※天音と宿主様と社長が幼馴染。
 バクラがデレモード。


















































「あっ社長」

 そう、呟いた瞬間、妹は赤信号だというのに道路に飛び出した。



 僕の妹には、ちょっと暴走癖がある。
 普段はとても軽い、気まぐれな猫みたいに誰にも表面しか懐かないけど、いざ気に入るとその依存度というか、執着がとんでもなく極端だった。
 好き嫌いが激しいからその犠牲者は僕だとか、もう一人くらいに絞られているけれど、いや逆にそれが執着を強くしているのか、もう、本当に激しくて懐かれる方は多大な被害をこうむることになる。
 僕に対しては始終一緒にいて、そんな妹がかわいいせいか「ちょっとブラコン」ですんでいた。でも、もう一人は今はまったく、一週間に1度あったらレアってくらいだからそんなもんじゃすまされない。兄としては妹がそんな風にほっとかれている事実をどうかと思ってしまうけれど、彼と妹は別にまだ恋人同士じゃないし、妹の感情が恋なのか、はたまたただの執着なのかわからないのでとやかく言えないのが辛いところ。
 とにかく妹の執着は盲目というのはああいうのを言うんだなーっと思うくらいすごい。すごすぎた。
 世界中の彼以外の情報を全てシャットアウトしてるんじゃないかって疑いたくなるくらい盲目的で絶対的だった。
 それは、今、実際、目の前で本当に数分も経たずに起きたことを見れば、僕じゃなくても理解できると思う。
 さっきまで僕の隣を歩いていた妹が、


「あっ社長」


 ただ、彼を見つけただけで、全部見えなくなっていた。
 僕も一緒に振り返って、道路の向こう側にいる彼を見つける。
 呑気に久しぶりに見たと思って彼に向かって声をかけようと手をあげた瞬間、妹は道路に飛び出していた。
 いくら横断歩道があるとはいえ、赤信号。
 妹は瞬発力に長けていた。そう、いつだって、気づいた僕がその腕を掴めないほど。
 飛び出した妹はもう止まらない。道路をとんっと跳ねるように駆けていく。


「「天音!!」」


 道路を挟んで、同時に妹の名前を呼んだ。
 あっと、正気に戻って立ち止まる。
 そして、見た。
 自分に迫る車を。ブレーキの甲高い音。しかし、止まらない。
 普段、車のあまり通らないこの道路は、時折周囲を気にせずかなりの速度で通過しようとする車がいる。そして、その車も、そうだった。
 スピードにのった車が急に止まれないのは慣性の法則で当たり前のこと。
 驚きに天音は動かない。いや、動いた、けれど、その華奢な体は間に合いそうもない。
 もしも、立ち止まらずに一気に走り抜けていればまた違っただろうが、妹はすっかり止まってしまっていたし、また同じ速さですぐさま走りだすことはできない。
 もつれる妹の足が、前へ踏み出される。
 こけそうになりながらも、必死に。

「天音!!」

 僕は動けなかった。
 でも、代わりに彼は動いていた。
 そう、天音を見つけた瞬間に走り出していた彼は、その長い足と高い運動能力を全力で駆使して、なりふりかまわず妹を突き飛ばすというよりは体当たりで吹っ飛ばして、自分も一緒にごろごろこける。
 コンクリートの上だから、かなり痛いだろう。それでも、彼は妹を抱えて庇った。
 彼は勢いのまま何度が転がって真っ白なスーツが汚す。
 妹をはねかけた車は、少し進んで止まったけれど、慌てたように逃げ出した。けれど、そんなことは後でもいい、今は妹がどうなったかだ。
 驚きか、痛みか、妹も彼も道路の上で動かない。

「天音!!」

 声をかけると、びくりっと、妹が起き上がった。
 どうやら怪我はないらしく、驚いたように、やっと事態を把握できたのか、きょろきょろ見回して、見下ろす。

「社長……?」
「……怪我は?」

 どうにも、彼も無事らしい、起き上がらないからには、どこかぶつけて痛いのだろう、それでも無表情に妹の心配をするところは感心せずにはいられない。
 けれど、天音は中々起き上がらない彼が心配なのか、震えて、元々白い顔を真っ青にした。

「社長……」

 今にも泣きそうに引きつった表情で、駄々をこねる子どものように何度も小さく首を振り、震えながらその服をぎゅっと握る。
 失うのが怖いという意思を隠さず、謝罪の言葉を何度も何度も口にした。

「ごめ、ごめんなさい……ごめんなさい、せと、せと、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 途中で声に涙が混じり、謝罪の言葉は繰り返される。
 あまりの痛々しさに僕は肩を抱いて落ち着けようとするけれど、妹は取り乱したままだった。
 その青い双眸かぽろりと涙が零れる。
 透明な、きれいな雫。
 それを見るのはずいぶん久しぶりだと気づいた。
 見下ろした先で、苦々しい顔をした彼が起き上がる。

