強く掴んだ白い首は、簡単に折れてしまいそうなほど細かった。
 ほとんど冷たいとも感じられる体温は爬虫類を思わせ気持ち悪かったが、手の中に鼓動があると思えば我慢できる。
 片手でそのほとんどを覆い、睨みつければ、反抗するように睨み返された。開かれた口からは想像する罵声は出ない。ただ、酸素を求めて口を開いている。

「二度と、その名で俺を呼ぶな」

 静かに、それでも地を這うような声が漏れる。
 その声で、自分が怒りを感じていることが、憎悪にも似たなにかを覚えたことに気づく。
 理由がわからず戸惑ったが、すぐにどうでもよくなった。
 ただ、目の前の相手にわからせてやらないとという考えだけが先行する。
 首よりも細い手と指が足掻いた。
 片手に両手で持って挑んでも弱弱しく、爪をたてても薄皮しか傷つけることはできない。

「なっ」

 んでだよっと続くはずの言葉が手に込めた力によって阻害された。
 息苦しさに目尻に涙がたまり、足掻く手に必死なものが混じる。映る瞳には困惑と、微かな恐怖が宿っているが、まだ少しも折れてはいない。

「しゃっ」

 ちょう、と呼ぶ。
 それは、相手がよく自分を呼ぶときに使う言葉だった。
 こうして首を捉える前に呼んだ名前とも、声とも違う。
 頭が冷えるのを感じ、手を離した。
 別に殺す気はなかったが、手に残る生々しい感触に、眉を顰める。
 激しい咳き込みと呼吸音が続き、やっと落ち着いたとき、その口が開かれた。

「こ、ろす気か……」

 ぜぃぜぃ息を吐き出し、目尻の涙を軽く拭うと、睨みつける。
 白い首にはくっきりと赤い手形が残り簡単には消えないだろうと思わせた。

「つーか、コレ、宿主様の体なんだから、よお。大事にしてくれねか?」

 軽い口調だったが、声と瞳にはしっかりと怒りが含まれていた。

「ふん、貴様のオカルトの妄言など聞き飽きた」

 何度も首をさすり、時折咳き込む姿を見下ろしながらもう一度繰り返す。
 思い出すだけでいらついた。
 相手は、笑いながら呼んだのだ。
 いつもの、にやにやとした軽薄なものではなく。遠い、遠すぎる日を想うかのように。懐かしむように。


『セト』


 まるで、愛しむように、そう呼んだ。

「だがな、あの名で俺を呼ぶのはやめろ」
「……社長、あんたの本名海馬瀬戸だろ。名前で呼ぶくらいいいじゃねえか。
 あっそれともなにか? 名前にはいい思い出ないとか?」

 白々しい、そう瞳で告げると目をそらされた。
 ひどく気まずそうに、唇を尖らせ、誤魔化すように口の中でなにか言っている。

「おんなじだから、いいじゃねえか」

 その言葉だけが、脳に響く。
 どういう意味だともう一度その首に手をかけたくなったが、咄嗟に感じたのか逃げられた。
 それでも、一応は理解したのだろう「社長のケチ」っと呟く。

「とにかく、二度とあんな声を、あんな目を俺に向けたら許さん」

 俺だけを見て、俺だけを呼べ。
 俺の知らない誰かを、俺と重ねるな。
 絶対に許さない。
 言外にそう言えば、よくわからないという顔をする。



「なんで社長も王様も、おんなじこと言うんだ?」



 さっぱりわからないというその顔を、握りつぶしてやりたくなった。



 えらい人が「セト→バク、大丈夫、イケルイケル」っと言ってくださったので。
 衝動的にバクラに酷い目を与えつつ、社長を怒らせてみました。
 バクラにとっては前世も現世も似たようなものなので、同一視しやすいという脳内設定。
 でも、転生したからには、別の存在で、例え同一視でも自分の知らない誰かを想われるのは不快。
 思わず、首を絞めてみたという経緯です。
 ちなみに、王様は同じことをされ、さすがに首は絞めませんでしたが、えろいことをされかけました。もちろん、殴って逃げました。
 簡単に言うと、社長って独占欲とか支配欲とか所有欲が強そうだよね! って話です。
 なんで二人が一緒にいるのかはツッコミをいれてはいけないところ!!



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