※盗賊王がにょたで人外です。
 社長×盗賊王です。
 キスはあるけど、エロはございません。
 おもしろいか、おもしろくないかは色々別に……(しちゃだめだろ)










































「あれ、寝てない」

 暗い室内に、そんな声が響いた。
 夜も更け、街には煌びやかな明かりがともっているとはいえ、常人であれば寝ている時間。
 ふと、一人、部屋に残って仕事の続きを仕上げていた。
 そんなときに響いた声。
 青年は、ありえない声に反応して振り返り、絶句する。

「夜は、」

 なぜなら、そこに見知らぬ女がいたからだ。
 美しい女だった。
 短い白い髪に、青い瞳、日本人離れした整った顔は強気に笑んでいる。
 しかし、別にいただけならば青年は絶句まではしなかっただろう。
 持ち前の豪胆な性格で、怒鳴り声をあげていた。

「寝るもんだぜ?」

 だが、女はその体を、ずるりと壁から抜き出したのだ。
 扉からでも、窓からでもなく、壁から。
 出てきた体は、驚くほど豊満な胸と、細い腰、まろやかな尻のラインから、しなやかで柔らかそうな足が伸びている。その褐色の肌は惜しげもなくきわどい場所以外は大胆に晒されていた。
 男なら、誰しも魅力を感じ、女が憧れる体の理想の果てのようだった。
 艶やかな肉厚の唇を吊り上げる。 
 青年は、鮮烈なまでの女の笑みに、思わず一歩下がった。
 女が、ただの人間ではないことは、壁から出てきただけでもわかる。
 だが、それでも、オカルトを嫌う青年は、それをトリックかなにかだと叫びたかった。
 ここは、青年の持ち物で、この部屋に仕掛けなどできる人間など、存在しないというのに。

「……貴様は、何者だ」

 内心の気持ちとは裏腹に、青年は完全に感情を拝した冷たい声で問う。
 女は、答えず、足を踏み出した。
 見下ろした先は、靴のない素足。
 急ぐことのない、ゆったりとした足どりで近づいてくる。

「何者だ……」

 気づけば、ほんのすぐ目の前。
 青年は、眩暈を覚える。
 間近で見ればみるほど、女は美しかった。
 くせのある白い髪はひどく柔らかそうで、長い睫に縁取られた青い瞳は吸い込まれそうなほど深かい。 
 心のどこかをざわざわとくすぐるような、扇情的な仕草で唇を舐めると、見上げた。

「何者だと、聞いて、」

 手が、伸びた。
 目が、そらせない。
 むき出しの、誘うような手。
 心臓を、つかまれたかのように動けなかった。
 手が、首の裏で絡む。
 動けと体を叱咤しても、指先すら動かない。
 女は、少しつま先を立てるように背を伸ばす。
 少しづつ、瞳が近づいてきた。
 薄く開いた唇が、何かの音を紡ぐ。
 近づけば近づくほど、囚われてしまいそうな瞳。

「っ……!」

 その音を、青年が聞く前に、柔らかい感触がくる。
 ちゅっと、音をたてて軽く唇が吸われた。
 それでも、動けない。不自然なほど、体が重い。
 まるで、見えないなにかで縛られているように。
 ちろっと、唇を舐められたかと思えば、舌が唇と歯を割った。
 ぬるく、柔らかい他人の感触が、口に広がった。
 その舌を拒絶する為に唇を動かそうとするが、それもままならない。

「んっ……」

 舌が絡められ、甘く吸われる。
 痺れるような感覚が首の裏を流れ、駆け巡った。
 嬉しそうに細められた青い瞳は、瞬きすることなく青年を見つめる付ける。
 口の中を好き勝手に舐め、唾液に酔ったようにとろんっと、表情を緩ませた。 
 長く、深い口付け。
 その終わりは、唐突に。

