あるところに、忙しい社長がおりました。
社長は毎日毎日とても忙しくて仕事に追われ、休みもなにもあったものではありませんでした。
弟や部下が心配してもおかまいなし。毎日毎日忙しく働きます。
そんな社長ですが、弟以外にはかなりひねくれ者で性格が悪くいじわるでした。でも、まだひとかけらほどの良心をまだ残していたので、うっかり落ちていた小人を拾ってしまいました。いいえ、落ちていたというよりも、うっかり踏みつけてしまい、潰すところだってので、しょうがなく拾ったのです。
褐色の肌に白い髪、青い瞳の目つきの悪い、目の下になぜか傷のある小人でした。
本当は、非科学的なものがだいっ嫌いな社長でありましたから、どう見ても非科学的な小人には関わりたくなったのですが、踏まれた小人は当たり前ながら怒り狂い、ひっついてきたので仕方ありません。
それに、こういった小動物は弟が喜ぶだろうという社長の究極の弟至上主義で、小人の白い髪に青い瞳は妙に好ましかったのです。
連れて帰ると案の定、みかけどおり小動物好きな弟は大喜びで小人をおもちゃにしました。
踏まれた上におもちゃにされた小人は物凄く不機嫌になりましたが、食べ物を与えておけば機嫌をすぐ直しました。
社長は、あんまり頭のよくない生き物だと理解します。
その、頭のよくない生き物である小人は、すっかり機嫌が直ったとき、
「願いをなんでも叶えてやる」
っと言いました。
聞くに、小人は昔、悪いことをしすぎたせいで宿主様に罰を受けこんな姿になったらしく、元の姿に戻るには困らせた人の数だけ、人を幸せにしなければいけないということでした。
人を幸せにする願いならなんでも叶えると胸を張る小人に、正直、社長と弟はものすごくうさんくさそうな目を向けます。
なぜなら、社長も弟も少々波乱万丈すぎる人生をこの年齢で送っており、ほとんど人間不信一歩手前であると同時にひどく疑り深かったのです。弟はにこやかな笑顔でそれをごまかし、社長はあらかさまに「怪しい!! 非ぃ科学的だ!!」っと罵りました。
罵られてむきになった小人はなんと「絶対願いを叶えてやる!!」っと憤り、社長のところに住み着き始めたのです。
最初は追い出してやろうかと思ったのですが、弟があまりにも喜ぶので、しかたなくおいてやることにしました。
ですが、この小人、なぜか妙に社長に懐いて離れませんでした。
もっぱら餌(と言ったらすごく怒ります)は弟があげているようでしたが、特になにもないときは社長の机の上や肩の上、膝の上やら、頭の上で仕事の邪魔をするのです。
社長は思わず「貴様が消えることが俺の願いだーッ!!」っと叫びたくなりましたが、弟のために我慢しました。
とにかく、なにをされても無視を決め込むことにした社長でしたが、そうすると小人のイタズラがひどくなる上に、根が律儀なせいかついつい反応を返してしまい仕事になりません。
それからどれだけの月日が流れたでしょうか。
社長はいつしか小人に慣れてしまい構ってほしそうな雰囲気がわかるようになりました。
そういうとき、社長は一度仕事の手を休め、小人の話を聞いたり、指でこづいたり、つまみあげたりします。構わないと、よけいひどくなることを学習したのです。
小人は社長が構うと妙に嬉しそうに笑いました。それはもう、社長が小人の中で数少ない気にいっている場所である青い瞳がとても美しく見える笑みです。
しかし、ある日ふと、そんな小人が、元気で元気で元気で、とにかく底抜けにバカのように元気な小人がふっと、遠い目をすることに気づきました。
あまりにも、遠すぎる日を見るような瞳。
どんな意味がこめられているかわからない瞳を、社長はとても嫌いました。なぜなら、小人の中で数少ない気にいっている場所である青い瞳が澄んでいるというのに、寂しそうな悲しさを孕んでいるのです。
そんなとき、社長はその無防備な小人の後頭部をデコピンをします。手加減なしのデコピンは体の比率でかなり痛いので、しばらく小人はゴロゴロ痛みにもんどり打ちますが遠い目はしませんでした。
だからでしょうか、ふと、社長はいつも自分を困らせる小人を困らせてやりたくなりました。
どう困らせてやろうかと勝手に自分の昼食を小さな体のどこに入れているのか、貪っている小人の頭をつつきました。
小人は食べかけの物が詰まったのか、しばらくゴロゴロ転がっていましたが、復活して首を傾げます。
「願いが決まったぞ」
びくっと小人は困ったような顔をしました。
それでも、しぶしぶ「なんだよ」っと拗ねたように聞きます。
「願いを決めてやったのだ。もっと嬉しそうな顔をしろ」
「俺様、メチャクチャウレシー」
棒読みです。
「まあいい、俺の願いは、」
小人は、まるで死刑宣告を待つような顔で見上げてきます。
「お前がほしい」
小人の顔がぽかーんっとしたものに変わりました。
それを見て社長は少し楽しくなりましたが、なにか違うような気がしてきました。
でも、もうなんだか前言撤回できる雰囲気ではありません。
わかりにくいですが、小人の褐色の肌が赤く染まり、なんだか小声でブツブツ言い始めました。
なんだか、社長はますます何か違う気が……っと思いました。
ただ、小人は
「俺様でいいの?」
っと聞きます。
社長は、思わずなにも言えませんでした。
そして、気づけば。
「朝か……?」
小人はいませんでした。
どこにも、いません。
もしかして、全部夢だったのか?
