あの頃、もしも少しでも道を変えていれば、どうなっていたのだろうか。
「た」
それは、空しい言葉。
こんな時勢でそれを発することすら愚かな行為だった。
たった、4文字。
「たすけて」
小柄な少年が、男たちに腕をつかまれ、引き倒される。服を破られ、さらされる体は骨と皮ばかり。抵抗するものの、抑えられた手はびくともしなかった。覆いかぶされ、残った衣服も剥ぎ取られていく。
恐怖が湧き上がるがそれをねじ伏せ睨みつける。決して屈するものかと足で男の股間を蹴り上げた。
苦悶の表情を浮かべ、手の力が抜けた瞬間逃げ出したが、もう一人にすぐ捕まる。また股間を蹴り上げてやろうと足を振り上げるがすぐさま掴れそのまま地面にたたきつけられた。
下品な笑みを浮かべて、男たちは今度は暴れられないようにとしっかりと足を押さえつける。
「ちっ……」
「へへ、よくもやってくれたな」
「うるせえ、クサレ×××……」
「かわいい顔の割に言うなあ……」
「おい、早く剥いちまえよ」
「待てよ」
そういいながら、腰からナイフを取り出し、服をびりびりと破いた。
暴れれば刺す、そういう意味なのだろう。
「おい、こいつ」
足をこじ開け覗きこんだ男が笑いながら指をさす。
「ああ? 女かよ」
「儲けたな」
「ああ、後でうっぱらってやろうぜ」
「うるせえ!! 触んな!!」
ナイフに構わず暴れようとするが、折れそうなほど力をこめられ、顔をゆがめた。
少女に、もう何も手は残っていなかった。
「てめえ、自分の立場わかってんのか?」
「生意気だな」
「いいだろ、たまにはこういうのも」
「ただだしよお」
気持ちの悪い笑みを浮かべる男たちに唾を吐きかける。
絶対に屈するものかという瞳は、幼い、しかも痩せすぎた子どもが見せるものとは思えなかった。
それでも、体勢は変わらない。あいかわらず男たちには抑え付けられ、ただ蹂躙される獲物に過ぎない。
「このアマ……!!」
男がナイフでその目の下を切りつける。
薄く小さい傷のつもりが、一瞬、少女が驚きに暴れたせいで思ったよりも深く、大きく顔の半分に線が引かれた。
溢れる血に、どちらもがぎょっと目を見開いたが、男はすぐに気を取り直す。
「じゃ、まず俺な……」
ぬるりとした吐息が肌にかかった。
生理的な嫌悪感が湧き上がり、小さな悲鳴が漏れる。
痛みと、血が、さっきまでの威勢をそぎ落とし、たった4文字を呟かせる。
結局、彼女もまだ幼い少女に過ぎなかった。
「た」
薄い胸に手を這わされ、ぞわっと鳥肌が全身に浮かびあがる。
嫌だ、嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
「たすけて」
涙が、溢れた。
「助けて!!」
「はっ、さっきまでの威勢はどうしたよ」
「つーか、そんな言葉で誰かくるわけないだろ……?」
「痛みで狂ったか?」
男たちの笑い声が響く中、それでも少女は叫んだ。
誰も来ないとはわかっていた。
けれど、止まらない。
血が、溢れる。
それは、父の血であり、母の血であり、友の、知り合いの、殺された村の人間の血。
耳元で、呪詛と断末魔の悲鳴と聞こえる。恐ろしい過去が少女の掴んで離さない。
無駄なことだとわかっていても、叫び続ける。
「たすけて……!!」
「貴様ら!! なにをやっている!!」
まるで、声に答えるように、彼は現れた。
動揺する男たちの一人を蹴り飛ばし、手に乗っていた袋で次の男を殴り飛ばしす。なにが入っているのか、鈍い音をたてて男が倒れるのを見届けると、少女に覆いかぶさっていた男がナイフを構えて彼に向き合った。
「てってめえ、なにもんだ!! こいつの知り合いか!?」
「知らん!!」
きっぱりと彼は答えた。
ただ、その瞳はあまりにも強い。まるで、まっすぐで、世界の全てを見つめているかのように。
彼が踏み出した次の瞬間、向かってくる男に袋を振り、ナイフを腕ごと殴りつけた。慌ててナイフをおいかけるその背中を蹴りつけ、ナイフを奪い、突きつける。
あまりにも鮮やかな手並みに男の目に驚愕と恐怖が宿った。
「どこへなりと、行け」
耳元で低く囁き、首を微かに切る。
痛みはあまりなく、血も滲む程度だったが、男は目を見開き激しく頷いた。
背中から足をどけた瞬間、倒れた男たちを叱咤し、一度振り返って
「覚えてろ!!」
っと、まるでお約束なセリフを叫びながら走り去っていく。
少女は、自分を守るような背を、見ていた。じっと、見ていた。
「大丈夫か?」
振り返り、差し伸べられる手を見、少女は戸惑う。
彼の意図が見えなかったからだ。
なぜ、助けたのか、なぜ、こうして声をかけ、手を差し伸べてくるのかわからない。理解できない。普通ならば、助けてと叫ぶ愚か者がいないように助けてと叫んでやってくる愚か者はいない。そんなに、生易しい世界ではないのだ。
