神という存在は流動する性質を持つものでなければ基本的に世界から動こうとはしない。
 それは、神がそういう風にできているということ、他神の存在する場所ではうまく力をふるえないこと、そして、巨大な力は世界の均衡を簡単に壊すことができてしまうから、というのがおおまかな理由である。
 自分にあてがわれた心地のよい場所から、自分を崇める信者たちの力及ぶ範囲から、何を望んで無理に離れたいというのだろう。
 勿論、邪神であるゾークたちも、流動できるよう自身をそうした彼のメフィストフェレスのような一番目か、未だ世界も運命もなき玉依姫を探す流浪の五番目でなければ滅多なことがなければ動いたりしない。
 そもそも、邪神には邪神で、その世界で成さねばいけない役割もある。気軽に世界を移動できるわけではない。
 まあ、結構滅多なことが多いため、そう見えないことが多いのだが。

「ふんふーん♪」

 闇の中、軽やかな歌が響く。
 まるで飴を煮溶かしたような甘さと重さの闇をまとい、正反対の白い髪を揺らしながら歌の主は砂糖菓子のようなフリルをばら撒く。
 その気配を感じて、闇が動いた。
 慣れた様子で音一つなく美しい幼子の姿で顕現し、床に降り立つ。傍らには寝ているのか、はたまた死んでいるのか動かない少年が転がっていた。 
 その少年の頭を蹴飛ばし、幼子の姿の邪神は告げる。

「宿主様のところでもなんでもいい、上がれ、しばらくここに降りてくるな」

 見かけには合わない尊大な口ぶり。
 声に反応して、人形の瞳が開くような違和感を持って、少年が動く。
 ふらりっと頭を揺らしながら、立ち上がり、足を動かした。その途中、一度だけ振り返り問うた。

「なんか、くるのか?」
「何かがくる。余は他への興味がないゆえに、感知が弱い」
「ふーん」

 あまり興味がなさそうに少年はその場から去った。
 邪神は特に警戒した様子も、かといって油断した様子もなにもない、無表情で待っている。
 不可思議な足音。
 それと同時に、フリルがばら撒かれる。
 白、赤、青、黄色、橙、色、色、色のパレード。
 思わず邪神にとってまったく意味のない瞬きをしてしまうほどのカラーリング。

「やっとでれた♪」

 楽しそうな、楽しそうな声。
 まるで、感情の喜と楽だけ取り出したかのように明るい。
 だが、その身にまとうのは、闇。邪神がまとう闇と同種のものだった。

「………誰だ」

 瞬きはしたものの、やはり邪神の表情は変わらない。
 ただ、現れたフリルで痩身をデコレーションケーキのように膨らませた相手を見ている。
 白い髪に黄緑の瞳、肌は不健康なほど青白く、その顔は邪神にとって見慣れた――先ほど去っていった少年にあまりにも似ていた。
 もう少し服装を整え、表情を変えればそれこそ、瓜二つとも言える。
 相手は、その無表情ににっと笑いかけた。

「誰だなんて冷たいよね、おニーちゃん♪」
「兄……」
「そう、弟だよ?」

 星とシャランっという効果音を振りまきながら小首を傾げる。
 その仕草は少々やりすぎなくらいであったが、弟と名乗る相手にはよく似合っていた。
 だが、やはり邪神の表情は変わらない。ただ、顔からつま先までをゆっくりと見渡した。
 そして、視線がある一点で止まる。
 邪神の小さな姿にとっては、ただまっすぐ見たような高さ。
 ただし、相手にとっては腹のすぐ下、足の間で、だ。
 じっと見ていると、相手はやはり大げさな動きでまったく照れていないのに恥らったような動きをしてみせる。

「おニーちゃんのえちー!(*><)」

 邪神は、やはりなんの反応もとらない。
 相手はつまらなそうに唇を尖らせた。子どものように手足をばたつかせ、頬を膨らませる。

「おニーちゃん反応薄いよねー、つまらなーい」
「なるほど」

 邪神が口を開く。
 それと同時だった。
 急にフリルがぼこぼこと不自然に蠢きスカートの裾から黒いなにかが飛び出した。

「ひゃあ、ヘビちゃん」
「……初めまして」

 それは、ヘビだった。
 日本でよく見るような小さく細いものではなく、邪神の腕よりも太いこれに巻きつかれたら最後というような大きさのヘビ。
 それがフリルの海から、しかも美少年とも言える愛らしい容姿から突き出されているというのは、ひどくシュールで、笑ってしまうような光景。
 しかし、やはり邪神はピクリとも表情を動かさず、ヘビを見ていた。

「余が今の所、兄弟の三番目だ、七の弟よ」
「あっやっと弟って認めてくれた!
 ヘビちゃんのおかげだね、ありがとう!!」

 嬉しそうにフリルを翻して少年が笑ってヘビに話しかけた。
 ヘビを挟んで会話するという姿は、もうシュールを通り越している。
 そんな少年をもう一度見、邪神はなぜか納得したように呟いた。

