※17歳おいてけぼりバクラと、転生子社長のよくわからないパラレル。
 書いててよく私もわからなくなりました。
 雰囲気で、読んでください。




































1.カランコロン


「なつまつり」

 横を歩くそいつを見上げると、青い瞳を細めていた。
 そいつの背がそれなりに高いせいで首が疲れる。
 普段はそれが妙に悔しくてわざとそいつの顔をみないのだが。

「夏祭り、行こうぜ、社長」

 いつもながらの唐突な提案。脈絡も計画性もなにもない、ただ、季節が合っているぶんマシだった。
 なんと言っても、クリスマスにスイカが食べたいと騒ぎ、高い金出して買ったら甘くないとたべなかったのだ。旬じゃないので当たり前だろう。
 さっきまで、覚えてもいないどうでもいい話をしていたというのに、どういう思考をしているのだろうか。
 そんなことを考えながら予定調和の反論を紡ぐ。
 
「俺は、社長じゃない」
「まだ、だろ」

 その内、なるんだろ。
 にやにや、まるでなんでも知っているかのように言ってくる。
 勿論、自分はまだ小学生であるが、親が社長なのだから、なにか道を踏み外さないかぎりは社長になるつもりだった。
 その為の勉強もしているし、それは嫌ではない。

「だったら、社長だろ?」

 社長、社長と口の中で繰り返す。
 俺よりもずっと6か7ほど年上のくせにまるで子どものように。

「とにかくさ、社長、行こうぜ」
「どこへだ」
「夏祭り」
「そんなもの、いつでもやっているわけではないだろう」
「探せば、あるもんだぜ」

 指差した先、電柱に張られたポスターには、鮮やかな花火の絵と、今日の日付。

「行こうぜ、社長。りんご飴くらいなら奢ってやるぜ?」
「いらん」
「よし、6時に、現地集合な」
「おい」
「行かん、って言わなかっただろ?」

 得意げな笑顔に、何を言っても無駄な気がして黙り込む。
 いい加減首も疲れたので、下げたら、勝手に頷いたと判断してはしゃぎだした。
 うるさいので放っておく。
 そして、もう一度、今度は空を見上げるために首を動かした。 
 真っ青な空は、天気が崩れる様子はない。
 



「社長、嬉しそう」
「気のせいだ」



 祭りの雑踏の中、色とりどりの屋台がところ狭しと並んでいた。
 イカ焼きや、タコ焼き、焼きとうもろこしやわたがし、あらゆる食べ物の匂いが混ざり合い、客たちの購買意欲を刺激する。
 まだ明るい空に、ほんのり灯った提灯の明かりは無意味に見えた。
 どこかで誰かが笑い、泣き、声を張り上げざわめきを広げていく。
 その中で、一際耳に響くのは、石畳を下駄が叩く音。

「どうして」
「ん?」
「どうして、お前はここにきたかったんだ?」
「んー、前は、これなかったから」
「前?」

 カランコロン。
 下駄が石畳を叩く音。
 薄く笑った青年はからかうように、軽く口にした。


「前世」


 遠い、あまりにも遠い。
 悠久の時を写したような瞳。
 本気のように、冗談を口にする。

「非ぃ科学的だ」
「ひゃはは」

 楽しそうに、まるでそう返ってくると知っていたかのように笑って、自然に、青年は少年の手を握った。
 振り払おうと思ったが、ここで振り払うと、まだ小さな少年は人ゴミに埋もれてしまう。
 一瞬の迷いに、少年は完全に手を振り払うタイミングを失った。

「りんご飴おごってやるぜ」
「いらん」

 カランコロン。
 近くを、同じように、しかし、両親に手を引かれて歩いていく少女が見えた。

「そういえば」

 少年が、それを目で追いながら問う。

「お前は、どこに住んでいるんだ?」

 当然の、疑問。
 気づけば、少年は青年のことを何も知らなかった。
 なんだか、会った時から自然に隣にきたので、自然に一緒にいたので、忘れていた。
 名前だって、名字だか、本名だかわからない3文字しか知りはしない。
 いつも、会いにくる。特別、自分のことを言ったりしないから。

