※宿主様と天音ちゃん(転生ニョタバクラ)が兄妹です。
宿主様が大変シスコンです。
宿主様がシスコンすぎて壊れてます。怖いです。最強です。
王様がかわいそうな目に。
王天なのかもしれません。
ひっくっと、小さくしゃくりあげた。
青い二つの双眸から、白い肌へと雫が落ちる。輪郭を濡らす真珠のような、雨のような粒は止まることなく溢れ続けた。
そこに声はなく、静かに時折しゃくりあげるだけ。
まるで、御伽噺の挿絵のようなひどく美しく、胸を締め付けるような切ない姿。
少女は目を閉じ、涙を拭うことすらせず、そこにいた。
「天音……?」
びくりっと、少女は怯えるように体を震えさせた。
慌てて目を抑え、声のする方向に振り返る。
呆然と立ちすくむのは、少女によく似た少年だった。微かに白い肌を青くし、顔を歪める。
少女は必死に目をこすり、涙を止めようとするが、止まらない。
「どうしたの……?」
恐る恐る、少年は少女に近づく。
そうすると、少年と少女は似ているながらも、微かに性別の差と、顔つきの差が見えた。
少女は、泣いてさえいなければ勝気で少々目つきが悪かったが少女特有の柔らかさを備えている。
少年は、優しく穏やかな、一歩間違えば気弱そうに見えるが、少女より年上に見えた。
誰もが少女と少年を見れば、兄妹と判断するだろう。その判断はまちがいなく、少年は少女の兄であった。
そして、見た目どおり少年は妹が泣いているというのに何も聞かないような兄ではなかった。
痛みを伴ったような心配げな表情で、こすりすぎて目尻の赤くなった少女に視線を合わせる。
「天音、どうしたの? どこか痛いの……?」
ゆっくりと手を重ね、強くこすらないように抑える。
あくまでその手には力はなく、ただ止めて欲しいという意思を伝えた。
「ちっちがう……」
どこも痛くないと首を振る。
目をこするのはやめたものの、目を潤ませ、うつむくだけ。
弱弱しく、ひどく小さくみえた。
「なにか……あったの……?」
優しい口調。
問いただすのではなく、言うのを待つような口調に、少女はまたぽろぽろと涙を零してしまう。
止めようときゅっと唇を噛むが、中々止まらない。
「なっなにも、ない」
また、首を横に振る。
心配させまいと気丈に笑って見せるが、ひきつっていた。
「なにも、ない。ちょっと、涙が出て、びっくりしただけ」
大丈夫だと繰り返す様は、まったく大丈夫に見えない。
兄は、少しだけ重ねた手に力を込める。眼差しが、まっすぐと強く少女を見た。
「ちがう」
怖がるように、少女は口を開いた。
言いつくろうように、時折しゃくりあげて詰まりながらも、首を振る。
「ち、がう、かんけいない、から」
少年から目をそらし、言う。
「おうさまは、かんけいないから。ちがう、から」
零れた言葉に、涙が更に溢れる。
それでも、必死に否定し続けた。
あまりにも、健気に、必死に、訴える。
「おう、さま、は、かんけいない。ないから……ちがう……ちがう……」
大丈夫だと、心配は無いと、もう一度、笑ってみせた。
泣きながら、引きつりながらも、少年を安堵させるために。
しかし、それはあまりにも逆効果だった。
少年は、少女を抱きしめる。
もう、そんな顔は見たくないと、苦しげに。
「もう、いいから」
少女の髪と背を撫でて、温もりを伝える。
少女は、しばらく震えた後、しっかりと抱き返した。少年の胸に顔を埋め、声を押し殺して泣く。
兄にとって、大切で、愛しくてたまらない妹。
それをただ、泣かせてあげることしかできない悔しさに歯噛みする。
なぜ、泣かせるのか。
少年は、原因の顔を思い出し、拳を握る。
(許さない……からね……)
妹を泣かすものは許さない。
どんな理由であろうと、なにがあろうと、誰であろうと。
温厚な少年の顔に、煮えたぎるような怒りが浮かぶ。暗く、強い意志がそこにあった。
「ゆるさない……」
小さな呟きを、少女は聞き逃さなかった。
「アテムくん」
笑顔。
眩しいほどの笑顔。
そして、軽快な声音で少年は彼の名を呼んだ。
決して、彼に向けられるはずのないほどの笑顔と声。
手を振り上げて、近づいてくる。
彼はぶわっと毛穴から汗が吹き出るのを感じた。
明確な敵意、あるいは殺意。それが皮膚から内臓へと突き刺さり、恐怖へと変換されて脳髄へと届いたのだ。
普段はそれほど怖いなどと考えたことのない彼は、本能の警報を聞く。
ガンガンガンガンガン。今すぐ逃げろ。
