「血の、匂いがする」

 その言葉に、盗賊は不機嫌そうに顔を歪めた。
 ほとんど、一瞬、夜の闇が隠すような表情をめざとく見抜いた王は、盗賊に近づく。
 いつも、王の首のかかった遊戯をする時ほどの距離まで近づけば、盗賊は思わず逃げるように下がった。

「そんなこと、どうでもいいだろ。今日はなにすんだよ」

 誤魔化すようにそう言うが、王はずいっと距離を詰める。
 品定めするように全身を見回し、そして、盗賊の肩を掴んだ。

「つっ」

 小さな、呻き。
 王は、ただ肩を掴んだだけだった。むしろ、触れただけとも言っていい。
 盗賊は不覚とばかりに表情を歪め、その手を振り払おうとするが、肩を指で抉るように力を込められ、押し殺した悲鳴をあげた。
 痛みに体勢を崩しそうになりながらも王を睨みつければ、盗賊以上に不機嫌な顔がそこにある。

「脱げ」
「おいおい、俺様はまだ勝負してねえぞ」
「いいから、脱げ、じゃないと破るぞ」

 上から威圧するような声。命令することに慣れた、有無を言わせぬ言葉。
 盗賊はそういった声や言葉に反発したくなる性質だった。しかし、あまりにもその時の王の表情が不機嫌な上に、今にも本気で服を破りそうな雰囲気だったので、しぶしぶ、服に手をかける。
 恥じらいもなく一気にあらわになった上半身は一切の無駄がない。
 王は、そろそろ見慣れてきたその体の、ある一点、血の滲む包帯を巻かれた肩を射殺さんばかりに睨みつける。

「怪我、したのか」
「うるせえ」
「誰につけられた」
「誰でもいいだ……って、解くな!!」

 吐き捨てようとした瞬間に包帯を解かれ、盗賊は困惑する。
 王がなにをしたいかわからないのだ。
 常日頃、行動が読めないとは思っていたが、これほどまでに読めないのは初めてだった。

「血が出てる」
「あんたのせいで開いたんだよ」

 暗に先ほど肩を掴んだ王を責めるセリフを呟く。
 しかし、王の口から出た言葉は、謝罪でも気遣うものでもなかった。

「お前、弱いんだな」
「はあ!?」
「王宮に侵入するくらいだから腕は立つと思っていたが、こんな怪我するようじゃ……」

 まさしく、屈辱だった。
 プライドの高い盗賊ははらわたが煮えくり返るような思いで王を睨みつける。

「神官どもにのうのうと守られてる王様にはわからねえと思うがな!! お外は大変なんだぜ……寝首をかかれることはしょっちゅうだしよ。これをやられた時は多勢に無勢の上に不意打ちだったんだ!!」

 どことなく言い訳がましくなってしまったのを後悔しつつ叫ぶが、王はやはり聞いていない。
 ただ、血が傷口から溢れそうになっている肩を見て、なぜだか、拗ねた子供のような表情をしている。
 なぜか、それ以上口に出来なくなった盗賊は視線を外すと王の反応を待つ。
 腕を振りほどいてやりたかったが、暴れて今度は傷口をダイレクトに抉られては困る。 

「お前が本当に腕がたつのなら、怪我はするな」
 
 王はぽつりっと呟くと、その傷口に口付けた。
 ぎょっとする盗賊にも構わず、血で赤く濡れた唇から下を出し、舐めとるように、傷口にそって舌を這わせる。赤い舌が更に赤く染まり、ぴちゃりと水音が小さく響いた。

「お、おい、王様……?」

 微かな痛みとむず痒さに身を捩り、声をかけるが、王の動きは止まらない。
 血を拭いとった後は、ゆるゆるとその傷口の周りを辿り、濡らしていく。
 更に、未だ生々しい部分にも舌を這わせゆるやかに何度も何度もなぞっては微かに息を吐きかける。
 盗賊は声を漏らしそうになるのを抑え、必死に抗議しようと口を開いた瞬間、柔らかな舌が傷口を強く抉った。

「いっ……王様、あんたなにがしたいんだ……」
「痛みを感じているときの顔は」

 強く、何度も傷口を抉られ、新たに赤い血がまたじわりと滲む。
 

「感じてる時の顔らしいぜ」


 盗賊は、始め意味がわからなかった。
 あまりにも、脈絡が無い。
 うまく、脳が認識しない単語。

「本当のようだな」
「なっ」 

 んだと、に続く言葉が出てこない。
 王はもう不機嫌な顔をしていなかった、いつもの余裕のある笑みで盗賊を見ながら、傷口に口付ける。
 
「俺様の怪我より!! 今日の勝負はどうすんだよ!!」

 誤魔化すように怒鳴れば、王も舐めることに飽きたのか、それともなにかの気が済んだのか、立ち上がり、棚の中から見慣れぬ箱を取り出した。

「それが今日の遊戯か?」
「いや」

 王はさらりと否定すると、中から液体の入った小瓶や包帯を取り出した。 

「傷口をさらしておくのは不衛生だろう」
「あんたが解いたんだろ!!」

 文句を言いながらもおとなしく盗賊はされるがままにすることにした。
 どうせなにを言っても通用しないと理解したのだろう。
 王は思うよりもずっと器用に、そして丁寧に包帯を巻いていく。
 変なことをされるのではないだろうかと見守っていた盗賊も少しだけ感心する。

「こう見えても、幼いころはよく怪我をしていたんだ。女官たちに怒られるのが怖くて、自分でよく治療した」

 聞く前にそう言われ盗賊はそうかよっと黙った。
 どことなく楽しそうに包帯を巻いていく表情を見ながら、盗賊は、妙な居心地の悪さを感じる。

「王様」
「なんだ?」
「早く、早く勝負しようぜ」
「……ああ」


(早くしないと、なんでここにいるか、わからなくなる)



 その日の勝負の結果は、いうまでもない。



 傷口を舐めるって萌え(マテ)  いつもながら、描写は本当はもっとねちっこいですが、しかし、自重。
 今回は少し慣れ合い気味に書いてみました、ほだされかけるバクラ。
 王様は、自分以外が傷つけたので不機嫌でした。
 ちなみに、痛い時の表情が感じて〜は本当らしいです。どうでもいい知識ですね。
 そろそろ本当にエロいのも書くべきか。



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