「はぁ……」

 唇から銀糸を引きながら、女は顔を遠ざける。
 そして、やっと答えた。



「バクラ」



 そんなことを聞いてないと言おうと思ったが、答えられない。

「あんたに一目惚れしたから、これからよろしく」

 にっと、笑って首を傾げる。
 言葉の意味を青年が理解するには、時間がかかった。
 ただでさえ理解不可能なことばかり起こって、混乱しているというのに。
 フツフツと、何かが湧き上がる。
 その何かの名前を、青年は正確に知っていた。
 ぱくっと、口が動いた。

「ふっ……」

 喉が引きつる。

「ふざけるな……っ!!」

 青年は、重い腕を無理矢理持ち上げ、女の首根っこを掴む。
 女の目が、大きく開いた。

「へ?」

 間の抜けた声。
 信じられないという表情。
 青年は、そのまま女を引きずり、女が出てきた壁まで早足で歩く。
 体の重さなど、もう気にしていられなかった。

「ちょっと、待って、え、なにす……」
「出て行けっ」



 壁に、押し付けた。



「どうやって入ってきたか知らんが!! 出て行け!!」

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

「いたたたたたた!! 待って!! タンマ!! 出るから!! いたたたたた!!」
「ならば、出ていけ!!」

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

「待って!! 心の準備がいるから!! ちょっと時間かかるから!! 潰れる潰れる潰れる!!」
「俺はオカルトが嫌いだ!! 去れ、オカルト!!」
「うわーん!! リョウー!! キサラー!!」



 




 
 ちゅっと、頬にふっくらとした唇が当る。
 口付けを与える女は美しく、情欲を煽るような仕草で相手の輪郭を撫で、今度は額に口付けを一つ。
 その感触は柔らかく、何度もそれを繰り返されれば心地よかった。
 けれど、唇を当てられている方の表情は厳しい。

「早くしろ」

 苛立った視線を女に向ければ、女は焦るなとでも言うように、唇を舐める。 
 膝の上、相手に体を預けて、首に腕を絡める。
 密着した胸に、たぷりと胸が当った。
 もしも、これが普通の男であれば、この時点で女を押し倒していてもおかしくないだろう。
 しかし、青年は不機嫌そうに目を細めるだけでなにもしなかった。
 女が、つまらなそうに唇を尖らす。

「社長、口、開けて」

 女の指が青年の唇を撫でる。
 青年は渋々と嫌そうに唇を小さく開いた。
 そこに、女は唇を当てる。
 唇の感触を味わうのも一瞬、すぐに女は青年の口内に舌を滑りこませ、舌先に青年の味を知る。
 そこからは、激しかった。
 まるで息を奪うように女は舌を奥まで伸ばし、貪る。空腹の獣のように吸い付き、溢れる唾液を飲み込み、蕩けそうな表情で青年を見つめた。
 湿った音が部屋に響く。唇から飲みきれない唾液が零れても、拭いもしない。

「ん……はぁ……はぅ、む……」

 その合間に、昂ぶらせるように誘うように、女は体を押し付ける。
 青年は、眉根を寄せた。牽制するように軽く髪を引くと、少し顔をしかめたが、逆に体をひっつけてきた。
 もう一度引くと、唇が離される。はぁっと、吐息が輪郭にかかり、こぼれた唾液を舌で拭った。

「も、かい」

 角度を変えて、噛み付くようにまた唇を重ねる。
 青年はそれを受け入れながら、なぜこうなってしまったのか真剣に悩んだ。
 初めて女にあったその日、確かに追い出したはずだった。
 そして、非現実的なその夜のできごとは全て、夢、徹夜の途中で寝てしまったのだろうと処理したはずだった。





「おかえりー」





 しかし、あろうことか、翌日に女は昼間の、しかも今帰ってきたばかりの青年の前に現れたのだ。
 昨日のことなどなかったかのような、呑気な声が扉を開けた直後に響いた。
 部屋の中、女はなぜか机の上に座って手をふっている。
 その顔は、昨夜見せた艶やかなものではなく、どちらかといえば子どものように人懐っこい笑顔。
 一瞬、呆気にとられたが、勿論、青年はもう一度その首根っこを掴み、壁に押し付けた。

