人が見るゾークという存在は、実際は大樹の枝葉の一つに過ぎない。
 枝葉から幹があり、根がある。
 いくら枝葉が切られたところで、枯れたところで幹や根には関係ない。



 つまりそれは、ふとしたことで枝葉がこすれてケンカしよーが、それが物凄くくだらないことだろうが、まったく気にしない。



「さんにーのわからずやー!! バクラちょーだいー!!」

 そんな、罵しりと願望の混じった言葉とともに、ティーカップとティーポッドが飛ぶ。
 ただ飛ぶだけならば地面に叩きつけられ、割れる程度で済むが、問題は、その飛来速度だった。
 風を切り、ミシミシと自身を軋ませながら熱を孕み飛んでいくというところで、それがどれだけの速度を持っているかわかるだろう。 
 投げたのは、どちらかといえば華奢な、美少年という言葉にまさしくふさわしい愛らしい少年だった。笑えば、周囲も微笑んでしまうような、背はそれなりに高いが、どこか少女のような印象を受ける容姿をしている。
 だが、その要素をとっても細腕からあれほどの速度が生み出せるのか想像もつかない。
 そして、慣性の法則にしたがって飛ぶ先にも、また一人の少年がいた。こちらも美少年と言ってもまったく過言ではないが、もう一人の少年よりも随分幼く、ひたすら、一つの芸術のような人工的な冷たい印象を受ける。
 二人は、そんな、髪と目の色を覗けば、反対にも思える外見を有しながら、似ていた。どこがと言われれば誰もが答えに窮するが、同じ材料で作った人形のように似ているのだ。

「………」 

 ゆるりと緩慢な動きで幼い少年の視線が動いた。その先には飛んでくるティーカップとティーポッド。
 まだ、年端もいかない、そんな速度の物体を受け止めれば簡単にそのからだを破壊されるだろうことは一見しただけで誰にでもわかるだろう。
 けれど、もう避けられるタイミングでもない。
 しかし、表情は変わらない。


 がしゃんっ。


「さんにー!! 避けちゃダメ!!」

 だが、避けた。
 眉一つ動かさず、むしろ、いつの間に動いたのだという不動さで、少年はそこにいる。
 また、ティーカップが飛ぶ。
 先ほどと変わらぬ速度を、今度は避けない。
 変わりに、影が動いた。
 闇色の漆黒が膨れ上がり、ティーカップを包み込む。全ての衝撃を殺されたティーカップは闇に沈み消滅した。

「受け止めたぞ」
「影使うのもだめー!」
「影ではない、余の一部だ」
「とにかくだめー!!」

 次は、砂糖壷が飛ぶ。
 やはり、速度は変わらない。砂糖をバラ撒きながらまっすぐに幼い少年へと突き進む。
 今度は、少年は自らの手を砂糖壷の前に差し出した。
 どう考えてもそのままいけば手と砂糖壷は砕ける。だが、何のことはない、キャッチボールをするような手軽さで少年は砂糖壷をとめて見せた。
 手の中でティーカップが砕けるが、その小さく柔らかそうな皮膚には傷一つない。

「なにそれー!!」
「……余の作ったものが余を傷つけられないのは道理」
「うー!! さんにーの化け物!!」
「余は邪神だ」
「わがままー!! 鬼畜ー!! ショター!! チビー!! エロー!! むっつりー!!」
「………」
「言い返せないのー!! バカー!! さんにーのド低脳ー!! クサレ脳みそー!!」

 幼い少年は、無表情に首をかしげた。
 小さな子どもの外見とあいまって、それは愛らしく見える。

「……五の弟」
「何さ!!」

 弟と、呼ぶ。
 どう考えても少年よりも小さな子どもが口にするのは違和感があった。
 けれど、それを少年は気にした様子もなく怒りのままに答える。
 幼い少年は、怒りをまったく気にする様子もなく、小さく呟いた。

「むっつりとはなんだ」
「え……?」
「他の単語はなんとなくわかったが、むっつりとはなんだ?」

 赤い、ガラス玉の瞳が問いかける。
 同時に、少年も考えてしまった。
 とりあえず口に出してみたけれど、意味はわかっていないらしい。
 怒りも忘れた様子で頭を悩ましている。

「六つに似ているが、六に関係あるのか?」
「えっそうかも」
「余は上から三番目であって、六の弟とは違うぞ」
「そうだよね、だって、あっちは弟だけど、さんにーはお兄ちゃんだもんね」

