いつか言葉をくれたのは赤い月だった。
 いつか名前をくれたのは遠い兄だった。
 いつか自分をくれたのは誰だったっけ?


(そら)
(あおいそら)
(ずっと、みてた)
(まっていろといわれたから、ずっとまっていた)
(そらをみあげて)
(そらは、あおい。そらは、きれい)
(たいようがあって、くもがあって、すごい)
(いままでずっとてんじょうはくらくてくろいだけだったのに)
(それにしても、おなかへったな)
(たいようが、ずいぶんうごいたな)
(まだかな)

「おい、貴様」

(でも、まつのはへいき)
(ずっと、なにもせずいたから)
(いまはそらもたいようもくももある)
(でも、おなかへったな)

「おい、貴様、呼んでいるだろ。おい」

(?)
(あれ、もしかして、よばれてる?)

「貴様以外いないだろ。それで、名前は?」

(あー)
(すごい)
(あおだ。そらだ)
(めのなかに、そらがある)

「聞こえていないのか? しゃべれないのか?」

(きれいだなあ)

「ああ、もういい。わかった、先に食え」

(おなかは、へってる)
(あれ、いつのまにおれはこれもってたんだっけ?)
(あれ、いつのまにそらは、となりにいたんだっけ)
(いいにおいだなあ)
(んー、そういえばずっととなりにいたな)
(ずっとずっとずっと、)
(それにしても、いいにおいだな)
(たべていいのかな)
(そう、なまえ)

「で、名前は?」

(なまえ、いったときから)
(おれが、バクラになったときから)
(いいにおい)
(おなかへった)
(きれいだな。そらのいろ)
(きれい、)
(きれい、きれい)
(きれいなはだ)

「バクラ……?」

(いいにおい)
(おいしそう)
(おいしそうな、はだ?)
(ちがう)
(おいしそうな、ち)
(おいしそう、)
(おいしそうおいしそうおいしそうおいしそうおいしそうおいしそう)










 ――ほら、おいしい。
「あー」
「いかないと」
「はやく、あかいつきのところに、いかないと」







「もう、いい加減諦めてくれない?」

 息を乱しながら、彼は言う。
 目の前には腕や翼、足を木の枝によって虚空に縫いとめられた王の姿。
 それはまるで、杭を穿たれ磔にされた聖者に酷似していた。
 だが、皮肉なことに聖人は目の前の彼であり、王はその真逆の存在であった。
 ぎちぎりと、筋肉に突き刺さった木の枝が、虚空から動かない。
 無理をすれば腕が裂け、血や肉を晒すだろう。
 もっと力が余っていれば、相手が彼でなければそれもよかったが、今はできない。

「それはこっちのセリフだぜ?」
「何言ってるの、もう君も腕千切って再生する力もないんでしょ?
 背後は結界。後は……はぁ、心臓でも、潰させてもらおうか」
「君こそ、もう本当は立っているのがやっとのはずだぜ?」

 彼は舌打ちする。
 王の言うとおり、彼の限界は近かった。
 呼吸は掠れ、足はふらつき、眩暈が止まらない。瞬きの隙に意識を持っていかれそうな倦怠感。指一本動かすのすら、億劫だった。
 だが、まだその瞳は力を失っていない。いまだギラギラと輝き王を貫いていた。

「足もふらついているし、無理しすぎて傷が開いてるぜ?」

 じわっと、白い法衣の袖に赤が滲む。
 その赤は最初は小さいものだったが、時間が経つごとにその範囲を広げていた。
 赤が、血が、体から失われるごとに優勢のはずの彼を追い詰める。
 決して、王が傷つけたわけではない。
 彼を他者が傷つけられるわけがなかった。生きとし生けるものはその聖人の威光で、異形は聖人という存在に触れることすらできない。
 それは当然のことで、この世の理。理由があるとすれば、聖人であることこそが、理由。
 そんな彼を傷つけられる存在は、一人だけ。そう、彼自身。

「いくら君でも、出血多量はやばいだろ?」
 
 王の声にはまだ余裕がある。 
 震える手を叱咤し、彼は法衣の懐に手をいれた。
 硬いものに触れる感触すら、遠い。 
(……ちょっと、血を、流しすぎた……)
 それでも、握り締める。
 ずきずきと切り裂いた傷口が傷む。
 法衣はますます赤く染まり、止まらない。
 嫌な汗が背をじっとりと濡らす。
(止血、弱かったかな……でも、これ以上きつくすると動けないし……)

