ヴァリアーの本拠地には、そこにそぐわないウサギのような少女が一人存在する。
華奢で小さな体に、銀色の長い髪と血のように赤い瞳というだけでもかなりウサギのようだというのに、更に長い髪を小さく両脇で二つにくくっているので、少女を知るものにはレプレと呼ばれ溺愛されて育った。
そのせいか、随分と怖いもの知らずの上に、年齢どおりの好奇心旺盛さが恐ろしい。
「いやー……」
机にぴとっと張り付いて、レプレはサングラス越しにこちらを見張っている父親と母親変わりの男を見た。
男は、レプレに視線に軽く首を横に振る。
「もう、いったでしょ? これが終わらないとママンとお出かけはだめって」
「いやー……おべんきょうきらーい……」
頬を膨らませながら唇を尖らせ、フリルのたっぷりついた幅広のスカートの中で足をバタバタと暴れさせる。
思わず微笑んでしまうほど子どもらしく愛らしい様子だったが、男は心を鬼にし、首を横に振った。
「じゃあ、お留守番ね」
「むー……ルッスきらい!!」
ばっと、少女が立ち上がり、扉の方へと走る。
咄嗟に男はそれより早く扉へ向かうが、少女はすぐさま軽やかにスカートをふわりと広げるターンでバルコニーの方へと走った。
扉を押さえていたせいで動きの遅れた男は追いつかず少女がバルコニーの手すりへと手をかける。
「レプレちゃん、ここ4階よ!!」
「しってるもん!!」
悲痛な男の叫びに構わず、少女は手すりに上ると振り返った。
「ルッスのバカー!!」
飛んだ。
ふわりっと、スカートが風を受けて大きく広がった。
それはパラシュートの変わりに落下速度を多少下げたが、明らかまだ少女の脆い体を守るほどではない。
「レプレちゃん!!」
少女は体を広げて空気抵抗を増やしながら、途中で木の枝を蹴った。
足に衝撃が来ない程度のほんの一瞬とも言える蹴りは、しかし落下速度を緩める。それをもう一度繰り返せば、そこには、柔らかな植木が密集していた。
ばきばきビリッばきばきばきビーッ。
「うぎゅ……」
服も足も枝によって無残に切り裂かれ傷を折ったが、レプレは植木から這い出した。
かなりの激痛が足に走ったが、立てる。白く細い足からは赤い血が滲み、靴下や服を汚すが、ぷるぷると震える足を動かし、埃を払った。
生きている、そして、動ける。レプレはひどく誇らしげに笑った。
そして、どうだっとばかりにバルコニーを見上げ、
ドスン。
「れーぷーれーちゃん?」
た瞬間、自分のすぐ横に男が着地した。
一切、落下速度を緩めることなく衝撃を受け流し、立つ。
あまりの驚きにレプレはしばらく硬直し、口を開いた。
「ヴぁ……ヴぁりあーくぉりてぃ?」
ゆっくり、ゆっくりと首をレプレに回し、微笑みかける。
蛇に睨まれた蛙、否、兎はふるふると震えることしかできない。
「危ないことしちゃだめって言ったでしょー!!」
「うわーん!! ルッスごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「ママンや私たちの真似しちゃだめって、あれほど!! あれほど!!」
「だってだってだって!! できるとおもったんだもん!!」
「レプレちゃんが飛び降りた時、私、死ぬかと思ったのよ!! ううん、むしろこれがボスにバレ……バレ……」
ぎぎぎっと、男は今度はレプレとは別の方向へ首を向ける。
そこには、赤い瞳のレプレの父が立っていた。
息を切らし、乱れた服で、男をひどい殺気の込められた目で見ている。どうやら、何かを感じてすぐさま走ってきたようだった。
その後ろから「う゛おぉーい、どうしたー!!」と聞きなれた声がする。
「バレちゃってる……」
冷や汗が、ぶわっと溢れた。
言い訳も何も浮かばない。というよりも、したところで無駄だった。
さっきまで4階にいたはずのレプレと自分がここにいる、悲惨な植木、レプレの無残な足と服、地面に残った血、この状況証拠を前に、何を言えるというのか。
突然存在を知った娘を、父親は溺愛していた。それはもう、恐ろしいほど溺愛していた。
その娘が、怪我をした。その理由がなんであれ、許せることではない。
(殺される……っ!!!!!)
「ルッスーリア」
「はっはい!!」
「動くな」
掌が、燃える。
「一発で殺してやる……!」
その日、屋敷の一角が完全に消滅した。
そして、レプレは少しだけ学習した。