いつから好きだなんて、覚えていない。
 もしかしたら、最初っから好きだったのかもしれない。
 もしかしたら、最近たまたま好きになったのかもしれない。
 でも、もしも、もしも明確にそれを決めるなら、きっと。

「キレイ」

 だなぁって、思ったときだと思う。
 







 彼と僕が出会ったのは、小学生のときだった。
 初めに仲がよくなったのは、僕と彼の兄で、どちらかといういと彼とは遊んだり話してても、僕はオマケという感じで特に気にしたことはなかった。
 彼は、とてもお兄さんのことが好きで、本当に僕なんか眼中に入ってなかったと思う。
 まあ、それは僕もほとんど同じだったからお互い様かな?
 従兄弟とは仲がいいのか悪いのか、よくいろんなことでケンカしている印象が一番強かった。
 いつも怒ってるみたいで、強くて口が悪かったから、少し怖いとすら僕は思ってて、ちょっと避けてたかもしれない。
 そんな彼と仲良くなったのは、確か僕が従兄弟とカードゲームしていたときだった。
 従兄弟に勝負をふっかけにきた彼は、今まで彼の兄とTRPGばっかりしてたから、僕がカードゲームをやってるのを驚いたみたいで、しばらくきょとんっと見ていた。
 僕はちょっと怖かったけど、従兄弟も止める気がなかったみたいだし、手を止めてたら彼からも促されてしぶしぶ続けるしかなかった。
 結果は、僕の負け。
 でも、彼の目が、しっかりと僕を見ていた。
 従兄弟や、彼の兄のオマケじゃなくて、僕を見ていた。
 それで、従兄弟じゃなくて僕にカードを突きつけて勝負を申し込んできた日。
 その日から、僕と彼は仲良くなったって思えるようになった。
 だけど、やっぱり印象は変わらなくて、怖いなあっていうのはずっと尾を引いてた。
 やっぱり、僕と一番話すのは彼の兄だし、彼の兄を抜けば彼とよく話してるのは従兄弟だった。
 そんなことを気にしたことはなかったけど、でも、見てしまった。
 たまたま、偶然。
 なんの意図もなく、予測も、前兆もなく、ばったりと、見てしまった。

「うっくっ……」

 公園のちょっとした影に、彼はいた。
 なんで僕がそこにいったのか覚えていない。
 ボールを追いかけていたような気がするし、かくれんぼの途中だったのかもしれない。
 でも、見つけた。

 いつも、強くて、怖い彼が、泣いているのを。

 従兄弟だって見たことない顔だった。 
 ぽろぽろと、透明な雫が落ちる。
 青い瞳から、ぽろぽろと白い肌に弾かれて、落ちていく。
 宝石のような涙の粒が落ちる。
 なんだか勿体無くて、受け止めてしまいたいと思った。
 いつも怒ってるみたいな顔が、ぐしゃっと歪むと、なんだかずっと年下みたいで。
 一生懸命涙を止めようと袖でこするけど、目元が赤くなるだけで止まらない。
 慰めなきゃって、思った。
 でも、体が動かない。
 ずっと、見ていたい気がして。
 むずがゆいような、変な感じ。
 もしかしたら、ドキドキしていたかもしれない。
 気づいたら、無意識に呟いていた。



「キレイ」
(キレイだなぁ)



 虹を見たときとか、雪を見たときに似てる気がした。
 いつまでも、いつまでも見ていたくて。

「なに、みてんだよ」

 彼が、気づく。
 怒ったみたいな顔をして、でも、やっぱり泣いている。
 なんだか、全然怖くない。
 それよりも、キレイだなって思ってしまう。

「みるなよ!!」

 拳を振り上げる。
 殴られたら痛いだろうなって思ったけど、動けない。
 彼も、動かなかった。
 ぶるぶる震えて、なき続ける。

「どうしたの?」
「あっちいけ!!」

 やっと口を開くと怒鳴られた。
 いつもなら、ここでびっくりして逃げちゃうのに。
 足は、彼に向かって踏み出していた。
 少し背の高い彼を見上げる。

「どうしたの?」

 手を伸ばしたら、目をぎゅっとつぶって、唸りだしてしまった。
 必死に唇を噛んで声を出さないようにしてるのが、胸にじくじくくる。
 抱きしめてあげたい気がした。
 でも、なんだかわからなくて、僕はじっと見ていることしかできない。