社長は、なぜか胸に複雑な感情を覚えながらも、夢だったと納得することにしました。
そもそも、そんな非科学的な存在がいるわけがありません。
仕事でもするかと書類に手を伸ばしましたが、そんな気分にならず、朝食でもとるかと立ち上がりました。
いつも朝食をとる部屋では、弟が笑顔で迎えました。
「あっ! 兄様!!」
「……モクバ」
「どうしたの? 兄様」
社長は、顔をひきつらせました。
弟は、ただ不思議そうな顔をするだけ。
「アレは、なんだ」
社長の視線と指の先、普通に椅子に座り、普通に食事をする男がいます。
褐色の肌に褐色の肌に白い髪、青い瞳の目つきの悪い、目の下になぜか傷のある男でした。
男は、当たり前みたいに「よっ」と、挨拶をしてきます。
「アレって……バクラ。兄様の友達の」
「友達……」
「そうだぜ?」
まるで、当たり前のように、いや、なんだか社長も当たり前のような気がしてきました。
そう、友達と言うにはかなりはばかれますが、男は、そういえば社長とそれなりに親しいような、そんな存在でした。
どうにも、こうして勝手にきて勝手に朝食を食べているのも、当たり前、そう思えてきます。
「社長くわねえかと思ったから、俺様が全部食べるところだったぜ」
男が笑います。
それはもう、青い瞳がとても美しく見える笑みです。
なんだか、様々なことがどうでもよくなってきた社長は、男に食べつくされる前に自分も朝食を食べることにしました。
弟は、そんな兄を見て、そっと、男の後ろに回って囁きました。
「俺と、兄様の願いを叶えてくれてありがとう」
(もしも、お前が幸せになる願いを叶えられるなら、どうか兄様が仕事ばっかりしないように、息抜きもできるようにしてほしいんだ。
それが、俺の幸せ)
男は、なんのことだか、っという表情をして、朝食を続けます。
しかし、ちょっと食べ過ぎたので、社長に痛めのデコピンをくらいました。それでも、男は笑っていました。
青い瞳がとても美しく見える笑みを。
これで、小人と忙しい社長のお話は終わりです。
もう、小人も、忙しい社長もいないのですから。
さて、話は変わりますが、昔、昔の蛇の足。
小人がまだ白い肌に白い髪、青い瞳であった頃。
王から逃げたとて、王に会いたいと思っていた頃。
一人の少年が小人に願いを言いました。
「君の幸せを、僕は願おう」
するとどうでしょう、小人が青年になり、変わりに褐色の肌と白い髪、青い瞳の小人が現れました。
青年は小人をおいて、それこそ、風のように王のところへ行ってしまいます。
取り残された小人は、ぽつんっと、一人残るだけ。そう、あの小人はそう、自由な青年と、縛られた小人に分かれてしまったのです。
小人の使命はただ一つ、「人を幸せにする願いを叶えること」
小人は、ただ、あてもなく人を幸せにする願いを叶えるために彷徨いました。
それしか、小人にはできなかったのです。
そうでなければ、小人はただの誰にもいらないものでしかなかったからです。
ずっと、ずっと、長い間、小人はそうしていました。
ある日、踏まれるまで。
どこかで見たことあるような話その2。
また宿主様を出し逃しました。
そして、全開はつけなかった蛇に足をつけました、つまり、蛇足です。よけいなことを。
ちょっと、雰囲気と描き方を前回とは変えて少しコミカルにしてみました……これも、よけいなことを……と思われているような……!
わかりにくいので、説明すると、小人は、王様に会うことが幸せで、その幸せを叶えるために、邪魔な部分である「縛られた自分=小人」を捨てたということです。
自分に捨てられたとわかってる今回の小人は、だからこそ遠い目をします。それは、まあ、実は王様を思ってというのもあります。
そして、バクラが社長にちょっかいをかけていたのは、構ってほしいのと同時に、モクバの願いで、社長を休ませるためです。きっと、これからも社長を休ませるために仕事の邪魔をするでしょう。
さてはて、そして、小人が男になったのは、社長がちょうど困らせた人の数だったのか、はたまた、求められたゆえか。