「聖人の血を使った血の結界、十分すぎるぜ……」

 王は自らの足元を見る。
 視線の先、そこだけ赤黒く地面が変色していた。
 微かにじゃりっと蹴ってみるが、表面を削るだけで意味はない。

「そうだよ……いくら僕でも、出血多量は、危ない」

 乾いた喉をつばを飲み込んで濡らす。
 倒れるわけにはいかない。
 ここで倒れれば、ここまでした意味が全て失せる。
 彼は、懐から握っていたモノを取り出した。

「だから、僕が倒れるより早く、君を殺す」

 それは、美しく光る銀色の刃だった。
 ただし、少しだけ赤がこびりつき、それが刃の輝きを鈍くさせている。

「僕の血付きの銀のナイフ……」
「それは、やばいな」

 王の声に焦りが滲む。
 異形の弱点が二つ合わさったナイフ。
 いくら王でもそれで心臓を貫かれれば命はないだろう。
 ぎちっと、王は腕を動かす。
 腕を失っても、ここは逃げるしかない。
 彼が足を踏み出した。
 同時に王が自らの腕を肉の裂ける嫌な音とともに千切って身を捻る。
 赤い肉が、血管が、血を撒き散らした。
 それでも、若干遅い。
 しかし、王はまだ動けた。

「っ!」

 だが、彼の手は王に到達しなかった。
 なぜなら、彼は地面にうまく踏み込めず体を倒れさせたからだ。
 一瞬、王が受け止めるか迷う。
 もしも、相手が彼でなかれば。
 華奢で、今にも壊れてしまいそうな、王にとって大切な存在に似た容姿をしていなければ、そんなこと考えもしなかっただろう。
 だが、迷ってしまった。
 今、地面へと落ちていく体を支えるべきか、考えてしまった。

「あっ」

 その間が、致命的だった。
 彼が、顔を上げる。
 その瞳は、死んでなど、いない。
 無理矢理もう一歩足が踏み込まれる。
 それは、姿勢を低くした突撃に似ている。
 咄嗟に彼は短くなった腕でなぎ払うように突き飛ばす。
 彼の体が今度こそ地面にたたきつけられた。
 変わりに、王の腕がぼろぼろと崩れていく。

「……はは……突き飛ばされたの、はじめてだ……」

 王の力が思ったより弱っかったのか、飛んだ距離よりは軽い声が聞こえた。
 ずるっと、なんとか体を起す。

「フェイントならいけると思ったけど、反応速度は、まだ僕の負けか……」
   
 こほっと、小さく咳き込み、もう一度立ち上がる。
 体を支えるための手が、がくがく痙攣したが、無理矢理。

「すごいね。さすが王様? もしかしたら、本気で殺しにきたら、僕を殺せたかもしれないね」

 体の汚れを払うこともできず、もう一度ナイフを構えた。

「でも、君も、もう、動けないよね」

 がくっと、王の体勢が崩れる。
 驚いて足を見れば、足がない。崩れてまるで泥のようにぐずりぐずりと溶けていく。
 変わりにそこには聖人の血が地面へとしみこんでいた。
 足を再生させる余力はない。
 だが、聖人はまだ立っている。
 ぎらぎらと苛烈な瞳で王を見ていた。





「ばいばい」




 ゆるっと、足が近づいてくる。
 振り上げられた拳にしっかりと握られたナイフ。
 ぞくぞくと死の恐怖が足から這い上がる。
 だが、王は、笑った。

「君が」

 死を前にして、笑った。

「君があいつに似ててよかった」

 悲しそうに、嬉しそうに。
 命乞いでもなく、時間を稼ぐための戯言でもない。
 苦しいほどの本音。



「あいつに殺されるなら、それも構わない」



 惚れた弱味だと、苦笑する。
 まるで、殉教者のように受け入れた。
 それら全てと対極の存在でありながら、同じもののように。

「俺も、見かけより随分生きたしな。未練も心残りもあるが」

 覚悟はできていたと嘯く。
 そんなことあるものかと、彼は胸の中で叫んだ。
 苛立ちがこみ上げる。
(なんで、なんで、そんな、安らかそうに……!!)
 なぜ、悲しまない。なぜ苦しまない。なぜ怯えない。
 狂うように泣いて跪き、死にたくないと口にして、恐怖と憎悪に塗れた目で見ない。
 これでは、意味がなかった。
 こんな、こんな笑みを浮かべさせるために追い詰めたのではない。追い詰められたのではない。
 彼の弟が味わった悲しみも苦しみも恐怖も屈辱も絶望も憎悪も、そんな全ての感情を全て味合わせてやるつもりだったのに。
 なのに。
 彼は奥歯を噛んだ。ぎりりっと、奥歯が砕けるほどに。

