大切にしたい時間がありました。
 愛しい存在がありました。
 傍にいたいと思ったんです。
 慈しんで、大事に、大切に思い合いたかったのです。
 錯覚でしたが、ずっと、いっしょに生きていこうと、間違えかけました。










 白い髪の少年が、茶色い髪の少年の前で、服を躊躇いなく脱ぎ捨てた。
 すると、腰布以外の褐色の肌があらわになる。
 服を着ていたときよりも華奢な体はうっすらあばらが浮き、少々痩せぎすにも見えた。だが、その鋭い目つきと、伸びる手足はしなやかで、決して弱いという印象は受けない。
 ぱさっと、白い布が土の上に落ちる。
 それに対して、茶色い髪の少年は眉根を寄せた。

「バクラ」

 声に反応して、振り返った白い髪の少年は、笑う。
 太陽を背にした笑みは、少し眩しくさえ思えた。

「セトは脱がねえの?」
「脱ぐ、それよりも」
「あっもしかして脱がしてほしいのかよ。セト様はしょうがねえなあ」
「違う、それから様とつけるな、気持ち悪い」

 ますます不機嫌と言った表情で茶色い髪の少年は白い髪の少年を睨みつけた。
 
「服はその辺りに脱ぎ散らかすな」
「別に、どこおいても一緒だろ?」
「一緒なわけあるか。せめて岩の上においておけ」
「へいへい、育ちのいいこって」

 どこか高圧的な命令口調だったが、白い髪の少年はむしろ楽しそうにわざとらしく肩をすくめる。
 茶色の少年はその、気品が見える整った顔を歪めて溜息をつき、白い髪の少年は野生的だがどこか中性的な顔でくすくす笑う。
 そのたった少しの会話で、二人の少年の育ちがわかるようだった。
 ふらっと、服を岩にかけるのを見つつ、茶色い髪の少年も上着を脱ぐ。
 あらわになった体は、一瞬細いという印象を受けたが、それはすぐに引き締まった体だと訂正することになるだろう。無駄なく、しっかりと鍛えられた体は、白い髪の少年のようにあばらが浮くこともない。
 しっかりと畳んで岩の上に置いた茶色い髪の少年の横を、白い髪の少年が通り過ぎ、少し遠くで立ち止まった。
 振り返り、手を差し伸べた。

「こいよ、セト」
「ああ」

 茶色い髪の少年は頷き、歩く。
 その手を白い髪の少年は握ると、引いた。






 


 ばしゃん。








「おい、飛び込むな」
「えー、いいだろ?」

 そこは、池、っというよりもたまたま深く窪んでいた場所に水がたまったような場所だった。
 上には、ごつごつとした岩があり、それが屋根になるせいか、水は冷たく、日差しを遮る。
 白い髪の少年は自分の腰ほどの場所で水を蹴った。
 すると、底の泥が巻き上がり、水を茶色く濁らせる。

「散っただろ」
「どうせ濡れるから一緒だろ?」
「どこがだ。貴様が暴れるから泥も混ざっている」

 足をゆっくりつけ、水と泥の散った場所をまだ濁っていない水で落とす。
 ひやっとした水の冷たさが、心地いい。
 足を少しつけただけで、辺りの気温を忘れてしまいそうだった。

「でも、気持ちいいだろ?」

 その問いには肯定なのか、茶色い髪の少年は答えない。
 ぱしゃ、ぱしゃっと、小さく水面に波紋を広げる。

「よくこんな場所を見つけたな」
「んー、俺様もびっくりしたぜ」

 ざぶっと、白い髪の少年は足を崩して胸までつかる。

「ちょっと水の計算間違えて喉渇いたーって思ったら、馬が見つけたんだぜ」

 軽い口調だが、それはかなりまずかったのではないかと茶色い髪の少年は眉根を寄せる。
 その表情に気づいた白い髪の少年は嬉しそうな表情を浮かべる。

「心配した?」
「馬のな」

 きっぱりと言われ、唇を尖らせる。
 素直じゃねーの。
 その言葉に茶色い髪の少年は特に答えなかった。

「そんときはもう少し深かったけど、減ってるな」
「どこからか沸いてるわけじゃないからな。この前の雨で偶然溜まったんだろう」 
「じゃ、もうしばらくしたらなくなるのか」

