※天音ちゃんの髪がロングだったりします。
 ふわふわです












































 ふわふわと白く柔らかそうな髪が風で揺れるとき、それはまるで天使の翼のように美しかった。
 ただし、それが一切、櫛を通したように見えないぼさぼさのものでなければ……であるが。

「天音!! お願いだからくくらないから、整えるだけ!!」
「やだ!!」

 獏良家の朝は、そんな叫び声から始まる。
 妹、天音の柔らかで長い髪を梳きたくてたまらない兄、了は櫛を片手に今日も瞳を潤ませて懇願した。本来ならばそれはブラコンである天音にかなりの確率で効くのだが、髪のことになると絶対に譲らない。
 一瞬ほだされかけたように見えたが、すぐ顔をぶるぶると振って拒絶の言葉を紡ぎだす。実力行使にでられないように兄に決して背中を見せないようにする天音と、どうにかして後ろに回ろうとする了はかにのように平行に横歩きする。
 しばらくそんなやりとりが続いたが、天音は起きてそのままにしか見えない、あちこち寝癖でくるりとした髪をそのままに、制服に着替え、了から髪を庇いながら朝ごはんを片付けるとカバンをひっつかみ家を飛び出した。

「あっ天音待って!!」

 仕方なく今朝も髪を梳くことを諦めた了も、カバンとお弁当を掴むと追いかける。

「天音、お弁当!!」
「あっ忘れてた!!」

 お弁当を受け取ると、天音と了は別に急いでいないというのに、なぜか走りながら学校へと向かう。
 いや、天音は急いでいた。その顔に満面の笑みを浮かべながら。



「社長!!」



 ふわふわした髪が風に広がり、廊下を驚くような速さで駆け抜け、教室に突撃するより早く声は響いた。
 その声に、教室にいる生徒たちはやれやれという呆れたような、しかしほほえましいものを見るような笑みで天音に視線を向ける。
 しかし、天音の瞳はそんな視線などまったく気にせず、ただ一点を見ていた。
 
「天音……」

 視線の先、青年は名前を呼び、深い深い溜息をついた。
 その溜息すらいつものことであり、少女の歩みを止めることはない。
 走ったせいか、更にひどいことになっている髪は、かなりの美少女に分類されるだろう顔を隠している。
 息を整えながらまっすぐ青年に歩く天音のために、クラスメイトはがたがたと道を開けた。

「おはよう、社長」

 青年は怒鳴ろうかと口を開いたが、ただまっすぐと嬉しそうな笑みにむしろ呆れてしまう。
 怒鳴る気も失せた青年は、少し考えると、いつも通りとなる言葉を吐き出した。

「貴様……またそんな頭で……」

 青年の言葉に少女の表情が輝けば、反対に青年の顔は沈痛な面持ちへと変化した。
 期待に満ちた青い瞳が青年を射抜く。
 無視したい。心の底からそう思ったが、その青は青年にとって好ましい色である。そして、同時に、天音の髪の色である白もまた、青年にとって好ましい色。
 その色が、乱れているのが許せない。だから、仕方なく。そう、仕方ない。これは、甘やかしているわけではないのだ。
 青年は自分の心に言い聞かせると、カバンからブラシを取り出し、席をひく。


「座れ」


 そう告げられた瞬間の少女の笑みは、ひどく、美しいものだった。
 この世の喜びを詰め込んだかのような笑顔に青年は思わずつられて笑いそうになりながら、自分を叱咤する。
 甘やかしているわけではない。
 その言い訳のために顔を引き締めながらぼさぼさの髪を一束手に取った。
 細く、柔らか髪は意外なほど手入れされており美しいが、それだけ絡まりやすい。
 青年はまずはゆっくりと少しづつブラシで絡まった部分を解す。 
 丁寧に、繊細に、形よい指が髪に触れ、整えていく。
 その感触に天音はうっとりと目を細めた。
 全ては、このために、天音は了の懇願を跳ね除け、邪魔だろうがめんどくさかろうが髪を方っておいている。
 窓際のせいか、差し込んでくる光が白い髪を輝かせ、青年と天音の美貌がここが教室という事実を忘れさせた。
 なんとも、美しく非日常的な光景を、クラスメイトたちは静かに見守る。

「ぁ」

 小さく髪が引かれたせいか、痛いと口にするほどではない刺激に思わず天音の口から声が漏れた。
 抑えられたか細い声は気にするほどのものではない。
 青年はかまわず絡まった髪を解していく。しかし、途中で中々解れない場所があり、青年は少し力をいれた。