「俺様?」
「聞いてなかった。どこの辺りに住んでいるんだ」
「えーあー、りんご飴食おうぜ」
「誤魔化すな」
「あっカキ氷、カキ氷にしようぜ」
「……言いたくないなら、別にいい」
「社長、別にいいって顔じゃねえぜ」
「お前になど、興味はない」

 そう言うと、青年はなぜだか、ひどく悲しそうな顔をした。
 
「もう、俺様、帰るとこ、ねーんだよ」

 あんまりにも、その表情が、珍しくて、切なげで。
 少年の心に、あまりにも深く強く、突き刺さった。

「つまり」

 そこで、もしも少年がもう少し、そう、外見に似合わず大人びた精神が、もう少し成長していれば。
 少年はそこでなにかを言えただろう。
 それが、青年を救うか、慰めるかは別として。

「ホームレスか」
「ちげえ!!」

 とりあえず、年齢と、その場に雰囲気によれば、意外と最善の言葉だったかもしれない。




2.仮面の行列


「貴様は」
「なに、社長?」

 すぐそこの屋台で買った仮面を、さっそく頭につける青年に、彼は言う。

「狐狸の類か?」

 他の言葉ではなく、あくまで狐狸と言ったのは、恐らく青年の仮面が狐のものだったからであろう。
 コミカルにデフォメルされた糸目の黄色い狐。それは、青年の目つきが悪いせいか似合って見えた。
 ただし、その目は細くないし、髪の色は白く、狐の耳はない。勿論、尻尾も生えてはいない

「非ぃ科学的じゃねえの?」

 ひゃははっと、彼にとって、とっくに聞き慣れた、飽きたの域に入ってしまう笑い声をあげる。
 彼は、一度目を閉じる。
 昔、何度も彼に向かって言った、非科学的という言葉。
 言っていることは一々不明だし、現実的ではないことを夢のように語ってみたりする様は、まさにそうとしか言いようが無い。
 だが、だがしかし、ここまで一緒にいると、彼は、信じられない事実というものがあるということを、非科学的なるものがあることを知ってしまう。 

「貴様を、もう何年も見ていれば、そんなことも、言えなくなる」

 目を開けて、見下ろした青年。
 数年前までは、それほど気にしなかった。
 背が伸びないことなど、多少、顔つきが変わらないことなど。
 一緒にいれば、それほど気にしないものだ。成長は個々それぞれだ。
 しかし、しかし、時間は残酷だ。
 いくらなんでも、少年だった子どもが、青年の身長を超えてしまったとき、寸分も変わらぬ青年は、あまりにもありえない。
 不気味で非科学的。化けの皮を剥いでしまった。
 青年は、頭の横につけていた仮面を、顔の少年に持ってくる。
 表情が、見えない。

「おい、答えろ」
「なにを?」
「貴様は、何者だ」
「俺様は、俺様だぜ」
「貴様は、いくつだ」
「永遠の17歳」
「ふざけるな」
「ふざけてねえ」

 仮面を被ったまま、青年は走り出した。
 一度、止まって振り返る。

「社長」

 社長。
 幼い頃から呼ばれている名前。
 そして、今や、彼は社長というあだ名に相応しい役職についてしまった。
 それを考えると、あの頃からの呼び名は予言にも似ていた

「もうすぐ、17だっけ?」

 もうすぐだなっと、言いながら、白い髪を揺らして、人混みの中に飛び込んだ。
 狐の仮面が、他の御面の集団と混じってわからなくなる。
 追いかけようと足を進めた。
 仮面がわからなくなっても、白い後姿はすぐに見つかる。
 追いついて、仮面を奪えば、いつもと変わらぬ表情があった。

