これが、最後の恋でいい。
 これが、最後の恋がいい。
 初恋で、最後の恋でいい。
 他はいらない。



 夜の闇の中、瞼を開く。
 しかし、瞼を開いてもそこにあるのは闇だけ。
 星すら見えない暗闇の中、ここはどこだろうと起き上がる。
 するっと、体を布が滑った。
 手をついた床は、柔らかくてすべすべしている。寝台の上かっと、2,3度叩いて理解した。
 そこで、星が見えないのも道理、ここが室内なのかっと納得する。
 けれど、おかしい。
 別に室内にいることなど、なにもおかしくはない。野宿も多いが、街にいれば宿をとったり、ねぐらを作る事だってある。
 しかし、その柔らかさや手触りから布も寝台も安物ではないとわかった。そうすると、なぜ寝台にいるのかという疑問が湧く。
 寝台に寝るなどということ事態、本来は少ない。野宿ならば当然、下は土であるし、宿に泊まったり、ねぐらをいくつか作ったりしたときもだいたいが床に薄い布をしくか、粗末で硬い寝台で安物の布をかぶるくらいが精々だった。
 一瞬、娼館にでもきただろうかと錯覚したが、こんな寝台を置けるほどの高級娼館に、いくら金を持っていたとしても盗賊如きが入れるはずもない。
 ならば、ここはどこだと、手探りで闇に目を慣らしながら確認する。 

「あっ」

 さらりとした手ごたえに、思わず声が漏れた。恐る恐るその手触りを辿れば、温度に触れる。
 全ての疑問が氷解した。
 同時に、顔が緩んでしまう。

「セト」

 名を口にして、もう一度寝転んだ。
 すぐ隣、いる。
 少し手を伸ばせば触れる位置に、彼はいた。
 闇に微かに慣れた目が、輪郭と、存在を確認する。
 寝ていて起きる気配はないが、名前を呼ばずにはいられない。

「セト、セト」

 嬉しくてたまらない、そんな表情を浮かべて、指に触れたさらりとした絹糸のような髪に指を絡める。
 長い髪は、指に絡んで心地よく滑り落ちた。
 体から落ちたシーツを手探りでかぶりなおし、じっと、寝顔を見つめる。
 やはり、はっきりとは見えないが、彼とわかるだけでどうにもたまらない。
 笑い出してしまいそうになるのを抑えて、目を閉じる。
 眠くはなかったが、味わうように、噛み締めるようにそっと。
 そうでなければ、抑えられない。

「なあ」

 近くに存在を感じて、小声で、囁く。

「いつの俺様と間違えて布団の中にいれてくれたんだ?」

 答えの返ってこないとわかっている問いかけ。
 返ってこなくてもいい、ただ、言わずにはいられなかった。

「いつもは、寝る前にきたら、すげえ怒るくせに」

 すりよるように、体を寄せる。
 他人のぬくもりはじわりと肌に染み入るようで気持ちよかった。
 生の匂い。
 それは、血生臭さから遠く、心を落ち着かせた。

「ほんっと、いつもは完璧ですみてえな感じなのに、寝ぼけてるときは甘えよな。
 暗殺者とかだったらどうすんだよ」

 体を小さく丸めた。
 そうしないと、いくら大きめの布でも大の男二人ではどちらかの体が出てしまうとわかったからだ。

「なあ、セト」

 顔をぺたりと胸元につけ、甘えるように、まるで小さな子どものように呟いた。
 この温もりも、感触も、知っている。
 どくどくと、一定のリズムで脈打つ生きている音も、聞いたことがある。
 安堵し、心地よいと、ずっとこうしていたいと、喜びを感じたことも、ある。
 少しだけ遠い時間に、その時は無理矢理であったがこうして寝台にもぐりこみ、身を寄せた。
 その時も、怒りながらも布を持ち上げて受入れてくれたのだ。
 今日と同じように。 


(こい)


 誰も、自分を呼びはしない。
 呼ばせないし、呼ばれても決して嬉しくはない。 
 けれど、彼に呼ばれることだけは、違う。
 呼ばれたい、呼んで欲しい、嬉しい。
 そして、呼びたい。

「せと」

 それだけで、いい。
 それだけで、心が蘇るような気がした。
 いつか壊れて狂った心が、動き出す。

「せと」
「せとがいいよ」
「せとだけで、いいよ」 
「せといがいはいらないから」
「ほかは、いらない」

 これが、最後でいい。
 最初で、最後。
 それでいい。



「あんたじゃないと、おれさまはいやだぜ」



 そうじゃなければ、嫌だ。
 くすりと、笑う。
 まるで、無邪気な幼子のようだと思ってしまったからだ。
 何も知らない、ただただ夢中な子どものよう。
 もう、そんな年でも、時でもないというのに。
 それでも。

「セト、好きだ」

 口にした。
 自然に、するりと出てくるに任せて。
 そして、目を開ける。
 目の前にある整った顔に、触れた。
 曖昧な線をはっきりさせるために、輪郭を、鼻筋を、唇をなぞる。

「もしも、俺様が女だったら、ここでキス一つくらいしてやるところだったけど」

 名残惜しそうに手を引き、起き上がる。
 寝台から下り、闇にすっかり馴染んだ目で、外へと繋がる扉へと危なげなく進んだ。
 本当に、名残惜しそうに立ち止まる。
 だが、決して振り返りはしない。

「本当はもう一眠りしてえけど、日が昇ったら、敵同士だからな」

 するりと、闇の中、ただ、寝台に温もりだけを残して消える。
 その温もりさえ、時が過ぎれば消えるだろう。
 それでも、いい。
 何一つ残らず消えていく。
 それこそが、最後の恋に相応しいのだから。




 管理人は、純愛と乙女の区別がうまくつきません。
 しかし、これでセトバクで、純愛系ということにしておいてくださいませ!!
 短文といっておきながら、やはり短いといわざるをえません……。
 状況説明すると、夜、セトに会いに盗賊王が侵入したら、寝ぼけたセトにお布団にいれてもらって、嬉しくて切なくて安心して一緒に寝ちゃったよ!
 っというところです。
 見返りはいらない、それでいい、最初で最後でいい。
 ぴゅあー(玉砕)



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