色々ごっちゃまぜのパラレルです。
 バクラが宿主様から自立した存在で、王様とクラスメイトです。
 遊戯の従兄弟として、魔王様が出てきます。
















































 夏の暑さが際立ってきた頃。 
 屋上の死角になる影の部分で、一人、寝ていた。
 日差しから避けられる上に心地よい風の吹く場所は、格好の昼寝スポットと言えるだろう。
 その場所を一人だけで占領するのは、白い髪に白い肌、白い睫に縁取られた瞳は今は閉じられて瞳は見えないが、中性的な魅力の漂う、いわゆる美少年であった。常連なのか、タオルを頭にしき、ネコのように丸まって寝息をたてている。
 そよっと、風邪が顔をくすぐれば、少しだけ声を漏らして寝返りを打つ。
 どこか、時間がゆっくり流れているような錯覚を覚えさせる空間に、静かに誰かが紛れ込んだ。
 誰かは足音を殺して死角部分を覗き込む。そこで寝ている少年の姿を確認すると、笑った。
 そして、暑さを避けるために自分も影に入ると、少年の横に腰を降ろす。
 少年は他人の気配に、うっすらと瞼を持ち上げた。
 青い、少しぼやけた瞳が誰かを見る。
 視界は起きぬけのせいかはっきりせず、小柄な体とだいたいのシルエットしか認識できない。
 誰だかわからず、思考も働かず、そのままぼーっと見つめ続ける。
 重い瞼がまた閉じられたが、頭は少し動き出した。もしも教師か口うるさい相手であればここで思いっきり怒られているため、幾人かが除外される。
 ならだ、誰だ。
 さっきから声をかけるでもなく、起こすでもなく、じっとこちらを見ているような誰か。
 緩慢な脳が、そうであればいいという人間をはじき出した。
 うっすらと、白に縁取られた青があらわになる。

「ゆうぎ?」

 まだはっきり開かない瞳で微笑む。
 それは、甘える幼子のような仕草だった。
 好意のあるものに向けられる、最上の笑み。少年からこの笑みを与えられるものは、それこそ片手の数ほどしかいない。
 だが、笑みはすぐに歪められた。

(違う!!)

 それは、一瞬で覚醒してしまうほどの衝撃。
 ぞくっと、背筋に冷たい嫌な予感が走り、かっと目を開いた。
 ぐしゃりとタオルを蹴散らし、強張った表情で誰かを睨みつける。

「起きたか」

 どこか甘い美声。
 はっきりした視界に、幼い顔が見えた。
 それは、望んだ相手によく似ていた。だが、似ているだけで違う、違いすぎる。

「魔王様!?」
「なんだ」

 魔王様と呼ばれた彼は、ごくあっさりと返事をする。
 彼は、少年の思い浮かべた顔と同じ顔で、正反対の雰囲気をまとっていた。
 つりあがってはいるが大きい瞳、小ぶりなパーツと小さな体。一つ一つとってみればかなり少年よりも年下に見えるが、不思議と彼を実際の年より下に見るものは少ない。彼の纏う雰囲気と冷たい美貌、そして余裕に満ちた表情が、幼さを帳消しにしているのだ。
 どこか、隠者、あるいは王者を思わせる不遜さで唇の端を吊り上げた。
 誰かに間違われたことを特に気にした様子もなく、少年の様子を観察している。
 それを、少年は嫌悪感をまったく隠さず警戒しながら口を開いた。

「なんでここにいんだよ」
「別に、俺がどこにいようが勝手だろ?」

 彼の言葉は正論だった。
 もしもここが少年の部屋であれば話は別だが、彼を縛る権利も、侵入させない権利も少年にはない。
 なんといっても、ここは公共の――学校の屋上なのだ。少年のものでもないし、出入りは解放されている。
 ただし、一点。
 現在の時間が授業中だということを除けばである。

「あんたが授業さぼってなんでここにいんだよ」

 少年の知っている彼は、特に真面目ではないが、授業をさぼるような性格でもない。
 それ相応の理由が、なにかあるということだ。性格を考えて、少年に何かしようという意図が。
 散々、気まぐれやからかいでひどい目に合ったことのある少年はジリジリと壁伝いに距離を開ける。

