ふと、宿主の意識が机の上で遠のいた。
 またTRPGの駒を作っていて疲れてそのまま寝てしまったのだろう。
 風邪をひかれるといざというときめんどくさい。仕方ない、今日もベットまで運んでやるか。
 俺様は狭く湿った部屋でやれやれと起き上がった。
 それだけで、俺様の視界は宿主の視界とだぶり、完全に俺の視界へと切り替わる。

「たくっ……」

 頭を上げると、手元になぜか紙切れがあることに気づいた。
 明らかに眠たげな宿主の字で何か書いてあったので覗きこむ。


[しゅーくりーむたべたい]


 最後は乱れていて「い」なのか、「り」なのか分かりづらかったが、前文を考えてみると、明らかに「い」だろう。
 眠気で欲望に忠実になったらしい宿主に溜息。
 そういえば、ここ最近お気に入りのシュークリームが売っていた店が休業したショックで、3日に一度は食べていたシュークリームを食べていないことに気づいた。
 別に、自分は甘い物が好きと言うわけでも嫌いでもない。どちらかというと肉の方が好きだ。
 だから、どうだということは、ない。そう、ない。



「あれ、獏良くん」
「げっ」
「あれ……もしかして、もう一人のバクラくん?」

 24時間営業のコンビニで、ばったりと俺様は器の遊戯と出くわしてしまった。
 咄嗟に宿主のフリをすればよかったのだが、あまりの不意打ちについそんな声が出てしまい、今更演技もできない。
 俺様は自分の不覚を嘆きつつ、開き直る。

「んだよ、俺様じゃわりいか」
「ううん」

 器の遊戯はあっさり首を横に振る。
 外見はそっくりのくせに、こういうところは全然王様に似ていない。王様なら、俺様の胸倉を掴みあげて問い詰めるくらいしそうなところだ。
 まあ、そういうわかりやすい王様よりも、この行動パターンの読みにくい器の方が実は正直苦手だったりする。

「僕はちょっとお菓子買いにきたんだけど、もう一人のバクラくんは何買ってるの?」
「見りゃわかるだろ」

 苦々しい気持ちで俺様はカゴを見せる。
 本当なら見せたくなかった。なぜなら、今カゴに入っているのはバターに生クリーム、ココアパウダーや牛乳、砕いた木の実とバニラエッセンス。全部なんだか妙に甘ったるい。
 こんなもんよりも、肉やジャンクフードを先に入れておくのだったと後悔する。

「………」

 器の遊戯は覗き込んで固まっている。
 そりゃそうだ。宿主ならともかく俺様がこんなもん買ってて固まらないはずがない。
 恐らく、こいつにとっちゃ血の滴る生首なんかが入っていた方がまだ納得できただろう。
 俺様は固まってる隙に持っていた洋酒の入った小瓶を放り込んで遠ざかろうとした瞬間、器の遊戯はぱっと顔を上げて笑いやがった。

「シュークリーム?」

 ぎょっと俺が目を剥くとにこにこと絶対王様が浮かべやがらない笑顔で俺を見やがった。
 やめろ、ぶん殴るぞ!! そんな目で見んな!!

「もう一人のバクラくんも、獏良くんと一緒でシュークリーム好きなんだ!」
「うるせえ、関係ねえだろ」
「それにしても、すごいね。自分で作るんだー」
「なんで俺が作ることになってんだ!!」
「だって、獏良くんは食べる専門って言ってたよ?
 すごいなー……」

 なんとなくやりにくいことこの上なく視線をそらす。からかってる訳でもなく、心の底から言ってるから性質が悪い。
 そうだ、こいつ宿主と属性が似てやがると思い当たった。さすが器同士とでも言うべきだろうか。
 ふと、視線をそらした先、ぶら下がる千年パズルが視界に入る。
(……………絶対笑ってやがる………)
 それを考え、ぎりぎりと歯噛みすると器が気を使ってきやがった。

「あっ! ほんとうに、僕はすごいと思うよ!! 僕も作れないしさ、いいなー!! 僕も食べたいな!!」
「なんで俺様がてめえなんかに!」
「だって、僕は食べてみたいよ? ね、もう一人の僕」

 毒気のない顔に、怒鳴る気がうせていく。
 かなり長く生きてきたつもりだが、これだけ肩から力が抜けるのは3000年の中でも稀だろう。
 これ以上話していても疲れるだけだと悟り、俺は無言でレジに向かうことにした。