「なるほど、そうすれば楽なのか」
「なにが?」
「色々、工夫するのだな」
「だから、なーにーがー?」
「それで、何用でここにきた」
「おニーちゃん、さっきから全無視!? ヘビちゃん、もしかしておニーちゃんって日本語通じないタイプ!?
 しかも、さっきからヘビちゃんばっかり見て、もしかしてこれは弟として視線を合わせるべきなのかな? まあいいか!」
「……」
「えっとね、僕はヘビちゃんとお話しながら歩いてたら、いつの間にかここにきちゃったんだよね!
 まあ、ヘビちゃんとお散歩するとこんなことよくあることだからさ。気にしないでいいよ、おニーちゃん」
「……最近は……フラフラと兄弟を訪ねるのが流行っているのか?」
「知らない、僕とヘビちゃんはお散歩が好きなだけだよね、ヘビちゃん」

 無表情な邪神と同様に、無邪気な少年は意図が読み辛い。
 しばらく邪神はその表情を見上げていたが、視線をまたヘビに移した。

「そんなことより、おニーちゃん!! お近づきのしるしとしてジュースあげるー、甘くておいしいよ」

 甘い、っという単語にぴくっと反応する。
 変わらぬ無表情も、どことなく嬉しそうに見えた。

「おニーちゃん、甘いの好きなんだね! はい、どうぞ!」

 どこからともなく差し出したのは、コップの中、なぜ炭酸のように見えないのにごぼごぼとあわ立ち異臭を放つ、不思議なマーブルの液体だった。もし、それをジュースと形容するならばジュースという単語について少々考え直さなければいけないだろう。 
 しかし、邪神は躊躇わなかった。

 ゴクゴクゴク。

 すぐさま受け取り、飲み干す。
 そのあまりの迷いのなさに、少年も一瞬きょとんっとしてしまった。
 無表情のまま、空になったコップを手の中で消滅させる。
 じっと、少年は邪神を見た。
 邪神はやはり、なにも変わらない。

「ヘビちゃん、おニーちゃんにはきかないのかな……」

 っと、呟いた瞬間だった。
 ふらーっと邪神の体が揺れたかと思うと、バタンっと倒れる。

「え?」

 邪神は、無表情だった。けれど、ぴくぴく体を痙攣させている。
 褐色の肌のせいでわかりにくいが、顔が青ざめていた。

「………おニーちゃん?」
「………」
「痺れてるの?」

 無言で、小さく首を縦に振る。
 口も開けないのだろう床に転がったまま動かない。
 少年はしばらくじっと見つめ、笑った。

「……変なおニーちゃん、おもしろーい!!」

 けらけらけらけらと指をさし、ヘビに話かけ笑う。
 笑って笑って笑い続ける。笑いすぎてついには涙を流しながらも笑い続けた。
 邪神は、その様を静かに見ていた。珍しそうに観察するような目で。
 ひとしきり笑い続けるところっと表情を変えた。考えるように首をかしげ、ヘビを見る。

「んー、でも、せっかくおニーちゃんがおもしろいのに、このままっていうのはつまらないよね」

 ヘビが、なぜだか楽しそうに蠢いた。





「ゾークー、ゾーク様ー、もういいかー?」

 薄い闇の中で、少年が歩く。
 めんどくさそうに辺りを見回し、いないのだろうかといぶかしみながら奥へと進んだ。
 別に探す必要はなかったのだがなんとなく、何かがきたというのが気になったのだろう、つい声をかけてしまう。
 辺りを見回し、ふと、気づく。
 闇の中、不思議な色を見つけたのだ。
 思わず、立ち止まる。近づくのが、なんとなく嫌だったからだ。
 しかし、近づかずにはいられない。
 好奇心は猫をも殺す。

「ゾーク……?」

 それは、目に痛い黄色。
 黄色いまるで、中世の貴族の貴婦人が着るような膨らんだスカートと袖を持つ、きらびやかなドレスだった。
 なぜこんなところにドレスがっと思う前に、少年は、目があってしまった。
 そのドレスの中、埋まるようにこちらを見つめてくる邪神と、目があってしまった。
 血の気が、さぁーっと引いていく。
 意味のわからない恐怖。
 邪神は、視線を少し動かすと、起き上がった。
 ずるりとドレスも動く。

「…………」
「…………」

 少年がその後、どうなったのかはまた別の話である。








「楽しかったね、ヘビちゃん。次のお散歩はどこにでるかな?♪」



 七男書かせていただきました!!
 兄弟で唯一、三男相手に攻められる&三男に勝てると評判の女装っこ、七男!!
 三男に女装させることができるのは、七男だけ!
 楽しく書かせていただきました。
 七男の魅力を全部引き出せなくてすみません。



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