「別にさぼってないぜ。俺はただ、相棒たちを待っているだけだ」

 彼が言うには、教師の都合で昼までだったらしい。
 少年とクラスの違う彼は、そうやって時間割が合わないことはしょっちゅうで当たり前。
 そういうとき、彼はたいがい、少年と同じクラスの弟や友人たちに合わせるために暇を潰せそうな場所で待っているのだ。勿論、逆の場合もある。

「だったら、保健室なり図書室なりいきやがれ……」

 ジリジリと少年が開いた距離を、彼は縮めた。
 追い詰めるようにわざとらしくゆっくりと近づく。
 なんでもない笑顔が、毒をはらんだ。
 ぞっと、少年の背に悪寒が走り、血の気が引く。

「いや、ここでお前をみつけたからな、保健室や図書室よりも楽しく暇が潰せそうだ」
「ひっ……」

 いっそ大げさと言ってもいいほど伸ばされた手を転がるように避け、立ち上がる。
 怯えきった表情は、自分よりも背も低く、細い彼に向けられたとは思えないほど引きつっていた。
 まるで猛獣に牙をむかれたようである。

「そんなに怯えるな」

 彼もまた立ち上がり、少年が逃げる方に足を向ける。
 逃がす気は無いというように視線を捕らえた。
 恐らく、少年が本気で走れば彼は追いつけないだろう。だが、少年を襲う恐怖が、本能的に彼に背を晒すなと叫んでいた。

「少し楽しもうと思ってるだけだぜ?」
「あんたが楽しくても俺様は楽しくない!!」

 なにをどうやって楽しむというのか。
 知りたくもないとばかりに背をフェンスに預け、彼を窺う。
 このまま逃げても、いつか追い詰められることはわかっていた。
 少しでも彼に隙があれば逃げられる。けれど、隙が無い。

「学校でひどいことをするわけないだろう?」

 ちょっとした、ゲームのようなものだと、嘯く。
 しかし、少年は騙されない。

「どーも、魔王様は記憶力薄くなってるみてえだな……保健室で俺様にしたことがひどいことに入らなきゃ、不良のリンチだってかわいいなあ!!」
「あの時は、なにもしてないぜ」
「してないんじゃなくて、できなかったんだろ!! 遊戯がとめなきゃ絶対俺様に新しいトラウマができてたぜ!!」

 まざまざと嫌な記憶が浮かんだのか、元々白い肌が青白くなっていた。
 その時助けてくれた主は、今は授業でいない。
 ならば、ここは自力で逃げなくてはいけないところ。
 体力でも、体格でも、少年は勝つと半ば確信していた。喧嘩となれば負ける理由がない。
 だが、逃げられるという想像ができない。本来ならば驚くほど回るはずの悪を含む知恵や作戦もでてこない。
 彼から発せられる雰囲気が、余裕が、一切合財を根こそぎ削り取っているような気さえする。
 冷や汗が、しっとりと掌を濡らした。

「バクラ」

 静かに、彼は告げる。

「諦めろ」
「いやだああああああ!!」

 なんとか威圧よりも勝った恐怖心が足を動かす。
 想像通り、彼の反射神経は目を見張るものがあったが、それよりも少年の運動能力が勝っていた。
 伸ばされる腕よりも早く隣を通り抜け、屋上の唯一の出入り口へと走る。
 彼は、追いつかない。
 そのまま、ノブへと手を伸ばした。

 ガチャッ。

「あれ?」

 ガチャガチャガチャガチャ。
 ノブが、かみ合わないかのような音をたてて回らない。
 鍵がかかっているのかと一瞬考えるが、屋上の鍵は壊れているはずだった。正確には壊したのだが、そんな些細な事は今は関係なかい。ここに入るときも壊れていたのに、いきなり直ることはありえないというのに。