「あれ、どこに……」
「レジに決まってんだろ、俺様はてめえと馴れ合いに来た訳じゃねえ。
 用がねえなら失せろ」

 目に見えてしゅんっとする器の遊戯を無視し、レジにどんっとカゴを置いた。
 レジの女が小さく笑って俺を見やがった。
 ぶっ殺してやりてえ……そう思いながらも財布から金をだし、レシートを捨てる。
 とにかく、一刻も早くこの場から逃げる為に足早に出ようとすれば、背中に王様の気配。
 悔しいことに、王様は鈍感だが、俺様は王様の気配に敏感だったりする。
 ばっと思わず振返れば、にやにやと楽しそうな笑みを浮かべる王様が立っていた。今すぐ首を絞め殺してやりたい衝動に駆られる。じゃなきゃ両眼を抉ってやりたい、いますぐに。

「いいな、俺も食べたいぜ」

 器と違い完璧にからかう口調だった。

「うるせえ、土でも食ってろ!!」

 そう怒鳴ってコンビニから飛び出した。
 ひどい屈辱と怒りがどろどろと殺意を煮立てる。
 ぎりぎりと歯噛みしながら、絶対に王様を酷い方法で殺してやると胸のリングに再び誓った。



「獏良くん、おはよう」
「あっ遊戯君」

 少し眠たそうな、しかし、嬉しそうな顔の少年に、友人は挨拶する。

「今日はすごく嬉しそうだけど、どうしたの?」
「んー、朝起きたら冷蔵庫にシュークリームがいっぱいあったんだ!」
「へえ、すごいね」
「うん、それに結構おいしいんだ」

 昨日のことを思い出しながら頷く。
 まさか、買ってすぐ作ってあげるとはっと心の中で驚きつつも、それを表情には出さない。

「あんまりいっぱいあったから、持ってきたけど、遊戯君も食べる?」
「いいの?」
「いいよ! あっ、甘いもの好きだよね?」
「うん、好きだよ! もう一人の僕もね!!」
「よかったー」

 教室についた少年は、さっそく持ってきたシュークリームを広げる。
 友人たちが一つ口に含み、笑いながらシュークリームのデキをほめた。最初はどんな味がくるか身構えていたものの、お世辞ではなく美味しいと思える味に驚く。しかも、上に木の実がちりばめられているものや、カスタードクリームだけでなく生クリームやココアクリームまであるという多彩さには素直な尊敬の目が向けられた。

「シュークリームって結構難しいのに、上手ねー」
「そうだねー」

 他人事のように(実際他人事なのだが)言う少年には首を傾げるものもいたが、シュークリームは順調に減っていった。

「あっもう一人の僕も食べたいって」

 そう言った瞬間、友人の雰囲気が変わる。
 心なしか微かに目つきの吊りあがった少年は、楽しそうにシュークリームを眺め、一つ手にとった。
 そして、じっくり眺めると、口を開き、シュークリームを


 ぐちゃっ。


 食べようとした瞬間、少年が素早い動きでシュークリームを奪い、その衝撃で手の中で潰れた。
 心なしか、目つきの悪くなった少年は、ひどく、ひどく歪んだ笑みを浮かべ、地を這うような声で呟いた。

「てめえは、食うな……」

 誰もが驚く中、ぱっと、その表情が変わる。
 ぼたぼたと手から落ちるクリームを見つめ、不思議そうに首をかしげた。

「貧血……かな? 今一瞬気絶してた気がするよ」

 それでも、めげない友人が、もう一つシュークリームに手を出した瞬間、また、少年の腕がシュークリームを奪う。
 一つとる、奪おうとして避けられる。それを追う、逃げる。追う。
 いきなり始まった攻防はとうとう、あちこちを走り回ったかと思えば教室から飛び出した二人は、友人たちの視界から消えていってしまった。

「とりあえず……」
「床、掃除しようか」
「おう……」

 彼がシュークリームを食べられたのかは、また別の話である。



 シリアスとエロばっかりじゃ飽きますよね!!
 ということで、普通にギャグっぽい、世話焼きバクラで。心は磨り減ってません。
 なんだか、精神年齢を幼くなりましたが、普段が普段なので、年相応かもしれません……。
 とりあえず、バクラは料理が上手だと主張し隊!! し隊!!
 実際シュークリームは、素人には結構難しいです。うまく膨らまなかったり……私は料理はたまにしますが、お菓子は苦手です……。お菓子を上手に作れる方は尊敬ですね!
 ちなみに、コンビニで買っていない材料は家にあったということで。
 あっ宿主は、バクラの存在に気づいて書いてるわけじゃありません! たぶん!(おい)


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