星が見たい。
 夜の空を見上げてそいつが言うものだから、見てるじゃないかと僕は言った。
 そしたら、そいつは怒ったみたいに僕を見て、こんなんじゃないと首を振る。
 僕も一緒に見上げた空は、見慣れた星が瞬いていた。
 星は星だろっと僕は言うと、そいつは立ち上がって両手を広げる。
 すると、空が一変した。

 星、星、星、星、星、星。
 
 これこそが満天の、っというべき星空。
 どこまでもどこまでも密集した星が、僕の知らない形で配列され、広がっている。
 圧巻の一言だった。
 僕が言葉もなく見上げているのを、そいつは笑う。
 得意そうな、遠い笑顔だった。
 僕と同じ顔をしていたのに、全然違う顔だって、僕はそのとき思った。





 そして、そこで夢だって気づいた。
 僕はそいつと出会ってから、一度だってこうやって会って話したことなんかないのだから。
 でも、それを胸に隠して、僕は空を見ていた。





 煌びやかなネオンの前で、少年は立ち尽くしていた。
 これでもかというほど首を伸ばし、上を見つめて点滅する明かりを追いかける。
 瞳は、あまりにも遠くて、必死で、まるで焦がれているようだった。

「獏良、くん?」

 その背中に、いきなり声がかけられた。
 ゆらっと、振り返る。
 刹那、声をかけた少年の友人は、見えないものを見た気がした。
 それは、赤、少年の姿よりも長身の青年が、振り返ったかのような、錯覚。
 ありえない眩暈と違和感が胸にこみ上げた。

「遊戯くん?」

 だが、瞬きの間にその青年の錯覚は消え、そこには見知った少年が佇んでいる。
 顔が見えにくいのは、眩いネオンの輝きのせいだろう。
 だが、なぜかそれがとても哀しく思えて、たまらない。

「こんばんわ、どうしたの?」

 いつもどおりの声で、いつもどおりの笑顔。
 それでも拭えない違和感は、錯覚のせいなのか、それとも別の要素なのか判断がつかない。

「え……獏良くんを見つけたから……」

 声をかけてみたんだけど。
 なぜか、友人は最後までうまく言えなかった。
 目が、少年の笑顔につい集中してしまう。

「そっか」
「獏良くんは」
「うん」
「ここでなにをしているの?」
「ネオンを、見てたんだよ。キレイだよね」

 視線が、再びネオンを見る。
 影のある横顔、焦がれる瞳、目の前にいるのに、あまりにも遠い。
 不思議なデ・ジャブ。 

「君、獏良くん?」

 思わず、口に出た。
 ゆっくりと、少年が友人の姿を捉えなおす。
 驚いたように目は見開かれ、ぽかんっと、小さく唇を開けている。
 何を言っているかわからないとばかりに、首を傾げた。
 だから、友人は的外れなことを口にしてしまっただろうかと口を手で抑える。

「遊戯君?」

 笑う。
 いつもの笑顔。
 どうしようと視線を彷徨わせた。
 うまく言葉が出ず迷い、笑顔を見ていることしかできない。



「王様より、器の方が勘がいいな」



 だが、目の前の笑顔は一瞬で歪んだ。
 少女と見間違うばかりの愛らしい笑顔が、邪悪に仮面を捨てたかのように変わった。
 友人は唖然と見ている。

「安心しろよ。別に宿主様の体をどうこうしてやろうって思ってるわけじゃねえ」

 すっと、その視線が、今度は真上に向いた。
 寂しげな表情。
 また、友人の胸になにかがこみ上げる。
(なんだろう、この感覚)
 知っているのに、知らない。

「ただ、星が見たかっただけだ」
「星……?」

 いぶかしむような声に、少年は気まずい顔をする。
 口が滑ったとでも言うように、眉根を寄せた。

「俺様が星見ちゃ、わりぃのかよ」
「別に……」

 無意識に、友人も空を見た。
 眩しすぎる明かりのせいで、星はほとんどまばらにしか見えない。 
 寂しい空だと、なぜか思った。
 こんな空ばっかり見ていたはずなのに、生まれたときから、そう。
 でも、もっと別の空を知っている気がして。

(そっか、これは)