「どうしたの?」

 もう一度言うと、彼は限界らしくて、わっと唇を開いて泣き出した。
 大声で、わんわん泣いて泣いて、泣いて。
 僕は見ていることしかできなかった。
 いや、少し高いところから落ちる涙は、雨みたいだなっと場違いに考えていた。

「あ、あにきがぁ……」

 やっと、言葉らしい言葉が出たのは、しゃくりあげながらだった。
 震えて、今にも座り込みそうで。

「りょうくんが?」
「あにきが、かぜひいたあ」
「そういえば、やすみだったね……」
「すげえくるしそうで、ないてて……さっき、びょういんいった」
「うん」
「しぬかもしれない」
「しなないよ」

 大丈夫だよっと、いつもお母さんにされるみたいに頭を撫でた。
 そしたら、いきなり彼は僕に抱きついてきて、「うー」ってしゃくりあげながら、顔をこすりつけてくる。
 僕は慌てて背中に手を回して、ポンポンって叩いたり、撫でたりした。
 たまに従兄弟にやってるように、何度も何度も。
 
「おかあさんも、おとうさんも、いなくて」
「うん」
「おれ、いっしょにいたかったのに、うつるからだめって」

 ぐりぐりと、顔をこすりつけられる。

「うん」
「ひとり、やだぁ……」
「そっか、やだよね。ぼくも、ひとり、いやだからわかるよ」

 ぎゅって、抱きしめてくる腕が痛い。
 けど、離せない。
 胸の奥が熱かった。
 どうしてかわからない。
 僕も泣きたくなってきて、たまらなかった。
 気づかず泣いてしまっていたかもしれない。
 でも、いつまでも、こうしていたい気がした。
 泣いてる彼を、ずっとぎゅってしたいって。
 そんなこと、できるわけないのに。








 っと、思っていたのも数年前。
 今、彼は僕の目の前で、正確にはお腹の上で泣いている。
 昔みたいに声をあげることはないけど、ぐずぐずなにか呟いていた。
 なんで泣いてるかは知らない。
 従兄弟が関わっているのか、それとも彼の兄なにか、なにかあったのか、全然説明なし。
 いきなり僕をベッドに押し倒してお腹の上で泣き出したから困ったもの。
 とにかく、頭を撫でて宥めてるけど、今日は中々泣き止まない。
 彼が、強いわけじゃなくて、意地っ張りで見栄っ張りだと気づいたのも、数年前で。
 どうやら、あの日、僕に慰められてから「泣いてもいいやつ」っと認識されてしまったようだ。
 凄く困る。

 けど、嬉しい。

 泣いてる彼は、成長しても、キレイだし、なんだか最近ではかわいくも思えてきた。
 僕にだけ弱味を見せるというのも、なんだかドキドキしてしまう。
 従兄弟は、こんな顔知らないんだろうなって、こんなに髪がふわふわで、見かけよりも細くて軽いだなんて知らないだろうな。
 そんなことを考えていたら、不意に顔をあげた。
 
