扉を開けると、そこには。



「よお」



 王様がいました。



 バタン。


「……ここ、俺様の家、だよな?」

 頭を抑えて少女は呟く。
 何度も表札を見ているが、間違いなくそこは自分の家だった。
 しかし、なぜ出てくるのが兄でも誰でもなく、王様なのかわからない。
 おかしい、おかしいとしか言いようが無い。
 彼が遊びにくる話など、兄には聞いていないし、合鍵も渡していない。渡すつもりもない。そもそも、兄は今日は友達の集まりに行く為に家を空けているのだ。
 それなのに、なぜ?
 もう一度、恐る恐るあけてみた。
 やっぱり、いる。
 いる。
 うげえっと少女は顔を歪めたが仕方なく扉を開けた。

「おかえり」
「……ただいま」

 笑いながらそう言う彼に違和感を感じながら、少女も返事をする。
 そろそろと玄関に一歩踏み出す。
 なんとなく、落とし穴がありそうな気がしてたまらない。慣れた自分の家のはずなのに、なぜかモンスターの口にさえ思えた。

「なんで、王様がいるんだよ……」

 少女が訝しげに問えば、彼は余裕気な笑みを浮かべた。
 どうやら、勝手に合鍵を作って勝手に入ったわけではないと判断し、少女は安堵の息を漏らす。

「獏良くんに頼まれた」
「嘘だッ!!」

 しっかりと少女は否定した。
 なぜなら、少女の兄は、彼を、嫌い……とまでは恐らくいっていないだろうが、それなりに少女から遠ざけたい部類にいれているからだ。まあ、兄としてはいきなり現れた男に妹をかっさらわれたのだから、仕方ないと言えば仕方ない。しかも、ごく最近、人に言えない事情でジャージで帰った時も一緒にいたとあり、かなり疑われている。
 そんな相手に頼むなどと、天地がひっくり返ってもないだろう。
 彼は即座の否定に少し拗ねたように目をそらした。

「嘘じゃないぜ……そりゃ……本当に頼まれたのは相棒だけど……」
「それは嘘って言うんだよ!!」
「でも、相棒が変わってくれって頼むから……」
「何と引き換えに?」
「…………」
「何と引き換えに?」

 少女の鋭い眼光が王様を見た。
 なぜなら、少女の記憶によれば彼の言う相棒とは、二人の関係についてどうにも感づいているようだが、別に邪魔するでもなく、かと言って協力するでもない姿勢である。まさか、意図を汲んで気をきかせたなどとは思えない。 
 ならば、そこになにかある。少女はそう読んだ。むしろ、無い方が怖い。

「相棒がほしがってたカードと、奢り3回……」

 完全に拗ねた顔の彼に、少女はやっと納得する。
 そして、改めて少女は王様を見た。

「で、その格好は……?」

 なぜか、王様はエプロン姿だった。
 シンプルな、どこにでも売っているだろうデザインのエプロン。しかし、そのエプロンは王様の外観と服装のせいであまりにもミスマッチだった。
 せめて、王様が少女であったならば、まだ「かわいいv」くらい思えたかもしれないが、王様はあくまで王様であったため、「似合わない……」としか言いようが無い。
 しかも、その手に持つどこの家庭にもありそうなおたまがまた似合わない。これが包丁であればもう少しに合うという言葉もあったかもしれないが、それはシャレにならないだろう。

「演出」
「なんのだよ!!」

 ごくごく当たり前に答える王様に、少女は頭痛を覚えた。
(もしかして、アレか、「おかえりなさい、貴方。お風呂にする? ゴハンにする? それともわ・た・し?」がやりたいとかか……!? やったら俺様は逃げるぞ!!)
 いくら常識がない彼でも、それはないだろう。そう思いたい少女に、相手は口を開く。

「天音」
「なんだよ……」
「風呂でするか? 寝室でするか? それとも、ここでするか?」
(予想を、斜め上で行きやがった……)

 一瞬、何をだよ!! っと叫びかけてやめた。
 なんだか、ごくあっさり考えたくもない言葉を発することを前世からひしひしとわかっていたからだ。
 少女は考えた。全力で考えた。
 そして、