「ぎゃー!!」

 二度とこないだろう、そう考えていた自分を笑いたい。
 女は次の日も、その次の日もきた。
 懲りることなどないかのように。

「あっおかえりー……って、いきなりぎゃー!?」

 笑って、気づけば弟すら懐柔するという恐ろしい暴挙に出たのだ。

「兄様、おかえりー」
「あっおかえりー」

 実は寂しがり屋の弟の心の隙間を突く卑劣な行為に、青年は再び首根っこを掴んで壁に押し付けた。
 しかし、女はこりずにやってくる。
 何度追い出されても、何度怒鳴られても変わらず、とうとう青年が根負けし、諦めるまで。

「兄様、今日はバクラと一緒にご飯作ったぜぃ!」
「久々に作ったから、形は悪いけど、うまいぜ!」
「……………もらおう」

 作った料理は、確かに見た目は悪かったが、味はそれほど悪くなかった。
 弟も女も喜び、青年も、笑みを零しかけるほど、なにもかもどうでもよくなっていた。
 そこまでは、いい。
 そこまで、そこまではまだ許せた。
 けれど、どうしてこうなったかはわからない。
 異変は、ひどく唐突に。
 食事のときも見ているだけ、何かを食べるところを見たことがないことには違和感があった。
 常に一緒にいるわけではないので、失念していた。無意識に、見ていない場所で食べているのかと思いこんでいた。
 そう、女が倒れるまで。



「あー、思ったより、早かったな」



 さっきまで笑っていた女が、力なく崩れていくのを、見ていることしかできなかった。
 駆け寄った青年に、倒れたままで、女は呟く。

「たぶん、俺様、このまま死ぬ」

 あまりにも、あっさりした言葉。
 いつもの延長線上のようなそんな口調で告げる。
 抱き上げた女の体は、驚くほど軽かった。
 医者を呼ぼうとするのを無駄だと止められる。

「んー、エネルギー不足ってやつ?
 前はさー、兄弟みたいな奴らからもらってたんだけど……ずっと、帰ってなかったから」

 一緒にいたかったからと、もう、帰る体力もないのだと、しかたないと、苦笑する。
 青年は、無意識に震えた。
 
「そんな顔、すんなよ。俺様、また、あんたに会えたからいいんだ……」

 どうせ、あんたと別れたときに死ぬはずだったんだから。
 女のいう言葉は、青年には理解できなかった。
 ただ、弱弱しい女の声が、真実を如実に伝えてくるだけ。

「だから、そんな顔するなって……あんんたオカルト嫌いなんだろ? いなくなっても、夢って思えばいい。
 全部俺が勝手にしたんだから、気にすんなよ。
 ああ、モクバには、適当に言って、なんでも、理由あるだろ?」

 そして、女は諦めきった表情で青年を見つめていた。
 訳のわからない衝動が、青年の胸に溢れる。
 怒鳴りたかったような気がした。
 だが、怒鳴る言葉が見つからない。

「楽しかった、ありがとう」

 彷徨う視線の先、女はそう言って、目を伏せる。
 混乱する思考で、青年は口を開いた。

「なにを、すればいい」

 咄嗟に、口から出た言葉だった。
 その言葉に深い意味があったわけではない。

「俺は、なにをすれば、いい」

 女は、驚いたように目を開ける。
 青い瞳。
 あの夜、初めて見た日から、青年をずっと見続けた瞳。
 青年は、自分に言う。
 この瞳が、気に入っただけなのだと。

「勝手に、現れて、勝手に消えられると思うな」

 女は戸惑ったようにしばらく沈黙していたが、困ったように笑った。





「キスしてくれる?」





 結果から言えば、女は助かった。
 青年が口付けた時、女は最初の日のように舌をいれ、最初の日以上の激しさで貪った。
 弱弱しさとは裏腹の貪欲さ。
 何度も何度も必死に青年にしがみつき、最後は青年を逆に押し倒すほどの勢いで。
 どれだけ、深く、長いキスだったのかは、わからない。
 ただ、女は夢中であったし、青年は流されるだけだった。
 そして、女が名頃惜しそうに唇を完全に離したとき、いつもの明るい笑顔で「これが、俺様の食事」っと、告げた。

