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※この設定を読んで大丈夫な方だけどうぞ!!











 ただ、今思えば笑ってしまうほど純粋な気持ちだった。
 言い訳のように思えるが、別に、受入れてほしいなどとも思っていなかった。笑って流してくれれば、冗談として誤魔化そうと思っていたのだ。
 学生時代の恋愛とは、そういうものだろう。いや、学生時代でなかったとしても、だ。
 まやかしや錯覚に近い感情を、真剣に相手取れとは言わない。
 10の子どものように、自分が好きであれば相手も好きで返してくれるような甘いものだと思っていたわけではなかったのだから。 
 いえればよかった。ただ、吐き出したかった。
 逃げていたようなものだ。
 しかし、あくまでその時は純粋な気持ちだったのだ。何ものにも変えがたい、恋でだった。
 
「ゲロしそうに気持ちわりーよ、早く死ねこのホモ」

 だからこそ、打ち砕かれた瞬間、死にたいとすら思った。
 泣いているという自覚すらなく、涙が流れるのを感じ、気づけばなにも言えず震える体を抑えることができない。
 少女漫画の乙女でもあるまいし、まさかっと、疑ったが、紛れもない現実だった。
 笑えばよかったのに、っと今では思う。
 なにほんきにしてるんだよ、ばーか。
 その一言が言えれば。
 言えなかった。
 足が、その場から逃げろと、走り出す。
 相手から、少しでも速く、遠く、逃げてしまえと。
 心臓が痛かった。
 ぐちゃぐちゃの頭が、この痛みを誤魔化せと命令する。
 もっと、もっと、深い傷を、でなければ忘却するほどの何かを求めた。
 苦しさでも辛さでも優しさでも嘘でも快楽でもいい。なんでもいい。
 ただ、忘れようと思った。


 
 彼が、注文した品が届く前、待ち合わせの5分前に男は現れた。
 きっちりしたスーツに、黒縁メガネ、それだけの要素で見ればどこかの生真面目なビジネスマンに見えた。
 だが、その二つの要素が合わさってなお、男はビジネスマンになど見えはしない。
 目つきが悪いものの、端正な顔立ちはどこか中性的で、青い瞳と白い髪、そして長身はどこか日本人離れしており、そこにカメラがあれば、どこぞのモデルか芸能人のようにも思えた。
 しかし、男がカメラの前に立つべき存在ではないことは、たった一つの部分で誰もが理解できた。
 なぜならば、男のどのパーツよりも目を引くのは、右目の下に引かれた大きな傷痕だった。その顔が美形であればあるほど、その傷痕は違和感となり人目をひきつけるからだ。
 男の全ての要素が待ち合わせの相手とかみ合った時、笑いかける。

「初めまして、武藤さん、ですよね?」 

 返された微笑みは、愛想が良いものの、どこか営業スマイルじみたものだった。
 その反応に、なぜか彼は少し驚いたように目を見開く。

「……ああ、あんたが?」
「はい、獏良終です」

 男は、その一見穏やかそうな雰囲気の中、瞳の奥だけは鋭く彼を観察していた。
 まずは、彼の標準よりも低い頭の位置、次に、凛々しいながらもどちらかといえばかわいいと言われてしまう顔、そして、腕を組む仕草や、男とは対照的に少々ワイルドともとれるラフな服装を見ると、やっと微かな安堵を浮かべる。
 溜息は、小さく短い。

「よかった」
「?」
「やはり、写真と資料でお見かけしたとおり、どうやらビジネスのみで付き合えそうな方ですね」

 相手は、ひどく不思議そうな表情をした。
 男は、視線を動かし、彼のすぐ前の席を見る。

「座ってもよろしいですか?」
「かまわないぜ」

 彼が頷いて促すと、男は少々リラックスした様子で座ると、水を出しにきたウェイトレスにコーヒーを頼む。
 ウェイトレスは男に一拍ほど見惚れた後で返事をすると名残惜しげに奥へと戻っていった。

「色々と話したいことがありますが、まず、一つだけ。
 私を雇っていただくという上で、どうしても知っておいてほしいことです。隠しておいて後でいろいろとあると面倒ですから」

 男は、ひどく真剣な顔で切り出した。

「そちらの資料にも書いてあったと思いますが、私はあちこちの店を点々としています」
「ああ、それも一流店ばかりな。驚いたぜ。
 そこに勤めることすら難しいというのに、全ての店で実績を残している……俺もいくつか買いにいったことがあるが、表向きこそ別のやつが作ったことになっているがあんたが作ったものばかりだ。
 特に、あの、今や知らないものはいないドミノホテルなんて、あんたが辞めてから評判がた落ちで大変らしいぜ」
「なら、思いますよね」

 不思議だと。
 なぜ、やめるのか。
 腕がある、実績がある、そして、彼が見るに、男には自信があった。例え、才能を妬まれていびられようが、それをねじ伏せる強さもある。
 その気になれば、店をのっとるまでとはいかず、支店くらい任されてしまうだろう。

