「よお、社長、また仕事?」

 扉から顔をだしたのは、もうすでに見慣れた色彩だった。
 白と青。その社長と呼ばれた彼の好む色を持つ少年はいつも通りの笑みを浮かべながら部屋に入ってくる。
 その傲岸不遜な表情に、遠慮と言う文字はなかった。

「……なぜ、ここにいる」
「社長のお友達つったら、あんたの弟様がいれてくれたぜ?」

 彼は、自分の最愛の弟を思い浮かべ、溜息。
 一体何を勘違いしたのだろうかと思いながらも、責める気にはならない。
 目下のところ、このすぐさま人の仕事の邪魔をする少年をどうするか考える。恐らく、口で言ったところで出て行くことはないだろう。
 考えている間にも、すたすたとまっすぐ机までやってきた少年は勝手にパソコンのディスプレイを覗き込む。
 本来ならばすぐさま画面を消すか少年を殴りつけるところだったが、比較的重要ではないページを開いていたので、放っておいた。

「ふーん」

 見て、理解できているのかできていないのかそう呟きながら彼の横に立ち、つまらなそうに机に腕を預ける。

「なあ、社長」
「なんだ」

 わざと書類から視線をそらさず聞き返せば机から肩へと腕が移る。
 重い、と軽く振り払うマネをするものの、彼はあえて遠ざけようとはしない。

「なあ、しゃちょー」

 甘い声でしなだれかかり、耳元で囁く。
 年の割りに少々高い声は耳に心地よく、聞く物が聞けば男だろうか女だろうが聞き入ってしまうところだっただろう。
 しかし、彼はただひたすら鬱陶しそうに呟いた。

「用がないなら、帰れ」

 書類からディスプレイへと視線を変えキーボードを打つ。
 完全に相手にする気はないと見せ付けているというのに少年は諦めなかった。
 構ってほしくてわざと新聞の上に乗る猫のように少年はその膝の上に乗り、背中を彼の胸にぴったりとくっつけ、その首元や輪郭に頭をこすりつけた。
 間近で感じる体温と、彼の匂いに少年はそれだけで機嫌がよさそうに目を細めたが、彼は逆に眉をしかめた。 
 華奢だが少々標準よりも背の高い少年に膝に座られては、重い上に仕事もできない。それほど急ぐ仕事でもなかったが、むざむざ少年に邪魔されるのもなんだった。

「重い、邪魔だ。どけ」

 きっぱりと告げると少年は振り返って少し上目遣いに彼を見て小さく唇を尖らせた。
 その中性的な顔にあった愛らしい表情であったが、彼にとっては関係ない。

「社長のケチ」
「ケチじゃない」
「せっかく俺様が会いにきたんだからよー、少しくらいかまえよ」
「勝手に押しかけてきただけだろ」

 そうだけどさっと、拗ねたように少年は背を丸める。
 少し広くなった視界は仕事をするのにそれほど問題がなく、彼は少年の後頭部を見ながらキーボードを叩く。
 すると、その腕に今度は頭をこすりつけられた。

「邪魔をするな」
「こんなつまんねえ仕事の方が俺様より大事?」

 一瞬、大事だと即答してやろうかと彼は考えたが、以前、似たようなことを言って妙な力でパソコンを全損されたのを思い出し、やめる。
 キーボードから手を離し、髪に手を伸ばした。
 ぼさぼさだが意外と手入れの行き届いている白い髪は彼が少年の中で気に入っている数少ない部位である。
 指を絡め、撫でるように梳けば少し機嫌がよくなったのだろう、体を起した。

「今度、仕事のないときにどこかへ連れて行ってやる。帰れ」 

 彼の最大の譲歩。
 その言葉にもう一度胸と背中をひっつけ、目を細める。
 それでも、まだ不満なのだろう、微かに体を揺らして抗議した。すると、それにつられて今日は晒されている装飾品としては少々大きすぎる金色もまたゆらゆらと揺れ存在を主張する。
 少年がいつも身に着け、珍しく壊れ物のように大事にしているソレは彼にとってあまり気に入らないオカルトの品でしかない。
 邪魔をした仕返しに、奪ってやろうかと手を伸ばす。

「ひぁっ!!」

 彼の長い指がその金色の輪郭に触れた瞬間だった、少年は過剰なまでに震え、聞いたこともない声を出す。
 意外な反応に思わず彼も目を見開けば、少年が慌てて口を抑え、男の指から金色を遠ざけた。

