていることだろう。
子猫のようなゆるやかなキスの終わりに唇を舐め、首から指が下へと降りていき、少しだぼついたパーカーの裾を握った。ぐいっと、まくりあげられれば、腕というひっかかりのない体はすぐに鎖骨までさらされた。
褐色の肌は子ども特有の滑らかさを如実に表し、痩せていても少し丸みを帯びた腰のラインから辿った少し上にはふくりと膨らんだ胸がある。
恥ずかしいとは思わなかった。恥ずかしいと思ったところでどうしようもないし、もう今更だ。何度も、いや、何十回もこの体は赤い瞳に見られているのだから。
まずは、鎖骨に唇が降る。舌先でつっとくぼみを舐めれば、少年の体は小さく反応した。
「っ」
声を出すほどではなかったが、少年の体が少しだけ震えた。
舌が何度もくぼみや、左右の鎖骨を彷徨い、途中で手が腰を抑える。無意識に体を捩っていたようで、手に少し力がこもっているのを感じた。
じわじわと、熱くなる。
舌が触れる場所が、手が触れている場所が、顔が、そして、足の間が、血液と一緒に熱を巡らせる。
その内、吐く息も荒く熱くなるだろうと少年は経験上知っていた。
鎖骨から、胸へと舌が降りる。
すでに膨らんだ小さな胸の突起を舌先で転がし、噛みつく。決して、痛いものでなく、弱い、歯を当てる程度のもの。
「はっ……」
吐き出す息に、熱がこもる。
腰を抑えていた手が、足の付け根を撫でた。
口が、胸を吸い、舐め、揉むように軽く噛む。
「ぁ………ぁ……っ、ぁ……」
そのたびに少年は体を震わせ、小さく声を漏らす。
唾液にまみれた胸が、生ぬるい。つるりとした肌が、指で撫でれば吸いつく程度に湿り始めた。
それでも、口は胸を弄り続ける。
「はぅ……ぁ、ぁぁ……」
足の付け根撫でていた指が、下着のサイドを摘む。
抵抗は、できない。できたとしても無駄だ。短い足から、片足がひっかかることなくすぐに下着は奪いとられる。
そうして大気にさらされたそこは、少々、俗に言う普通とは異なっていた。
男のモノと、女のモノが、両方ともついているのだ。
しかし、少年も、また下着を脱がした方も驚かない。
これも、二人にとっては当たり前だ。なんら乱れることのない、予定調和。
そんな予定調和は、少年をほっとさせた。
あまり考えることの得意ではない少年は、大きな変動を苦手とする。その体と幼いことも手伝って急に自分を変えるができないのだ。
例えば、こんな風に相手は少年の体の一切合財を認め、受け入れ、慣れきっている。そして、幼い少年の狭い世界の中でも、同じように違和感などないものだった。しかし、これが外に出てみればどうだろう。
途端に少年に向かう視線はがらりと変わる。恐怖、嫌悪、哀れみ、同情etc、あげるときりがない。
だから、落ち着く。
「あに、うえさま……」
呼べば、応えるように顔をあげた。
喋ることの得意ではない少年は、言葉で何かを伝えようなどと思っていない。
伝えたところで、相手に伝わっているとは思えない。
奇妙で歪つだが、二人の間に流れるのはそんなものだ。
「あ、に、は、あん、ぁ……」
男の部分である前がつかまれる。ゆるく硬度を持っていたソコは、手が動き出せばすぐに大きく勃ちあがり、透明な液体で手を汚した。
強い快楽が腰から背筋を走る。
腰を抑える手が強くなった。また無意識に体をよじっていたらしい。
胸の突起を、強く噛まれた。
痛みに喉が反る。
「いっ!!」
手の中で、びくっと、ソレが震えた。
ソレをぎゅうっと強く握り、噛んだ部分を吸えば、痛みに染まった声がすぐ甘くなる。
とろりと触れられていない女の部分から、液体が溢れた。
「ひゃぁぁぁん……」
いつの間にか滲んでいた涙が落ちる。
不意に、胸から唇が離れた。
そよりと体を撫でる風が、熱い体に心地よく、微かに胸の上に冷たい。
唇が、下へと移動する。
足の間、男の部分ではなく、女の部分に舌が伸びた。
「あ! ひゃあ、ぅん……」
男の部分と同時に責められると、腰が溶けるような快感に襲われる。
思わず、はしたなく腰が揺れた。
その腰を押さえつけ、引き寄せる。
舌が熱く柔らかな内壁を押し、中を直接舐めて、唾液と液体を混ぜた。
手は止まることなく前を責めたて、絶頂へと導いていく。
「ひ、く、いぅ、く……」
ぴたりっと、前をいじる手が止まった。
「ぁっ、へぅ?」
思わず、マヌケな声が出る。
手が、下の女の部分を広げた。
舌が、より奥に、より深く入り込む。
ぞぞぞっと背筋に快楽が蠢いた。
気持ちいい。気持ちいいけど、足りない。もっと、前を触って欲しいのに。前を触って、欲望を吐き出させてほしい。
「あ、ひぁ、はぁ、あ、あぁ……」
だが、舌も指も女の部分ばかり執拗に責めたてる。
ぎゅうぎゅうと舌を締めつけながら、中がまるで別の生き物のように蠢いた。
汗がつうっと、首を滑る。