「……ゴハンタベタイデス、スゴクタベタイデス」

 全力で無視することにした。
 彼がひどく寂びしそうな顔をしたが黙殺する。相手にしていては気力どころか、貞操が持たない。

「ああ、夕飯は獏良くんが作ってくれてるぜ」
「ん……」

 靴を脱ぎ、リビングへと向かう。
 少し後ろを振り返れば、彼がエプロンを脱ぎ丁寧に畳んでいるのを見てしまい(演出だけかよ!)っとツッコミそうになったのを抑えた。
 おたまも、良く見れば新品で、このためだけに買ったのか聞きたくなったが、それも抑えた。キリがなさすぎる。
 とりあえず電子レンジに兄が用意した料理をいれ、彼をリビングに待たせ、自分の部屋で制服が皺にならないうちに脱ぐ。いつも兄だけならば制服の下に着ているスパッツにシャツという格好なのだが、今日は彼が一緒なのでそうも行かず軽く着替えた。
 戻ってみると、同居人の相棒に躾けられたのか、机に温まった料理を並べていて、あの、落ちた箸も拾わない王様が……!と、少女は感動した。
 机につき、向かい側、いつも兄が座っている席に彼が座っていることに違和感と、妙なくすぐったさを覚える。
 こんな風に穏やかに向かい合うことなど、前世では考えられなかったのに。
 相手もそう思っているのか、ちらりと見た視線が合い、微妙に笑う。
 少女はわけもわからず顔を赤くし、誤魔化すように箸を掴む。

「いっいただきます」
「いただきます」

 沈黙。
 箸を動かす音と、小さな咀嚼の音。
 テレビを付け忘れたせいか、ひたすら静かな時間。
 気まずいと思ったが、今更テレビをつけるのも無粋な気がして動けず、ただ二人は手を動かした。 
 いつも、どんな話をしているか思い出せない。いや、そもそも、いつも話題は少女の兄か彼の相棒が振り、それを受け継ぐ形ばかりであり、二人っきりのときは話をする暇も惜しいと唇を重ねてきたのだ。お互い話題の振り方がわからずやはり黙るしかない。
 それでも、努力はしようと思ったのだろう、少女が口を開く。

「あっあのさ、王様」
「なんだ?」
「今度のDMの大会だけどよ、出る?」
「ああ、一応デュエルキングの称号も持ってるからな……相棒と海馬とも、もう一度戦いたい」
「ふーん」
「お前は?」
「勿論、出る。今度はぶったおしてやるぜ、王様」
「やれるもんならな」

 にやりと笑いあい、また会話が止まる。
 年頃の男女の、しかもそれなりの関係があるとは思えないほど色気のない会話に、少女はなにか間違えたような気がしてならない。
 いつもならばそう思いはしないだろう。けれど、相手が自分の家にいて、しかも二人っきりだという状況を意識しすぎて頭が回らなくなっていた。
 
「きょっきょうは」
「?」
「泊まってくのか……?」

 呟いて、あれ? と首をかしげた。
 なにか、これはとてつもない地雷の言葉だった気がする。
(兄のいない日、二人っきり、泊まり、そして、王様はやりたい盛りで、俺様は……)
 なんだか、不吉なワードな気がした。
 その証拠に、視線をあげると、そこでは彼が形容し難い笑みを浮かべている。
 嫌な汗をだらだらたらしながら口に含んだものの味がわからなくなるのを感じた。
 彼はひどく機嫌良さそうに、少女は砂を噛んでいるような気持ちで夕食が終る。

「ごちそうさま」

 兄が作ったときは片付けは少女なのだろう、自然な動きで食器を片付け、台所に立つ。がちゃがちゃと食器を荒いながら、どうするか考える。
 泊まるの、だろうか。あの笑みは必ず泊まる、少女はそう確信した。
 しかし、ただ泊まる、ですむわけがない。未遂とはいえ彼と少女はすでに一線を越えてしまっている。
 頬に血が集まるのを感じながら、少女は俯いた。
 いつものキスも、あの時も、全て、後先考えない勢いだけのもの。こうして、ゆっくり、二人っきりで考える時間など与えられてしまうと恥ずかしくてたまらない。
 前世ではどうしていただろう、記憶を探れば、なんだかやっぱり勢いでヤることをヤってるところしか見つからず、打ち切った。
 ふと、水が流れっぱなしなのを思い出し、蛇口を閉める。その時、後ろに重みとぬくもりを感じた。
 振り返れば、そこには彼がもたれかかり、前に腕を回す。

「お、おうさま……?」
「天音……」

 耳元で甘く囁かれ、スポンジが手から落ちる。
 泡だらけの手ではねのけていいものか迷っている内にしっかりと抱きしめられた。
 この状態になってしまうと、少女はどうしても勢いに流されてしまう。

「泊まっていっても、いいのか?」

 背中に当る鼓動に、思わず頷く。
 蛇口を再び捻り、水で手を洗うと、体を反転させて向き合った。
 顔が自然に近づき、唇が重なる。
 最初は軽くじゃれるように触れ合う程度だった。しかし、すぐにそれは深いものへと変わり、お互いを貪るように、息を吸う暇すら惜しく、皮膚すら邪魔だとでもいうように激しくしていく。