「りんごあめ、奢ってやるぜ」
「いらん」

 変わらない声音に、変化の兆しを感じてしまった。




3.狐火宿して


 暗くなってきた頃、少年には少々祭りの騒がしさはきついらしく、疲れたようにふらっと、道から外れた。
 青年は、しっかりと手を繋いだまま離さずついてくる。

「祭りには、いかんのか」
「社長がお疲れみたいだから」 
「別に、ついてなくていい」
「俺様が、一緒にいたいの」

 石段に座り、息をつく。
 自分たちが来た方を見れば、それほど外れたわけではないのに、明暗の差か、遠く見えた。
 昼間は意味のないように見えた提灯も、夜だとひどく頼もしく見える。
 吊るされた提灯の列を見ていれば、なぜだか、祭りというものは非現実的な空間に思えた。
 それは、その、祭りを見るどこか心ここにあらずという青年の横顔があれば、ますます。
 青い瞳が、遠い光を見つめている。
 じっと、じっと。
 疲れのせいか、不思議な眩暈。
 なぜだか、その瞳がひどく、気に入らなかった。
 暗闇の中、隣にいるというのに、手を繋いでいるというのに、まるで、闇に馴染んでしまいそうで。

「おい」

 声をかけると、ぐるっと、視線を向けてくる。

「なあ、社長、狐火みたいだな」
「きつね……?」

 知らない言葉に首をかしげる。

「ああ、でも、ここ稲荷じゃねえんだよな」

 っと、ブツブツいいながら、特別説明はしない。
 多少気になりはしたが、後で調べるかと、少年も問い詰めはしなかった。

「そろそろ、行くぞ」
「もう大丈夫なのか?」
「これしきのこと、平気だ。それより」

 立ち上がって、今度は少年が青年の手を引いた。

「りんご飴を、奢るのだろ」
「欲しいの?」
「いらん」

 変な社長。
 青年は首をかしげた。

「しかし、なぜりんご飴なんだ」
「お祭りと言えば、りんご飴だろ?」




4.リンゴ飴


 鮮やかな赤を、透明な飴でコーティングした、いわゆるりんご飴の屋台の前で、彼は立ち止まる。 
 そして、高級そうな、あまりにも屋台と似合わないサイフを取り出すと、これまた似合わず、小銭を取り出した。
 なんとなく、そこからびしっとカードなり、万札なりだしそうだと思っていた青年は、拍子抜けするよりも、妙におかしいと思ってしまう。

「一つくれ」

 屋台の店主が、やはり、青年同様、高級そうなサイフから彼が小銭を出す様に笑わないように必死に堪えながら返事をする。
 隣で、青年が少し唇を尖らせた。

「いらねえって言ったくせに」

 どうやら、散々断わったというのに、いきなり自分で買ったのが不満らしい。

「食うのなら、俺様が奢ってやるのに」
「俺は、いらん」

 かなり適当にビニールに包まれただけのりんご飴を、店主は彼に差し出す。
 彼が受け取ると、可愛らしいりんご飴とのギャップが、またどこか間が抜けていた。
 そんなことを気にせず、彼はりんご飴を、ぐいっと、青年に押し付ける。
 最初は、意味がわからず目をぱちぱちさせていたが、いつまでたっても自分の前にあるりんご飴を、思わず受け取る。