 ちぇっと、つまらなそうに舌打ち。

「せっかくいい場所みつけたと思ったのによ」
「まあ、しかたないだろう」

 淵に座り、茶色い髪の少年は目を細める。
 これで風の一つでもあればと考えるが、それは望み過ぎかと上を見上げた。

 ばしゃり。

 その次の瞬間、無防備な顔に、水が飛んできた。
 慌てて拭い、白い髪の少年を睨むと、けらけら楽しそうに笑ってもう一度水が飛んでくる。
 手で防ぐが、水で砕け、勢いのまま顔にかかった。
 まだ、ただの水ならいいが、泥混じりの水だったため、目に入らないように考慮しなくてはいけなかった。

「セトー、そんな年寄りくせえ顔してねえでもっと楽しもうぜ」

 白い髪の少年は、年相応の笑顔で水をかけ続ける。
 対して、茶色い髪の少年は片目を閉じ、手で防御しながら近場の泥を握った。そして、逆の手で防御するフリをして、投げる。
 油断していた白い髪の少年の顔に、一握りの泥は寸分違わず激突。
 目どころか大笑いのせいで開いていた口にまで入りこみ悲鳴をあげた。

「やめろ……」

 泥を吐き出したり、水で落としたりと慌しい白い髪の少年に低く告げる。

「ひっでえ!! 水には水で返せよ!!」

 まだ痛む目を必死に開け、自分も泥でも投げてやろうかとした少年は、動きを止めた。
 茶色い髪の少年の手の中、そこには今度は少し大きめの石が握られていた。
(次やったら、石だ)
 青い瞳は、本気だった。

「セト様のらんぼーものー」

 せめてもの抵抗とばかりに呟き、顔を水につけた。
 膨らんだぼさぼさの髪が水に濡れぺたりと顔に張り付く。

「あーでも、また雨振ったらたまるよな」

 髪から水を滴らせ、ざばっと白い髪の少年が立ち上がる。
 そうして、髪の毛の大人しい少年を見ていると、華奢な体と中性的な顔のせいで一瞬少女と見間違えそうだった。
 濡れたまだ未発達の背中から腰のラインは、不思議な色気を漂わせる。
 茶色い髪の少年は、思わず目をそらした。
 別に、同性であり、半裸などよくあることだというのに。
 内心、おかしいと思うが、咄嗟にしてしまった行動は直せない。

「セト?」

 その違和感ある動きに、不思議そうに近づく。
 目をそらしたままの茶色い髪の少年に、白い髪の少年は隣に座った。

「なになに、濡れた俺様にどきっとした?」

 にやにやと悪戯を思いついたような笑みで顔を近づけた。
 顔しか見えないと、ますます性別のわからなくなる。

「戯言は俺のいないところで言え」

 茶色い髪の少年の好む青と白。

「ふーん」

 ぴたっと、冷えた手が肩に触れる。
 体温の差に、反射的に震えた。

「俺様は、結構どきどきしてるぜ?」

 しなだれかかり、濡れた唇を舐める。
 なぜだか、冷えた熱が沸きあがった気がした。

「だってよお、濡れたセトって、色っぽいじゃん」
「男に使う言葉か」
「いたっ」

 手で、顔をばしっと叩く。
 それで遠ざけようとしたが、逆にべろりと手を舐められた。
 ぞわり。鳥肌を覚えて手を引く。

「こんなところで盛るな」

 しなだれかかるのを突き放し、じりっと、後ろに下がった。
 それを、追いかける。

「セト」
  
 腕を掴む。
 そのまま無理矢理引かれ、回避できない。
 迫る唇は違わず重なり合い、逃げようと体を後ろにやれば、水場のせいか滑って体が崩れる。
 機会を逃すものかと、白い髪の少年はそのまま体を押し倒した。
 背中を打った痛みに開いた口から舌がさしこまれ、歯の裏側をくすぐられる。
 他人の体温と、少し泥臭い味。睨みつけた青い瞳は笑っていた。
 ぽたりっと、頬に髪から滴る水が落ちる。

「っ……!」

 引き剥がそうと伸ばした手が掴まれ、抑えられる。無理矢理振り払おうとしたが、力を入れた瞬間痛みが走った。
 舌の表面をざらりと舐められ舌で押し返す。それは追い出すための行為とはいえ、答える事に似ていた。
 ぬるりと押し出そうとする舌を絡めとられ、ひたりと触れ合った冷えた体同士が、徐々に熱くなっていく。
 茶色い髪の少年は、軽く舌に歯を立てた。
 さすがにその行動に危機を感じたのだろう、舌が引き抜かれる。
 解放された唇から、乱れた吐息が漏れた。

