俺の恋人は、髪が長くて、俺より背が高くて、その上目つきも口も悪い。
 性格はかなり強気で口より先に手が出る短気。
 でも、そんな素直じゃないところがかわいいと、思っていた。




 パンッ。





 軽い音とともに衝撃がきた。
 咄嗟に頬を抑えて呆然としてしまう。
 痛みは数秒経ってから、熱くジンジンと訴え始めた。

「この、嘘つき最低男」

 ぎっと、それだけで人が殺せそうな目つきで睨まれる。
 だが、怖くはない。
 なぜなら、彼女のその瞳には今にも溢れそうな涙が溜まっているからだ。
 俺は何も言えなくて、頬を抑えたまま立ち尽くした。
 気の荒い彼女が、俺に対して手をあげたことは何度もある。だが、こうやって平手で叩かれたことは初めてだった。

「今まで、ずっと我慢してきたけど、もう限界」

 涙まで浮かべて怒り狂う彼女に、言わなければいけないことがあったというのに。
 それでも、言葉はでない。
 どころか、心のどこかで(ああ、ついにか)っという諦めが笑う。
 正直、このときをずっと前から覚悟していた。
 それこそ彼女と付き合った時から、いや、付き合う前からだ。知っていたと言い換えてもいい。
 これは、しょうがない結末。 
 いつまでも、惰性と甘えでだらだらと引き延ばしていたに過ぎない。

  

「別れよう」 



 けれど、この言葉は胸にくる。
 思わず引き止めたいほど、胸にくる。
 覚悟はしていたとはいえ、彼女のことは好きだった。
 それが、偽りだとしても、彼女を騙していることだとしても。
 もしも、ずっと騙されてくれるならば、ずっと騙していたいほど、スキだった。
 だが、聡い彼女は騙されてくれなかった。
 彼女は、俺の言葉を待たずに口を開く。

「アテムは、すごく優しかった。背は低いけどかっこいいし、一緒にいて楽しかった。
 告白を受けてくれたときも、笑っちゃうくらいくさい言葉も嬉しかったし、喧嘩もしたけど、酷いことも言ったけど、スキだった」
  
 でも、もう限界なのだと言う。
 涙は、零れない。
 零さないことこそ、彼女のプライドだといわんばかりに。
 強く、誇り高い姿。
 どんな時だって、決して一線は譲らない。
 そこも、好きなところだった。
 
「もう、私を通して他の子を見られるのはまっぴら」

 首を振る。
 そんなつもりはなかったと、言えなかった。
 口を開けば、言い訳しか飛び出さない。それを理解しているからこそ、彼女の言葉を聞き続ける。
 どれだけ耳を塞ぎたくとも、聞く義務があった。

「いつか、私を好きになってくれるかと思ったけど、無理だった」

 だから。

「最後にこれだけ言わせて」

 ふっと、笑う。
 最も美しい笑みだ。
 涙を浮かべていても、美しい。



「本命には一切手が出せないヘタレ」



 かなり、胸にズンっときた。









 夜の闇の中、白い少女が白い息を吐く。
 街灯の明かりに照らされて、彼はそんな少女を見つけた。
 見慣れた少女の姿。
 一目見て、きょとんと、していた。
 
「よう」
 
 彼は、きまぐれのような偶然に顔を歪める。なんとか搾り出すような言葉に、少女は言葉で返さなかった。
 次の瞬間、指をさし、笑い出したのだ。
 辺りに響く笑い声。
 とうとう腹部を抑えてて転げそうになりながら、ひたすら笑い続ける。

「ひゃはははははは!!
 おっおうさま、どうしたんだよ!! 頭だけじゃなくて顔にも紅葉できてるぜ!!」

 そして、ようやく笑い声以外の言葉を口にした。
 指差した先には、くっきりと赤い手形がついている。
 手形を思わず押さえてみるが、消えるわけでもなく、ひりひりと少し痛んだ。

「ふられた」

 そんな言葉に、同情もせず慰める気もなく更に笑う少女に、彼はふうっとため息をついた。
 どこかあきらめたような、ふっきれたようなため息。
 さっきまでひどく落ち込んだ気分だったのだが、なんだか少女の笑う姿にどうでもよくなってしまったのだ。
 いっそ、清清しくて怒りも沸いてこない。 

「美人な彼女だって自慢してたくせにざまねえなあ」

 少女はくすくすとこらえきれず笑う。

「そんなにおかしいか?」
「おうよ。いつも自信満々なあんたがふられてしょぼくれてるのは最高だぜ?」

 さすがに苦笑する彼に、少女はやっと笑いを抑えた。
 隣に並ぶと、少し背を折り顔を覗き込む。

「慰めてやろうか?」
「トドメをさされそうだからやめとくぜ」
「そりゃ、懸命だ」

 またけらけら笑う少女に、彼は肩をすくめた。
 少女の口が悪いと、彼はこの世で最も知っているからだ。
 どうでもよくなってしまたっとはいえ、傷口を抉られたくはない。

「ここでなにをしてるんだ?」

 話をそらすように問うと少女は片手に持っていたコンビニの袋を持ち上げる。

「買い物」
「こんな時間にか?」

 すっかり暗くなった辺りを見回す。

「こんな時間って、まだ8時だろ」
「よく獏良くんが外に出したもんだ」
「兄貴もそこまで過保護じゃねえよ」
「じゃあ、獏良くんに言って出てきたのか?」
「……黙ってだけどよ」

