抱きしめた体は、いつでも熱くて見かけよりも軽いと思っていたはずなのに。
最期に抱きしめた体は、冷たく、ずっしりと重かった。
そして、そのまま、軽い軽い砂となり、崩れさる。
「また、失敗した」
褐色の肌の少年は、砂と、たった一枚の赤い布を見下ろして、責めるような瞳で彼を見ていた。
青い、青い、オアシスとも空の色とも違う青の瞳。
彼は、その瞳を知っていた。
そう、幼い頃、何度も何度も自分に向けられた色。いつも細められ、ひどく無邪気に見えたものだ。
しかし、今やその色はひどく濁りきり、鋭く、冷たかった。
「あんたが」
少年は、赤い布を掴む。
砂の中引き上げられたそれは、少年の体をすっぽり包むほど大きなコートのようだった。
少年はそのコートを羽織り、袖を通す。
ずるずると裾を引き摺り、その袖からは指先すら出ない。
「あんたが、もっと、傲慢で強欲で強引だったら、よかったのに」
責めるような、縋るような声だった。
少年はぶかぶかのコートごと、己の身を抱き、彼に呟く。
「そうすれば、今度は、失敗しなかったかもしれなかったのに」
砂が、風に舞う。
さらさらと、さらさらと、彼の、幼馴染であった、盗賊王と呼ばれていた男だった砂が舞う。
彼は、聞いた。
どこで、間違えたのだと。
「さあ……どこも、間違ってないのかもしれない、どこも、間違っていたのかもしれない」
少年は、砂を見上げながら、震える。
「ただ、一つ言えるのは、始まりはずっと、もっと前だけど、分岐点は、俺様だ」
細い、小さな少年。
彼を少年を見下ろし、それが、あの頃の少年だと気づいた。
あの頃。
ただ、何も知らず、出会った頃。
短い、ほんの、長い人生から見れば僅かで、長い歴史の中であれば砂粒よりも些細な時間。
彼と、とある少年が、その時間を共有した。
友と呼べる存在ではなかった。
親しいと、口にするような仲でもなかった。
ただ、気まぐれに傍にいて、気まぐれに身を寄せたい、気まぐれに戯れたにすぎない。
ほんの偶然、運命とも言えない稚拙なもののはずだった。
記憶の端に残るような、何も変わらない、変えることもない断片。
「でも、俺様は、それが、嬉しかった」
幸せだった。
そんな当たり前が、愛しくてたまらなかった。
全てを奪われ、失い、何もなかった、復讐だけの空っぽの少年。
彼の存在は、そんな少年にはあまりにも、優しくて、温かくて、どうしようもなくて。
復讐以外で望んだものだった、望んだ場所だった。
全てだったと少年は語る。
「俺様は、あんたと居る時だけ、人間だったんだ」
復讐だけの空っぽではなかったのだと。
もしも、もっと、夢を見せてくれていれば。
もしも、何か一言、与えてくれれば。
もしも、自分を、自分だけを欲してくれれば。
求めてくれていれば、
「あの頃の俺様には、あんたが全てだったんだ。
幸せはあんたの形をしていた。優しさはあんたの形をしていた。温かさはあんたの形をしていた」
もしかしたら、そう、復讐を捨てられたかもしれない。
ありえない、仮定ではあるけれど。そうしてもいいとすら、思えていた。
でも、彼は、優しかったが、甘くなかった。むしろ、あまりにもまっすぐで、厳しかった。
例え、少年が何を言おうとも、少年の過去になにがろうとも、いや、言ったからこそ、あったからこそ、なおのこと。
彼はまっすぐに過ぎ去って、置いてけぼりの少年は、捨てられた。
「だから、あんたに捨てられた時は、寂しくて、苦しくて、悲しかったんだ。
あんたが憎くて、憎くて、愛しかったぜ」
いいや、そんな言葉で現せるようなものじゃなかった。
「なあ、あんたは知らなかっただろうけど、俺様がゾークと契約したのは、あんたに捨てられた後だったんだぜ」
だから、ここからいつも、自分は繰り返すのだと。
ここで、砂になり、失敗した己を見下ろして。
盗賊王のコートをまとい。
あんたを憎んで、怨んで、やり直す。
「あんたを怨むのも、憎むのも、筋違いだとは知ってる。わかってるぜ。
でも、俺様は」
赤いコートを風に揺らして呟いた。
「あんたが、傲慢で強欲で強引だったなら」
玉座が欲しいと望めばよかったのに。
「そうすれば、俺様は、あんたにあげたのに」
全てを、あげられたのに。
風が、少年を連れて行く。
彼は動けなかった。
じわじわと、少年が闇に包まれて、消えていく。
彼は、動かなかった。
いつだって、彼は、少年の為に、動くことはしなかった。
彼を求めることも、止めることも、できなかった。
一つのものしか見られず、奪うことも与えることもしなかった。
その結果にしか、すぎなかった。
「社長」
目の前で、白い髪が揺れる。
その狭間に覗く青い瞳とかちあった瞬間、夢を見ていたと思い出した。
なんの夢かは覚えていない。
ただ、もどかしく、悔しく、空しい感情だけが胸を渦巻いていた。
「社長? 起きた?」
体をあげると、そこは机の上。
仕事の途中でねてしまったらしく、握っていた書類が遠くへと飛んでいる。
「……貴様か」
「おはよう」
と、言ってもまだ夜だけどな。
