すとっぷすとっぷ、すっとっぷ、たんま、たんま。
 社長、なにこの体勢?

「うるさい」

 少年は呆れたような表情で、社長を呼んだ相手を見上げた。
 その手は行動を制するように相手の顔の前に突き出され、足は逃げようともがしている。

「いや、社長、なんですかこの体勢」

 もしも、この体勢を第三者が見ていたらこう評しているだろう「押し倒している」っと。

「わからんのか」

 相手の言葉に、益々呆れたように少年は顔をゆがめた。
 先ほどの言葉は確認するためではなく、相手に自覚させるための言葉だった。しかし、それがまったく通じてないとわかったからだ。
 目の前の相手は、この体勢がなにであるかわかってやっている。
 それを理解すると少年はなんとか下から這い出そうとずりずり後退するが、ずいっと相手が逃げたよりも多く近く身を寄せ、腕を掴んだ。

「そっちこそ、わかってねえだろ……社長、俺様をこんな体勢にしてなにする気デスカ?」

 内心冷や汗を垂らしながらあくまでからかうように軽く呟いた。余裕気な笑みを貼り付け、言外に冗談だろっとにおわせる。
 だが、そんな意図を相手はまったく、一切汲もうとせず突きつけられる手を握った。
 あくまで真剣に瞳を覗き込み、言葉にせず訴える。
 けれど、すぐさま少年は目をそらして早口にまくしたてた。

「だっだから、言ってるだろ社長、この体は俺様のじゃねえって!! 宿主様のなんだよ!! この指だってこの腕だって顔だって体だって!! 俺様のじゃねえの!!
 あんたと宿主様は恋人でもなんでもないわけで……いや、俺様も別にそうじゃないけど……とにかく、落ち着いて俺様の上からどいてください!!」
「意味のわからんオカルトはやめろ。俺は落ち着いている」

 少年の言葉を全て無視し、相手は顔を近づける。
 目の前の整った顔に、少年は息を止まるのを覚えた。
 遠い遠いどこか遠い場所で、同じ距離で同じ顔を見たことがある。微かに違う箇所はあるものの、それは記憶が少年の箍を外してしまいそうになるには十分だった。
(やべえ、やべえ、俺様この顔に弱い。ほんとに弱い)
 顔に熱が集まる。このまま、何かに言い訳をして流されてしまいたかった。
 けれど、少年にも折れない訳がある。
 必死に顔と目をそらし抑えられてうまく動かせない手ではなく、なんとか動く肘で牽制した。
 顔同士の間に挟まれた無粋な肘を睨みつける相手に、少年は泣きそうに呟く。

「社長、だめ」

 頼むから、許してくれと告げる。
 先ほどまでの軽い笑みはない。
 ただ、泣きそうな、寂しそうな顔があるだけ。

「この体は、俺様のものじゃない。俺様のものは、ここには何一つない」

 あまりにも、その顔は意外なものだった。時折、遠くを見つめるときに似た表情だったが、なにかが違う。そこには、微かな怒りが秘められているのだ。
 相手の動きをとめるのに十分なその拒絶のまま、肩を押しやる。
 目をそらされたままの沈黙。
 ひどく苦い顔で体をどけると少年は体を起した。

「あるとすれば」

 上着の前を開けば、そこにはオカルティックな、装飾品としては少々大きい金色がある。
 それをそっと持ち上げ、少年は相手に突きつけた。

「これだけ」

 これだけが、全部だと、差し出す。
 ただし、その金色ですら渡すことはできない。

「俺様はなにもやれない。社長、やれないんだぜ」

 その瞳には力も無く、俯いてしおれているように思えた。
 相手はしばらくそれを見ていると、大きく、大きく溜息をつく。
 びくりっとその溜息にもおびえるように目をあげた。
 相手の指が金色を掴み、唇を落とす。触れるだけの柔らかなもの。
 目を見開く少年と瞳をあわせ、静かに告げた。

「今日は、これで許してやる」

 もう一度溜息をついて体を離す。
 少年は、驚いたように、戸惑ったように、それでも、微かに嬉しそうにじっと、金色を見ていた。 
 小さく、小さく、相手に聞こえないほどの声で何か呟く。
 それは相手に聞こえなかったはずなのだが、なぜか相手はひどくイラついた。恐らく、その瞳があまりにも遠くを見ていたせいだろう。

「食事に、付き合え」

 衝動的に告げれば、ぱっと顔をあげて軽く笑う。
 いつもの笑みにやっと自分を見たかという衝動が相手の胸にこみ上げた。

「肉がいい」
「貴様は肉か菓子のことしか口にせんのか」
「いや、シュークリームは宿主様だけ」

 呆れたように呟けば、少年は白々しく呟いた。
 そっと、少年の指が相手の口付けた場所を撫でる。それを横目で見ながら、相手は呟いた。

「俺と同じことを遊戯させたら殺す」
「物騒だぜ、社長、そんなことさせねって」

 たぶんっという言葉は、少年の胸にだけしまわれた。



 少年は家に変えると、どさっと荷物を放り出し目を閉じる。
 次の瞬間、少年はさっきまでの少年とは同一人物とは思えないほど穏やかでゆるやかな雰囲気を醸し出す。

「海馬くん、なんでわからないのかな?」

 心なしか声の調子や口調も違う。

「すごく、不思議だよ」

 独り言だというのに、誰かと話し合うような声音でちらりと胸の金色を見下ろした。
 勿論、誰からの返事も部屋に響きはしない。

「だって、遊戯くんたちと違って僕と君は他人感覚で、いくら海馬くんが君にキスしてるつもりでも、君にとっては他人とキスしてるって言うのに」

 こつんっと、金色を軽く叩く。

「目の前で他人とキスする大事な人を見るなんて、過去の恋人を思い出すよりひどいと思うんだけどなあ。
 君、その辺ゆるいけど、ちゃんと嫉妬するんだよね」
『うるせえ!! そんなんじゃねえよ!!』

 聞こえるはずのない声は、少年の心の中で響いていた。

「素直じゃないね……。
 まあ、僕としては海馬くんはお断りしたいからいいけど」



 似たような行為をしても社長の方が大人しいよ!!(落ち着くんだ!!)
 自重している人と自重していない人の差です。
 はい、なんというか、遊戯は同じ存在という印象が強い(もう一人の僕、相棒など)けれど、バクラと宿主は他人っぽく扱っている気がします。
 まあ、その辺はゾークとか魂と器の関係があるんですが、そんな風に他人だと思ってるなら、その体でイチャつく=他人とイチャついてるってことなんですよね。
 王バクでも、3000年後拒んでるのはそういう理由があるかもしれません。まあ、宿主様が大事なだけですがね!!(黙れ)
 ちなみに、基本的に海バクのバクラは王バクのバクラとはまた違う人ということで一つお願いします。
 3000年前のルート選択でセトルートに突入した人だと思ってください(ギャルゲーか!!)
 王様は愛蔵渦巻くけれど、海馬とは普通に純愛路線目指してます(たぶん!!)



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