「泣くな」
「泣いて、ねえ!」

 しゃくりあげるように天音が叫ぶ。
 起き上がったことで少し安心したのだろう、それでも、震える手は服を掴んで離さない。

「泣いているだろ」

 ふうっといつも通りの仕草で溜息をつくと指で妹の涙を拭って立ち上がる。
 その足つきが少しふらついていて、僕は慌てて心配した。

「海馬くん、大丈夫なの? 救急車呼ぶ?」
「いらん」

 妹の頭に自然に手を伸ばし、くしゃりと撫でた。

「それよりも、いつまでも道路にいるわけにはいかんだろ」

 それがあんまり本当に自然すぎて、僕はいつ見ても、彼が天音に触れるのを怒ることができない。
 必死にその手に妹は頭をこすりつけて、安心したように目を閉じた。
 そして、妹の手をとって立ち上がらせる。 
 僕にはできない流れだ。
 妹は彼の体に抱きついて、無事かどうか確認する。
 抱きついた瞬間、痛そうに顔が歪んだけど、妹に見せないように気力で無表情に戻した彼に拍手を送りたい。

「そうだね」

 僕は妹を促しながら彼と一緒に道路の向こう側へと歩いていく。
 向こう側につくと、海馬君は、妹をはがそうと頭をなでながら聞いた。

「車のナンバーは?」
「ばっちり、覚えてる」
「そうか」
「天音を轢きかけて、謝るならまだしも……逃げるなんて、許せないよね」
「……」
「そんなひどいことする人には、ひどいことが、起きるよね」

 彼は何も言わなかったけど、その瞳は肯定していた。
 僕はこの後どうなるかは知らない。



「ひどいことが、起きるだろうな」



 冷ややかな声。
 彼が本来の残酷さと、非道さを瞳に宿して車が走っていった方を見る。
 彼という、KCの社長に睨まれた人間が、どうなるのか。恐らく、後悔することになるだろう。いや、後悔なども覚えられないかもしれない。何も知らぬまま、あの車の主はさばかれるのだ。
 僕と、彼の大事な妹を傷つけようとして、逃げた罪。地獄に落としても、飽き足らぬ。
 大人しく、謝るなりなんなりすればよかったというのに。
 顔に出さず腸を煮え繰り返させながら、僕は彼にナンバーを伝えると、なんとか剥がれた天音を慰める。

「じゃ、海馬君、僕達はこれで」
「ああ、気をつけて帰れ」
「せと……」

 涙が止まった妹は、なにか言いたげに一度、彼の服の握って、そして離す。
 僕はなんとなく(次、いつ会えるか)っと聞きたかったのだと感づいた。
 恐らく、彼も。

「今日、電話する」
 
 妹の頭にもう一度頭をおいて、彼もまた、背を向けた。
 妹が、笑う。

「おう!」

 僕に見せる笑顔と少し違う、たぶん、女の子の笑顔だ。
 どうして、女の子って、こんなに早く、あっという間にキレイに変わってしまうのか。
 少し寂しくなって、僕は妹の手を握った。
 妹は不思議そうに握り返してくる。こうして、握り返してくるうちは、まだまだ僕のものだと思う。
 しばらく歩いて角を曲がったとき、僕は妹の手を名残惜しいけど、離す。

「?」
「ごめん、ちょっと買いたかったものあったの思い出したから、先に帰ってて」
「わかった」

 僕はきた道を戻って、そして、彼の曲がった角を曲がる。

「ああ、やっぱり」

 うるさい、とでも言うように道端にうずくまって僕を睨む彼を見つけた。
 どうにも、受身をうまくとれなかった上、天音の分まで衝撃を受けたせいでかなり体が痛いらしい。
 口を開くのも難しいのか、携帯を差し出してくる。
 僕はそれを手にとって、彼の弟へと電話をかけた。
 安心したのか、目を閉じる彼を見下ろし、僕は心の底から、妹の前で見栄をはってくれたことに感謝する。
 もしもこれを妹が見ていれば、さっきの動揺など、まだ軽いと思えるほど錯乱するに違いない。

「おつかれさま」

 僕がぽんっと、肩を叩いたら、そこはかなり痛い場所だったのか、すごい目で睨まれた。
 ごめん、実はわざと。 



 社長ダイスキの天音ちゃんは社長を見ると社長しか見えなくなるという設定をいただいたので!!
 そして、社長は我慢と努力の人でした。紳士ですね。
 同時に、宿主様は、社長なら天音を任せていいかなっと比較的好意的でありつつ、やっぱり嫉妬してるといいことで。
 王様とひどい違い(おい)
 まあ、純愛路線と、変態路線の違いということで(おい)



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