○月×日、お昼を食べていたら獏良くんが目の前でリンゴを素手で絞ってリンゴジュースにした。
 その目が「天音にひどいことをしたら次はお前だ」っと語っていた、怖い。



 獏良了は自他共に認めるシスコンだ。
 ちょっと異常すぎて逆に正常に見えてくるほどのシスコンである。
 ついでに言えばその妹の獏良天音も明らかな、正常にはちょっと見えないブラコンでもあってしまうところがこの兄妹の恐ろしいところなのだが。
 しかし、いつまでも、そう、いつまでもそのままではいられなかった。いつまでもアダムとイヴが楽園にいられなかったように。
 そう、あまりにもあっさりと、楽園は崩れ去ってしまうものだ。

「了、俺様、好きな人ができた」

 そう、妹が真っ赤な顔をしていったとき、今までフィギアよりも重いものを持ったことのないはずの獏良了の手の中で、スチール缶が捨てやすいサイズにまでプレスされた。



「獏良、お前握力いくつ」
「え? 22キロ」
「はあ!? そっそれ、女と変わねえだろ?」
「だっだって……僕、天音と違って鍛えてないし…・・・ねえ、遊戯君」
「うん、僕も変わらないよ・・・・・・アテムは怪力だけど」

 恐らく、クラスでも、否学校でも5本の指に入るだろう非力で華奢な二人は顔を合わせて困ったように笑った。
 目の前で友人が「男は腕力」っと変なポーズをとって女子に笑われているのを見つめながら、ふっと獏良は手元のノートへ目を落とす。

「新しいTRPGのシナリオ?」
「うん、できたらやってくれる」
「勿論!」

 なぜか友人が女子にとび蹴りを食らうのをいつもの光景として二人はシナリオつくりに夢中になる。
 踊るように、獏良の手の中でシャーペンはくるくると踊るように動き物語を構築していった。少々年齢よりも幼い表情で二人は笑いあい、ふと、顔をあげた。
 机の群れに埋まる友人とは別、教室内にいながらも廊下から響く声に反応したのだ。

「だから、絶対違だろそりゃ!!」
「いいや、違わないぜ!」

 片方は、少し低いが少女の声。片方は、少し高いが少年の声だった。
 二つの声は、顔をあげた二人とよく似ている。いや、むしろ多少の性格的な声の強弱さえ除けばそっくりともいただろう。
 その声に、二人はあーっと呆れたような表情になる。

「また、ケンカしてるね」
「また、だね」

 呆れていながらも、二人はすっかりなれているようで特別慌てたりはしない。
 声が近づき、その話題が元の話題からズレはじめ、ただの罵りあいへと変わっている。
 扉を壊れんばかりに乱暴に開けたのは、彼によく似た、似すぎた、少女だった。ただ、温和で臆病なイメージのある少年とは違い、こちらはその性格の苛烈さを表すように目つきが悪く、大口を開けているせいか、その美少女と言って遜色ない顔を歪めている。
 そして、その後に現れたのは、これまた、彼の隣の少年にそっくりな少年だった。こちらもまた、小動物的な愛らしさのある少年とは違い、凛々しく美形然としている。ただし、やはり喧嘩をしているせいか子どもじみたい捻くれた表情がそれを帳消しにしていた。
 まあ、それもそのはずで、その二人と少年と少女は、まさしく兄弟と兄妹同士であるのだ。
 少女は、その少々標準よりも高い背をもって、標準よりも小柄な少年を見下ろすように睨みつける。

「だからてめえは気にいらねえんだよ!!」
「それはこっちのセリフだぜ!!」
「やるか?」
「望むところだ……」

 今にも殴り合いそうな雰囲気に、机の群れから復活した友人たちが呆れたように呟いた。

「うわ、またかよ」
「ったく、仲いいよなー」
「まあ、それがあの二人だからー」
「喧嘩するほどってやつだよな……?」
「でもよ、見ててイライラしね?」
「おっ同感同感、あれだけ喧嘩しても離れられないならさ……いっそつきあっちまえばいいのに」

 みしぃっと、彼の手の中でシャーペンが微かな悲鳴をあげた。
 それに、誰も気づかず言葉を続ける。

「だよなー。どう見てもお互いあれだけまんざらじゃなさそうなら……つきあっちまえばいいのに」
「たぶんよ、きっかけがないんだぜ! あれだけ喧嘩してりゃ、逆によ」
「なっるほど!! じゃあ、ハッパかけてやろうぜ!!」

 小さな親切大きなお世話とはこのことと体現する友人たちはクラス中に響くような声でわざと叫んだ。

「おーい、ご両人ー、あんま見せつけんなー!!」
「そうそう、夫婦喧嘩は犬も食わない、独り者には目の毒だー!!」

 一斉に、ばっとクラスの視線が少年と少女に集まった。
 少女も少年も最初はいまいち言葉が理解できていないようだったが、すぐさま顔を紅潮させる。

「そっそれは、どどっどういう意味だぜ城ノ内くん!!」
「ななななにが夫婦喧嘩だ!!」
「おっ自覚なし、おっあつーい」

 べきっと、シャーペンに亀裂が走る。
 それに、隣にいた少年がやっと気づいた。これは危ないと焦って友人たちととめようとするが、一歩遅かった。

「誰がこんな男女なんかと!!」
「おっ……んだと!? こっちだっててめえみたいなチビお断りだ!!」

 二人は羞恥に任せて一昔前の少女マンガのような罵りあいを始める。
 しかも、かなりレベルが低い。

「おっ俺はこれから伸びるんだぜ!! お前の見込みのない前面の背中と違って!!」
「むっむねのことは言うんじゃねええええ!! ヒトデ頭!!」
「その侮辱は相棒への侮辱ととるぜ!!」