警告に従い、まず真っ先に逃げた。
机の隙間を縫い、走る。
クラスメイトが奇異の視線と、迷惑そうな文句を漏らすが、聞こえない。
「アテムくん、待ってよお」
周囲から見れば、明るく軽快な少年は少し珍しいが、別段怪しいことなどなかった。
それが向けられている相手もまた、珍しいが、特に気にしない。
ただ、彼だけが底知れぬ恐怖を感じている。
ガタガタと、机に体をぶつけながらも、顔を引きつらせて距離が縮まらないように逃げた。
あまりの彼の動揺の様子に、数人が異変に気づく。けれど、うまく理解できず動かない。
なんといっても、彼がまるで未知の魔物から逃げるように避けているのは、クラス、否、学校でも屈指の穏やかさと大人しさを誇る少年だったからだ。
これが、少年の妹であればまだ理解もできただろう。
「待ってってば」
穏やかな声。
だが、視線はまったく彼から動かない。
まっすぐに、あまりにもまっすぐに彼を見据えている。
机の隙間を縫いながら、彼に近づこうと歩いていた。
本当に珍しく怯えたような彼を、最初は楽しそうに見ていた友人が不意に何かに気づく。
決定的な何かに気づいたわけではないが、訝しげに眉根を寄せた。
「……なあ、本田」
「あ、どうした?」
「なんか……さあ」
「おう」
「こっこわくね……?」
何を言っているのかと、声をかけられた方が口を開いた瞬間。
がだん、がだん、がだん。
音が、響く。
周囲の視線に、やっと疑問が過ぎる。
「ひ……っ!」
彼が悲鳴を漏らした。
なぜなら、少年が、笑いながら机をなぎ払い蹴りながら直進してくるからだ。
小回りがきく上に速いが、机や人という障害物によって行き先が限定されることや曲がる時に減速しなければならない彼に対し、それほど速くないものの、直線で、人が自然と道を開ける少年。
どちらが速いかと問われれば、同等とも言えた。
しかし、なんとなく雰囲気に押されたクラスメイトが、ちょっと遠慮がちに机をどかし始めている。
友人は、なぜだかそんな流れを止めることができず、モーゼの十戒の光景を思い出していた。
「なんで逃げるの? アテムくん」
声が優しいところがまた恐ろしい。
恐らく、今、こっちにくれば逃げられるよっと窓を開けたら飛び出していくことだろう。それが例え、4階以上であったとしてもだ。
「獏良くん……! 話し合おうぜ!!」
彼は、強張った顔で叫ぶ。
どんっと、背中に壁があたった。
横に逃れようと振り向くと、ロッカーがあり、一瞬躊躇ってしまう。
「えー、なんのこと? 僕わからないや」
ジリジリと、どちらに彼が動いてもすぐ方向転換できるように、ことさらゆっくりと少年は近づく。
距離が縮まるごとに、彼の背筋に冷ややかな悪寒が走った。
「きっと、獏良くんは誤解してるぜ!! 話し合えばわかる!!」
「変なアテムくん、どうしてそんなに焦ってるの?」
見かけに合った愛らしい仕草で首を傾げる。
「獏良くん、落ち着いてくれ……!!」
「やだなあ、僕は落ち着いてるよ?
アテムくんこそ落ち着いたら?」
「うっあ……」
ガクガク震えながら、涙目になっていく。
なぜこんなに怖いのかわからない。
わからないのに、怖い。
視線を巡らし、友人と目が合った。
(たすけてくれ、城之内くん!!)
目が、切実に訴える。
友人はその目に答えたかった。
悪ぶってはいるものの、昔は悪だったものの、友情にかけては熱い友人。
なによりも、彼と友人は数多の修羅場を越えて絆を作ってきたのだ。
答えないわけがない。
答える、つもりだった。
立ち上がり、少年に声をかけようと肩の一つでも叩こうと動き出そうとした。
「なに、城之内くん?」
ぐるりっと、首が回る。
なんら、おかしいことの無い仕草だった。180度回ったわけでも、なにかのホラー映画のように反り返ったわけでもない。
ごく普通に、後ろを向く。
それなのに、友人は後ずさった。
なんとなくで、押された。言葉に、威圧された。
ただそれだけの仕草が恐ろしい。
今まで、両手では足りない喧嘩を潜り抜け、勝利してきたはずなのに。
いや、それは、潜り抜けてきたからこそわかる勘だった。幾度もその勘に助けられ、勝利してきた。
危険を危険だと思わないのは勇気ではない、ただの愚行。
危険だと理解し、避けることこそ、勝つためにも負けないためにも必要なことなのだ。
「いっいや……」
舌が回らない。
視線が泳ぐ。
彼と目があった。
(城之内くん!!)
(アテム……!!)
