子どもが泣いていた。
 遠い遠いどこかで、初めて聞いたというのに懐かしい声が聞こえた。
 ふっと、眠っていた意識を浮上させ、声の主を辿る。
 近づいていけば、耳を打つ泣き声はどこか異国の言葉で理解できない。
 ただ、なんとなく感情は理解できるもので、恐らく母か、あるいは家族を求めているのだろうと思えた。
 しかし、なぜここに子どもが。
 少し考えてみるとおかしい。
 どこかの街中ならともかく、ここは自分の心の中であり、千年パズルの迷宮の中。
 子どもなんているはずもない。
 もしかして、相棒の心がなんらかの形で現れたのではと慌てて駆けつけてみれば、それはまったく知らない子どもだった。
 いや、まったく知らないとはなぜか言い切れない。どこかで見たような、懐かしい気分が湧き上がってくる。
 褐色の肌に白い髪、一目でどこか別の国の、間違っても生粋の日本人ではない顔立ちをしていた。
 うろうろと歩きながら、子ども独特の声で鳴き続ける。それは、よく聞く大音量のものではなく、もう疲れきった弱く儚いものだった。
 どうするべきかと迷っていると、子どもはふっと、動きを止めた。
 そして、角に立っている自分を見つけ、その大粒の涙を零す瞳で見つめた。
 どこかで、見たことがある青。
 その青が、自分を射抜く。

「っ……」

 声もなく、泣きながら子どもは自分へとまっすぐ走ってきた。
 母を見つめたように、縋るものを見つけたように必死両手を伸ばし、飛び込んでくる。
 それを拒むことができるものがどこにいようか。
 思わず両手を広げかがんで抱きとめると、子どもはひんひんと泣き続ける。
 抱きしめると、子どもは冷たく震えていた。怖かった、寂しかったと、声もなく伝えてくるようで、その背を何度も撫でた。
 それでも、子どもは泣き止むことなくぐりぐりと何度もその胸に顔をこすりつける。小さな腕が、手が、離すまいと服を掴んでいた。 
 よく子どもの泣き声を聞けば、子どもには、声が無い。ただ音を吐き出しているだけだった。
 さっきまで誰かを呼んでいたようにも思えたが、考えてみればそれも怪しい。

「お前」

 声をかけてみれば、びくりっと怯えた。
 いやだと言うように更に強い力で自分の首に抱きつき離さない。

「いや、待て、落ち着け……」

 そう言ってみても子どもは聞いていないのか、言葉が通じないのか止まらない。
 どころか、興奮しすぎたのか、肩に噛み付いてきた。
 それは微かな痛みを伴ったものの、子どもの泣き声が一時的に止まり、安堵した。
 何度か優しく頭や背を撫で、「大丈夫だ」っと繰り返す。腕の中、暖めるように強く抱きしめた。
 すると、子どもは落ち着いたのか噛む力をゆるめたが、あいかわらず噛むのはやめない。ただ、弱くなった震えが不思議な愛しさをこみ上げさせる。
 まだ零れ続ける涙を見えないながらもぬぐい、そのまま頭を撫でた。
 しかし、ここからどうしていいかわからない。
 落ち着いて考えれば、どう見てもこの子どもは相棒ではないし、知り合いの誰でもない。
 なんでここにいるのだろうか。
 恐らく聞いてもわからないだろう。そもそも、言葉が通じているのかすらわからないのだから。

「まあ、でも」

 どうでもいいかっと、思えてきた。
 腕の中の子どもを抱いているとなぜかそう思えるのだ。
 とりあえず、相棒になんと言うか考えていると、ふと、子どもが噛むのをやめ、虚空へと視線をあげた。
 その気配に振返ると、人がいた。
 今日はいったいなんなんだと首をかしげ良く見ると、その相手は知り合いだった。
 しかも、なんとなくここにいてもおかしくない男。

「よお、遊戯」

 男――バクラは何気ない調子で挨拶し、子どもを見た。
 そこで、自分の中でなにかが繋がる。この子どもは、バクラに似ているのだと。

「なんでか、ソレがあんたんとこいっちまったから、迎えにきたぜ」

 子どもが服を握り手が強くなるのを感じた。いまだとめどなく涙の溢れる瞳が、いやいやと首を振る。
 ひくりっと、バクラの顔が引きつった。

「てめえ!! 俺様がせっかく迎えにきてやったのに嫌がるな!!」

 怒鳴られると、びーっと声を上げて泣き出してしまう。
 うろたえる自分に対し、バクラはこめかみをひくつかせながら大股で近づいてくると、無理矢理引き剥がし抱き上げる。
 子どもは火のついたように泣き出し止らない。

「うるせえ!!」

 怒鳴るが、その全てが逆効果らしく子どもの泣き声は止まらない。

「もっと、優しく扱え」

 思わず口を出すとものすごい目で睨まれた。

「甘やかすな!!」

 まるで気の強い母親のように怒鳴り、子どもへと向き直ってもう一度怒鳴った。

「いいか、俺様はてめえがいくら泣いたって連れ帰るからな!!」

 あまりの大声に子どもはびくっと口を閉じ、黙り込んだ。
 わなわなと唇を震わせてはいるが、諦めたのだろう、ただ、少しだけ自分に手を伸ばした。
 せめて、別れを惜しもうと近づくと、子どもはいきなり頬に口付けた。そして、泣きながら笑うと、どこか異国の言葉でなにかを呟く。
 同時に、バクラが声のない絶叫をあげて硬直。
 嫌な沈黙が流れる中で、不自然な動きでバクラが後ろに数歩下がり、睨みつけられる。

「忘れろ」
「……その子、なんて言ったんだ?」
「忘れろ!!」

 ひらりっと、バクラは身を翻し走っていった。
 どこにいくのかはわからない。ただ、思わず口付けられた頬を抑える。

「……あの子は、なんだったんだ?」



「もう一人の僕ー」
「うるせえ」
「自分に嫉妬して怒鳴りつけたってほんとー?」
「アホか!! そいつの言う事間に受けんな!!」

 びーっ!

 怒鳴ると子どもが泣き出した。

「ああ、ほらまた泣かした、よしよーし……」
「宿主!! 甘やかすんじゃねえ、どうせそいつは泣き袋なんだよ!!」
「えー、でも、さっきまでご機嫌だったよ、泣いてたけど」
「うるせえ!!」
「ところでさー」
「?」
「―――、ってなに? 何語?」

 彼は、途端に顔を真っ赤にすると知るかっと怒鳴って奥に引っ込んだ。
 少年と、子どもはなんだろうねっと顔を合わせ、首をかしげた。



 パラサイトマインドのついでについていっちゃったという間違った思考。
 3000年の孤独にも出てきた、バクラの感情担当の子バク。
 見かけはチビ前世。始終泣いています。寂しがり屋で怖がりで甘えん坊。ツンデレのデレの部分。喋れるのか喋れないのかは微妙なライン。
 一応、喋ってますが、意味のある言葉なのか……?(はぐらかすな)
 勿論、王様はダイスキです。ストレートに好き。宿主とは仲良しです。微妙に会話できている模様。
 いらないけど、いないと困る存在。盗賊王の1かけら。
 設定を細かくしている割には、また出るかは不明!!



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