段々と、中が疼く。
熱い、気持ちいい。
舌よりも硬い指が、二本同時に入りこむ。
「ぁふぁ……ひゃん、ひっ、あああ……!」
ぐにっと、指がある一点を突いた。それは、少年の中で一番感じる場所。
そこを何度もぐいぐいっと突き上げれば、少年の体に痺れが走る。
「もう、だ、め、めぁ、あめぇ、ひゃあぁ……!!」
ぎゅうっと、指が一際強く締め付けられた。
少年の唇がぱくぱくと開閉する。
いつもとは違う感覚。
まるで、上ったまま降りられないように体が感じ続けるのだ。
欲望を吐き出したいと訴え続ける男の部分が、涙のように液体を零す。
だが、少年のそこに触ることなく、指が引き抜かれ、変わりにもっと太いものが見えた。
熱い、これもまた、慣れたもの。
しかし、それが入口を押し広げ、中へと突き進むのは、少年にとっていつまでも慣れないものだった。
初めて受け入れたときは、熱くて痛くて死んでしまうかと思った。それに比べれば楽になったともいえるが、そうでもないような気もする。
今も、そうだ、遠慮も配慮もなくそれは入ってくる。
大きく、少年は息を吸い、吐く。
それが出来る限りの対処だった。
ずんずん突き進み、それが最奥の子宮に触れる。
そこで、止まる。
初めて、無表情が少しだけ歪んだ。
その表情を見ると、少年はやっと「ああ、これは人間なのだ」と思う。
動いても、体温を持っていても、自分の体を好き勝手しても少しも表情を変えない相手は、時折人間に見えない。
ふうっと、荒い息。
少しだけ人間味を帯びた相手の顔を見ながら、もう一度、息を大きく吸う。
合図はない。
いつだって、少年の体はいきなり揺さぶられる。馴染んだ中を最初はゆるく、段々速く激しく貪るように。
「ぁうう、ぁがあ、ああひゃああ、う、あ!!」
少年は、耐える。
その衝撃が通り過ぎるのを、痛みが快楽に変わるのを。
それは、そう遠い先ではなかったが、痛みの中では永遠にも感じる。
「ぁああ、ぁ、に、ぃ、うえさまぁぁぁあ!!」
ずんっと、子宮を突く。
腰にびりびりと響く感触はごくりっと、飲み込めていなかった唾液を喉に通す。
女の部分が絶頂を迎える。
「にぃ、う、あぁぁぁ!!」
普段使わない声帯を酷使し、呼ぶ。
目の前には滲む赤と黒。
兄がいる。
そこに兄がいる。
兄と繋がっている。
じぐじぐと体の奥が何かを叫ぶ。
「も、ぁぅ! いぎ、た、! だ、さ、しい!! てええ!!」
中がぎゅううっと、痛いほど締め付ける。
触れることを望む男の部分が、突き上げにあわせて跳ねた。
出そうで、出ない。
ぐらぐらと真っ白になっていく思考の中でそれだけがひっかかる。
恐らく、ただの快楽だけならば、こうやって中をかき回される方が気持ちいい。
ただ、違うのだ。
終わりがない。
底がない。
それが、恐ろしい。
だから、なにかのきっかけが欲しい。
中が、絶頂を迎えた。何度目かわからない。
でも、まだ。
「がっ、はっあああ!」
「……」
ひたりっと、前に手が触れた。
待ち望んだ刺激に、声が跳ねる。
「ぁ、ふ、あああああ!! もっ、ぁ、あ、もっと!!」
どくりっと、中に液体が吐き出された。
それは、少年の待ち望む解放。
それが注ぎ込まれると同時、強く握られた少年自身も欲望を吐き出した。
どくりっと、二度に分けて中が満たされ、小さな中は溢れかえる。
白い液体が、足を汚す。
かくりっと、体中から力を抜いた少年を見下ろして、荒い溜息が一つ。
「なるほど、多少の連動はあるが、決定的ではないか」
「……?」
赤い瞳に、観察者の何かを見つけた。
時折、少年の兄はこんな瞳で人を見る。
そこに、何かを探すように、何かを奪うように。
ちゅっと、少年の目尻に唇を落とす。
なぜだかそれが心地よくて、少年は目を閉じた。
真っ暗な闇に落ちていく。
その途中で、ふっと、どうでもいいような平坦さで、声が響いた。
「六の弟、お前は歩きたいか?」
「……あるきたい」
「そうか」
さらっと、足の付け根が撫でられた。
すぐ、骨の感触のする細い足。
少年は、いつかもこんな短い会話をしたと思い出した。
同じように、同じ言葉を繰り返す。安心すべき予定調和。
その後に、兄は進路を決め、遠くに行くことになった。
そして、少年は誘拐された。
それだけといえば、それだけ。
別に、誘拐されたことに対して何も思いはしない。ほとんど、物心ついたときから兄とは一緒にいたのだ。
そして、他の一緒にいた家族たちよりも多くの時間を過ごした。そんな兄と離れるというのは、なんだか不自然だった。
よく考えれば、少年は兄がなんの勉強をしているか、どういった道に進学したかよくわかっていない。聞く気もない。
それが、一番自然な形だからだ。
兄はいつだって勝手だし、自己中心的。そういうものだ。
だから、どうでもいい。
納得して、少年は眠りについた。