※ひどい人外パラレル。
 バクラが血を吸われてたりします。












































 人に似て、人でないもの。
 獣でありながら、人の言葉を操るもの。
 人でもなく、獣でもないもの。
 これを総じて異形と呼び、神から祝福されなかったもの、神に背いたものとする。
 聖なるものはその信仰を持ってこれを打ち滅ぼすべし。










 満月が赤く赤く染まる夜の森を、一つの影が走る。
 息を乱し、その顔を恐怖に歪めた影はとにかく、走っていた。後ろを何度も振り返り、風が、あるいは森に住む獣が木を揺らすたび声にならない悲鳴をあげながら走り続ける。
 足はとっくに限界を超え、激痛を訴えていたが、止まれない。止まれば、恐らくもう走ることはおろか経つことすらできないだろう。痛みよりも、それが影は恐ろしかった。
 走ることに、いや、逃げることを狂いそうになりながらただ続ける。
 心臓がばくばくと壊れそうに脈打ち、酸欠に眩暈を覚えた。
 だが、影は止まるわけにはいかない。決して、決して。
 せめて、森から出るまでは。

 ガツッ
「あっ」

 絶望的な声が漏れた。
 影は木の根に足をひっかけ、転ぶ。勢いがついた体は地面にたたきつけられ、それでも止まらず何度か地面を転がり、木の幹に強かに体をぶつけて止まった。
 震えるようになんとか起き上がろうとするが、意思に反して足は動かない。じくじくと熱を持ち力の入らない足を苛立ちまぎれに殴りつけ、舌打ちする。熱くなる涙腺を歯を食いしばって押さえ、そっと腰に手を伸ばした。
 硬い感触。走ってる途中邪魔だったが捨てられなかったソレを握る。
 冷たく手に馴染んだ感触を何度も握り締め、目を閉じた。
 鋭敏になった感覚が、木を揺らす音を聞く。風が、獣が、虫が、全てが音を止めていくのを聞いた。
 そう、音などに覚える必要など、ない。
 なぜなら、アレらに音は無い。
 全ての音を止め、音もなくアレらは現れるのだから。
 はあっと、大きく息を吐く。
 鼓動を静め、息を潜め、瞼は閉じたまま、銃を構えた。
 自分はここにいると、心の中で呟く。
 逃げるのは、やめた。むしろ、逃げることはもうできない。
 追い詰められた獣のごとく、影は自らを研ぎ澄まし、待ち受ける。

「きやがれ」


 そして、空気が、揺れた。



 引き金にかけられた白い指が引かれる。
 銃声。
 飛び出すのは銀の弾丸。
 それも、ただの銀の弾丸ではない。
 この世でただ一つ、聖人が清めた祈りと共に異形の王すら貫く弾丸。
 目を閉じていたというのに狙いは揺れることなく、曲がることなく空間を突き破っていく。
 影は、目を開いた。
 恐る恐る、祈るように、いや、祈りながら。
 銀の弾丸を放った先を双眸に写す。
 そこには、闇があった。
 何も無い、ただの森の中の闇。
 森に、音が戻る。
 虫の声、風が木を揺らし、遠くで獣が吠えた。
 まるで、なにもなかったかのように。銃声すら、なかったかのように。
 影は、動かなかった。
 否、動けなかった。
 ひたりっと、その白い首に、冷たい手が触れたからだ。
 振り返ることすらできず、息を止め、影は硬直した。
 するりっと、温度のない吐息が耳に触れる。

「……っ」
「捕まえた」

 囁かた瞬間、がくがくと本能的な震えがこみ上げ止まらない。きゅうっと喉の奥が締め付けられ、冷や汗がだらだらと背を伝った。
 抵抗できないままに、地面に体を押し付けられる。

「な」

 なんで。っと小さく呟く。
 当るはずだった。弾丸は異形を貫くはずだったというのに。

「ああ、当るはずだったな。そこに、俺がいればな」

 ひどく、優しい声だった。
 柔らかく髪を撫で、首筋を撫でる。

「さて」

 ふっと、首筋に吐息がかかる。
 震えは止まることなく、より強くがちがちとまるで凍えたかのように歯が鳴った。
 涙が溢れ、視界が滲む。
 冷たい吐息が首に触れた。びくりっと跳ねる体を折れそうなほど強い力で抑えつけられる。ぬるりと、冷たく湿った柔らかいものが喉をなぞった。

「俺に捕まったら、どうなるかわかってるよな?」
「やっ……やめろ……」

 ぬるぬると、嬲るように舌が往復する。
 冷たい体液で濡れた喉はふっと差し込んだ月の光につやりと光った。

「やめろ……いやだ……いやだ……」
「大丈夫、痛いのも、苦しいのもすぐに終る」
「ふっ……殺せ……殺せよ!! 殺せ!!」
「そんなに、嫌がるな……光栄なことなんだぜ? 俺の血を受けるということは」

