「獏良くん、一緒に帰ろう」

 そう微笑む友人たちを断って、少年は一人道を歩いていた。
 しかし、その道はいつもの帰り道ではない。
 彼の家を知っているものがいればそれは正反対だと注意するところだろう。
 だが、彼はその道を淀みなく迷い無く進んでいく。
 そして、その横に明らかに高級車然として黒い車が止まったとき、立ち止まった。
 黒いスモークガラスが開き、そこから顔を出したのは、誰もが意外と思う人物。そう、恐らくこの町において知らぬ者はいないほどの有名な男、海馬瀬戸だった。

「あっ海馬君」

 目が合った少年はにこりと笑う。
 ソレに対して、海馬は挨拶もせず扉を開いた。
 かなりの高身長を誇る海馬と、どちらかといえば華奢で小柄な部類に入る少年は並ぶととても同い年に見えない。
 それでも、少年はクラスメイトとして気さくに笑いかけた。

「いつまでそんな気持ちの悪い演技をしている」

 海馬は腕組みし、見下ろしながら睨みつける。
 対する少年は訳がわからずきょとんっと首を傾げた。
 本来ならば、少年の友人たちはともかく、少年に話しかけることすら珍しいというのに、なぜそんなことを言われるのだろう。
 少年は少し困惑しながら口を開いた。
 そう、口を開いた瞬間、その表情が歪む。

「おいおい、宿主様をそんなにいじめんなって」

 口調も、雰囲気もがらりと変わり、心なしか目つきも変わった少年は軽い手つきでなだめるようなそぶりを見せる。
 しかし、海馬は益々不機嫌そうに眉をひそめた。

「訳のわからないことを言うな」
「普段の獏良と俺は違うってことさ。社長」
「ふん、またお得意のオカルトか」
「あんたにとっちゃオカルトでも、こっちにとっちゃリアルなんだ。勘弁しろよな。
 それより、俺たち目立っちまってるからよ。車、乗ってもいい?」
「ふん」

 アゴで乗るように促せば、遠慮なしに少年は乗り込む。
 後ろに続いて乗り込み、運転手に適当に走らせるように告げると小さな沈黙が訪れた。
 お互い何も話さずしばらく流れる風景を眺める中で、最初に沈黙を破ったのは少年だった。

「で、オカルト嫌いの社長様はオカルト野郎の俺になんの御用ですか?」
「……」

 即断即決を得意とする海馬らしくない躊躇いが見えた。
 何かを言いたいことは決まっている、だが、それをどう言葉にすれば自分の信条を崩さずとえるかわからないのだ。
 悩む横顔を楽しそうに見ながら、少年は海馬との距離を詰める。
 ほとんど、密着しそうな距離で、その膝に手を置いた。

「なあ、社長、おもしろい話をしてやろうか」

 悪魔が取引を持ちかけるように甘く囁く。
 膝の手を打ち払おうとする前に、その手は肩へと伸び、ぎらぎら光る青い瞳が間近に見えた。
 まるで、親しい相手にするようにしなだれかかり、告げる。

「前世で、俺とあんたは会ってるんだぜ?」
「いい加減にしろ、俺はオカルトが嫌いだ」
「遊戯とも、あんたの大事なブルーアイズともな」

 そのたった二つの単語が、胸を締め付ける。
 喉まででかかった否定の言葉が詰まって吐き出せない。

「なあ、本当はわかってんじゃねえのか?」

 耳元で、惑わすように少年は微笑む。

「オカルト嫌いって否定しといて、俺が言ってることがほんとのことだって、わかってんじゃないのか?
 なあ、神官サマァ。俺様のこと、気になるんだろ」

 もっと、話してやろうか?
 ぎりりと睨みつけ、かろうじでその顔を遠ざけさせる。

「そう怒るなって、あんたにここで放り出されちゃ、帰るの大変だしよ」
「なら、そのふざけた口を今すぐ閉じろ」
「あんたが喋らないから、変わりに喋ってやってるんだろ?」

 白々しい言葉。
 決して閉じられることのない唇が、楽しそうに歪む。

「俺様は、結構前世のあんた気に入ってたんだぜ。その能力も、性格も、野心も、俺好みだったしよ」

 くすくす声を漏らし、海馬の胸のつかえを増やしていく。
 
「あんたを、王様にしてやってもよかったのによお」
「ふざけるなと言っている!!」
「俺は真剣だぜ」

 また、顔が近づいていた。

「なあ、社長――セト」

 吐息が当たるほどの距離で、目を合わせる。
 じわりと海馬の首に汗が伝った。
 それは、過去に海馬がとある彼に精神を壊された時に似ている。
 ぐらぐらと不安定な心を揺さぶられながらも、視線はそらせない。