「はぁ……っ」

 ぴちゃぴちゃと水音をたて、舌を痺れるほど吸い、お互いの味を確かめ合う。
 求めるように背中に回された少女の手がしっかりと服を掴む。
 お互いが酸欠になりそうなほどの時間、唇を交し合い、きっちんの冷たい床に座り込んだ。

「天音」

 性急に服がまくりあげようとするところを、少女は抑えた。
 彼の不満げな顔に少し照れたように少女は俯いて呟く。

「えっとさ……風呂、とか……はいらね?」
「風呂……?」
「お、俺様、帰ってきて、着替えただけだし……今日汗かいたし……」

 俯く少女の髪に口付け、ぎゅうっと抱きしめる。

「一緒に、か?」

 少女は、迷うように言葉を躊躇いながら、抱きしめ返す。

「王様も、入りたいなら……」
「入りたい」

 きっぱりと即答され、益々少女は俯いた。
 鼓動が聞こえるのではないかというほど強く密着しあい、もう一度口付ける。
 そして、酷く惜しそうに体を離し、彼は立ち上がったが、少女は中々立ち上がろうとしない。
 照れているのかと思えば、潤んだ瞳で見上げられる。

「腰……抜けた……」

 情けなさそうに、悔しそうにそう言われ彼は笑う。

「抱き上げてやろうか、お姫様?」
「あんたの身長で、できんのかよ」

 皮肉を口にすれば、彼はすいっと、少女の細い腰を掴み持ち上げた。体格的にきついのか、一瞬顔をしかめたものの、それでも、胸を肩に置き持ち上げる。

「思ったより、軽いな」
「そうか……?」
「ああ、もっと喰わないと肉がつかないぜ。胸に……いだ!」

 ぐいっと髪をひっぱられ抗議の瞳を向ける。
 よっぽど気にさわったのか、怒りを隠さない表情にさすがに宥めるように腰を撫でた。

「ひゃっ」

 びくりとした反応に彼はますます機嫌良さそうに少女を風呂場へと連れて行く。
 意外に細いが力強い腕に身を預けながら、少女はまた頬を熱くさせた。

「王様……あ、あのさ……」
「ん?」
「おれさま、そっその、そのさ……」
「ああ」

 もじもじと、少女は言葉を躊躇いながら口にする。
 前にこうして体を触れ合わせた時とは、別の、拒絶ではなく、受け入れるための言葉。


「はじめてだから、やさしくてしください……」
「勿論」

 
 瞳をあわせ、彼は軽く少女の頬に口付ける。
 続きはあっちでとでも言うような急ぎ足に、少女は黙って彼にしがみつく。
 そして、扉を開こうとした



 チャチャチャチャチャチャチャー♪

 
 
 瞬間、その音楽は流れた。
 少女の目が驚きに見開かれ、無視して扉からでようとする彼の背中を叩く。

「王様、待って」
「待たない」
「違う、だめだって」
「なにが」
「あれ!! 了の着信音!!」

 ぴたりっと、了という単語に彼は体を強張らせた。

「出ないと!! やばい!!」

 少女の言葉に、しぶしぶ扉を閉め、携帯をとらせる。

「もしもし、了……?」
『あ、天音、今なにしてた』
「ふっふろ、入ろうかなって……」
『ふーん、そうなんだ……さっきね、遊戯君と会ったん。遊戯君と』
「へっへー!」
『そしたら、遊戯君たら、アテムくんに頼んだって自は……言ったんだよ。アテムくんいる』
「めっめしくったら帰った!!」
『そっかー、ならいいや……僕ね、泊まろうと思ったけど、帰るよ。今帰るよ。すぐ帰るから、待っててね』
「おっおう……!」

 気まずい、気まずい沈黙が流れた。
 彼は、ショックのあまり、うなだれて涙目になっている。
 少女はフォローの言葉も浮かばず、しかし、彼が兄に殺されないためにも、彼に帰ってもらうしかなかった。

「お、王様……えっと、また、今度な……」
「ああ……次こそは……次こそは……」

 ぶつぶつ呟き遠ざかるその背中は、ひどい哀愁が漂っていたという。



 王様生殺しシリーズ。
「シリーズ!?」
 メールで「王様はもっと生殺しにしてやってください」って届いたのですが、コレは期待されてると判断し、お受けしてみました。
 そして、宿主様ちょう怖い。
 妹の貞操はまだまだ渡さないらしいです。
 とりあえず、管理人はちゅーちゅーしてたら結構満足です。
 王様が怪力だといいなっと思いました。そして、天音ちゃんが軽いといいな。



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