 加速していく口げんかに、方向性がズレたと、もう一度友人たちが口を開いた瞬間、彼の手の中でシャーペンは粉々に折れた。
 あわわっと、隣にいる少年が目をそらす。
 折れた音に気づいた友人たちが目を向けた先、彼が、睨んでいた。否、笑っていた。あまりの迫力に、睨んでいるように見えたのだ。

「黙れ、凡骨、背景、へし折るぞ」

 彼の喉から出たとは思えないほど、低い、低い声。
 ひぃっと、思わず友人たちは怯えて真っ青な顔で口を閉じた。なにか一言でも呟けばへし折られるような気がしたからだ。
 それに気づかず、レベルの低い口喧嘩は絶頂を迎えていた。

「てってめえなんざ、だいっきらいだ!!」
「おっおれだって、お前なんかき、」

 らいっと、続く一瞬、それこそ本当に親しいものではないほど気づかぬほどの小さな変化が少女の顔に訪れた。
 今にも泣きそうな、弱い表情。聞きたくないとばかりにさっきまで少年をまっすぐ見つめていた視線がそらされる。
 しかし、少年は一番間近にいながら、その変化に気づかない。

「ら」



 がごんっ



 最後の一音は、消失した。
 なぜなら、彼が、立っていたからだ。
 ただ、立っていただけではない。
 机に巨大なクレーターを拳で作った状態で、立っていたからだ。

「ば」
「ばくら」
「ばくらくん?」
「あっあにき……?」 

 ゆらりっと、彼は机から拳を引き抜いた。
 その引き抜くという表現が恐ろしい。
 机に彼の手形にめり込んだ痕を見て冷や汗をかかぬものがいただろうか。

「けんか」

 ぽつりっと、呟いて顔をあげる。
 その顔は、笑顔だった。あまりにも、恐ろしい笑顔。
 少年と少女は思わず、喧嘩していたのも忘れ震える。

「けんかは、だめだよ?」

 コクコクと、激しく少年と少女は頷いた。
「ボクタチナカヨシデース」
 とでも言うように握手まで交わして首を縦に振りまくる。
 彼はその様子を少し目を開いてみて、口を開きかけ……やめた。

「なら、いいんだ」

 すとんっと座る。
 それだけで、教室中の人間が呼吸をすることを思い出した。

「あー……」

 彼は、沈痛な声をあげる。

「机、壊しちゃった……」

 壊しちゃった、ですむのだろうか。
 くっきりと拳の痕のついた机を見下ろして、彼は少々反省する。しかし、後悔はしていなかった。

(だって、彼と天音が仲良くなるより、天音が悲しい顔見る方が、嫌だったんだから)

 溜息。
 自分はやっぱり甘いなっと思った。
 あのままおいておけば、しばらく仲違いさせられたというのに。
 なのに、とめた。それは、少女が悲しむからだ。 
 少年はともかく、少女は少年に恋をしている。一時の勢いに任せて嫌いだと言いあうだけでも、深く、深く傷つくほど。
 彼にとって、認めたくない事実ではあるが、仕方が無い。

「なっなあ、獏良、お前、握力22キロだよな?」
「うん、あっでも、もっと低いかも」
「まっ前、ゲーセンのパンチングマシーンさあ、すげー低かったよな?」
「うん、僕ああいうゲーム嫌い」

 友人は、机を見下ろした。
 そして、彼を見直す。

「これ、弁償しないとだめかなー……」
「こっそりかえちゃえば」
「あっそっか!」
「じゃあ、先生こないうちに早くー」

 いつの間にか、そろってやってきた少年と少女も手伝い、机をとりあえず放課後まで隠しておくことにした。
 途中、少女は小さく呟いた。

「最近さ、兄貴」
「うん」
「俺様が話してると、スプーン捻じ曲げたり、コップ砕いたり、机へし折ったりするんだ」
「そっそっか……」

 何の話かは、なんとなく聞かなくてもわかる気がした。
 


 獏良了は自他共に認めるシスコンだ。
 ちょっと異常すぎて逆に正常に見えてくるほどのシスコンである。
 そのせいで、ちょっと、妹に関係することでは怪力を発することができるようになった。いや、ちょっとではないのだが。
 だからこそ、微かに、獏良了は考える。
 楽園が崩れ去ってしまった後だからこそ、考える。



「これってさ、アテムくんを消して天音を取り戻せっていう、神様の意思じゃ……」
(つまり、自力で楽園を取り戻せって!)



 そんな神様、いません。



 シスコンブラコンを書いてくださいといわれたので、なぜかシスコン要素が強すぎる作品を書きました。
 宿主様が怪力だったら、管理人だけかなり萌えます。
 ツッコミどころが多すぎてツッコミきれない!!
 とりあえず、天音ちゃんはひんぬう。
 王様と天音ちゃんって、ツンデレ×ツンデレだと思います。王様が変態でなければ。



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