 ばつが悪そうに唇を尖らす少女に、今度は彼が笑った。
 その顔が気に入らないのか、少女は軽く彼の足を蹴る。
 だが、すいっと避けられた。

「たぶん、心配してるぜ」
「……」
「送ってやろうか?」
「いらねえ」
「じゃあ、送ってやる」
「なんでだよ!!」

 もう一度蹴りつけてくる少女にかまわず、彼は少女の家の方へと歩き出す。
 ブツブツ文句を言いながら少女は彼を追いかけ、隣に並んだ。

「一人で帰れる」
「そうか」
「つーか、王様こそ、こんなとこでなにしてんだよ。家あっちだろ」

 その言葉に、彼は自分の頬を指差す。

「これをつけたままじゃ、相棒に顔見せれないから、ひくのを待ってたんだ」
「まあ、そんなん遊戯のやつに見せたら心配しそうだしな」
「相棒にだけは、心配かけたくない」
「ふーん」

 少女はコンビニの袋から缶を取り出すとぺたっといきなり彼の頬にくっつけた。

「!?」

 思わず冷たさに飛びのく彼に、缶を投げ渡した。
 取り落としそうになるところをなんとかつかむ。

「これは……?」
「やる」

 冷やせよ。
 そう言うともう一つ缶を取り出し、プルタブに手をかけた。
 彼はしばらく沈黙し、缶を見つめる。
 そして、珍妙な顔をした。

「……これは、なんだ?」
「プリンシェイク」
「……うまいのか?」
「しらねえ。兄貴が好きだから、買った」

 よく振ってからお飲みくださいという表示に、どうなのだろうと首をかしげる。
 甘いものは嫌いではないが、ためらいを覚える。
 そんなことも知らず、少女は湯気をたてる暖かそうな缶に口をつけていた。

「どうせなら、俺はそっちがいいぜ」
「もらう立場のくせにわがまま言うなよ」
「もらう側だって、選ぶ権利はあるぜ」

 しばらくにらみ合い、少女がしかたないとでも言うように缶を差し出した。
 受け取ると、じわりと冷えた彼の指に温もりが伝わる。

「ま、ふられ王様へのせめてもの慰めだ」

 にやっと笑う。
 言い返せない彼は、プリンシェイクを返すと缶に口をつける。
 数歩踏み出して、ふと止まった。
 いきなり立ち止まった彼に少女も立ち止まって振り返る。
 彼は、にやっと笑った。



「間接キスだな」



 がつっと、今度はまともにすねを蹴られた。
 思わずうずくまってしまうほどの痛み。
 少女の白い頬がまるでリトマス試験紙のようにかっと赤くなる。

「なっなにいってやがる!!」

 コンビニの袋がシェイクされるのにもかかわらず少女は腕を振り回す。
 うずくまる彼に追い討ちのようにもう一度蹴りがとんだ。
 かなり痛い。
 少女は焦りにうまく舌が回らないのか、同じ言葉を繰り返し、ただでさえ悪い目つきを更に吊り上げた。

「違うからな!!」

 否定の言葉を彼にぶつけ、走り出す。 
 慌てて追いかけようと立ち上がる彼に、ついてくるなと怒鳴り、逃げるように走る。
 小さな背中を白い髪を見つめることしかできず、とりあえず手から飛び出した缶を拾った。
 中身はもうほとんど残っていない。
 ため息が自然と漏れた。
 諦めのため息ではない。
 失敗したというような、自分への失望のため息。
 あの調子ならば、どれだけ声をかけられても立ち止まらずまっすぐに家に向かうだろう。
 むしろ、立ちふさがると跳ね飛ばされるかもしれない。
 頬に触れる。
 ずいぶん腫れも引き、痛みもなくなった。





(「もう、私を通して他の子を見られるのはまっぴら」) 





 彼の好きな相手は、髪が長くて、彼より背が高くて、その上目つきも口も悪い。
 性格はかなり強気で口より先に手が出る短気。
 でも、そんな素直じゃないところがかわいいと、思っていた。
 それは、彼にとって頭を抱えるべき事実であり。
 少女にいつか気づいてほしい事実でもある。



 管理人はヘタレもダイスキです。
 しかし、王様が最低な話。
 幼馴染な王バクはもう色々と近すぎて全部が全部今更で中々自分の位置を崩したりできなくなっていそうです。
 特に王様はメンタル弱いので、告白とか中々できなさそうな。
 だからつい、天音ちゃんに似てると告白を受けてしまったり、勘付かれてふられたり、その別の子と付き合った事実で首を絞めたり。
 なんというダメ男……!(ダメ男スキー) 
 そして、天音ちゃんはただの鈍感です。「俺よりも杏子が好きに違いない」とか思ってそうです。

 あっプリンシェイクは実際にあります。
 管理人は飲んだことないです。おいしいとかいう噂ですね。
 
↓他人事なお兄ちゃんたち。

「天音がいつ気づくのか賭けようか」
「じゃあ、僕、天音ちゃんが一生気づかない方にかける」
「え、ずるいよ。僕もそっちだ」
「賭けが成立しないね」
「困ったなあ」



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