「まっまじかよ」

 ここで、もしも少年が冷静であればなにかの仕掛けで止められていることに気づき、すぐにそれを外すことができただろう。
 しかし、彼に追いかけられているせいで焦っていた少年は開かないことに混乱し、うまく考えられない。
 ただ、無意味にノブを回すことしかできなかった。
 そして、

「バクラ」

 ぽんっと、軽く肩が叩かれる。
 なんでもない、本当に気軽な仕草。
 それは、彼と少年の距離がそこまで縮まったと言える。
 焦りと混乱、恐怖があわさたとき、少年は思考を停止させ、固まった。



「諦めろ」



 繰り返される言葉。
 するりと肩から顎に手が伸びる。
 細い輪郭をつうっと撫ぜ、同時に腰から腹に手を回された。じわりっと、相手の体温が移る。
 そして、ふっと、耳に吐息を吹きかけられ、少年の体が跳ねた。

「いっ……」

 ぎりっと、奥歯を噛む。
 微かに震えるノブを握る手に力がこもった。
 抵抗のために体をねじり、肩越しに彼を睨みつけるが、まったく意味をなさない。
 どころか、ますます楽しそうに指を動かす。
 ぴくっと、脇をくするような手つきに反応した

「いやだああああ!!」

 バゴンっと、階段に響き渡る鈍い音。 
 腕の2,3倍の力があるという足でもって扉を蹴破った。
 元々老朽化が進んでいたのか、ごとっと、半分壊れて落ちかけている。
 さすがに扉を蹴破るとは思っていなかった彼は、驚いて手の力を一瞬緩めてしまった。 
 少年も自分の行動が起した結果に驚いたが、咄嗟の瞬発力と反射神経で手を振り払って走りだす。

「あ」

 一拍おいて、捕まえようと再び服に触れた手は、掴む前にすり抜ける。
 必死だった。
 階段を飛ぶように、あるいは落ちるように全力で降りていく。
 足が絡まってこけそうになったが、それでも止まれない。振り返って後ろを確認したかったが、恐ろしいのでやめた。
 だんだんっと、激しい衝撃が足に伝わって痛い。
 下りとはいえ、勢いをつけて走り続けるのは苦しく、息も切れる。
 そして、とうとう一階まで一気に駆け下りたとき、廊下をどっちに曲がるか迷ったために立ち止まった。
 急に止まった体に合わせて心臓が自己主張をする。荒く息を吐き出し、ゆっくりと吸って呼吸を整えながら、次の逃走経路を考える。
 やっとクールダウンしてきた頭がフル回転であらゆる箇所をはじき出す。
 一気に下まできてしまったが、逃げ隠れするならば2階の方が上下に逃げれてよかったかもしれない。あるいは、サボっているのを見咎められるのを承知で人の多い教室周辺にいた方がよかっただろうか。
 けれど、今更、上には戻れない。少なくとも、このすぐ背後の階段を戻れば、追って来ているだろう彼と鉢合わせは確実。そんなリスクは犯せない。上に行くならば別の階段か、無理にでも別の経路で行くべきだろう。
 いくつか候補が持ち上がり、体が動こうとする。
 だが、問題は先読みされていないか、っという点だった。
 少年と彼を比べたとき、運動能力の面から見れば少年が上、頭脳という面ではほぼ同等。しかし、知略と思考の構築面から見れば圧倒的に少年よりも彼の方が上だった。
 しかも、授業をサボっているという体面上、少年の行き場は自然と絞られる。
 とりあえず、いつまでも踊り場に留まるわけにもいかず、近くの隠れられそうな場所まで早足で向かった。
 時計を見る。
 授業終了まで後15分近く。
 目下のところ、授業が終わるまで逃げられれば助けをおおっぴらに呼べ、休み時間という事もあり人が増えるので、一応は少年の勝ちである。
 しかし、その15分は永遠に等しいほど長く感じられた。