「できれば、あいつに俺が、」
「黙れ」

 王の言葉を遮る。
 何も聞きたくないと、小さく首を振った。

「黙れ、とはひどいな」

 答えない。
 銀のナイフを握り締め、法衣の裾から血を滴らせ、ゆらりっと、彼は歩を再会する。
 だが、先ほどまでとは違う。
 彼の瞳はあまりにも虚ろで、迷っていた。

「だまら、ないと、口から先に引き裂くよ」

 それでも、ナイフは王の心臓を貫くだろう。
 王は確信している。
 どれだけ迷おうと、後悔しようと、ここまでやったのだ。
 ここまでやって、止まれるわけがない。
 王は目を閉じる。
 唇からは溜息が漏れた。
 王が口にした言葉は全て嘘ではない。そう、死は恐ろしいし、未練も心残りもあるが、覚悟していた。
 死を異形の全てがすべからく理解し、覚悟している。自分たちが人を殺し、そして人に狩らる存在であることを。それは王であっても例外ではない。
(せめて、最後の言葉くらい、伝えて欲しかった)
 瞼の裏に浮かぶのは、先ほど仲間に引き入れた異形の姿ではない。
 もっと幼い、小さい姿だ。子ども特有の大きな瞳が驚いたように不思議そうに自分を見つめている。自分が笑いかけると、真似するように笑う。
 愛しくて、愛しくて、たまらなかった。
(少し面白いものを見つけたつもりが、高くついたな……)

「――」

 溜息ではなく、短い音が唇から零れる。
 刃が、迫る。
 それは、風を切る音でわかった。
 まっすぐに、心臓へ。
 




 ぐちゃり。




 柔らかなものを潰す音。そして、感触。
 それは、違和感。
 まさか、いくら王すら死に至らしめるナイフだとしても、音が軽すぎた。
 そして、王の体に痛みも衝撃もない。
 嫌な予感が体を駆け巡る。
 目を、開けた。
 眼前に、白い髪が揺れる。

「あっ」

 彼が、声をあげた。
 恐怖と困惑に満ちた顔で、ナイフから手を離し、足を崩す。
 呆然と、呆然と見開かれた目の前で、笑っていた。

「まにあった」

 無邪気な声だった。
 嬉しそうな声にも聞こえる。
 その声を発したのは、彼と王の目がおかしくなっていなければ、異形だった。
 王が仲間に引き入れ、泣いた異形。
 それが、今笑っている。
 片目だけで、異形は笑っていた。
 くすくすと、子どものように。

「うそだ……」

 掠れた声が彼の唇から漏れる。
 絶望を煮詰めたような、簡素な声。

「なんで……」

 何が起こっているかわからない王派、ただその髪を見ていた。
 その髪が翻り、異形が王へと笑顔を向ける。
 ありえない、笑顔。
 それは、王の顔を盛大に引きつらせた。
 異形は、それでも、笑う。
 もう片方の目からナイフをはやし、痛みなど、そんな事実などないかのように笑う。

「なんで、バクラ……?」

 彼だけが、空間に声を響かせる。

「なんで、なんで、なんで!! なんでそいつを庇ったんだよ!!」

 訳がわからず夢中に言葉を吐き出す。
 責めるように、問いをぶつける。

「ねえ、バクラ、なんで。セトくんは? なんで王を? なんで笑ってるの?
 ねえ、なんで、バクラ、なんで、なんで!!」

 だが、あまりにも彼の姿は弱弱しかった。
 見た目どおりの華奢で、儚い、震えるだけの少年。
 もう、立てはしない。
 どころか、体を支えることすら難しい。
 異形は答えない。
 王を、王だけを変質した赤い片目で見ている。