「なっなにすんだよ!! 社長!!」

 頬を紅潮させ、あからさまに目を吊り上げて叫んだ。
 金色を庇うように背を丸め、睨みつけられて、彼はなんとなくむっとする。

「別に、ソレにさわっただけだ」
「いっいきなり触るんじゃねえ!!」

 触れたくらいでなぜこれほどまでに理不尽に怒鳴られなくてはいけないのか。 
 普段ならばこれくらい気にしなかったが、仕事を邪魔され苛立っていたことも手伝い、彼は片腕でやすやすと少年を押さえつけると金色を掴んで持ち上げる。

「だっだめ!!」

 少年の焦りようといえば、本当に今まで見たこともないほどだった。
 血の気の一切を失ったかのように顔を真っ青にし、不安に怯えるように瞳が揺れている。どんなときでも微かに軽口を言う程度には余裕を残すはずの少年はそこに存在しない。
 震えながら彼の腕にこれまでないほどの力で爪をたてた。服越しに、それも爪も伸びていなかったので傷つくことはなかったが、彼は痛みに顔を歪める。

「だっだめ、社長、とらないで、ごめんなさい!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!
 これだけは、これだけはとらないで!! それは俺様だから!!」

 狂ったように叫びながら暴れ、金色へと手を伸ばす。
 腕を引き寄せ、噛みつくようにその手を金色から引き剥がし抱きかかえた。
 体の震えは止まらず膝の上で不安と恐怖が伝わってくる。
 今まで、これよりもひどいことを、具体的には首を絞めたり押し倒したりもしてみたがこんな風になったことは一度もないというのに。
 ひどい罪悪感に舌打ちすれば、びくっと、体を跳ねさせ、うかがうような瞳が恐る恐る彼を見た。

「しゃ、しゃちょう……ごめん」

 気まずいように目をそらし、謝罪の言葉を口にする。あまりにも弱弱しい少年の姿は触れれば壊れてしまいそうで見られたものではない。
 彼は、その仕草に益々不機嫌そうな顔をした。先ほどの反応を見れば、どちらかといえば謝らなければいけないのは己の方だとわかっていながら、言葉がでないのだ。

「こんなか、俺様が入ってるから、とられたら困る」

 いつものオカルト発言に口を挟む気も起こらず、じっと、少年を見下ろした。
 なんとなく、気のせいであろうが跳ねた髪もしょぼくれてしおれているように見える。
 彼に珍しく迷っているうちに、少年は必死に口を開く。

「だっだけど、社長、とらないなら、別に触ってもいいぜ」

 不機嫌を敏感に察したのだろう、ぎゅっと、金色を繋ぐ縄を持って差し出した。
 彼は、別に触れたいわけではないものの、ここで断る言葉も浮かばず、指を伸ばす。

「ん、」

 金色の輪郭を指で撫でる。
 すると、小さく少年は息を吐いた。

「どうした?」
「なんでもねえよ」

 そう言いながらも、胸の上で金色を触れていると、少年は小さく反応し、零れたような声を漏らす。
 輪の部分をなぞり、中心の三角を撫でる。同時に、鼻から抜けるような声が響いた。

「ふ、ぁ、ぁ……」

 その声は、あまりにもただ装飾品を触られている声とは思えず、男は妙な気分になる。いや、声だけではない、その細められた瞳も、困ったように寄った眉も、紅潮し、汗を滲ませる肌も、吐き出される熱い息もまるで別の行為を思い起こさせる。
 膝の上、身を捩り唇を噛む様は少年に使うのはどうかと思われるが色っぽかった。
 しゃらしゃらと揺れる指針を掴めば、ぴくんっと肩が揺れ、体重がべたっと預けられる。
 いつもどちらかといえば低い少年の体温は熱いと感じる程度にまであがっていた。 

「おい」

 声をかければ、熱っぽい瞳がうっとりと男を写す。

「これは、どういった仕掛けだ」

 言外に聞けば、言いにくそうに少年は目を伏せる。

「こっこんなか、俺様いるから……触ったら……その、俺様が触られてる気分に、なる……」

 意味がわからず眉を寄せるが、指を動かして金色を擦ればまた声が漏れた。

「それだったら、こんな剥き身で持てるわけないだろう。これが傷ついたら貴様も痛いのか?」
「いっ、いつもは、こんな、ならねえよ……」
「?」
「でも、油断すると……ん、ちょっと、びっくりする……だけ……」
「なら、今はなんだ?」
「しゃ、しゃちょうが触ってるから……」