「あっ」

 途中で、足が止まった。
 なぜなら、視界に一人の男――っといっても少年と同い年ではあるが――が入ったのだ。
 男もまた、少年の姿を認めると、ふんっと鼻を鳴らす。

「オカルトか? 兄の方か?」
「オカルトじゃなくて、バクラだって言ってるだろ、シャチョー」

 傲岸不遜を絵に描いたような態度と声音で問う男に、少年は慣れた様子で答える。
 かなり美形と言っても過言ではない端正な顔と、モデルのような長身が手伝って背が高い方である少年よりも高いせいか、男は更に偉そうに見えた。
 もしも、これで優しい顔の一つでもすれば女性が放っておかないものだが、明らかに刺々しい雰囲気と行き過ぎた傲慢な表情、人を威圧するかのような孤高の眼光が誰をも近づけがたくしている。

「ふぅん、そうか」
「つうか、なんでここにいんの……?」
「俺がどこにいようが俺の勝手だ」
「あー、そうですか……」

 なぜだか、妙に嫌なデジャブを思わす返答。
 少年は呆れながらも、急いでいたため、まあいいかっと慣れた態度で横を通り抜けようとした。
 しかし、その肩を捕まれる。

「へ?」
「貴様こそ、ここでなにをしている」

 訝しげな目で睨まれ、少年は肩をすくめた。

「いや、ちょっと……魔王様と鬼ごっこを……」
「鬼ごっこ……?」
「そっ、捕まるとすげー困るから逃げてんだよ」 

 くだらんことを、っと言いたげな瞳で男は少年を見る。
 だが、肩を掴んだ手を離さない。
 一刻も早く逃げたい少年は焦れたように男を見上げた。

「社長、俺様急いでるから離してほしいんですけどー……」
「黙れ」

 そのまま、肩を掴んだ手を引いたかと思えば、近くの備え付けのロッカーの中に少年を放り込む。
 あまりにも流れるような自然な動きに、少年は呆気にとられて暗く狭く、ついでにあまりよろしくない匂いのするロッカーに詰め込まれる。
 体を壁にしたたかに打ちつけ痛かったが、悲鳴はあげなかった。
 変わりに、慌てて飛び出ようと扉を押すが、中からではうまく開かない。

「しゃ」
「黙っていろ」

 ロッカーに体を預けるような振動と気配を感じた。
 そして、数秒もしないうちに足音が聞こえてくる。
 冷や汗が、再び背を伝った。

「海馬」
「ふぅん、奴の兄か」

 忌々しそうな彼の声と、男の声が交差する。

「久しぶりだな」
「ああ、まったく合いたくなかったがな」
「それはお互い様だろ」

 笑いを含んだような険悪な声。
 それを聞いただけで、あまりこの二人が親しい関係にはないことが誰にでもわかるだろう。
 特に、彼は余裕があったが、男の方は憎悪すら滲ませているといっても過言ではなかった。

「ここでなにをしてるんだ?」
「それはこちらのセリフだ」
「俺は今、バクラを探しているんだ……そうだ、見なかったか?」
「なぜ俺がオカルトのことなど……っと言いたいところだが、先ほど俺の前を走っていった。俺に挨拶もなくだ」

 嘘だった。
 少年は男を見て声をかけたし、今、背後のロッカーにいる。
 男の行動には驚いたが、どうやら助けてくれるらしいと少年は悟った。

「ふーん……」
「なにかまた、貴様らつまらんことでもしでかしているのか。いい加減にしたらどうだ」
「それもこっちのセリフだ。いい加減、相棒やアテムに絡むのはやめた方がいいぜ」

 間近で交わされる舌戦を聞きながら少年は気が気ではなかった。いつ見つかるのかひやひやしながら固唾を呑むことしかできない。
 なんといっても、少年にはもう逃げ場はないのだから。

「どうせ何度やっても無駄だからな」
「貴様……!」

 敵の敵は味方。
 犬猿の仲にも等しい彼の邪魔をするために男は少年を隠したようだった。
 思惑通り、まさか男が少年を匿っているとは思っていないのだろう、彼は調べる様子すらない。
 というよりも、完全に男をねじ伏せ言い負かすことに集中するようだった。耳を塞ぎたくなるような、あくまで過激な単語は出ないものの、恐ろしい切れ味の言葉をぶつけている。
 そして、一方的に不愉快そうに男が低い声で言葉を打ち切った。