「貴様のだ」

 それだけ簡潔に言うと、何かを言われる前に、背を向ける。
 わけもわからずりんご飴をしっかり握った青年は、迷うようにその背を追いかけた。

「俺様、もらっちゃっていいの?」

 酷く、不安そうに聞く。
 彼は、一度も振り返らず答えた。

「いらんのか?」
「え?」
「いらんなら、なら捨てろ」

 俺はいらんっと、きっぱりと言い捨てられると、青年は必死にりんご飴を掴む。

「いる!」

 嬉しそうに叫ぶと、その背中に追いつき、腕を組む。

「離れろ、暑苦しい」
「もうすぐ花火だろ、一緒に行こうぜ」

 笑う青年に、彼はしばらく怒っていたが、やがて諦めて、人混みが流れ始めた方に歩いていく。
 提灯の群れのせいで空は暗いが、星は見えなかった。

「来年も、これたらいいな」
「毎年きて、まだ飽きんのか」
「飽きる飽きないじゃねえだろ、お祭りってのはよ」
「理解できん」
「ひゃはは、社長、あいかわらず」

 彼は、りんご飴を見る。

「食わんのか」
「後で」




5.花火の後に


 白い髪の青年が、隣の彼を見上げていた。
 手には、赤いりんご飴。
 轟音とともに、空には色とりどりの花火が上げられては散っていく。
 誰もが、上を見上げ、美しさに酔いしれた。
 最後に、空を覆いつくすような巨大なものが上げられたかと思うと、花火は終わった。
 放送が祭りの終了を告げると、一気に人が流れていく。
 混雑を避けるためか、余韻を楽しむためかしばらく座っているものもおり、青年と彼も、また、そのうちの一つだった。

「帰るか」
「もう少し」

 彼の言葉に、青年は首を振って、まだ空を見上げていた。
 沈黙。 
 どちらも口を開かないまま、けれど、決して居心地の悪くない時間だった。
 長い、といっても、恐らく時間にすれば5分と経っていないだろう。
 目が慣れ、星が見え始めた頃、青年はやっと、顔を彼に向ける。



「これが、君と彼の思い出?」



 りんご飴を横に置いた青年が、問う。

「ああ、こんなものだ」
「そっかあ」

 ごろんっと、その場に寝転がった青年は、大きく溜息をつく。

「君も、17の時に?」
「ああ」
「急に?」
「いや、一応、顔は見せにきた、そして、消えた」

 青年は、酷く、酷く寂しげな顔でそれを聞いている。

「僕も、あいつに会ったのは、君と同じくらいかなー……。
 どこの誰だかわからないし、怪しいやつだったはずなのに」

 初めて会って、どこからともなくいつも現れて、一緒で。
 妙に、あちこち一緒に行きたがった、喋りたがった。
 知っている事といえば、3文字の名前で。
 そして、ちっとも成長しなかった。いつの間にか、背が追いつき、彼は追い越した。
 考えれば考えるほど、不思議な、変な存在。
 青年に、よく似た、しかし違う誰か。

「あいつ、幽霊だったのかな」
「そんなオカルトのような存在、いるわけないだろ」
「じゃあ、なんなの」
「知らん」
「あいつさあ」

 ぽつりっと、軽い響き。

「なんだ」
「僕と、普通に話したかったって、すごく嬉しそうに言ってた」
「……」
「君にも、言ってたんじゃない? こうしたかったとか、行きたかったとか」
「散々、言われた」
「でしょ」

 やっぱり。

「未練、晴らしたかったのかな」

 17歳で止まった誰か。
 本当に、誰だったのか。
 相手はとても自分たちの事を知っていたようなのに、こちらはちっとも知らなかった。


「バクラ」


 青年は、名前を口にする。
 そうすると、なぜだか、あの独特の笑い声が聞こえてきそうで。

「僕たち、寂しいよ、おかしいね。置いてけぼりなのは君のはずなのに、まるで僕らが置いていかれたみたいだ」
「俺を勝手に含めるな」
「寂しいくせに」
「ふぅん」

 彼は、そっぽを向いて、空を見上げる。
 いつの間にか、青年が横においてあったはずのりんご飴がなくなっていることに、気づかないフリをして。



 社長はね、ほんとはね、好きだったんだよ。
 それだけ。

 とりあえず、バクラは、17歳で止まったまんま、社長とかに会って、やりたいこととか、言いたかったこと、喋りたかったことを言いました。
 であった年であり、別れた年である17歳でなぜかお別れです(理由は、まあ、色々)
 その間、バクラはおきざりなので成長しません。
 他人から見えてるとか、なんか食べるのかとかは諸々不明。
 社長と宿主様のとこに通ってました。
 なにか、別の機会で書けたらもっとちゃんと書きたいです。
 一つだけいえるのは、たぶん、社長とか、宿主様に、大切なことをたくさんあげたと思う。
 それは、きっと、もらえたことのお返し。



inserted by FC2 system