「王様」
「なんだ」

 困惑したような声をもらした盗賊に、王は特になにも考えず答えた。

「ヤんねーの?」
「ヤりたいのか?」
「別に、そういうわけじゃねーけどよ」

 居心地悪そうに身を捩る盗賊を捕まえ、抱き寄せ、その白い髪に顔を埋め頬を摺り寄せたり、髪の匂いを嗅ぎ、時として髪を噛む。
 その感覚に背筋をくすぐられた盗賊は逃げようと体を動かすが、王は許さず引き寄せる。
 なぜこんな体勢なのか、盗賊はさっぱり理解できない。
 いつもなら、そう、前回の勝負までは王は勝利した瞬間、自分のものとなったその盗賊の体を貪ることにご執心だった。
 しかし、今日はなぜか寝台に連れ込まれると、まるで添い寝をするように王も寝転がり抱き寄せたのだ。
 手が、盗賊の輪郭を撫で、髪をかき混ぜる。
 最中であれば盗賊を甘く翻弄する指も、今日は異様に優しい。
 ヤらないならば帰ると抗議したのだが

「俺のものを、俺がどうしようが俺の勝手だぜ」

 と言われればそれまでだった。
 王の首を賭けられた勝負の賞品は、盗賊の体を犯すことではない、ただ、一晩、盗賊が王のものになるだけのもの。ならば、別にする必要は無い。
 それはわかったが、盗賊は理解できない。
 そもそも、王が自分の体を求めるのですら想像の埒外だというのに、この状況は更に理解不可能へと盗賊を追いやっていく。
 王が望めば、それだけでもっと美しく柔らかな体の女たちが山のように捧げられるのだ。
 なにをとち狂って、背も体格も王よりもずっとよく、美形だが、女のような繊細さもまろやかなラインもない盗賊なのか。直接聞いたことはないが、恐らくなんでも手に入れられる、なんでも手に入れてきた王が反抗するゲテモノをたまに摘んでみたくなったのだろうと盗賊は解釈している。
 背中に王の体温を感じながら、曖昧な記憶を探る。
 こうして、抱きしめられたのはいつぶりだったかと。
 体を売る女とは何度か肌をあわせたことがあるが、気を抜けば金どころか命を奪われる常識の中では、こうしてただ抱き合う時間など存在しない。いや、人によれば、事後の余韻を楽しむ為にこれくらいの戯れ合いもするかもしれないが、盗賊にはそんな趣向はなかった。
 そう、それ以外でこんな風になることがあるとすれば――幼い頃、母が――。

「昔、商人が猫を連れてきてな」 

 盗賊の思考はそこで打ち切られた。 
 遠い過去から引き戻され王の声に耳を傾ける。

「白い猫だった。
 俺に献上されたものだったが、気位が強かったのか、不機嫌だったのか、俺の触り方が悪かったのかひっかかれてな」

 ふと、盗賊は王の体温は自分より高いと気づいた。
 そう感じてしまえばなぜだか暑いというよりも、肌寒い夜にはあたたかいと思ってしまう。

「俺は平気だったが、どうにも周囲は心配性で、猫を商人に返してしまった」
「あんたの周りは、煩そうな奴ばっかだからな」
「気に入っていたんだがな。名前も、つけれなかった」

 指が、髪から頬へと移り、首を撫でる。

「その猫を撫でていると、自然と女官やマハードに怒られても平気でな……」

 そこで、王は一度言葉を切る。


「今日、セトに散々、怒られた」


 盗賊は、言葉の意味がわからず「はあっ?」と呟く。

「あいつは、口うるさい。マハードみたいに王になったから恐縮されても困るが、絶対あいつは俺を王と思ってないぞ」
「ちょっと待て、王様」
「シモンにも怒られるし、今日は散々だ」
「それは、なにか、もしかして、俺様がその猫の代わりだとか言わねえよな?」

 背中で、王が笑う気配。

「毛並みが似てる」
「はああ!?」
「そう嫌がるな。バステトも神様だ」
「バステトは女神だろ!! 俺は男で神様じゃねえ!!」
「バステトは庶民に人気があると聞いたぞ」
「うるせえ、俺は神様が嫌いなんだよ!!」
「そうか」

 そういいながら、王は何度も盗賊のあごの下や、首を撫でる。

「その猫は、こうして撫でられるのが好きでな……」
「猫扱いすんじゃねえ!!」

 がばっと起き上がり王の手から逃げると、盗賊は瞬時に入口まで逃げ、振返る。

「いいか、次の勝負には絶対俺様が勝ってその首切り落としてやるからな!!」
「ああ、待ってる」

 ひらひらと寝台に寝転がったまま王は手を振った。
 盗賊はまだ何か言いたげだったが、そのまま音もなく闇へと消えていく。
 それを見送りながら、王は体を少しずらし、先ほどまで盗賊が寝ていた温もりに顔を寄せる。
 そっと、瞼を閉じれば、まだ残り香が微かにした。それは、少しだけ、王が愛した猫と似ていた。



 バクラはウサギだと思うけれど、盗賊王は猫系だと思います☆(言いたいことはそれだけか?)
 ただいちゃこいてるブツが書きたくて……ここまでくると、普通に引きそうです。
 でも、私が楽しかったので!!(黙れ)
 最初、王様をひっかいた猫は殺されてたんですが、猫を殺すのがすきと思われたら困るので……にゃっにゃんにゃん殺しちゃだめー!!(猫好きキモい)

 セトは、いつも王様を怒ってるイメージがあります。ぐちぐち説教してそう。
 王様に正座させて怒ってそう(なんだその設定)
 ちなみに、バステトはライオンとか猫の顔をしたエジプトの女神様です。ラーの娘とされ、庶民に人気だったそうです……。
 豊穣とか、恋や音楽をつかさどったとか、この女神のおかげで、猫はエジプトでは大人気……それにまつわる色々な逸話があります。


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