「目障りだ。俺の前から消えうせろ」
「ああ、言われなくてもな。よけいな時間を食ったぜ」

 足音と気配が離れていくのを感じながら、少年はひとまず溜息をついた。
 狭い中でなんとか汗を拭い、男が扉を開けてくれるのを待つ。不用意に音をたてて彼が戻ってくるのを警戒したからだ。
 数秒、数十秒。
 やっと、ロッカーの扉が開き、新鮮な空気と外の光が飛び込んでくる。

「えーっと……ありがとう、社長」

 お礼を言って出ようとするが、目の前から男はどかない。
 どころか、なぜかひどく鋭い眼光で少年を睨みつけていた。
 訳のわからない少年は戸惑う。
 いつも目つきは悪い男だったが、ここまで強く睨みつけられることはほぼない。

「しゃっしゃちょう……?」
「貴様、奴になにかされたか」
「へ?」

 意外な言葉に、思わずマヌケな顔をしてしまう。
 しかし、相手はあくまでも険しい顔で聞いてくる。

「なにをされた……?」
「……なにをって……別になにもされてねえけど……」
「ならば、なぜ追われている」
「それは……魔王様が追ってくるから」

 勢いに押されて目をそらすと、男はいきなり長い指であごを掴んだ。
 痛みに顔をあげさせられる。

「いっ……社長……痛い……」
「別に貴様が奴になにされようがかまわんが」

 あごに指が更に食い込み、痛みに顔を歪める。
 抗議の声をあげ、腕を掴むが力が緩む様子はない。

「奴にこの白と青がどうこうされるのは我慢ならん」
「いてえって、社長……」

 ずいっと、髪に触れるほど顔が近づいた。
 反射的に後ろに下がると、すぐロッカーに背中が当たる。

「ちょっちょっとタンマ!! 社長、痛いしおかしい!! この体勢おかしい!!」
「黙っていろ」
「いや、無理だろ!! 社長、正気に戻った方がいいです!!」

 なぜか敬語になりながら顔をそらすが、あごを捕まえられている上、狭いロッカーの中で逃げ場が無い。
 うまく逃げられたかと思えば、なにか新しい、しかもより逃げるのが困難な罠にかかってしまった気分だった。
 少年がなんとか抵抗してその整った顔立ちを遠ざけようとする。

「いや、もう、本当に社長、お願いだから!!」

 自分でもだんだん何を言っているかわからなくなっていく少年を、男はしっかりと抑えなおす。
 彼を相手にするときは、それはもう、本能の底からの恐怖により全力で逃げられるが、男からはそれほどでもないので逃げがたい。
 殴ったり蹴ったりという手段に訴えようかという案もあるのだが、なぜか拳を握れない。
(いやだって、社長のおきれいな顔に傷つけんの勿体ないし……)
 誰に言っているかわからないいいわけを胸で呟きながら男の胸を押して遠ざける。
 力としてはほとんど同等だったが、階段を一気に駆け下りた疲れたせいかジリジリと少年が劣勢になっていく。

「社長、やべえって!! 目、目とか大丈夫か!!」
「貴様に心配される必要は無い」

(ゆっゆうぎー!!)
 心の中で悲鳴をあげて助けを呼ぶが、授業を受けているはずの救い主が現れるはずが無い。



「そこまでだぜ、海馬」 



 ただし、授業を受けていない、その上、救い主でもない相手は現れた。
 顔が離れ、男は彼を睨みつける。
 一つの危機が去ったことにほっと安堵の息を漏らすが、すぐにもっと恐ろしい問題に気づいて顔をこわばらせる。

「貴様……」
「まっ魔王様……」
「まったく、海馬もバクラも、俺があんなことで騙されたと思っていたのか?
 随分と単純だな」

 やれやれと肩をすくめ、笑う。

「本当はおもしろそうだからもう少し見ていたかったが、俺のものに先にちょっかいを出されるのは不快だからな」
「誰がてめえのだ!!」
「ふぅん、貴様らがどうだろうと俺にはどうでもいいことだ」
「いや、俺様と魔王様なにもねえから!!」