「――バクラ」

 やっと、王が口を開いた。
 その表情は、あまりにも悲痛。

「なぜ?」

 問う。
 王にとってわかりきった答え。 
 それが、彼が与えたなによりも王に絶望と苦痛を与えた。

「なにいってんだ」

 異形の答えは、軽い。

「おやをまもるのが、このやくめだろ。あかいつき」

 ぐらっと、異形の体が揺れる。
 ナイフが、地面に落ちた。
 ただし、ナイフが刺さっていた周辺の肉ごと、ぐずりと地面に落ちる。
 笑顔のまま、壊れていく。
 右目からゆっくりゆっくりゆっくりその生々しい頭の中身を見せながら。
 狂った画家が人の腐る過程を描いたような、そんな光景。
 指が、ぼろっと落ちた。それを不思議そうに異形が見つめると、肘から先が地面に落ちた。
 血が、肉が、血管が、骨が信じられない速度で落ちていく。
 崩壊は足にも及び、べきりと音をたてて骨が折れ異形が王に倒れこむ。
 王は、腕に刺さった木の枝の杭を引き抜き、片腕でその軽くなりすぎた体を捕まえた。
 腕の中がくがく震え、何も理解できていない瞳が王を見上げる。
 それは、昔見たものに似ていて、王は咄嗟に笑う。
 そうすれば、異形も真似して笑ったからだ。

「バクラ」

 王は異形の名を呼び、その崩れていく体の首に噛み付く。

「あっ……」

 びくっと異形は震えたが、安心したように目を伏せる。
 そして、王が唇を離した時、体の崩壊はなんとか止まっていた。
 けれど、失われた手足は、溶けて半分になった顔は治らない。

「もらって、いくぜ?」

 王が、静かに告げる。
 彼は動けなかった。
 声をかけることすらできない。
 ただ、何もかもを否定するように手で顔を覆っている。

「違う、違う、違う、僕は、僕は、僕は……バクラの、バクラのために……。
 僕は、バクラを……」

 ここが、限界だった。
 全ての臨界点。
 幕を引くに足りてしまったのだ。
 王が翼を広げる。
 木の枝の杭を身震いだけで引き抜き、結界を壊すために後ろを向く。










「バクラ」









 しかし、幕が閉じきる前に、最後の登場人物が再び舞台に戻ってきた。
 恐らく、この場の誰よりも軽傷だろう男は、首を押さえてふらつきながら立っている。
 誰の視線も、男に集中した。
 男は、疲れたような溜息を浮かべ、異形を見た。
 異形も、片目だけで男を見ている。
 青い瞳と、赤い瞳の交差。

「行くな」

 はっきりと、男は言った。
 異形に、異形だけに向かって。

「もう、遅いぜ」
「バクラ、行くな」

 王の言葉を無視し、異形にだけ告げる。

「バクラ、行くな」

 異形はぱちぱちと瞬きを繰り返し、手足もないというのに、もぞりと動いた。
 まるで、言葉に引き寄せられるように。
 王の腕に力が篭る。
 けれど、男の言葉にも力が篭っていた。

「行くな」
「バクラ」
「バクラ、行くな、いったら」

 男は、力のこもらない手で腰から銃を抜く。
 王が、目を細めた。

「それで、俺を撃つつもりか?」
「バカを言うな」

 男はあっさりと否定する。

「俺は、そいつに血を吸われて目も霞んでいる。当てる自信などない」
「なら、どうする?」
「俺は聖人でも、貴様のように異形でもないただの、しかも瀕死の人間だ」

 重い溜息。
 めんどくさそうに、銃の感触を確かめ、弾数を見る。 
 だが、声の強さだけはこの中で最も強い。

「できることがあるとすれば、引き金を引くことと、命をかけることだけだ」
「………つまり?」
「こうする」

 すっと、自らのこめかみに当てる。
 そして、引き金に指をかけた。
 静かな瞳でじっと異形を見つめ、淡々と呟く。

「バクラ、行くな。行くと俺は死ぬぞ」

 びくっと、異形の体が強張った。
 もしも手があれば、伸ばしていたかもしれない。
 
「いいか、これは脅しだ。だが、しないなどと甘いことを俺がすると思うか?」

 本気の声。
 もしも、王が異形を連れ去れば、彼はまず間違いなく、迷いなく引き金を引くだろう。
 あっさりと、彼が言ったとおり自分のできることである「引き金を引くこと」と「命を賭ける」ことを実行する。

「この距離なら、手が震えても外さん」
「いっ……」
「ある意味、貴様と同じだ」

 異形の顔の空白の右半分をさして苦笑する。
 引き金を引けばそうなることは容易に想像できた。
 だが、男はあくまで人間だ。
 顔を半分失くして生きていくことはできない。

