おれはなきむしです。
 いつもすごくかなしくて、さびしくて、くるしくてこわくて、すぐないてしまいます。
 おれがなくとばくらがおこります。
 ばくらがおこるとおれはとてもこわくてくるしくてないてしまいます。
 そしたらもっとおこられます。
 おれはもっとこわくてくるしくてないてしまって。
 そのうちばくらは、おれにおこることすらやめてしまいました。
 おれをみることすらやめてしまいました。
 さびしくさびしくておれはまたないてしまいます。
 そしたら、こんどはやどぬしさまがきました。
 やどぬしさまはおこりません。おれにもやさしいです。
 やどぬしさまがおれにやさしくすると、ばくらがこわいけど、おれはうれしいです。
 でも、うれしくて、あんしんしてないてしまいます。
 すると、やどぬしさまはすごくこまってしまいます。
 おれはもうしわけなくてもっとないてしまいます。
 なみだがとまりません。
 おれはなきむしです。

 かなしいです。さびしいです。くるしいです。こわいです。

 だれかおれのなみだをとめてください。









 でも、おれはきづきました。









 複雑な道と無数の扉。
 恐らく主人すら把握できない心の中。

「うわあああぁぁぁぁぁん!!」

 とてとてと小さな足を必死に動かして子どもが走ってくる。
 髪は褪せた白、涙に潤む瞳は青く、その肌の色や顔立ちで、一目で日本人じゃないとわかる外見をしていた。
 ふくふくと柔らかそうな涙でぐしゃぐしゃにし、悲しみに顔を歪め、まだくびれのない腕を伸ばしてかけよってくる。 
 それを受け止めない人間が、この世にいるだろうか。
 いたとしたら、それは人でなしの人間失格である。
 だからこそ、少年もまったくの躊躇いなく、迷いなく子供を両腕で受け止める。
 そのまだ柔らかくて軽い体を抱き上げ、そっと目元を拭う。

「どうした」

 小さな両手が、必死に肩を掴み、しがみついてくる。自分を全身で求め、縋り、頼ってくるのだ。
 それはもう、少しくらい痛くとも幸せな感触だろう。
 少年は宥めるように微笑んだ。

「どうした?」

 ぐずぐずと泣き続ける子どもの背を撫で、優しく問いかける。
 すると、なんとか落ち着いたのか、しゃくりあげながら子どもは少年を見た。
 青い瞳、変わらずぽろぽろと涙を流し続ける。
 その目尻をもう一度拭った。

「バクラに怒られたのか?」

 こくっと、頷く。
 またぽろぽろと涙が零れた。
 止まる気配はないが、それでも少年は何度でも拭う。
 跳ねた髪を落ち着けるように頭を、丸いラインをなぞるように頬を、何度でも。

「またか……よし、今度俺がどうにかしてやるぜ!!」

 輝かんばかりの笑顔に、子どもが困ったように眉根を寄せる。
 何か言いたげだが、その唇からが泣き声しか漏れない。

「心配するな、ちょっとマインドクラッシュしてやるだk「待ちやがれ!!」

 少年の言葉は最後まで紡がれなかった。
 なぜなら、少年の背後で顔を青ざめさせて怒り狂う白い髪の少年がいたからだ。
 子どもが恐怖に怯え、少年にしがみつく。

「おいおいおいおいおい、王様よお!! 聞き捨てならねえこと聞いたぞ!!」
「なにがだ?」
「俺様がいじめたとか、マインドクラッシュしやがるとかだ!!」
「いじめたんだろ?」
「いじめてねえ!! そいつがびーびー泣き喚いてるだけだ!!」
「怒鳴るな、怯えてる」
「怯えさせとけ!!」

 白い髪に青い瞳、そして全体的なパーツを見ると子どもに似た、しかし、背とちょっとした顔立ちや年齢が違う少年はツカツカと大股で二人に近づいてくる。

「てめえ!! あれから王様んとこ逃げるの覚えやがって!!
 原理はわかんねえけどやめろ!!」

 落ち着いたはずの子どもの顔がくしゃっとまた歪む。
 開かれた唇から子ども特有の甲高い泣き声が飛び出した。
 白い髪の少年は思わず耳を塞ぐ。

「うるせえ!!」
「お前が怒鳴るからだろう!」
「知るか!! とにかく、そいつを放せ!!」

 子どもの腕を握ると、小さい体のどこから出しているか不明なほどの大音量が響いた。
 まだ声、出るのかよ、と白い髪の少年がうめく。
 さすがの少年も耳元でこの大音量はきついらしく必死にあやす。
 ひっくひっくと落ち着いた子どもは、また少年にしがみついた。
 口から泣き声以外の言葉が零れる。
 なんとなく、自分が呼ばれた気がして、少年は「なんだ」っと答えた。

「てめえ!! 気持ち悪いんだよ!! 王様にひっつ」

 くんじゃねえっと、言うところで子どもがまた大きく口を開く。
 先ほどの大音量は勘弁と、白い髪の少年は真逆に口を閉じた。
 ぎりぎりと歯軋りし、対象を少年に移す。

「離せ、返せ」

 低い声に肩をすくめる。

「お前がこいつをいじめないと約束するなら、返してやるぜ」
「人聞きの悪いこと言ってるんじゃねえよ。俺様はいじめてねーつーの!」
「泣いてるぞ」
「そいつはいつも泣いてるんだよ!!」 

 びくっと、つい大きくなる語気に子どもがおびえる。
 少年は、声を抑えることはない。

「一々そいつ迎えにくるのに俺様がどれだけの労力使ってると思ってるんだ!!」

 だんっと、足を慣らす。

「これ以上俺様をいらつかせるな、×××」

 それは、少年の知らない言葉。
 遠い、しかし懐かしく馴染んでいるような気がした。
 子どもは、その言葉に反応する。
 少年から、手を離した。
 そして、白い髪の少年に手を伸ばす。
 その腕を捕まえると、一気に少年の腕から奪い、否、取り返した。

「ったく」

 手間をかけさせるなと吐き捨てた。
 子どもは、一度だけ少年を振り返る。
 少年は、子どもと白い髪の少年を見ていた。
 微かに、白い髪の少年の見えないところで、笑った気がした。
 涙をぽろぽろ流しながら、それでも、ふっと。

「え?」

 問いかける前に、白い髪の少年と子どもは消えていく。
 やはり、最後の表情は泣いていた。

「気のせい……だよな?」








 でも、おれはきづきました。
 おうさまといっしょにいると、すこしだけ、すこしだけ、かなしくないです。さびしないです。くるしくないです。こわくないです。
 やどぬしさまみたいにあんしんしないけど、おちつく。
 このきもちをなんていうのかはしらないし、しりたいともおもわない。
 だって、おうさまのところにいると、ばくらがおこってくれる。ちゃんと、おれをみてくれる。
 にんぎょうみたいじゃなくなる。にんげんみたいになる。
 それに、たのしそうだ。うれしそうだ。
 でも、おこられるのはこわいし、にらまれるのもいやだ。
 きょうもおれはなきむしです。

「だー!! 泣くな!!」



 泣き袋のひっそりとした続きを書いて見る。
 久々に短めにテンポよく書いてみました。
 子バク=バクラの心の感情担当です。
 やはり、子バクを泣かすのはすてきだ……でも、やはりバクラです、腹に一物あります。
 なぜ王様のところへいけるのかは決めてません。えっと、千年アイテムの共鳴とかということで!!
 一人称が俺なのは、わざとです。


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