「もしも、俺様がいなくなったら、探してくれる?」
その時、俺はなんと言っただろうか。
覚えていないが恐らく「断る」「誰が貴様など探すものか」「いなくなったら、いっそ清々する」っと答えたはずだろう。
当たり前だ。
奴は俺の日常の中で異分子で、邪魔な存在だった。
オカルトで、口の悪い、気味の悪いニヤニヤ笑いが鼻につく人を苛立たせる存在。ただ、微かにその色合いが気に入っていたが、それとて、遠い目をする時は煩わしかった。
いつだって消えろと言ってきた。邪険に扱い、時として殴りつけたこともある。
俺の近くにいてなにが楽しかったというのか。
いなくなった今でもそう思う。
そう、奴はいなくなった。
俺になど何一つ言葉を残さず消え去った。
清々した。
うるさい奴がいなくなって、静かになった。
元通りの日常。煩わされることも邪魔されることもない平穏。
「もしも、俺様がいなくなったら、探してくれる?」
奴がいなければ仕事がはかどった。
そのまま、時が経てば忘れてしまうだろう。そんな奴もいたと、過去形で語るだろう。
いや、そもそも二度と口の端どころか記憶にも上りはしなくなる。
それだけだ。
それだけの存在だ。
俺にとって、なんの重要度も持ちはしない。
「もしも、俺様がいなくなったら、探してくれる?」
うるさい。
不意に、声だけが沸きあがる。
頭の中で、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。
貴様の思い通りになど、なるものか。
「Mr.海馬、ようこそ、エジプトへ」
「……」
「探し物は、ありそうですか?」
埃っぽく乾いた空気。
この地に降り立つのは初めてではない。
だが、不可解な懐かしさが俺を苛立たせる。
歯噛みして、口の中だけで呟いた。
「貴様の、ためではない」
誰にあてて呟かれた言葉だったのか。
「だよなあ、せと。俺様なんか探さないでくれ、あの時みたいに、ずっと、放っておいてくれよ」
社長独白で。
結局探しにいっちゃう社長。
社長は天邪鬼なので、思い通りにならないと言う理由でエジプトまでいきます。
ちなみに、せとっと呼ぶときはきっと、社長+セトなんでしょう。たぶん。
おまけ的な
「社長、おっしゃられた場所を掘ったところ、階段らしきものが……」
「そうか」
「どうしましょう、捜索させますか」
「待機させろ、俺が行く」
「はっ!?」
「二度は言わん」
「でっですが、中は相当崩れやすくなっており危険です。あの階段がそのまま残っていたのも奇跡に近く……」
「二度は言わんと言ったはずだ」
「はあ……」
男は、音をたてて階段を下りていく。
なぜかその音や、階段を踏みしる感覚、埃っぽい臭い、視界に入るなにもかもが苛立つほどに懐かしい。
表情には出さなかったが、鼓動が微かに速くなっていた。
壁についた手にざらりとした感触は、思ったよりも確かで、崩れそうなほど脆いとは思えなかった。
古い、といえば古いものの、それは幾万もの夜を超えたようには思えない。
まるで、ある時から、時を止めてしまっているかのようで。
「くだらん」
ついに、さほど長くない階段を降りきる。
元は、広い部屋だったのだろう、開けた空間。
視線を巡らせれば壊れた柱や壁、瓦礫だらけで、どうやって空いたかもわからない穴が各所にあった。
ぱらぱらと、天上から土が落ちてくる。
それらを一通り見、男はすっと視線をまっすぐに正した。
そこには、一段高い場所に祭壇のような高みがある。
すっかりそこも破壊されてしまっているが、ずきりと胸が痛む。
「くだらん」
もう一度呟き、歩み寄る。
破壊された祭壇に近づき、眉根を寄せた。
一段高みに上ったところで、それは、あからさまとなる。不愉快そうに、これ異常なく、不機嫌そうに。
ただ、一点に、集中する。
そこに、あるものへ向かって。
青い瞳が、瞬きする。
そして、笑みの形へ。
歪んだ唇が、釣りあがり、開いた。
「探さないって言ったくせに、せとの天邪鬼」
破壊された祭壇の上、寝転んだ彼はひどく嬉しそうにそう言った。
身じろきに、空気が動く。
だが、決して彼は起き上がることはなかった。
「うるさい、貴様の思い通りになるのが不快だっただけだ」
はあっと、吐息。
ひどく、弱弱しい、儚い仕草。
もう一度、彼は体を動かそうと震える。
だが、腕すら持ち上がらない。
「せと」
もっと、しっかり見たいとでも言うように。
触れたくて、たまらないというように。
焦れた瞳が、揺れる。
それでも、表面だけはからかうように笑っていた。
「貴様に名を呼ぶ許可を与えた覚えは無い」
「相変わらずお堅いこって」
赤い、赤い血が流れ続ける。
白い髪を、褐色の肌を汚しながら。
男は、それを全て目に焼き付けるように強く睨みながら、立っている。
「待たせたな」
「ん、今来たところだぜ」
穏やかに、彼は笑った。
どうしようもない笑みだった。
だからこそ、美しかった。
ここに、百万の夜が埋めれられる。
「はじめてだ」
赤い血が、さっと、砂へと変わる。
時を、取り戻すように。
「せとに、ちゃんとさよならって、言うのは」
さらりと、その体も、服も、髪も。
「さよなら、せと」
全てが、砂へと、還っていく。
男は、無意識に手を伸ばす。
彼に触れようと、せめて、砂に触れようと。
だが、残酷なほど無情に、体は崩れ、砂は風に舞い散る。
何一つ残らなかった。
何一つ残さなかった。
「貴様は」
男が、奥歯を噛む。
「貴様は、」
言葉を最後まで吐き出すことはなかった。
ただ、男は祭壇に背を向け、歩き出す。
探しものは、みつかってしまったのだから。
(最後までかききった感じですね。
うちのバクラ、海バクのときはあんまり社長にもセトにも別れの言葉を口にしてない感じです。
あれですね、別れの言葉の前に、別れてしまうんですね。
ちなみに、社長は触れ逃したし、言い逃した感じです。かわいそう)