「俺様のこと、欲しくない?」

 誘うように、微かに長い瞬き。
 その細く長い指が海馬の唇に触れる。

「前世のあんたは、俺様のこと、すげえ欲しいって目で見てたぜ?」

 眩暈にも似た感覚。
 だらだらと背中に流れる汗がじっとりと服を濡らした。
 惹きつけられるように、少しづつ、顔同士の距離が縮まる。
 指さえなければ、そのまま重なってもおかしくない距離。
 至近距離で見る青い瞳は、吸い込まれるというよりも、引きずり込むような濁りと炎を抱えている。
 瞬きすらできず、見つめあう。

「はっ、」

 そこで、すっと、少年は体を引いた。


「なーんてな」


 はっとまるで悪夢から覚めたかのように海馬は意識が冷めていくのを覚えた。
 なにもなかったかのように少年は距離をとり、けらけらと下品に笑う。

「社長がこんなにのせられやすいなんて意外だったぜ」
「貴様っ……!!」
「おいおい、怒るなよ。あんまり社長があんまり俺様を否定するからだぜ?
 自分を否定されるのがどれだけ辛いことかわかるだろ、あんたなら」
「知らん!!」

 思わず拳を握り締める海馬に、先ほどまでの雰囲気も微塵もなく少年は軽く手を振った。

「ここでいっちょ、社長に植え付けてやろうかと思ったけど、やめた」
「植え付ける……?」
「あんたの中のあの女が怖いし、王様の入った後に入るなんて気持ちわりぃ」

 ふいに、視線をそらし、外を見る。

「さて、社長は俺様に聞きたいことをまとめられてねえみてえだし、今日はここまでとするか?
 このまま雰囲気に流されて俺様の大事な大事な宿主の体、傷つけられちゃ困るしよ」

 怒鳴ってやりたいところだが、その通りだった。
 海馬は結局、言いたいことを一言も出せず沈黙するしかない。

「もうここからなら家も近いし、止めてくれよ」

 見慣れた景色があったのだろう。そう言えば割合素直に車は止まった。

「社長の言いたいことが固まったなら……。
 俺様は、いつでも相談受けてやるぜ……ただし、今度はもっとうまい肉でも食える場所に誘ってくれよ?」

 じゃあなっと、少年は指を唇に当てる。
 それは、海馬の唇に当てられた指。

「オヤスミ、社長」

 閉じた扉の向こうで、苛立った海馬はソファのシートを殴りつける。

「くそっ!」

 これほどまでの敗北感と屈辱を受けたのは、彼の心を砕いた相手にだけだった。



「獏良君、今日は一緒に帰れる?」

 友人たちの言葉に二つ返事で応じると、少年はカバンを持って立ち上がる。
 昨日はどうしたのっと聞いてくる友人たちに、少年はちょっと困ったように言い訳した。
 曖昧な言い訳に首を傾げながらも、友人たちと一緒に教室を出ようとした時だった、その肩を後ろから掴む影が現れる。

「え?」
「げっ」
「ぐぇっ」

 全員がそれぞれ微妙な表情を浮かべながらその正体を見つめる。

「どけ、遊戯、凡骨」
「海馬くん!?」
「海馬ぁ!?」

 肩を掴まれ困惑する少年をぐるりと自分に向かせ、海馬はずいっと券を差し出す。

「肉料理で有名なレストランのチケットだ。こい」


 ひどく、微妙な沈黙が流れた。
 海馬を覗く全員の顔が強張り、チケットを凝視している。
 誰もが、何かを言いたいが、あまりの事態に言葉を失なってしまった。
 どこからつっこめばいいのだろう、そんな空気の中で、苛立つように海馬はチケットを押し付ける。

「ちょっと待て海馬!!」

 口を開いたのは、意外な方向、少年の友人である、遊戯だった。
 しかし、それはいつもの遊戯ではない。
 周囲が「もう一人の遊戯」と呼ぶ存在。そして、海馬を打ち倒し心を砕いた相手だった。

「なんで獏良くんを誘うんだ!!」
「貴様には関係なかろう」
「獏良くんは俺と相棒の友達だ!!」
「ふん、くだらん。
 それに、俺が誘ってるのはそちらではない」
「そちら……?」
「オカルトの方だ。早く出せ」
「なっなんでお前がバクラを知っている!! 詳しく話せ!!」
「貴様には関係ない話だ」

 目の前でいきなり口喧嘩を始めた二人を見ながら、少年は困ったようにおろおろしている。
 やはり口出しできない友人たちに助けの視線を送ったが、助けは無い。

(なっなんで〜)
 思わず、心の中で呟いた瞬間、ひどく、ひどく申し訳なさそうな声が、遠くで聞こえた気がした。


(ごめん、宿主……俺様、からかいすぎました)



 驚異の海バク……ガクブルガクブルガクブル。
 うっかりどこかで見かけてうっかり書いてみたのですが、全体的にありえない。そして、間接キスです、すみません。
 でも、どちらかというと、管理人は海城派です、すみません。出来心なので、もうしないと思います。げはぁ(吐血)
 ちなみに、社長はブルーアイズと同じ青目白髪にほだされました。
 どこまでも嫁を大事にする社長がダイスキです★
 王様のは嫉妬です。もちろん、王バク的に。



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