「もう一人の僕、君の気持ち?」

 胸を、抑える。
 じくじく、熱い気がした。
 知らないのに、知っている。

「でもよ、全然星なんざ見えねえから、変わりにアレを……遊戯?」

 急に黙り込んで俯いた友人に、少年は声をかける。
 気分でも悪くなったのだろうかと、顔を覗き込もうとした瞬間、いきなり顔をがばっとあげた。

「相棒……?」
「え、王様……?」

 お互いの瞳が、驚いたように見開かれる。
 妙に、間の抜けた声だった。
 状況をまったく理解していない顔の友人がばたばた慌てて、虚空に声をかける。
 少年はそれを見て唖然とするしかない。
 珍妙な光景。

(「ごめん、もう一人の僕、でも、なんとなく、君を出した方がいいと思ったんだ」)

 そんな声に、友人だった彼は、困惑するしかない。

「なんで王様が出てきてんだよ」

 不機嫌そうな声。 
 驚きから抜けた少年は、嫌そうに彼を睨みつける。 
 その声と表情に、平静を取り戻した彼は、同じように不機嫌そうに顔を歪めた。

「俺じゃなくて、相棒が……それより、お前はここでなにをしてるんだ」
「別に、ネオン見てるだけだよ」

 指差された先に視線を彼は動かした。
 きらきらと光るネオンは、いつも視界の端にとらえたことはあるが、じっと見るのは初めてだったと思い出す。
 多彩の色、点滅し、形を一定の順番で変え続ける。
 少々、派手すぎる点を除けば、美しいともいえたが、なぜか別の感覚を湧き上がらせた。
 意味もなく横を見れば、少年も、ネオンを見ている。
 見知った横顔。
 じくじくと胸が熱い、なんだろうこの感覚は。
 謎の既視感。
 こんなことが、いつかあったような。
 いつかとは、いつなのか。
 隣の少年をうかがえば、遠い目をしている。遠い遠い向こう側。心、ここにあらずとは、こういう表情を言うのだろう。
 もしかしたら、聞けば答えるかもしれない。
 けれど、聞けなかった。
 今の、この空気を壊したくなかった。
 視線を戻す。
 しばらく眺めていると、目がチカチカ痛かった。

「?」

 突然、右手に感触。
 見下ろすと、手が握られていた。
 慌てて、少年の顔を見る。
 笑っていた。
 その笑顔は、少年のものではあるが、あまりにも、穏やかで。

「獏良、くん……?」  
「サービス」

 すぐに、その表情は強張って、驚愕へと色を変える。 
 同時に、冷たい風に赤くなっていた頬が、更に赤く色づいていく。

「なっなんで王様、俺様の手握ってるんだよ!!」
「言いがかりはやめてほしいぜ!! 握ってるのはお前だろ!!」
「なんで俺様が!!」

 っと叫んで振りほどこうとするが、左手はがっちりと手を離さない。
 手まで伝わる体温が、さっきまで冷たかったのに今は熱い。

「離せ!!」
「掴んでるのはお前だ」

 そう言いながら、握り返してみた。
 びくっと、少年の体が跳ねる。

「やめろ!!」

 意外すぎる反応に、思わず笑みがこぼれた。
 楽しくてたまらない。
 じたばたとしばらく暴れていたが、振りほどけないことに諦めて少年は体から力を抜いた。
 じっと、握られたままの手をみたかと思うと、溜息。

「なんで俺様が王様なんぞと……」

 嫌そうな声に彼は苦笑する。

「まあ、これも何かの縁だ。そういえば相棒の買い物が途中だったから、付き合え」
「はあ!?」
「ほら、すっかり体も冷えてるし、コンビニで何かあったかいものでも買おうぜ!!」
「なんで俺様が!!」
「手、とれないだろ?」
「だから、離せって!!」
「お前が離さないんだ」

 ほとんど無理矢理、腕を引けば、思ったよりも素直に引きずられる。
 踏みとどまるかと思い力が入りすぎたせいでこけそうになるが、なんとか体勢を立て直した。
 ぎゅうっと、手に力が入る。

「諦めろ」

 少年はしばらく口の中でブツブツ言っていたが、それでも、ついてくる。
 つながれた手は、ほどかれない。

「いつか、海に行こうぜ」
「なんでだよ……」
「なんとなく」

 きっと、夜の海の方が暗いから、星が見えるはずだと。








(本当はね、こけそうになったとき、もう僕は手に力いれてなかったんだ)



 微妙に、ふいんきな出来に……。
 田舎ですが、最近星が少ない気がします。
 なんだかんだで色々寂しいですね。
 本当は、海までいかす予定だったんですが。
 なんだか、ばくばく&遊バク&遊獏遊になったので、削りました……。
 ちょこっとらぶらぶです。

 150作品ありがとうございます!!



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