「ぁ」

 小さな痛みが走ったせいか、天音の表情が少しだけ歪んだ。
 それでも、特に気にすることなく髪は整えられていく。

「いた」
「ん」
「ぃっ」
「っ」
「あ、そこ、いた……」
「そんな、強くすると痛いって……」
「ぁ、しゃちょ……」

 静かな教室に響く天音の声は、聞いているものを動揺させた。
 いかがわしいことなど一つもやっていないはずなのに、なぜか目をそらさせる。
 けれど、青年も天音もそんな周囲の事などおかまいなしに、というか気づかずただ髪を整え、整えられる作業に没頭していた。

「それにしても、伸びたな」

 ブラシが髪にひっかかることなく髪を梳きだした頃、青年は呟いた。
 その通り、天音の髪はかなり長い。いくら女の子と言えども、腰に届くほど伸ばすというのはあまりないだろう。
 天音は気持ちよさにうとうとしていたところを急にに現実に引き戻され目を開く。

「まだ伸ばすのか?」
「んー……社長は、伸ばした方がいいと思う?」
「なぜ俺に聞く」
「だって」

 天音は俯いた。
 小さい頃、天音の髪はそう長くなかった。むしろ、少女にしてはかなり短い方だっただろう。
 親や兄は何度か伸ばしてみないと何度も言われたが、活発で女の子であることを強調するのが嫌いだったので、嫌がり、決して伸ばそうとしなかった。
 しかし、たった一人の一言で天音は髪を伸ばすことに決めた。

『髪、短い子と長い子、どっちが好き?』
『長い方だな』

 恐らく、相手にとっては何気ない一言だっただろう。
 しかし、それで十分だった。
 天音はそれから髪を伸ばし始めた。邪魔であったし、手入れも大変で、男勝りな天音は何度もからかわれたが、それでも、伸ばし続けた。


「社長は、髪、長い方が好きだろ?」


 視線が痛い。
 何気ない言葉を過去に呟いた青年は、周囲の視線に押しつぶされそうだった。
 今、クラスメイトたちの心は一つに、誰もが聞き逃さぬよう青年の答えを待っている。
 もしも、今、擬音が見えたとすれば「わくわく」という巨大な字が宙に浮かんでいることだろう。
 痛いほどの沈黙。
 天音は顔を微かに赤らめて俯いて返事を待っている。
 今なら、窓から飛び出せると青年はじっとりと汗をかきながら考えた。ここは2階で、青年の身体能力ならば決して難しいことではない。
 しかし、青年の辞書に逃亡と言う文字は無い。
 ただただ無為に時間が流れ、期待も緊張もピークに達する。



「天音」



 雰囲気を壊したのは、いっそ静かな声だった。
 教室の外、誰もが振り向いたその先には、天音とそっくりな少年、了が立っている。

「そろそろチャイム鳴るから、教室戻らないと」
「おう」

 天音は少し残念そうに立ち上がると一度振り返り、青年に手を振る。
 一気に力が抜けた青年は犬を追い払うようにしっしと手を振り返す。
 落胆し、見損なったぞ! っという視線を送ってくるクラスメイトたちを睨みつけ、青年は椅子に座った。
 そして、そうっと、今まで天音の髪に触れていた手を一度だけ見、握る。

「俺にどう答えろと言うんだ……」

 誰も聞くことない言葉はそのまま空しく消えた。



「天音、あんまり海馬君困らせちゃだめだよ」
「なにが?」

 教室に戻る途中、了は珍しく兄らしくそう言って天音をたしなめた。
 しかし、当の天音はまったくわかっていないようで首をかしげる。

「……色々と、だよ」
「?」
「まあ、それより、今日もキレイにしてもらったね……くくってもいい?」
「今日は体育あるからいいぜ」
「やった! ツインテールでもいい!!」
「……それはちょっと……」
「えー」

 ふわふわと白く柔らかそうな髪が風で揺れる。
 それはまるで天使の翼のように美しかった。
 ただし、時たまその翼が、黒く見えると青年は思う。



 エチャで、ふわふわロングの天音ちゃんの魅力にやられてつい……。
   天音ちゃんの髪は柔らかそうだなっと、そしてくせっ毛っぽいので、私も伸ばせばふわふわになると思います!!
 そして、社長があのキレイな指で髪を梳くと思うと……!! やばいです!
 というか、髪を洗ったりもさせたかったですが、繋がりがいまいちだったのでやめました……。
 デレバクラはいいですよね。
 後、ラプンツェラの響きが好きだからって、髪長いキャラをすぐラプンツェラにするのはやめた方がいいよ、私(自分へのメッセージ)

 ちなみに、これが王様となると、絶対髪を伸ばさないだろうなっと思いました。
 まあ、王様の好みはその時の天音ちゃんだと思いますが。



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