「なぜだと思います?」
「資料には、修行のためあちこちの味を学んでいる、とあるが?」 
「まさかそれなら、フランスから帰ってきませんよ」

 肩をすくめる。

「実はですね」

 目を、細め、微かに、笑みを浮かべた。
 それは、どこか自嘲のようでもあり、同時に試すようにも見える。



「ゲイ、なんです」



「げい……?」

 頭の中でうまく変換できなかったのだろう、思わず聞き返す。

「ゲイ、でわかりにくいなら、同性愛っというのがわかりやすいでしょうか?
 つまり、私は、男が好きなんです」

 なんでもないかのように軽く言ってみせた。
 いきなりの告白に彼は驚きながらも、その表情に特別な嫌悪はない。

「しかも、ただのゲイじゃないんです……そうですね……同居人の言葉を借りれば、魔性のゲイってやつです」

 男は、言う。
 笑ってしまうだろう、っと。
 今まで、自分がいいと思って落ちなかった男はいないのだと。

「これでも、ゲイだということを隠しながら、職場では絶対に手を出さないって決めてたんですがね……。
 なんででしょうね、少し、好みだなっと思うと、あっちからきちゃうんですよ。絶対に、こう見えてもノーマルな人には声かけたことないんです。
 それで、まあ、付き合ってみたこともあるんですが、元がノーマルの人はずいぶんと嫉妬深いし、勘違いも多くて、刃傷沙汰になって出ていかざるをえなくなる、断れば断るで怒って追い出される」

 呆れたような溜息。

「ああ、でも、安心してください」

 にこりと、安心させるような営業スマイル。

「あなたは、全然、まったく、これっぽっちも好みじゃありませんから」
「……」
「つまり、だからこそ、あなたとならばまともに仕事ができると思ったんです。
 あなたの店は、今のところ店員も私とあなただけ、私には現在、恋人もいませんから、刃傷沙汰やトラブルの種はない。
 私は、平穏に働きたい、そして、あなたは腕のいい職人がほしい」

 表情こそ、余裕のある笑みだったが、声にはどこかせっぱつまったものがあった。

「あなたにとっても私にとっても、これ以上の理想的な条件はないはずですよ?
 言わせてもらえば、私ほどの職人をどこからか引き抜いてくるのはそれこそ、膨大な時間と金がいるでしょう?」

 彼は、微かに考えるようなそぶりを見せた。
 しかし、それはどこか迷っているようには見えない。

「私なら、そう、すぐにでもあなたのために働けます。あなたの理想を、形にしてみせましょう」

 そして、やっと、彼は笑った。
 どこか、挑戦的な、楽しそうな笑みで。

「わかったぜ、あんたを雇おう」

 男の顔に、安堵と明るいものが過った。
 張り詰めていたものが、ゆるむ気配。

「では、詳しい話を」
「ああ」

 男は、そこで気を抜いてしまっていた。
 もっと、警戒していれば、もっと、きちんと彼を見ていれば気づいていただろう。
 だが、気づけなかった。
 彼の笑みが、どこか肉食獣のような、獰猛なものだと。 





 親睦を兼ねて。
 これから、長い付き合いになるかもしれないのだから、酒でも飲もうと誘われた男は、雇主相手に逆らえるわけもなく、また、それなりに納得して付き合った。
 普段ならばそうのむタイプではなかったが、安堵のせいだろう、飲むペースは速く、そして、気軽な彼の話しぶりに、すっかりと気を許してしまっていた。
 酔いがまわり、終電がなくなったころ、近いからと家に誘われ、断れなかったのも、しかたがないことで。

「若気の至り、っていう時期だったんだぜ」

 酔った勢いで口が滑らかになった男は、けらけら笑いながら言う。
 赤い顔に、とろんっとした目はひどく艶やかで、数時間前まできっちりと着こなしていたスーツも、後ろでまとめられていた髪もすっかり乱れていたが、それはだらしないというよりも色っぽく見えた。
 すっかり崩れた口調は、敬語の影すらなく、口調こそ、語りかけるようであったが、どこかそれは独り言のように口を動かし続ける。

「俺様が道を踏み外したのは」

 広いリビングの中央にある机に顔を突っ伏し、透明な液体の揺れるグラスを掴み、一口。
 遠い瞳は、懐かしむように思い出を噛みしめる。
 絡み酒だったかと、彼は少し呆れたようにほほ杖をつき、男を見る。