 険悪な雰囲気が渦巻き、空気を重くする。
 まさしく、一触即発。

「とりあえず、社長……俺様を出してくれませんか?」
「そうだぜ、海馬。無理矢理はよくないぜ」
「どの口が言ってるんだよ!! あんたちょっとは自分の行動を考えろよ」
「断る」
「社長!?」
「なぜ俺が貴様のいう事を聞かなくてはならん」
「敗者は引くべきだぜ」
「俺は、貴様には負けていない」
「俺には、な」

 くすりっと、人の神経を逆なでするような笑い声を漏らす。
 プライドの高い男はますます目をつりあげる。
 奥歯を噛み、なにかあれば殴りかからんばかりであった。

「え、ちょっと、なんで俺様スルーナンデスカ?」
「やらないと自分の身の程もわからないようじゃまだまだだぜ」
「口だけの貴様に何を言われても感じん」
「そう言って、足が震えてるようだが、怖いのか?」
「ケンカするなら、俺様を解放してほしいんだけどよ!!」
「どうやら、雌雄を決するときのようだな」

 少年は、男の手の力が抜けていることに気づいた。
 どうやら目の前の彼に集中して視野が狭まっているのだろう、入口を塞いでもいない。
(チャンス!)
 その機敏さをいかして素早くあごを解放し、隙間から飛び出して男の体にぶつかる。助走が無い分弱い体当たりだったが、なんとか少年が逃げられるほどのスペースを開けた。

「社長、ごめん!!」

 脇腹に入ったのか、ぶつかった部分を押さえて顔を歪める。
 少年は謝罪の言葉を口にしながらも走った。
 一拍おいて、彼もその後ろを追いかける。

「バクラ、待て」
「待てっつわれて待つバカがいるか!!」

 階段をかけあがり、どこか隠れられる場所がないか辺りを見回す。
 そして、後ろとの距離を確認すれば、なぜか男まで追いかけてきていた。
 なぜっと叫びたかったが、そこで体力を消耗するわけにはいかない。変わりに心の中で今日何度目かわからない悲鳴をあげた。
 ますます足を速め、考える。連携していないとはいえ、二対一では一対一の追いかけっこのノウハウは通用しないのだ。
 特に、男においては、少年よりもある意味、足の長さからリーチや脚力があるといえる。
(勘弁してほしいぜ!!)
 長い廊下を走る。
 窓から飛び降りることも考えたが、窓を開けるという行為と、もしも窓から飛び出すのをまったく関係ない第三者に見られるとうるさいという理由からふんぎりがつかない。

「っ!?」

 角を曲がり、足が急に滑った。
 上履きの滑り止めがまったく効かない。
 ぐるっと視界が反転する。慌てて受身をとって床に手をついて体を支えると、手に走った痛みの後にぬるっと気持ちの悪い感触がした。
 体勢を立て直して手についたなにかを見る。透明な、ワックスのような液体だった。

「うげっ」

 ちらっと後ろを確認すれば、彼が会心の笑みを浮かべていた。
 どうにも、追ってくるのが遅いと思えば、読んで小細工をしていたらしい。
 どこまで先を想定していたのかと恐ろしくなる。
 だが、まだ少年は諦めない。
 滑りそうになりながらも更に走り出す。

「バクラ、ワックスをつけたままじゃ転ぶぜ!」

 かけられる声に、また転びそうになりながらも少年は止まらない。
 必死にバランス感覚で滑稽なポーズをとりながらも渡り廊下を通過し、階段を避ける。
 さすがに、階段を滑る状態で降りるリスクはとれない。
 そう考えた瞬間、致命的なミスに気づいた。
 これは、誘導されていると。
 滑ることで距離を縮めることは勿論であるが、ワックスを足につけさせて足場を悪くなるのは階段や窓枠という逃走経路を絞ることに繋がる。
 つまり、このワックスが乾くかなにかするまで、少年は二階しか逃げ場が無い。ならば、後は少々逃げる軌道を考えれば先回りすることも可能。
 そんな事実に気づいてぞっとしながら舌打ちする。

