暗く、狭く、冷たい部屋。
 その部屋の主人の真っ白な少年は冷たい石の床に寝転がり、ぴくりとも動かない。
 青い瞳は開かれているが、光もなく何も写さない瞳は空ろに乾き濁っているばかり。乱れた髪が顔にかかり、その薄く開かれた血の気の無い唇にかかっているが払うこともなく存在している。 
 美しい、そう賞賛されてもいいはずの美貌を持つというのに、あまりにも、無味乾燥だった。
 まるで、人形のような少年は、ただただそのまま無為に時間を過ごす。
 待って、いるのだ。
 ただただただただただただただただ。
 心が擦り切れ壊れ狂って人形のようになってしまうほどの時間を、じっと。
 触れるものは、部屋を包む闇と冷たい石の床。耳に聞こえるのは、獣の咆哮、呪詛も罵倒もない交ぜにした叫び、そして――子どもの泣き声。
 遠い遠い場所で、子どもが泣いている。
 悲しい声だ。母を、父を、縋る物を探して泣く声。それは、過去の自分の少年の声だと知っていた。
 だから、動かない少年は、ただ思いを馳せる。
 馳せる先は、ただ一人。遠い遠い時間の向こうの待ち人。この世で唯一少年の心を震わせる存在。残った感情のひとかけら。名も無き王。憎い相手、同時に――
 ふっと、その瞳が微かに細められた。
 気づけば、子どもの泣き声が消えていた。
 それだけならば、些細なこと。決して少年が動くことではない。
 ただ、近づいてくる気配に、心臓が締め付けられる。ありえないと否定しながら、期待している。
 濁った瞳の焦点が目の前の壁へと向かった。いや、瞳だけではなく、全感覚が、ぐつぐつと、ぐらぐらと引き付けられた。
 思わず、細い四肢に力をこめ起き上がる。

「おう、さま?」

 ひどく引きつった、擦れた声。
 まさかと否定しながらも、心が揺れる。
 その壁から、するりと誰かが入ってくるのだ。
 心臓が跳ねる。死体が生き返るようにその頬に微かな赤みがさし、強張る唇が音もなく何度も同じ言葉を呟いた。
 目頭が熱くなり、視界が滲む。
 そう、立っていた。
 そこに、求める待ち人が、立っていた。
 ぐちゃぐちゃに乱れる思考、過ぎるのは、殺意と憎悪、そして、ひどい情熱。
 力の入らない足で、立ちあがった。
 眼が、合う。
 3000年前と変わらない姿。
 何故っと、一歩、距離をとる。
 今にも走り出してしまいそうな衝動を抑えながら迷う。
 自分が、どうなってしまうかわからない。
 距離をとりたい、近づきたい、触れたい、傷つけたい、殺したい、抱きしめたい。苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。
 息が詰まりそうな沈黙。
 少年は服ごと自分の心臓の上を掴む。ぜぃぜぃと息を吐き出し、壁に背をついた。
 視界の滲みが止まらない。涙腺を閉めなおしたい。このままでは、うまく見えなくなる。
 その中で、相手は微笑んだ。
 唇が、たった一言を吐き出す。


「バクラ」


 ああ、っと少年は思う。
 一気に、冷めた。
 夢から、覚醒したような気分で、眼を細める。
 酷い倦怠感に襲われた少年は、ずるずると壁越しに座り込んだ。

「昔の俺連れて、何の用だよ。ゾーク様」 
「なんだ、バレてたのか」

 にやりと笑ってソレは近づいた。
 もう、少年は逃げはしない。
 まるで人形にように四肢を投げ出し、ソレを見上げる。

「たまには、喜ばせてやろうと思ったんだが。嬉しくなかったか」
「逆効果」

 目をそらして、告げる。

「ふーん」

 どうでもよさそうに相槌を打ちながら、ソレは少年の顔を覗き込むように目の前で座り込んだ。
 乾いた少年の、その冷たい白い頬に褐色の指が触れる。
 少年はぴくりともせず、受け入れた。

「しようぜ、バクラ」
「あんたのは気持ち悪い。俺様を食おうとしてるし」
「気持ちよくしてやる」
「退屈しのぎなら、他当たれ」
「ここに、お前の他 いるって言うんだ」
「あー」

 ソレは、少年の首にきつくきつく噛み付いた。
 赤い血が溢れ、白い首を伝う。
 それでも、少年は動かない。まるで痛みなどないかのようにじっとソレを見下ろしていた。
 見かけだけならば、ソレはひどく心を騒がせる。

「バクラ」
「呼ぶな」 

 そう呟きながらも、決して少年は抵抗しない。
 だらんっとされるがままに瞬きすらせずにそこにいた。
 服を捲り上げられ、白い肌をまた噛まれる。その血を舐められながら、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。

「ぉ、さま」

 愛しげに、眼が細められた。
 その姿だけを、愛しげに。
 ソレは、嘲笑う。
 少年の哀れさを、そして愚かさを。
 どろりとした闇に侵されながら、自分の手の上で踊る少年を。

「バクラ」

 そうして、絶望と孤独と復讐と愛に塗れた少年は抱かれた。



「なに、見てんだ」

 褐色の子どもが、じっと少年を見下ろしていた。
 髪も服も乱れ、体中に鬱血の痕や噛み跡をつけた少年は、感情のない瞳で褐色の子どもを睨む。

「ガキの見るもんじゃねえ」

 そう呟いて、切り捨てる。
 また、人形のように動かず、ただただ、待ち続ける。
 たった一人の相手を。

「かなしいね。なんでおもいだしてくれないんだろうね。まってるのに」

 褐色の子どもはそう呟いて、また泣き始める。
 悲しい声だ。母を、父を、縋る物を探して泣く声。
 それは、3000年の孤独に泣けなくなった少年の声にも似ていた。
 同時に、彼ら全てを内包する、少年の同情の声にも似ていた。



 二●億光年の孤独という詩が好きです。
 まあ、それとは全然関係ないのですが!!
 なぜ、私はゾクバクというまったく需要のないブツを書いているのでしょうか。
 いや、でも、王バク前提なので、許してください。エロじゃないですしね!!(………) 
 とりあえず、3ばくを見ていて衝動的に褐色の子どもを出しました。盗賊王になる前のバクラです。なくなってしまった感情担当っぽい感じです。宿主とだいぶ混ざってる感じで!
 全部脳内設定なので、まあ、細かいことを気にしないふんいき(なぜか変換できない/ネタです)小説だと思ってください!!



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