 ひどく上滑りした会話。
 もしもそれを聞くものがあれば何か一言二言口を挟むが、不幸にも(幸運にも?)誰も見ていない。

「むっつり……」
「むっつり……」  

 単語が単語だけに、悩む様が妙に滑稽に見える。
 だが、二人とも表情は真剣だった。

「うーん……そうだ、バクラに聞けば!」
「なるほど」

 では、呼ぼう。
 するりと幼い少年は手を動かす。
 何気ない動きだったが、闇が蠢き、空気が変わった。
 
「ぎゃっ」

 どすんっと、いきなり虚空から黒い色彩の中に白い少年が落ちてきた。
 年の頃ならば、少年と同じくらいだろう。いや、違う、その顔も、体格も、髪と瞳の色以外ほとんど差異がないほど、同じだった。
 けれど、どこか二人は似ていて、違う印象を受ける。まるで、幼い少年とは間逆に。
 白い少年は、何が起きたかわからない表情で辺りを見回し、パチパチと瞬きを繰り返す。

「うわ、さんにー、すごい、なにそれ、便利、いいなー!!」

 そして、少年たちの顔を見ると、自分が呼ばれたことに気づいたのだろう、うげっと苦い顔をした。

「ああ、やったらできた」
「やれるかわからないのにやったのかよ!!」
「ああ、まあ、失敗しても別の世界に出るだけだろう。たいしてことではない」
「大事だろそりゃ!?」
「それよりもさー」

 白い少年の怒鳴り声を少年が制した。
 
「バクラ、バクラ、むっつりって知ってる。後、僕のものになって、というか、僕のものだよね。エヘヘ、僕のバクラー」
「むっつ……?」
「僕のバクラー」
「むっつり」
「むっつり?」

 わかった様子のまったくない表情に、幼い少年の冷たい視線が、更に冷たくなったように見えた。

「わからないのか」

 その少しもかわらない表情に、長年幼い少年に仕えた勘が最大限の警報を鳴らす。
(答えないと、ひどいことになる)
 そう確信した白い少年は必死に口を開く。

「えっと!! たったしかさあ、宿主様が機嫌悪いときに言われてた気がするぜ」
「機嫌が悪いとき……?」
「さんにー、機嫌悪いときあるの?」
「機嫌……」
「怒ってるとか、そういうことだろ!!」

 なるほどっと、二人は納得したような雰囲気を漂わせる。
 なんとかその場を回避した少年はやれやれと溜息をつき、ふと、呟く。

「ていうか、ゾーク様はよ、わからないことは検索すりゃ、だいたいわかるって言ってなかったか?」

 微かに、幼い少年の目が開いた。 
 何か考えるような沈黙の後、やはり、無表情に口が開く。

「口数が少なく、愛想のないさま……また、その人……」
「…………」
「………」
「……」
「さんにーのことだね」
「俺様、帰ってもいいデスカ? 宿主様が急に帰って困ってると思うから……」
「えー、だめだよー。僕のバクラー」

 少年にくっつかれ、辟易とする少年は、視線をずらす。
 そこで、割れたティーカップのかけらを見つけた。

「……なにしてたんだ?」

 白い少年の問いに、二人は顔を見合わせた。
 そして、少し思い出すように口を閉じ、

「そうだ!! 僕、さんにーと喧嘩してたんだ!!」
「喧嘩?」
「そう、さんにーがね、僕にシュークリームくれないから!!
 どうせさんにーなんか甘いしかわからないんだから、泥団子に砂でも練って食べればいいのに!!」
「泥団子はねえだろ……で、シュークリームってよお……」

 白い少年は、ひっくり返った机を指差した。
 そのすぐ近く、これもまたひっくり返った椅子の下、無残にもクリームを飛び散らせたシュークリームだったものがある。
 恐らく、少年が暴れた際にうっかりひっくり返したのだろう。
 じっと、二人は呆然とした表情でシュークリームを見つめた。
 さすがに、落ちて潰れた物を食べようとは思わなかったらしく、みている。


 
 後に、少年はその背中を見て、



「邪神とは思えない寂しさだった」




 色々ヤケで、五男様!!
 別に、五男様は頭が悪いわけではございません、幼いだけなんです。
 そして、三男は頭が悪いだけなんです。
 なんというか、残念なできに……。
 ちなみに、五男様が怪力風味なのは、人間じゃないから、人間のリミッターがないからです。
 火事場のバカ力を常時出せるのです。
 


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