「ちくしょう……」

 無理にでも階段にチャレンジするべきか。
 そういう思いが浮かぶが、それすら誘導された思考だったらどうするとどこかが横槍をいれる。
 自分の行動を読まれ、実際に誘導されてみれば相手の頭の回転の速さや用意周到さに疑いが咲きに出た。
 それが、闇の中に鬼を見る行為だとわかっていても考え始めれば止まることがない。
 焦りが視野を狭めた。
 がつっと、予期せぬ衝撃が足に走る。

「やべっ!!」

 罠でもなんでもなく、普段はたいして気にしない校舎と校舎のつなぎ目のような段差。
 疑心に下を見るのを忘れていた少年は足の滑りも手伝って今度はうまく受身をとれず素直に転ぶ。
 ぶつけた足と膝に強烈な衝撃が走った。
 立てないわけではないが、痛みに震える。

「バクラ」

 後ろで、首の後ろがひやっとするような声が聞こえた。
 いつの間にか、すぐ後ろまで距離が詰められている。

「あっ……」

 思わずみっともなく這いずってでも少年は逃げようとするが、逃げられるわけがない。
 なぜいつの間にか短時間で男が脱落している理由について頭を掠めたが、そこまで気にしてはいられなかった。
 痛みから恐怖の震えへと変わる。
 まさしく、狩られた獲物の如く少年は完全に追い詰められていた。

「バクラ、なぜ逃げるんだ?」

 白々しいセリフ。
 彼は足首を、軽く踏む。
 あくまで軽く、乗っている程度だが、逃げようとすれば足に力をかけるだろう。
 逃げられない現実を、重く実感した。

「ゆっゆうぎぃ……」

 最後の足掻きとばかりに名前を呼ぶが、虚しく空気に消えるだけ。
 呼ぶ助けは現れるわけがなかった。
 まだ、授業が終わるまで10分はあり、授業が行われている教室からは遠い。
 それならばまだ、暴れているのを見咎めた教師が来る方が確率があるだろう。

「バクラ、諦めろ」

 何度か繰り返された言葉。
 それを、受入れるときがきてしまった。
 足を振って彼が乗せた足を払おうとしたが、ぐっと体重をかけられてやめる。
 諦めたくない。
 少年は、もう一度だけ、口を開く。

「遊戯……」
 
 答える声は、





「あれ、どうしたの、バクラくん」





 まるで、運命のようなタイミングだった。
 ぽかんっと、彼すら唖然としたかのように驚いて声の方を見る。
 彼とよく似た、しかしまったく逆の穏やかで柔らかな印象を受ける、本当に小柄な少年だった。うっかりしていると、小学生はないが、その幼そうな顔立ちからかなり年下に見られることは間違いない。
 状況を理解していないような不思議そうな顔で、階段を降りてくる。

「バクラくんっというか……二人ともなにやってるの……」
「あっ相棒……なんでここに?」

 まずいところを見られたという感情を隠して、彼が聞く。素早く少年の足から自分の足をのけることも忘れずに。
 階段から降り切った相手は、なんでもなさそうに答える。

「さっきまで移動教室だったんだ。実験だったけど、僕の班は速く終わったから帰ってもいいって」
「そうか……」
「って、わ! 終くん!?」

 足が自由になったことと、危機が去ったことに少年はがむしゃらに相手に飛び込んだ。
 その瞳にはうっすら涙を溜め、恐怖と感動を克明に伝える。まるで、母親をやっと見つけた子供のように必死にその体を抱きしめる。
 身長差があるせいで、頭を抱えるような不恰好なものになったが、少年は気にしない。
 腕に感触と温もりを閉じ込めて頬ずりをする。