彼はそう青い瞳を細めて、戯れに髪をいじる。
それを鬱陶しそうに払い、起き上がった。
「何の用だ」
「ん?」
「何の用でここにきた?」
「別に」
なんでもないと告げる瞳は、笑っていながら、不思議と感情が読めない。
「会いたかったから、とかじゃだめ?」
どこのドラマを見て覚えてきたのか、そんなセリフを呟きふざけるよているかのように、でなければ誤魔化すようにけらけら笑う。
居座る気なのだろう、机の上に座る。
足をぶらぶらと揺らし、そのまま机の上にまるでまな板の上の魚のように倒れた。
「おい、オカルト」
「なに、社長?」
邪魔だといわれるのを予想してか、妙に楽しそうだった。
しかし、その口から飛び出したのは、別の言葉。
「こい」
膝を叩き、促す。
それは、膝の乗れという少し遠回りで、率直な言葉に、寝転んだまま彼は目を見開いた。
その瞳が「いいの?」っと聞いている。なぜか、その瞳はおびえているように見える。
(いつも無許可にのってくるだろうが、何を今更)
そう思ったが、あえて口にせず、無言で無理矢理その軽い体を捕まえて持ち上げ、そのまま膝に置いた。
戸惑う彼は、しばらくじっと、見上げたり、見下げたりを繰り返し、そして、顔を引きつらせる。それを照れて笑みを殺そうとした表情だとうまく気づけない相手は、むっとして、体を引き寄せた。
「今日の社長、ちょっと強引」
無抵抗にその胸に顔をひっつけ、彼は呟いた。
拗ねているようにも聞こえたが、相手から見えない位置で小さく微笑んだ。嬉しくて嬉しくてたまらないというその表情は、見せるべきだったというのに。
表情が見えない相手にとっては、いつも自分から乗ってくる膝に乗せたら顔を引きつらせた上に、拗ねられたとしか感じられない。けれど、なぜだか離す気になれず、されど、こうしてからなにをするか考えてなかったことに気づく。
妙な沈黙の中、ふと、夢を思い出したような気がした。
夢の中、何か言われたような気がする。
「そうでなければ、今の俺はないからな」
「ふーん」
特別興味なさ気に、彼は顔をこすりつける。すると、白い髪がふわふわ揺れた。
白い、白い髪。青い瞳。膝に乗せた体は見かけどおり軽く、小さい。触れた頬は白く、冷たかった。
何かの衝動を得て、抱きしめた。
強く、強く。
腕の中、痛いという声が聞こえるほど。
それなのに、腕の中の彼は、もっとと、ねだるように服を掴んだ。
「社長」
小さな唇が、呼ぶ。
「ねえ、社長、今日、変だぜ?」
「貴様には負ける」
「そうじゃなくて」
そうじゃなくて、なんなのだろう。
彼はよくわからず、唇を閉じてしまった。
もしかすれば、わかっていたから閉じたのかもしれないが。
「もしも、」
彼の耳を打ったのは、相手にしては珍しい仮定を意味する言葉。
「もしも、俺が貴様を欲しいといえばどうする?」
「は?」
言葉の意味がわからず、戸惑ったように顔をあげた。
彼は表情をうかがうが、うまく読めず、首を傾げるしかない。
「えーっと……俺様の大事な宿主様の体にいやらしいことしたいってこと……?」
ぴしっと、軽く額を叩かれた。
言葉は続く。
「貴様に、なにもかも忘れて、俺のものになれといえば、どうする?」
彼は、その言葉をゆっくりと、ゆっくりと、脳まで到達させ、笑った。
今まで浮かべた笑みと、まったく違う、なにもかもを織り交ぜて、なにもかもを排斥したように。
空っぽの、少年のように笑った。
「3000年遅い」
彼は、砂になって崩れはしなかったが、まるで、乾いた砂漠のようだった。
3000年前のセト様の失敗を教訓に、社長は傲慢で強欲で強引になったんじゃっという妄想を随分前にしたのですが、まさか形にするなんて。
しかし、それは3000年遅かったのです。
そして、バクラとゾークは、何度も何度も違う最悪の可能性を考えて、繰り返し繰り返しやり直しているのでは。
バクラは失敗すると砂になってしまうのでは。
そういう話。
せとバクって、少し弱いんじゃ……っという謎の思考に基づいて色々といつもより脚色したんですが、あの、いや、セト様に捨てられた後ゾークと契約したというのは明らかに捏造です。そして、セト様が世界の全てだったというのは明らかにやりすぎです。
反省はしますが、後悔はしません><(おい)
でも、本当に、うちのデレバクラなら、それこそ、セト様がさらってくれたらついていってしまいそうです。
けれど、(私の中のみ)セト様は無欲でまっすぐで、自分すらかえりみないので、してくれませんでした。
まあ、でも、きっと、うちのバクラはセト様のそういうところに惹かれたんじゃないかと思います。曲がって、簡単に変えてしまうセト様じゃ、あまりにも魅力がない。
そう、あくまで、うちのですから!! ご勘弁を!!
ちなみに、いつでもうちのセトバクなバクラは、セトに玉座をあげたいんです。というか、自分に与えられるものを与えないというか。
でも、バクラ自身は何も持ってなくて、空っぽで、あげられないと思ってます。
純愛路線(だから、言葉の意味間違ってますって)