愛は盲目といいますが、恋の時点ですでに盲目でございます。
 なんと言っても、相手すら見えていないのですから。
 そう、見えないだけではありません、聞けもせず、言えもしない。
 もしも、それを恋と呼ばなければ絶望と呼ぶしかないでしょうね。
 


 きっと、えいえんに好きな人がいます。
 秘密ですけど。



 他愛もない少女たちの会話の中で、ありふれた恋愛話が飛び交う。いつの世も、恋や愛の話をする少女たちの顔は生命に溢れ、柔らかで愛らしい。
 そう、そうでなければいけないはずだった。
 しかし、一人だけ、先ほどからじっとうつむく少女だけは、会話に参加してない。
 恋人がいないから、ではないだろう。少女たちの中にも当然ながら恋人のいない少女もおり、そんな少女も他人の話を聞くだけで胸を膨らませたり、片思いの相手のことを語っては笑っている。
 しかし、ただ、少女だけが違った。
 気の強そうな瞳を曇らせ、微かに眉を下げた、恐らく、黙っていれば美少女ともてはやされるほど整った顔立ちをしている少女は、飲み干してしまったグラスのストローをかき混ぜているだけ。つまらなそうっというよりはどこか息ができないような苦しそうな表情をしている。
 ふと、会話に集中している少女たちの一人が少女に目をつけた。

「ねえ、天音はどうなの?」

 ぎくり、天音と呼ばれた少女はあらかさまに嫌そうな顔を隠さず体を跳ねさせた。
 周囲の少女たちは恋愛話を貪るとき特有の狩人の瞳で少女をロックオン、次々と甲高い声をかけてくる。

「そういえば、天音の浮いた話聞いたことなーい」
「気になるー!!」
「好きな人いるの?」
「天音くらいかわいいなら選り取りみどりだよねー!」
「そうそう、二組の男子に天音を気になってる子いたよね!!」
「というか、前告白されてたよね」
「やだー!! 初耳!!」
「断ったらしいってマジ!?」
「え、もったいない!!」
「あの子結構いいじゃん!!」
「だめだめ、この子、ブラコンだから」
「ああー、納得!! あのお兄さんじゃねえ」
「そうね、あんなに完璧なお兄ちゃんじゃ、他に目移りしないわねー」
「いいなー」
「私もあんなお兄ちゃんほしー」

 話を振ったわりには話す隙を与えない会話に、天音はほっと溜息をつく。
 そのまま話が流れていくことを願いながら、ストローでまたグラスをかき混ぜる。
 ちらりと見た携帯のディスプレイに、メールの着信が見えた。

「あっ兄貴からだ」

 メールに目を通し、立ち上がる。
 少女たちが「また天音のブラコンが始まった」っという呆れと笑みの混じった視線を向けた。

「ごめん、呼ばれたから」
 
 自分の注文分の代金を置くと、さっさと喫茶店を出た。
 改めて、しっかり見たメールの文面には、どこにもすぐ帰ってこいなどという天音を呼び出す文字は書いていない。
 ただ、話から逃げたかった天音は昼はまだ暑いが、夕方は少し冷える道を一人で歩く。もう暗くなるのも早くなり、空は赤みに青い黒さが混じっていた。
 空を見上げながら、天音はそっと、少女たちの一人が口にした言葉を頭の中で繰り返す。

(「好きな人いるの?」)

 いるかと聞かれれば、天音は困ってしまう。
 いるのだろうと、思う。けれど、それはあくまで推測だ。決して確信ではない。
 そもそも、本当にそれが恋と呼べるかすらわからないのだ。
 なぜなら、天音は想う相手に会ったことすらない。声を聞いたどころか、名前も知らず、直接見たことも無い誰かを、天音は想っている。 

 ただ、目を閉じれば、思い出す相手。

 しかも、思い出すと言っても、決してはっきりしたものではない。
 それでも、胸が跳ねた。どうしようもないほど顔が熱くなり、鼓動は早くなる。
 しかし、決して、幸せな気分にはなれなかった。逆に、苦しい、辛い、泣きたくなるほど、どうにもならない感覚がこみ上げるだけ。
 同時に、想ってはいけないのだと誰かに言われた気がした。
 だから、天音は恋愛の話が嫌いだった。
 好きかと問われれば、困るから、そして、悲しくなるから。

「想ってはいけない、求めてはいけない、好きになってはいけない、出会ってはいけない、忘れろ」

 天音は知らず口の中で呟いた。
 冷たい風が短いスカートに晒される足を撫でる。
 ひどく、泣きたくなった。どうしようもなく、泣きたい。泣き喚いてしまいたい。
 天音はぐっと抑えた。
 道端で泣くなど、プライドが許さなかったのだ。
 大きく溜息を吐き、もう一度空を見上げる。
 暗さが増した空。
 天音は闇が好きだった。夜の闇に包まれていると不思議と馴染み、安堵する。
 けれど、同時にどうしようもなく、光が恋しくなる。それは、名前も知らぬ思い出す時の感情に似ている。
 自分を叱咤し、思いを振り切った。速く帰ろうと、足を進める。
 しかし、今日はおかしいと、ふと、気づいた。なぜか、心が高揚している。足取りもいつもよりも軽い。
 夜が近いせいだろうかと首をかしげる。息を白く染めないながらも、冷たい空気を吸い込んだ。
 

 そして、息を止める。


(あっ)

 天音は、立ち止まった。
 呆然と、立ち止まった。
 足が、一歩も動かない。
 首を振って、否定した。
 なんといっても、天音は知らないのだ。
 顔も、声も、姿も、名前も、何一つ知らない。
 その、はずなのに。

(あいつだ)

 わかってしまった。
 距離と暗さのせいで顔は見えない。遠くて声は聞こえない、けれど、わかった。
 そんな、全てを超越して、全感覚が注がれる。
 胸が跳ねた。どうしようもないほど顔が熱くなり、鼓動は早くなる。
 しかし、決して、幸せな気分にはなれなかった。逆に、苦しい、辛い、泣きたくなるほど、どうにもならない感覚がこみ上げるだけ。
 抑えたはずの涙腺が緩みそうになる。寒さではない震えが前進を襲い、足が折れそうになった。
 溢れ出る感情を抑えて、立っている。
 それだけしか、できなかった。
 視界から、消えていくまで、ただ、そうして。
 視界から、消えても。

「はぁ……」

 呼吸をやっと思い出せた。
 気づかれなくてよかったと同時に、ひどく残念でたまらない。
 気づいて、ほしかったのだろうか。いや、そんなわけはない。


「想ってはいけない、求めてはいけない、好きになってはいけない、出会ってはいけない、忘れろ」


 目を瞑り、耳を塞ぎ、口を閉じて。
 天音は歩き出す。
 家に帰るために、決して、誰かに会わないように遠回りに。
  

 想ってはいけない、求めてはいけない、好きになってはいけない、出会ってはいけない。
 この恋は、えいえんに、秘密でなければいけない。
 きっと、えいえんに愛し続けるから。



 王様に合うまでの天音ちゃんを書いてみたくて衝動的に。
 決定的に王様は鈍いと思います。バクラは逆に王様のこととなると敏感。
 遠くからでもサーチエンドデストロイ。いや、デストロイはしませんが。
 普通の女の子の会話ってわかりません。
 でも、結局、出会って運命に堕ちてしまう。



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