「い、や……」

 いやだ。
 小さく喉が動く。
 まるで痛みを思い出したかのように瞳が悲痛に歪んだ。
 ばたばたと王の腕の中で暴れる。

「バクラ!!」
「バクラ」

 王の声よりも小さく静かな声が、異形の胸を打つ。
 止まった心臓を動かす。
 遠いあの日に、小さな子どもを人にしたように。
 言葉を与え、笑みを与えた王よりも。
 名前を与え、救い出した彼よりも。
 名前を呼び、傍らにいた男。



「バクラ」



 同じ響きで、呼び続ける。

「バクラ」
「せ、と……さまぁ……」

 腕を、異形は抜けた。
 その背には、黒い翼。
 王の手が、届かない。
 彼との戦闘中に片腕だけになってしまったため、掴めない。
 そのまま、飛ぶというよりもただ飛び出しただけで滑空するように、異形は行く。
 泣きそうになりながら、存在しない腕を伸ばして、縋ろうとする。
 男は、銃を落とすと、腕を広げた。
 こいっと、受け止めるために。

「せと、せと、せとさまぁぁ……」

 しっかりと、異形は違わずその腕の中に飛び込む。
 そして、胸に顔を埋め、ない腕の変わりに服を噛み締めた。
 男はそれを支え、足を崩して座り込む。
 王も、彼もそれを見ていた。

「せとさ、ま、せ、せと、さまあ……」
「セトでいいと、何年も前に言っただろ……」
「せ、と、せ、とぉ……」
「バクラ」

 抱きしめたまま、頭を撫で、愛しげに呟く。
 完全に、舞台は、主役はそこに移っていた。
 ここでなにをしても、悪役で野暮にしかならない。
 王は、寂しげに自分の片腕を見つめてる。さっきまで、そこに異形が収まっていたというのに。
 一方、彼は、その光景に冷静さを取り戻したのか、皮肉げに笑う。

「いつもセトくんって、おいしいところ持っていくよね」
「同意見だ」 
「僕だって命賭けだったよ」
「俺もだ」

 幕が完全に引かれたのが、わかった。
 王は結界を破壊する。
 誰も、追いかけてこなかった。
 だからこそ、振り返る。

「セト、今宵はお前の勝ちだ。だが、必ずまた、迎えにくる」
「二度とくるな」
「それは無理だ。もう、バクラは俺のものだから」
「次きたら、今度こそ潰す」
「……手柔らかに頼みたいぜ」

 睨みあい。
 しかしそれは微かなもので、王は翼を広げて飛び立つ。
 異形は、それを見ていた。
 見ていたが、追いかけることはない。
 異形の世界は、今この瞬間、男の腕の中にあったからだ。 
 そうして、始まりの夜は終わりをつげた。
 だが、まだ狂騒の序曲にしか過ぎないことを、登場人物たちは知っていた。

「あー」

 彼は立ち上がる。
 そして、よろよろと男に近づいて、数歩で立ち止まる。
 どさっとその場に躊躇なく寝転ぶと、目を閉じた。

「僕、限界だから、後全部任せる」
「待て、俺も限界だ。それに、まだこいつに血をやらねばならん」

 欠損だらけの体。
 それは、異形としての糧をとらねば、再生することはないだろう。

「だめ、僕の言いつけを守れなかった罰。しばらく僕は動けないから、任せたから」

 それに、バクラとられてむかつく。
 唇から零れなかった言葉。
 そのまま、彼は気を失った。
 まるで、今だけは休みたいどばかりに、安らかに。

「セト……?」
「……まったく」

 そのまま、男も倒れた。
 なんとか繋ぎとめる意識の中で、赤い、赤い月が、二つ。

「……渡すものか」

 向けられた瞳は、いつかの色ではなかったが。
 向ける瞳はいつかと同じ、空の色。



 過去が過去を呼びすぎて、謎が増えまくった話。
 とりあえず、セト様が全部持っていきました。
 そして、グロが足りません。
 また微妙に長いし……。 
 えーっと……あえて色々言わず、ただ誰もが、聖人は聖人なりに、王は王なりに、異形は異形なりに、人間は人間なりに精一杯、全員が命をかけてやれること全部やったというのを感じてもらえば成功です。
 今回も、人外組は外見も中身ぼろぼろ。人間組は貧血でボロボロです。
 しかし、王様が素直すぎて気持ち悪い……。もっとこう……まあいいか!!

 あっわかりにくいですが、冒頭でセトはバクラに血を吸われました。

どうでもいい設定。
 吸血して親子になった場合、子は親を勝手に守ってしまう。



inserted by FC2 system