なのに、少女は叫び、彼はきた。
それが繋がらない。
「あんた……」
見上げる少女に、彼は少し赤い顔をする。
首を傾げると、おもむろに上着を脱ぎ、少女にかけた。少女はきょとんっと、自分の体勢に気づく。全裸の上、足を広げた状態。
少女は顔を赤くこそしなかったが、少しは恥じたのだろう、その上着を腰に巻いて、手をとらずに立ちあがった。
そして、腕でズキズキと痛む目の下を拭う。思ったよりも出血し、いまだ流れ続けていることに眉をしかめれば、当然のように服を破き、当てるように差し出す。
「えっと、あんた……」
戸惑いながら受け取り、目元に当てる。
今夜、少女の瞳は変な色をしたトカゲを見つけたような、そんな不審そうな目になっている。
「なんだ……?」
「なんで、俺様を……助けたんだ?」
「………」
彼は、ひどく、ひどく不思議そうな顔をした。
なにを言っているのだと、少女を見ている。
「たすけて、っと言ったのはお前だろ」
確かに、少女は叫んだ。
だが、それは無意味なものとなるはずだった。そうであるはずだった。それが当たり前で、常識だったから。
なぜなら、最も少女の記憶に残る瞬間、その言葉は本当に、無意味で無力だったから。
このとき、少女が抱いた感情は、「こいつバカか?」「正気か?」という疑問と、今まで知らぬ感情だった。
足の間を見られたときにも赤くならなかった顔が真っ赤に染まる。
「それよりも、そんな格好ではまた襲ってくれというようなものだ。ついてこい。母に言えば何か……」
「ん、」
恐らく、少女が生まれた中で、最も素直になった瞬間だろう。
それは、彼の目に当てられたのか、それとも混乱していたからなのか。
「ありがとう」
そう、小さく呟いた。
いったいいつぶりにその言葉を呟いたのかは覚えていない。単語は知っていたが、もしかしたら初めて使ったのかもしれない。
「に、にしても、さっき袋ぶんぶん振り回してたけど、中身大丈夫かよ?」
「これか、イモだから大丈夫だろう」
「イモ?」
「ああ、さっき市場で倒れた老人を家まで運んだら渡された」
「……あんた、いつもそんなことしてんのか?」
「いつも老人が倒れてるわけないだろ」
少女は、確信する。
彼が、筋金入りのお人よしだと。きっと、彼はどこかで誰かが助けてと言えば誰であろうと走っていくのだと。こんながさついた時勢に、たった一人。
気高く、強く、まっすぐに。
だから、少女は彼の服の裾を握り、俯いた。そして、笑みを浮かべる。
ただし、
(こいつ……使える!!)
その笑みは、あまりにも、あまりにも、黒かった……。
逃がさないように服の裾を握り締め、ついていく。
恐らく、家を隠すなどということはしないだろう。真っ正直に家に連れて行くはずだ。
道順を覚えながら、少女は問う。
「あんた、名前は」
「セトだ」
「ふーん、俺はバクラ」
これから、よろしくな。
にこっと、少女――バクラは嬉しそうに笑った。
そして、セトはその笑みの意味がわからず首を傾げる。
まさか、この後自分が散々バクラによって日常を掻き乱されるとも知らずに……。
そして、
「セト!! 助けて犯される!!」
「犯されてこい!!」
「ひでえ!! あの頃のセトはそんなこと言わなかったぜ!!」
「うるさい!! 俺がお前に構うと王が……抱きつくな!!」
「セト……あんたに王様の目がむいてるとよお……俺様が逃げやすいって、知ってたか?」
少女だった女は、あの時と同じ笑みを浮かべる。
「知らん!!」
「……………………セト?」
「ふぁ……ファラオ!! これは違うのです!! 待ってください!! そんなに千年パズルを光らせて……バクラ!!」
「セト、後は頼んだ」
「バクラアアアアアアアア!!」
神官の悲鳴がこだます。
後悔することは一度もなかったが、ただ、しかし、本当にあそこで助けるべきだったか、悩むには十分だった。
セトとバクラの出会いを描くハートフル甘酸っぱい青春物語、はじまりはじまり。
え? だって、1ってついてるでしょ? 勿論、2もあります。
ところで、このサイトはなにサイトですか? 気にしないでください。まあ、あれです。
私の中で幼少セトはテラかっこいい正義の味方です。間違っても正義の味方カイバーマンじゃございません。
正真正銘のヒーロー、助けてという声に答えて誰でも助ける!!(落ち着け)
そりゃ、バクラも惚れますよ。ただし、黒い意味で!!(ぇー)
ちなみに、幼少バクラは今のぼんきゅぼんはどこへやら、ガリガリ+小柄+ぺったんです。それもいいと思いますハァハァ(撲殺)
あの、盗賊王の傷は勝手に、一回でつけられたのではなく、何回かにわけてつけられたという脳内設定です。るろう○剣○みたいな感じです。
the past=過去