「ゆ、ぎ……」

 涙だらけの顔を袖で拭いてあげる。
 そしたら、お腹からずりずり胸の方まであがってきた。
 胸の上で、ぐりぐりと顔を拭かれる。

「どうしたの?」

 昔と同じように聞く。
 彼は、昔と同じようにぎゅって僕の体を抱きしめた。

「俺様のこと、好き?」
「へ?」

 泣きながら彼が真剣な顔で聞いてくる。
 わけがわからず黙っていると、怒ったようにずいっと顔を近づけてきた。

「好きかて聞いてるだろ!!」

 なんだか、怒ってる。
 もしかして、これは従兄弟でも彼の兄でもなく、僕が原因なのだろうか。
 いや、まさか、そんなことあるわけがない。
 そんな心当たりはないし、できるとも思えない。
 質問の意味がつかめないでいると、ちょっとつねられた。
 完全に怒ってる。

「すきか!!」

 ちょっとじゃなくて、かなりつねられた。

「痛! 痛いバクラくん!!」

 僕が思わず振り払うと、つりあがった眉が垂れ下がる。
 なんだか、怒られた犬みたいだ。 

「嫌い……?」

 急に元気のない声で聞かれる。

「遊戯、俺様のこと、嫌い?」

 すごく、寂しそうに僕の胸にあごをつけて聞かれれば、嫌いなんて言える人はいないと思う。

「嫌いじゃないよ」

 そう返すと、じっと僕を見る。

「じゃあ、好き?」
「うん」

 すぐ返事をすると、笑った。
 さっきまでの泣き顔とか怒った顔とか嘘みたいに。
 こういう顔は、かわいいなって思う。
 僕もよくかわいいって言われるけど、きっと今の彼の方がかわいいと思う。

「じゃあさ」

 ぺたっと、僕の胸に今度は頬をつける。
 表情が見えない。



「キス、してもいい?」



 聞き間違いかと思った。 
 だから、答えられない。
 なんて言葉を聞き間違えたんだ。
 きっと「聞いてもいい」と言ったに違いない。 
 そうに違いない。
 だって、キスなんて、ありえない。
 だって、僕は男だし、彼も男だし。
 だって、なんで、こんな状況で。
 顔が熱い。血液が体中をぐるぐるしてたまらない。
 勘違いなのに、落ち着け落ち着け。
 勝手に僕が納得していると、彼は頭をあげて、真剣な目で僕を見た。
 返事をまってるみたいに、じっと真剣に。

「遊戯」

 ずりっと、少しづつ上にずりあがってくる。
 顔がどんどん近づいてくる。
 キレイな青い目。
 涙で濡れてしっとりした睫。
 たまに心配になるくらい白い肌。 
 唇は薄いのに、口の中は赤い。

 ふにゃって、感じ。
 
 柔らかかった。
 柔らかい後、ちゅって吸われる。
 どこを?
 唇を。
 どこで?
 唇で。
 誰が、誰に?
 僕が、彼に。

(??????????)

 ぼーっとしていると、今度は僕の頬に、彼のほほがくっついた。

「遊戯、柔らかい」

 ふにふにふにふに僕のよく丸いってからかわれる頬にすりつく。
 僕は動けない。
 金縛りみたいに、かちーんっとなってしまった。
 ただでさえ、小柄な僕は彼に上にのられると動けないけど、今日はそれ以上だ。
 思考がうまく働かない。
 なにを、されたんだろう。
 今、彼は、なにをしたんだろう。
 うまく認識できない。  
 気づいたら、泣き疲れたのか、彼が僕の顔の横で動かなくなってる。
 耳元で、寝息が聞こえた。
 どくどくどくどくどくどくどくどく。
 心臓の音が止まらない。
 今、僕は熱を出してる。間違いない。だって、熱くて熱くてたまらない。





 たぶん、もうそのときには恋に落ちてた。



 遊バクってかわいくていいなあ、いいなあ。
 っというわけで、付き合う前の二人。
 バクラを泣かせて満足です。そして、AIBOが色々大変です。
 AIBO視点がすごく難しかったので、もうしない……。
 もっと、いちゃいちゃらぶらぶさせたい……。
 ちなみに、たぶんバクラは嫉妬して泣いてしまったと思います。なにかに。



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