もう二度と貴方と会えないと覚悟していたの。
 だって、貴方は私と一緒に巡る術は何一つないから。
 あの人と違って運命すらともにしていないから。
 それに、いつだって、私たちは近くにいても、触れ合えなかった。
 貴方は私を選ばない。
 私も貴方を選ばない。
 だから、ここでお別れだと思っていたの。
 でも、運命と輪廻は気まぐれで、また出会ってしまった。
 
 ねえ、今世では、私は貴方の手をとれますか?
 ねえ、今世では、貴方は私に手をくれますか?



 私があの人の運命に、つれさらわれる前に。



「社長?」

 ふっと、見下ろせば、そこで少女が青年を見上げていた。
 白い髪に青い瞳、見慣れた色に青年は少女が自分の幼馴染だと思い出す。一体何を錯覚していたのか、青年にはわからなかった。

「どうした」
「そりゃ俺様のセリフだって、ぼーっとしてたぜ?」

 少女はからかうように笑って、青年の腕をとると、そのまま身を寄せ自分の腕を絡めた。二つの体温が布越しに伝わり馴染んでいく。
 青年はそれを黙って許すと前を見た。

「妙な、胸騒ぎがしてな」
「胸騒ぎ? 兄貴にシメられるとか?」
「別に、貴様の兄になどに胸騒ぎを感じたりはせん」
「嘘つき、兄貴の前だと社長めちゃくちゃ手、震えてるぜ?」
「………」

 くすくす笑いながら少女は青年の腕に頭を預けると、髪を猫のようにこすりつける。
 愛しさをこみあげさせるような仕草を、青年はただじっと見ていた。
 こうされることもない日が、あったような気がしたからだ。
 しかし、そんなことはない。
 他人の目さえなければ見かけよりも触れることを好む少女は、幼い頃からこうして青年だけではなく兄にも体を寄せる。
 そう、この少女が誰にも触れない日なんて、なかったというのに。

「そろそろ行かないと、兄貴から電話ありそうだけど、行く?」
「ああ」

 短く答えると腕を組んだまま青年と少女は歩き出した。
 目的地はもう決まっている。
 ちょっとした進路の違いで学校を離れてしまった兄の文化祭だ。

「兄貴、元気かな」
「元気だろう、貴様にほぼ毎日手紙をかけるほどには」
「友達、いっぱいできたみたいだけど、どんな奴らだろうな」
「趣味があったと言っていたからな。ゲーム好きだろ」
「すげーアキバ系だったりして……うわ、俺様ちょっと不安。
 だって、兄貴がメガネにバンダナでシャツに上着いれて指なしグローブとかしてたら泣くぜ」
「……なんだその偏った想像は」
「テレビでやってた。オタクってそういうかっこ、よくするんだって」
「それは偏見だろう」
「ま、でも、兄貴が嬉しそうに書いてたから、悪いやつらじゃねえよな」

 久々に兄に会えるせいだろうか、少女はいつもより興奮しており、はしゃいでいるように見える。
 そう、それがどこかから回りした明るさのような気がするのは気のせいだ。青年は自分にそう言い聞かせた。
 どうにも今日は考えすぎてしまう。先刻の胸騒ぎのせいだろうかと過ぎった。
 胸騒ぎ、そう、胸騒ぎがする。
 なにかわからない、大きな流れに、体を引かれるような気がした。どこかで、呼ばれている気さえする。
 そんな非科学的な感覚は、ありえるはずがないというのに。

「社長、社長ー、おーい」

 少女が、絡める腕に力を込める。
 微かに、その力に震えが入っていることに青年は気づいてしまった。
 気づきたくなかたっというのに。

「今日、社長変だぜ、働きすぎ?」
「大丈夫だ」

 青年は、顔を横に振る。
 少女の顔が小さく歪んでいた。
 笑っているのに、笑っていない。

「……帰るか」
「へ?」

 青年は、思わず口にした。
 胸騒ぎがする。
 それは嫌な予感だ。少女の兄に詰め寄られた時よりもひどい嫌な予感。恐怖にも似た悪寒が、足を進めるごとにぞわっとやってくる。

「帰るか、天音」
「え、どうして? あっ兄貴に会いたくないとか?」
「違う」
「疲れてるの? なら、俺様だけでも……」

 ぐっと、青年は少女を抱きしめる。
 少女の体は細く、小さかった。

「なになに、社長、なんか、おかしい。
 こういうの嬉しいけどさ、もっと人目のないとこでっつーか……」
「おかしいのは、貴様だ」

 静かに告げる。
 少女の体が大きく跳ねた。
 訳がわからないとでも言うように首を振るが、もう震えは隠せない。

「帰るぞ」
「だめ」

 少女は顔をひきつらせたまま、首を横に振る。
 いつしか、その瞳には涙が溜まっていた。

「だめ、だめだよ社長、ここで逃げても引き伸ばされるだけなんだぜ」
「なにがだ」
「わかんないけど、そういう気がする。ここで回避できたとしても、俺様は、だめなんだ。たぶん、だめだ」
「わからないなどと、非科学的なことを言うな」
「だめ、だめ、今行かないと、俺様、もっとだめになる」
「帰るぞ」
「社長、社長、せと、せと、俺、せとのこと好き。好きだ。けど、なんかだめ。ここで俺様を甘やかしちゃだめ」
「うるさい」
「だめ」

 少女の体を持ち上げ、青年は背を向ける。

「だめ、逃げたって、どうせ」
「逃げてはいない」
「どうせ、だめだ。そういうもんなんだよ、せと。俺様も、あいつも、あんたも」
「そんなことはない、少し黙れ」
「せと、あんたのこと好きだ。でも、ここで俺様を甘やかしても、だめになるだけなんだ」
「だめに、なればいい」

 少女は青年の胸の中で泣いた。ぼろぼろと、静かに泣いた。
 遠ざかっていくというのに、胸騒ぎはおさまらない。
 むしろ、もっと、ひどい、苦しい予感がした。
 


「ああ、貴様か」
『なんできてくれなかったの! 僕も友達も待っていたのに』
「天音の調子がよくなくてな」
『朝は元気そうだったのに?』
「久々に貴様に会えるからと無理をしていたようだ」
『海馬君ってさ』
「なんだ」
『嘘、ヘタだよね』
「なんのことだか、わからんな」
『いいよ、もう。でも、これだけはいっておくよ。
 今逃げたってしょうがないんだからね。けきょくは、そうなっちゃうんだから』
「貴様まで、オカルトか」
『そう言ってればいいけどね。でも』



「傷は浅い方が、楽だよ?」
『知っている』



「獏良くん、なんだって?」
「んー、妹の調子がよくなかったみたい。ごめんね、ぜひ紹介したかったのに」
「ううん、いいよ、調子が悪かったなら、ね?」
「ああ、相棒。
 どうせその内、嫌でも会えるさ」

 彼は笑っていう。
 まるで、自信満々に余裕たっぷりに。

(……まあ、コレにあわせたくないのは、わかるけどね)

 

 貴方はいつだって、私に手をくれたのに。
 私はいつだって、貴方の手をとりたいのに、とれないのはなぜでしょうか。



 生まれ変わっても、せとバクで幸せになれません><
 いつだってかませ犬、当て馬社長。
 社長なら幸せにしてくれると思うのですが、どうしても横から王様にかっさらわれる、そんなイメージになってしまいます。
 もう、これはゲームの域。
 王様に出会ったらゲーム終了。
 それまでにどれだけ愛をはぐくめるのか……。
 ええ、もちろん社長のこと、大好きですよ?



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