「えっとさー、簡単に言うと、夢魔? 淫魔の方がわかりやすい?
 俺様そういう人外のもんでさー、こうやって人間に精気もらわないと、生きていけないんだぜ」
「…………」
「できれば、社長には無理矢理やりたくなかったし、死ぬって言うのも本当だから」
「……………………」
「本当に、あのまま死んでも、俺様はよかったんだぜ。
 なんつーか……やっぱり、あんた以外から精気もらうのは、だめだ。やだ」

 青年は、何も言えなかった。
 別に安心したからではない。
 言いたいことはそれこそ、山や海のようにあった。
 怒鳴ってやろうと決めていた言葉もあった。
 だが、動けなかったのだ。 
 体中が、物凄くだるい。まるでなにかを根こそぎ持っていかれたかのように、疲れていた。
 唇を開くのも億劫で、指先一本動かすのも辛い。そもそも、瞼を維持することすら難しい。
 食事の意味を、体感した。
 だが、これだけは言っておこうと、無理矢理声を振り絞る。


「モクバの、ためだ」


 女は、一瞬きょとんっとした。
 しばらく、そんな表情で青年を見つめていたが、笑う。
 それは、なぜか青年の気に入らない笑みだった。

「そっか」

 あまりにも、遠い笑み。
 青年は苛立ったが、目を閉じた。
 心残りは、床の上で寝るということだけ。 



「セト様」



 ではなかったが、そのまま意識を失ってしまった。
 瞼の向こうで呼ばれた名は、青年であって青年でなかった。










 目覚めればベッドの上。
 全てが夢になったわけではなく、起きれば女はいた。

「おはよう、社長」
「………」
「体どう? まだだるい?」
「……特に異常はない」
「昨日はやばかったからがっついちまったけど、今度からはもっとちょっとづつにするから」
「……今度?」
「これからも、よろしく」

 女は笑う、いつもどおりに。
 拒むこともできた。
 だが、それは女を殺すことだと、昨日知った。

(モクバのためだ)

 青年は、自分に言い聞かす。
 それだけなのだと、女の笑顔を見ながら。

「でさー、社長、昨日の今日で悪いけど、もうちょっとだけくれない?
 ちょっとだけ、本当にちょっとだけだから……」 

 平気なら、ちょっとだけ。
 青年は、少しだけ考えて、女の頭に手刀を落とす。

「いたっ」
「……喰いすぎるな。この後も仕事だ」

 女の顔が輝いた。
 いそいそとベッドの上、青年の膝に座ると、そうだっと、ばかりに手を合わせる。



「いただきます」



 どうしてこうなったのか。
 わかっていたが、青年は考えずにはいられなかった。



 やたらなにか続きそうな感じになってしまいましたが、社盗版。
 別名、ほだされ物語。
 こっちはキスまでなのにやたら回りくどいことしてます。
 色々とあちらに繋がるようなものもいれました。
 まあ、海バクは、本番よりも過程を楽しむものと思ってください、すみません。
 社長はガードが固いんですよ!! よ!!
 後、比較的社長が暴力に出てて申し訳ないです。
 オカルト嫌いなので、混乱しているのです。

軽い質問コーナー

「インキュバス(男)ですか? サキュバス(女)ですか?」
「社長がノーマルなんで女の格好とってるけど、どっちかは俺様も忘れたー」
「あっちと繋がるっぽいことを言ってるけど、同じ名前なのは?」
「人間で言うと同じ苗字なだけ。兄弟みたいなもんだから」
「昔なにがあったんですか?」
「色々」
「リョウとキサラの登場は?」
「続けば、あるかもなー」
「セト様って?」
「大事な人」
「社長のことは?」
「大好き!」

 ありがとうございました。

「続きあんの?」
 脱兎。



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