「高校卒業の時、告白してよ。盛大にふられたんだぜ」

 高校卒業、その言葉に彼はぴくっと反応した。
 窺うように男を見るが、男はそんな彼の様子を気にせず喋り続ける。

「本当に、今思えば笑っちまうような話だぜ。高校でちーっとふられたくらいで、その手の店に訳も分からないうちに入っちまったってんだ。
 しかも学ランのまんま。普通だったら、店員に追い返されるところだったんだけどよ、なーぜか、ぱっと目があった奴が俺様のこと気に入ったのか声かけてきて。それから、それから一気にすってんころりん。
 男とっかえひっかえして、男にひっついてフランスまでいっちまって……なんか菓子作りの腕を認められて……んでもって、手に職ついたからなんとなく日本帰ってきたら、就職する先々で刃傷沙汰やらかしちまう――あんま波乱万丈な人生だったもんだからすっかり、ふられた奴のことなんか忘れちまったぜ!」

 でも。
 っと、どこか悲しそうな声でつぶやく。

「でも、こえーよな。忘れたのに、覚えてんだ。
 そいつの顔も名前も思い出せないのに、なんて言われたかだけ」

 それだけを、何度も思い出すと。
 そこで、ぱっと、表情がまた酔ったまま崩れたものに変わる。

「あんたとならいけそうって思ったのもそういう理由。
 相手の奴が俺様よりちびでさ……。
 なんつーか、俺様よりも背の低い奴は、対象外になっちまったんだ」

 ちびという単語に、男は少しだけ眉根を寄せる。
 すると、適当に謝罪の言葉がつぶやかれるが、どうにも軽い。

「なあ、なんて言われたかわかるか?」

 男の問いかけ、彼は、飲みかけのグラスを置くと、口を開いた。

「ゲロしそうに気持ちわりーよ、早く死ねこのホモ」

 それが、一言一句、声の感じまで同じだったものだから、男は目を見開いた。
 彼は、笑っている。
 笑いながら、男の反応を待っている。

「な、」

 なぜっと、力ない声が。
 男の酔いが、一気にさめた。
 赤かった顔は蒼白で、グラスを握った手が、かたかたと震える。
 崩れ落ちそうになる体を、なんとか支えながら、じっと、じっと彼を見た。

「俺は、ずっと覚えてたぜ」

 男の表情が、恐怖にひきつる。
 逃げようと、体が無意識にひねられた。
 それを、彼は腕を掴むことで止める。

「懐かしいな、バクラ」

 記憶の中のパズルが、がちがちとかみ合っていく。
 似ているはずだった。
 似ていないわけがなかった。
 なぜなら、同じ人間なのだから。
 忘れてしまっていた顔が、声が、名前が、やっと、思い出される。
 それは、同時にあまりにも鮮明にあの、死んでしまいたいとすら思った瞬間へと精神だけがタイムスリップすることだった。
 男は、ぐらぐらと揺れる思考をなんとか元に戻そうと奮闘する。
 だが、それを無駄と嘲笑うかのようにすでに視界は涙で滲み、脂汗と嘔吐感にも似た絶望がしっかりと男を捕まえていた。

「あ、う……な、んで、て、めえが!?」
「偶然だ」

 偶然だった。
 全ては、偶然。
 誰もが意図せず、誰もがしかけず、ただ、仕組んだとすれば、彼が自分の家に酔った男を連れこんだということだけ。

「はなせ……!!」
「つれないな」

 くすくすと、笑う。
 その笑いすら、男を焦らせる。

「っんだよ!! 俺様を嘲笑いてえのか!? ホモ野郎がまた自分のところきたって、見下してんのか!?」
「待て」

 そうじゃないと、彼は、ことさら優しく男に触れた。
 髪を撫でるように、指をからめ、顔を近づける。

「あの時は、俺が悪かった」

 びくりと、男の体がはね、止まる。
 今、聞いたことが信じられないと、訳が分からないと睨みつける。

「俺も若かったからな、あの時はそう言った。だが、ずっと、後悔してたんだぜ?」
「嘘だ」

 嘘だ、そんなことがあるはずがない。
 まだ、覚えている。
 あの、嫌悪に満ちた言葉を、あの、拒絶の表情を。
 刻みつけられた過去に震え、喘ぐ。

「嘘じゃないぜ」

 髪をひと房掴み、口づける。
 まるで、愛しいものにそうするように。
 名前を、呼ばれる。

「バクラ」

 逃げられないと、男は感じた。
 どうしようもなく、逃げられないと。
 怖いというのに、恐ろしいというのに。
 逃げられはしない。
 そうして、顔が、零距離まで近づく。





(了、ごめん……俺様、またこのパターンです)





 朝、目が覚めて、彼は言う。
 起き上がることすら不可能な男に、笑って。

「言っとくが、辞めるなんて言わせないぜ。お前にはこれから、腕をふるってもらわないといけないからな。
 俺の店で、俺のために、俺の理想を――俺の菓子を作ってもらうぜ」

 こうして、店の始まりは作り上げられたのであった。



 ずっと前に書いた設定を元に……。
 元ネタのマンガが見つからないせいで遅くなりましたが、こんな感じになりました、すいません……。
 最低な王様店長と、魔性のゲイなかわいそうなバクラ。
 本当は、全員書きたかったのですが、無理でした。
 申し訳ございませんでしたー!!



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