部屋でちょこんっと待っていたのは、ウサギのような少女だった。
 白というよりは光を受けて銀に輝く髪と、少し切れ長だが大きな赤い瞳、そして、小さな体は、愛らしく、扉を開けた主は、何が起きたかわからず動きを止める。
 本来ならば、なぜここに子どもが、や、もしや暗殺者かと警戒するところだった。そう、本来ならば、だが、どうにもこうにも初めて見るはずの少女だというのに違和感を覚えるほど見慣れた印象を受けたのだ。
 少女は、その赤い瞳でしっかりと自分を捕らえると、親しげに笑う。
 その笑みで、やっと理解する。この銀色と、その容姿は幼い頃の、あの自分が眠る8年前、自分に忠誠を誓った彼女にそっくりなのだ。多少の年齢の差と、あらかさまにふりふりの少女らしい服装の差異はあれど、その笑みだけ取り出せば同じと言っても過言ではない。
 なぜだか、体の力が抜ける。
 しかし、妙な違和感は拭えない。
 少女の存在でもなく、笑みでもなく、髪でもなく、赤い瞳がひどい既視感を感じさせる。初めて見るはずの赤だった。だが、妙にしっくりと馴染むような、血の色に似た赤。

「はじめまして」

 少女は、まるでロップイヤーのような短いツインテールをしゃらしゃら揺らす。
 愛らしいが、見かけよりも少し低く聞こえる声。
 なにかのピースがはまるように、彼の直感が告げた。この少女が、今は女となったあの日の彼女の娘だと。
 それは、直感が告げなくともわかることだった。これだけ髪も容姿も笑顔も似ていて、その上、女は天涯孤独。年の離れた妹や、他人の空似では無い限りありえることだ。
 大人びた表情のせいで年はいくつかわからないが、恐らく、彼が眠っているときにできた子だというのは間違いがないだろう。眠る前の彼女に、そんなそぶりも様子もなかったのだから。
(……8年もありゃ……好きな男の一人も、できるよな)
 そう考えて、ひどい頭痛の胸のむかつきを覚えた。
 自分が眠っている間に彼女が他の男を愛し、他の男の子を宿す。そう想像するだけで全てを壊してしまいそうな衝動に襲われた。
 そんな彼の心情を知ってか知らずか、少女はかなり強面である彼の顔をしっかりと見て、そして堂々と告げた。


「ニンチシテクダサイ!」


 どっかーん。
 この日、とんでもない爆弾が8年ぶりに目覚めた彼のもとへ落とされた。
 彼の感じた赤への既視感。それは、そう、鏡に映った自分の瞳と、同じ色であること。
 それを、今の彼はまだ気づかずにいる。

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