 もごもごと言い辛そうに少年は言葉を紡いだ。
 触れている指を見下ろし、その手をいとおしそうに撫でる。

「社長の指、すげえキレイだから……触られると、すごいエロい気分に、なって……」

 もぞもぞと膝の上で居心地が悪そうに動くものの、決して降りようとはしない。
 彼は、腕で少年を強く抱きとどめると、その柔らかな髪に顔を埋めた。

「ぁ」

 それをくすぐったいとでもいいたげにやんわり少年の手が制する。
 金色から少年の顔の輪郭へと指がうつり、ゆるやかに形を確かめるように伝う。

「ちょっ、社長待てよ、俺様は千年リング触ってもいいつったけど、宿主様の体は……」
「うるさい、少し黙れ」

 その指が輪郭から唇へと移り、なぞる。薄い唇の下、赤い口内へと入る寸前に、顔が背けられた。
 あえて追わず、そのまま首を撫でれば熱い息が手の甲にかかる。抱きとめた方の手で金色の中心を撫でれば、先ほどよりも強い反応が返ってくる。

「しゃちょ、しゃちょう」

 熱に浮かされたような声。
 少年は流されそうになりながらも、しっかりと腕を掴んで抑える。
 けれど、華奢な少年の力など問題なく、彼は少年の白い肌に触れ、その髪に口付けた。

「ばくら」

 耳元で、低く呼ばれた。
 ぞくりっと、少年の背筋に目も眩むような感覚と同時に、冷水を浴びせかけられたような衝撃が襲った。
 ひどく悔しくなって、しかたがない。
 強く唇を噛み、彼の腕を掴む手に力をこめた。
 少年は、彼の声が好きだった。
 そう、遠い過去にも、彼の声が好きだった。
 呼ばれれば、それだけで嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。
 この声が、好きだったのに。今の声も、好きであるというのに。それなのに。


(この声は俺様を呼んでない)


 ヤケになったように少年は彼の足を蹴っ飛ばした。
 一度目は適当に、二度目ははっきりと痛い場所を狙ってかかとを振り落とす。
 腕の力が抜けた隙に振り払い、膝の上から転げるように逃げ出した。
 そして、こけそうになりながらも体勢を立て直し、あまりの素早い行動に驚いている彼を睨みつける。
 
「この体は、大事な宿主様のもんだ!」
 (そして、その名前も、今は、自分のものじゃない)

 瞳を潤ませながら怒鳴り、声をかけさせる間もなく扉から飛び出していく。
 思わず立ち上がったが、それよりも早く廊下から足音が遠のいていくのを聞き、座りなおした。
 書類とパソコンのディスプレイに向き直り、深い深い溜息をつく。
 まだ、その腕の中にも手にも少年の熱と感触が残っていた。すぐ、そう、すぐ前までは、そこに収まっていたというのに。
 しばらく、その腕と手を見下ろしていたが、彼は仕事を再開する。



 ほかほかと湯気の立つ自分の髪を拭きながら、少年は虚空に問うた。

「ねえ、なんでいきなり僕はお風呂に入ってるの?」
(しらねえ)
「顔とか首が、すごくひりひりするんだけど」
(しらねえ)
「後、頭も一部分がすごく痛いんだけど」
(しらねえ)
「ねえ、なんで拗ねてるの?」
(拗ねてねえ!!)
「……なら、いいけど……あー……たぶん、君にメールきてるよ」
(なんで俺様にくんだよ……)
「ん、海馬くんからだから」
(………………)
「今回の原因は、海馬くんかー」
(違う)
「じゃあ、消しちゃうよ、僕に海馬くんが用事あるわけないもんね、はい、削除」
(………………)
「なんて嘘だよ。おいといてあげるから、後で自分で見てね」

 机の上に置かれた携帯に、もう一度手が伸びた。



 色々な人の後押しもあって、不純な海バクも書きました><(おいおい)
 でも、あいかわらず寸止め生殺し。そして、擬似もどきです、すみません。口にいれてないから、ふぇrじゃないです。言うなれば、擬似愛撫?(よけい恥ずかしくなった気がする)
 まあ、直接触ってますが。社長も17歳の男の子なんですよ!! ちょっとくらいがっついても許してやってください!!
 えーっと、バクラが怒っているのはしごくわかりにくいですが、まあ、社長は千年リングとか3000年前とかやっぱりわかっていないので、「盗賊王バクラ」ではなく「獏良了」の発音で呼んだので怒っています。
 わかりにくいですね、すみません。
 デレで臆病なバクラを書くのもまた、楽しいです。やっぱり、社長の膝の上はバクラの特等席ですよね(違)
 なお、うちのバクラは千年リングをとられかけるとすごく不安になります。
 で、千年リングの感覚って本当にどうなってるんでしょうね。
 今回は油断してると敏感になる&気分が盛り上がると性感帯になるという設定でした。本当に管理人には死んでほしいですね。

 ネタ提供、ありがとうございます。


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