 開かれた唇から、獣の牙が覗く。

「なにが!! 光栄だ!! じゃあそう言ってる奴にでもやれよ!! 化け物!! 離せ!!」
「まあ、それは俺の立場上、簡単にできなくてな」
「じゃあ、俺様なんぞに簡単にするんじゃねえ!! 舐めるな!!」
「簡単に、決めたわけじゃない。俺は、お前がほしくて、お前を選んだんだ」
「離せ!! ぎっ!! 化け物!!」
「そう怯えるな……結構、簡単なものだぜ。人をやめることなんて」
「俺様は人をやめたくなんかない!!」

 ごきん。
 ひどい激痛が腕を襲った。

「ぁっ……があああああああぁぁぁぁ!!」
「ほら、抵抗するから折れただろ?」

 呟くと同時に、もう片方の腕もごきんっと折られる。
 痛みに悲鳴を上げ、暴れる体を背骨をへし折るような力で抑え付けられ、喉に再び吐息。

「痛いだろ? でも、すぐにその痛みからも解放される」
「ひぃ!! いやぁぁぁぁぁああやあああ!!!」

 冷たい牙があてがわれた。
 とめどなく溢れ続ける涙と悲鳴。 


 ぶつっ。


 腕を折られた痛みに比べれば、些細な痛みだった。
 だが、その驚愕は、腕を折られたものを簡単に凌駕する。
 
「はっ」

 目を、見開く。
 絶望に目の前が真っ暗に染まった。
(あああああああああああああああああああああああああ!!)





 そして、こみ上げるものは、快楽。





 今まで味わったことのない蕩けるような、甘い甘い心地。
 血を吸われているというのに、腕を折られたというのに、そんなものを超越した感覚が首から脳へとびりびり繋がっていく。
 悲鳴のために開かれたはずの唇から、恍惚とした声が漏れる。今まで生きてきて、いや、これから生きていく上でも絶対に味わえないだろうどうしようもない快楽にびくびくと体が震えた。
 もう、そこには恐怖も拒絶もなく、流れるままに溺れきった表情がある。
 ぴちゃりぴちゃりと淫猥な血を舐める音が響く。

「も……っと……ぉ」

 血を啜り、異形の喉が動くたび、たまらないという声が漏れる。
 世界中の爛れた幸福を集めればこうなるだろうという成れの果て。
 ビリビリと何度も絶頂を感じ、笑い声すら溢れた。
 ゆっくりと、体から力が抜け、温かな脈動が消えていく。
 変わりに、冷たい何かがゆっくりと体に染み入り、巡った。
 折れたはずの腕が、ぴくりっと動く。ぎきりっと、音をたて、腕が持ち上がり、異形の頭に触れた。
 まるで、ねだるように、指が髪に絡んだ。

「ひゃあ、い、い……ぁぁ……」

 がくりっと、体が落ちる。同時に、異形は喉から牙を抜き、唇に滴る血を舐め上げた。
 荒い息を吐き出すその体のどこにも、熱は見当たらない。元々白い肌が、人形のように青く滑らかに見えた。まるで、生きた死体のように。



「ようこそ、俺の子にして虜。そして、永遠の恋人、異形の世界へ」 
 


 異形の王にして、不死の王が笑う。
 優しく、優しくその髪を撫で、新たな異形の誕生を喜んだ。愛しげに目を細め、首についた血を舐めて拭う。
 虚ろな瞳が、ふと、赤い、赤い月を写した。不思議そうに、じっと見上げ、そして、その視線がゆるりと遠くに向かう。

「……どうした?」

 王の問いかけに、新たな異形は指を持って答えた。
 じっと、一点をさししめす。

「……ああ」

 王は、そちらを見て、笑った。
 まるで、からかうように、嘲笑うように。

「遅かったな、司教様」

 男が、立っていた。
 男は、目を見開いて新たな異形を見ている。
 異形もまた、男を見ていた。
 じっと、まるで、時が止まったかのように、信じられないものを、見るように。
 お互いが、まるで鏡に映したかのようにそっくりに。



「バクラ……?」
「せと……?」



 呟く。
 夢であってほしいと、すがるような声だった。
 ゆるやかに、異形の体に温度が蘇る。冷たいはずの体が、どくんっと、脈打った。

「あっ……」

 ちがうっと、異形は首を振る。
 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うっと何度も首を振り、目を見開く。
 しかし、否定しても自分が一番自分のことを知っていた。
 自分が、もう男と同じものでないことを。
 異形は、どろりっと、右目から赤い涙を流した。

「うっ……」

 王が、異形の体を抱きしめる。
 見せ付けるように、さらうように、慰めるように。

「うああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁ!!」

 悲鳴。
 腕の中、異形は産声の変わりに叫んだ。
 森を揺らし、獣をざわめかせる、もう人のもではない咆哮を。
 聖なる神父服に身を包んだ異形は、こうして、始まりの一夜を迎えた。 



 人外パラレル1話><(1?)
 吸血しながらエロいことをしてやろうかと思いましたが、体格差とか考えてやめました。
 いや、やりたかったんですが……まあ、それはまた今度ということで!(おい)
 吸血萌え(マテ)
 今度は拷問とかひどいことを……。

 ちなみに、異形=吸血鬼とか、狼男とか、そんな化け物で、それを神父様とか聖職者は滅するのがお仕事みたいなアレな設定です。
 バクラとセトは聖職者(世界一似合わない職業ですね)王様は吸血鬼です。



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