「はぁ……セト、背中大丈夫?」
「もっと早く聞け」

 怒りの満ちた声に、更に笑う。

「なあ、セトー」
「せん」
「まだ何も言ってないぜ?」
「貴様の言う事など、容易く予測できる」

 腕を放し、胸の上、ぺたりとアゴをつけた。

「全部俺様がするから、セト様はじっとしてていいからさ……」
「せん」

 なあっと、繰り返す。
 動かした足が、水を蹴った。

「じゃあさー、セトー」

 くすくす笑いながら、子どものように間延びした声を出す。

「セトからキスしてくれよ。そしたら、今日は我慢する」
 
 言ったと同時に、胸に顔を埋める。

「してくんなきゃ、どかねえ」

 目を閉じれば、溜息が、頭の上で吐かれる。
 できないだろう。
 白い髪の少年の笑い声には、そんな意味が含まれていた。

「おい」
「んー」

 手が白い髪に伸びた。
 ぐしゃっと、乱暴に掴むと、無理矢理顔を持ち上げられる。



「顔をあげろ」



 しにくい。
 感触は一瞬。
 唇よりも、引っ張られた髪の方が強く残った。
 目の前で、唇をこすり、睨まれる。

「満足か?」

 何度目かわからない溜息。
 青い瞳が、見開かれたまま戻らない。
 呆然としていて、動かなくなった白い髪の少年を揺する。

「おい、どけ、重い」

 引き剥がそうと肩を掴んだ瞬間、口角がつりあがった。

「セトが」

 はっ、と、口から声が漏れる。

「はははははは!! セトが初めてキスしてくれたー!!」 「貴様が言ったんだろ!!」
「セトだいたーん!!」

 嬉しそうに、嬉しそうに抱きつき、胸に顔をこすりつける。
 髪が胸をくすぐり、くすぐったいやら気持ち悪い茶色の髪の少年は今度こそ本気で暴れた。
 だが、白い髪の少年も放さない。
 これ以上ない笑顔を浮かべて胸板に口付ける。

「やっぱだめ、セト、やろうぜ!!」
「貴様!!」
「ほらほら、セトもさっきのキスで勃っただろ!!」
「黙れ!!」

 がつんっと、かなり本気の拳が頭に振り下ろされる。
 痛かったのか、唸りながら頭を抑えた。
 なんとか体を起した茶色い髪の少年は今度こそ引き剥がし、立ち上がる。

「調子にのるな」

 低く冷たい声に、不満そうな目が向けられた。

「そろそろ帰るぞ。日が傾いてきた」
「へーい……」

 背を向ける茶色い髪の少年に、白い髪の少年も立ちあがった。
 頭をさすりながら置いていこうとする背中を追いかける。
 その、ほんの刹那。微かに、唇に触れる。
 嬉しそうに、柔らかく笑った。

「セトー、もっかいしようぜ!」 

 そして、だっと、地を蹴ってその背に抱きついた。
 こけそうになったが、今度はなんとか体勢を立て直し踏みとどまる。
 機嫌よさげにアゴをのせれば、反対に不機嫌そうに睨まれた。

「するか、離れろ!!」
「いいじゃん、一回も二回も同じだろ、減るもんじゃあるまいしよ」

 もたれかかる白い髪の少年を引きずりながら、茶色い髪の少年は歩く。
 やれやれと片手で頭を抑え、すっかり癖づいた溜息をついた。










「な、せと」
「なんだ」
「あのな」
「ああ」
「俺様な、」
「どうした。早く言え」
「――なんでもない」










 永遠だと勘違いことがありました。
 幸せだと取り違えてしまったこともありました。
 傍にいられると思ったんです。
 全部、錯覚でしたが。
 終わってから、そう気づきました。
 ああ、どうしていつも手遅れになってから。

(スキだったのに)



 切ない小説を目指して玉砕する管理人です。
 切ないってなんですか?
 取り返しのつかない青春的なセトバクがスキです。
 微妙にいちゃいちゃしつつ、しかし、寸止め。
 しかし、自分ではかけません。
 誰か、誰かそんなセトバクを私にください。

 水浴びってエロイですよね。
 本当はエロにするはずだったのに、セトの理性が強すぎて無理でした。
 へし折れよ!! その無駄に丈夫な理性!!

 不幸に落とすのは得意なのに……。



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