「バクラくん、くすぐったいよ……」
「ゆうぎぃ……」

 甘えるような、こどものような声に相手は強く言えない。
 一応、形だけは体を押すが、拒絶しているようには見えなかった。
 だからこそ、少年はしがみついて離れない、愛しそうに頭に顔をこすりつける。 
 押す動きが落ち着けるための背を撫でる動きに変わっていた。
 少年から話を聞くのは無理と判断したのだろう、彼を見る。

「君はともかく、バクラくんはなんでここに? 今日はアテムのクラスはまだ授業あったはずだけど……」
「ああ、さぼってたんだ」

 にっこりと、邪気のまるでない笑顔で笑う。
 少年が、やっと相手から彼へと視線を向けた。敵意を持って、睨みつける。

「教室に連れ帰ってやろうと思って追いかけたら逃げられてな……まったく困ったやつだぜ」

 反論しようとして口を開くが、サボっていたことは本当であるため一瞬迷う。
 まさか、相手に「襲われかけたので逃げました」っとさすがの少年もいえなかったらしい。
 それを読んでいたのだろう、彼は言葉を続ける。

「授業をさぼるなんて信じられないぜ。散々逃げ回られて疲れた」

 一方的に少年を悪く言うような口調だが、悪いことは当然。
 そのまま、少年を責めるような流れになっていく。

「バクラくん、授業さぼっちゃだめだよ」

 そう言われてもしかたないのだが、相手に言われると少年は何も言えないものの不機嫌そうに唇を尖らせた。
 拗ねたように目をそらし、それでもくっついて離れない。
 もう、くっつくことは諦めているのだろう、特に抗うことなく相手は受入れる。

「でも」

 少年を見ていた視線が、彼を見る。

「君も、またちょっとバクラくんをからかいすぎたんでしょ?」
「俺はなにもしてないぜ」

 しらばっくれようとする彼に、更に言葉を続ける。

「そうじゃなきゃ、バクラくんもそんなに逃げないし、こんな風にならないよ」

 相手にはかなわないというように、彼は言い訳はしなかった。軽く肩を竦めて、表面だけは申し訳なさそうな顔をする。
 それでも、彼を知っているものが見れば驚くべき素直さだった。

「あんまり、バクラくんをからかっちゃだめだよ」
「わかったぜ、相棒」

 絶対に嘘だとわかるような笑顔だったが、相手は満足そうに頷く。
 彼はもう一度笑うと、背を向ける。

「じゃあ、バクラは相棒に任せておけば教室に帰るだろう……俺は終わるまで図書室で暇でも潰してるぜ」

 軽く手を振って離れていく姿は、特に残念そうでもない。 
 その背に少年は思いっきり憎しみの視線を送った。

「バクラくん、そろそろ離れてほしいんだけど……」

 そういわれても、中々少年は離さない。
 どころか、更に腕に力を込めた。

「バクラくん……」
「チャイム鳴るまで……」

 首に顔を埋めて、目を閉じる。

「チャイム鳴るまで、このまま」

 少年は困ったような表情をしながら、溜息をつく。
 頭に手を伸ばし、柔らかい髪の毛を撫でた。

「チャイム、鳴るまでだよ?」

 甘やかすような声音を心地良さそうに聞きながら、少年は頷く。 
 ずっと、この時間が続けばいいのにっと、柔らかさと暖かさに浸り続けた。









「今回は相棒に持っていかれたぜ。もう少しだったのに」

 やれやれっと、彼は残念そうに呟く。
 しかし、その表情は妙に楽しそうで、次なる悪巧みを考えているようにも見えた。

「今度は、相棒の授業のことも考えて……そうだな、あそこに誘導するようにしよう」

 そして、ふと、足を止める。

「ああ、しまった……海馬を空き教室に閉じ込めたままだったぜ」

 だが、その歩みはすぐに再開される。
 「まあいいか」そう言いたげに……。



 リクエストにお答えしようとして、全力で失敗した上に遅くなってしまいました……はわわ、申し訳ございません!! 
 色々省いてしまった設定や、箇所があるのですが、これが私の限界でございます。
 申し訳ございませんでした……全力で謝罪させていただきます……。
 こんなものでも、お捧げさせていただきます!!



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