盗賊の訪れに、王は笑って誘うのだ。
「それじゃあ、始めるぜ」
四角い盤の上で駒が動く。
この遊戯がどういったルールで動かされ、どうすれば勝てるのか、それは盤を挟んで向かいあう二人の男しか知らなかった。
ただ、一つだけ言えることは、その勝負は今、佳境を迎えているということだ。
「ちっ……」
それは、誰が見ても一目瞭然だろう。なぜなら、二人の男の内、片方はひどく、ひどく難しい顔を、そしてもう片方は余裕たっぷりの笑みを浮かべていたからだ。
難しい顔をした男が、駒をつまみ、慎重に盤の隅に置く。
同時、笑みを浮かべた男の唇があからさまに歪んだ。それを知った相手は慌てて体を後ろに引くが、褐色の腕をとられ、動きを阻まれる。
せめてもの抵抗と顔を背けるが相手は盤を踏みつけ、男に覆いかぶさるように馬乗りになった。
「俺の勝ちだ」
獲物を食らう獰猛な獣の笑みで背けられた唇に噛み付く。
それは決して痛いものではなかったが、男にとっては屈辱だった。思わず相手のどちらかというと小柄な体を掴まれていない腕で押しやり吐き捨てるように呟く。
「まだ、負けてねえ」
「どこがだ、あんな無様な逃げ方をしておいて。まあ、あそこで逃げてもその次の次の俺の番で負けてた」
あっさりと呟きを切り捨てられ、男は歯噛みする。
それ以上悪態を吐かなかったのはその通りだと十分なほどわかっていたからだ。
相手は今度は噛み付くのではなく、その下唇を小さく舐め、負けの代償を要求する。
男は迷うようなそぶりを見せたが、もう抵抗はしなかった。
変わりに、腕から力を抜き、小さく唇を開く。
これからなにが起こるか、男は十分知っていたし、相手もこれからなにをしようとするか決めていた。
それは、ルールであり、取引だった。
男と相手は唇を合わせると、開かれた口内に舌を侵入させる。
ざらりとした他人の感触。他人の味。異物の動き。男はそれに翻弄されないように瞳は閉じなかった。相手もまた、閉じない。
視線を合わせあいながら、先ほどの勝負の続きだとばかりに、男もまた、相手の舌に舌を絡める。まるで、貪りあうように。
静かな夜に、小さな水音が響いた。
男の自分の体を支えていた力が抜け、気づけば背中はすっかり床とひっついてしまっている。
そこで、やっと相手は唇を遠ざけた。
吸われたせいかほんのり赤くなった唇を見上げ、男は生理的な涙を浮かべる自分を叱咤する。決して、屈するものか、それを込めて睨みつける。
だが、男はそんな思いなど知るものかと、絶対者の目つきで男を見下ろしていた。遥か高みから、敗者を、これから自分が食らう獲物を見ている。
「ヤ、んなら、早くヤれ」
強がったつもりが、引きつってしまった声に、男は後悔する。
相手は、くすくすと小さく声を漏らしながらそれに答えた。
今度は、唇ではなく、無防備な喉に口付け、軽く歯を立てる。
びくりと強張る体をほぐすように腕を掴んでいた手は引き締まった無駄のないラインをなぞり、下へ下へと降りていく。
(ちくしょう)
男は、せめてものプライドに声を抑えながら心の中で吼えた。
(なんでこんなことになったんだ!!)
その答えは、自業自得。
簡単な話。
ただ、王と盗賊が取引をした話。
『なあ、盗賊』
『お前が勝ったら俺の首をやるって言ったけど』
『俺が勝ったら、お前はなにを俺にくれるんだ?』
『まさか、俺に首を賭けさせておいて、自分だけ何も賭けないなんて、言うつもりはないよな』
『そうだな。じゃあ、俺はお前にお前の体を賭けさせよう』
『抵抗は許さない。俺のものだ』
男は、すっと視線を相手からそらした。
拒絶ではなく、なにかを探る瞳。
その瞳の先には、灯に照らされ鈍く光るカタール。なぜ、そんなものがここにあるのか。
理由は簡単だった。負けた王の首を切る為の得物。盗賊が、王を殺すために用意されたもの。
手を伸ばしても届く距離ではなかった。
だから、諦める。
相手が服を脱がし始めたせいで、ひやりと冷たい大気が肌を撫でる。
男は、その感触を嫌いながら、ふっと、相手の首を見た。
金のチョーカで隠された首。
(あっほしいな)
一瞬、手を伸ばしかけて男はやめた。
セフセフ(アウトです)
もっと、キスの描写をねちっこくしつこくしてやろうかと思いましたが、色々な思いの上で断念しました。
サロシンの3000年前の王バクはまあ、こんな感じで微エロ、微狂気で行こうと思います!
ギャグもらぶ甘も書きたいですが……色々おいといて、始まります!(なにかが!!)