助けてくれと、訴えている。
ならば、助けなければ。
勇気を、振り絞る。
「獏良!!」
「なに?」
普通に答えただけなのに。
なのに、不思議と「邪魔するな」っという副音声が聞こえた気がした。
表情から、そんな乱暴な言葉なんて見つからないというのに。
ぐらりっと、謎のプレッシャーに視界が揺れる。
「あ、あのな!」
「うん」
「ちょっ、ちょっと!」
「うん」
「いいか!!」
「なにが?」
「そのだな」
「うん」
「獏良!!」
言葉が、出ない。
少し、言えばいいだけなのに。
やめてやれと、言うだけでいいのに。
「あのね、城之内くん」
「おっおう……!?」
にこりっと、笑う。
それはもう、男とは思えないほどかわいらしい笑みだった。
「僕、アテムくんに用事があるから、何も言えないなら席に座ってて」
友人は、崩れ去った。
床にに座りこみ、肩を落とす。
その肩を、隣にいた相棒たる男が叩いた。
顔をあげれば、笑顔。
(お前はよくやった、誰もお前を責めないさ)
そんな、爽やかな笑顔だった。
友人は泣いた。
泣いて、少し強くなった。
「さあ、アテムくん、話をしようか」
(城之内くんっ!!)
笑顔とは、口を吊り上げ、目を細める。それは、本来獣にとっての威嚇行動。
牙をむき出しにする、敵対行動なのだ。
「あ、あ、」
追い詰められたネズミのように、彼は怯える。
そして、最も縋るべき相手の名を叫んだ。
「あいぼおおおおおおおおおおお!!」
「あのね、天音ちゃん」
「なんだ遊戯」
「そろそろさ」
「おう」
「アテムのこと、許してあげてくれないかな」
少女は、牛乳パックのストローに口をつけている相手に微笑む。
なんのことだかっと、白々しい色がそこに浮かんでいた。
「アテムがなにしたかは知らないけど」
「別に」
こくりっと、紅茶の缶に口をつけて、一息。
「王様はなにもしてねえよ」
「だったら、どうしてあんなことしたの?」
「あんなこと?」
なんのことだよっと、首を傾げる。
その仕草は、偶然であると同時に必然、少年の仕草に似ていた。
「泣いて、アテムを庇ったって、聞いたよ」
「庇うもなにも、王様はなにもしてねえって」
「じゃあ、なんで、聞かれてもないのにアテムの名前出したの?」
ぴたっと、笑顔が固まる。
相手は続ける。
「普通、もっとちゃんと庇うなら、聞かれない限り言わないよね。
庇ったら、それこそアテムがなにかやったみたいに見えるし、なによりも、アテムには前科があるから、獏良くんはそうだって、判断するよね」
「俺様が、兄貴をだましたって?」
「そこまでいかないけど……そういう風に誘導することはできるよね」
困ったように相手は微笑む。
「天音ちゃん、ちょっとしたたかで、演技が上手だから」
ふうっと、少女は肩をすくめた。
「遊戯にはかなわないよな」
空になった空き缶を振る。
「別によ、本当に王様がなんかしたわけじゃねえんだ」
「そうなの?」
「ただ、たまにさあ、無性に、王様がむかつく時があるんだよな」
「そっそうなの……?」
「なんつーか、ゲームに負けたときとか、一人でいるときとか、なんでだろうな」
わかんねえっと、苦笑。
「もう、そういうとき王様が憎くて憎くてよ……はらわたにえくりかえりそうだぜ!!
ちょっと痛い目あって涙目になっちまえっつーかさ!! あの野郎、チビのくせに偉そうに……!!」
「天音ちゃん……」
「ああいやいや」
こほんっと、咳払いをして気分を落ち着ける。
「ん、もう遊戯行っていいぜ。そろそろ王様が窓から飛び出しちまいそうだし」
「そうだね……怒った獏良くん怖いもんね」
その、怖い少年を止められる数少ない人間である相手は、牛乳パックを捨てて歩き出す。
「ごちそうさま」
「引き止めてごめんな」
少女が手を振って、ふと、上を見上げた。
すると、窓から人影が見える。
人影は、窓から出ると、縁を持ったまま、落下防止用の段差に降りた。
それほど距離は近くなかったが、あの特徴的なシルエットは……
「おおさまー!?」
ぎゃーぎゃー!! っと、遠くで声が聞こえる。
少女は叫びながら祈る。
「王様!! 早まるなー!!」
早く、早くとめられる一人が、教室に行き着くのを。
やりすぎたと、その後、天音ちゃん大変反省しました。
したたかで演技派な天音ちゃんによる、ちょっとした鬱憤晴らしのはずが、宿主様最強な話に……。
天音ちゃんは、嘘泣きで宿主様を誘導。遊戯がいるとすぐとめられちゃうから、ジュースを奢る変わりに足止め。別に成功しても失敗してもいい感じの誘導だったんですが、しかし成功しすぎて恐ろしいことに。
おかしい、どこでズレたんでしょう。不思議でたまりません。しかし、こういうサイトなのでしかたないですね。
うん、どこで間違えたんでしょう。
ちなみに、うちの王様は宿主様がなんとなく苦手です。
嫌いじゃないし、友達だと思ってますが、なぜか苦手。
後、遊戯の勘が鋭すぎるのは、説明係が必要だったからです。
凡骨の部分とか、楽しく書きました。