3000年は長かったと彼は泣きそうに呟いた。
 心はとっくに磨り減って、もう本当は立っているのがやっとなのだと。
 彼を動かしているのは、3000年前の妄執。
 たった一人の王。
 狂うほど求め、縋るほど待った。
 すでにそれを表す言葉は憎しみをとうに越えている。
 それでも、まだ、待ち続ける。


「あれ、獏良くん、寝ちゃった?」

 ふっと、少年は友人が完全に床に突っ伏しているのに気づいた。
 一緒にいるというのに、自分はカードの調整を、友人はテレビに熱中してお互いのことに気づいていなかった事実に苦笑する。
 カードを置いて何度か声をかけてみたものの、熟睡してしまったようで幸せそうな寝顔を見てしまえば、無理矢理起すのも悪いように思えた。
 そもそも、友人を放置してしまったのは自分である。
 せめて、毛布でも、と立ち上がる。
 本当ならばベットかソファまで連れて行ってあげたいところだが、体格差と自分の力を考えやめた。
 どこに毛布をしまっただろうと一歩踏み出した瞬間。

「痛い!」

 不自然な動きで友人がいきなり起き上がり、その腕を掴んだ。
 ぎりぎりとその華奢な腕からは想像も出来ない力が腕にかかり、思わず叫んだ瞬間、手から力が抜けた。
 へにょりっと床に戻った手。
 ぼさぼさの前髪の奥から色のない瞳がじっと少年を見ていた。
 その瞳を、少年は知っていた。
 知っていたが、何かが違うと感じる。
 そう、その色のない瞳は、以前はもっとぎらぎらと輝いて燃えていたはずなのに。
 今日の瞳はまったく違う、ただただ乾いた濁りを見せるだけ。
 意味も無く開かれた唇。
 そのまま、首がこてんっとなにか疑問を持ったかのように傾げられた。
 なぜだか、酷く弱弱しい生き物に見えた。まるで、捨てられて、雨にうたれた子猫に似ている。
 寝ぼけているのだろうかと、少年は恐る恐る口を開く。

「獏良くん?」

 声に、ぴくりっと、反応して、その瞳が少し跳ねた。
 じっと、確かめるように、観察するように全身を見る。

「……んだ、器かぁ」

 その口調に、少年はこれが友人ではないと確信した。
 先ほどまでの弱弱しさが一気に取り払われ、友人であれば穏やかなはずの目つきが吊りあがる。

「そういう君こそ……もう一人のバクラくん?」
「宿主様がいきなりこんな口調で喋りだすかよ」

 やれやれとでも言うように立ち上がり、前髪をかきあげる。

「どうして……」

 いきなり出てきたの?
 そう聞く前にすたすたと友人の中にいる誰かは横を通り過ぎていく。

「え、あれ?」

 そのあまりにもあっさりした行動に少年は思わず声を漏らす。

「ちょっと待って!!」

 誰かはそのまま扉に手をかけて出て行こうとするのを止める。
 不機嫌そうに振返ったその顔には感情はあまり見えない。
 なぜだか、少年はわからなくなっていた。
 今目の前にいるのが誰なのか。
 少年の知っている友人の中にいる誰かはもっと、ぎらぎらとひどい悪意と執着を見せていたというのに。
 今は、乾いている。向けられる瞳にも、力は無い。
 磨り減って、壊れてしまったかのように。

「どっどこ行くの?」

 おずおずと出した声は震えている。
 怖いけれど、怖くない。

「宿主様のおうちにきまってんだろ」
「え?」
「宿主様のおうちのベットの上だよ。
 俺様がこれから夜の街ふらついてなんかするとでも思ったのか?」

 言葉に嘘はないようで、めんどくさそうに手を振る。

「俺様は、目的もなくんなことしねえよ……」

 それ以上の用がないなら帰るとばかりに背を向ける誰かは扉を開く。

「まっ待って!!
 えっとさ、今日は獏良くん、うちに泊まるって約束だったんだ!!
 だから、その」
「ソファで寝ろってか?」
「うっううん、えっと、客間があって……そっちに……」

 じっと、何も見ていないような瞳が向けられている。
 悲しい瞳だと、少年は思った。
 そして、気づく。瞳の先。そこにいるのは。


「あっ案内するね」
「早くしろ」
「あのさ、もう一人のバクラくん」

 少年は客間に案内しながら、聞く。

「もう一人の僕と、会いたい?」

 誰かは、何も言わなかった。
 ただ、客間に入ると、くるりと振返る。
 一瞬だけ、一瞬だけその瞳になにかの色が過ぎる、唇が動く。

(おお、ああ?)

 次の瞬間には、ふっと目を閉じた友人が、ばたりと、ベットに倒れた。


「……おおああって、なんだろう……?」


 答えるものは、夢の中。



 宿主のお世話もしてるよ&王様が絡まないと弱弱しいよっというのを書きたかったのですが、玉砕☆
 王様が出ないのは、自重させた結果です。
 本当に、3000年後のバクラは王様想いですね☆



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