腐れ縁進行中



「お前さ、だいぶあの口調にも慣れてきたくせに、なんで俺にだけ前のまんまなんだよ」
「はあ?」
「いや、あのくそ丁寧なしゃべり方は嫌なんだけどよ、最近じゃドン・ボンゴレ相手どころか守護者の奴らにもお前の上司にも、家光ですらそうなんだろ?」
「ああ、守護者の奴らとか家光めちゃくちゃ嫌がってたから続けてやってんだ」
「俺だって嫌がってるだろ。それとも、そういう嫌がらせか?」
「嫌がらせっつうか――」
「つうか?」
「じじいに、こっちで喋れって言われたから」
「はあ?」
「ただの俺で接しろってよ」























 今ならいざ知らず、過去のテュールに喧嘩を売るというのは無駄なことだと本人は言っていた。
 過去のテュールは確かに強かったし、名前も広まっていたが、まだ青年と言ってもいいほど若かったし、剣帝という称号もヴァリアーのトップという名声も存在していなかった。
 ゆえに、過去のテュールに喧嘩を売るよりも、強さを求めるならば雨の守護者を、ただ名前を広めたいだけなら、最弱であった雲の守護者を、称号が欲しければドン・ボンゴレを、あるいはその時ヴァリアーのボスであった老人を倒せばよかったのだ。
 もしかしたら、将来の成長を予想したのかもしれないが、それは未来のテュールの話であり、過去に片付けたとしても無意味だろう。
 それなのに、何を思ったかテュールに喧嘩を売るものは後を絶たず、時間も場所もテュールの予定もおかまいなしだった。
 だが、今のテュールならばともかく、過去のテュールはそんなことどうでもよかった。どんな時間でも、場所でも予定の中でも喧嘩を売られれば笑いながら買うし、むしろ、売られずともやはり笑いながら積極的に押し買いしていた。
 何一つ容赦なく、躊躇いなく、場をわきまえず、問答無用。へたすれば同盟ファミリーの幹部だろうが、パーティー会場のど真ん中だろうが、女性とベットを共にしている最中でも。
 その頃のテュールは思い出せば、ただ好戦的であった訳でも、殺し合いが好きだった訳でもなく。そういう存在だったからだろう。テュールは楽しくなくとも、楽しくても笑っているのでその判断は少しだけつきにくかった。
 しかし、例外というものはいずこかにあるもので、その日、その時間だけはテュールにとって例外であった。
 侵されたくはない瞬間だったのだろうと、思う。





























「おい、疫病神」

 物陰に隠れて声を潜め、シャマルは呟いた。
 すると、すぐ近くで剣を構えたテュールは、笑って答えた。

「んだよ、色情魔」
「あいつらの狙いお前だろ」

 あいつらっと言いながらシャマルが指差したのは数メートルほど向こうで銃を構えて殺気立つ男たちの集団だった。
 誰もが同じようなスーツで、全員が銃を構え、その銃口はテュールとシャマルをとらえ、一様に緊張した面持ちの中、リーダー格らしい男が一人で笑っていた。
 いつでも、2人を蜂の巣にできる、そんな自信に満ち溢れているのが遠目でもわかる。
 しかし、テュールは特別緊張した風でもなく、あっさりとシャマルに言ってのけた。

「見てわかんねえのか?」
「見なくてもわかる!! そうじゃなくてな、なんでてめえが狙われてるのに俺まで撃たれてるかって話なんだよ!!」
「そりゃ、そこにいたからだろ」
「うがー!! てめえといるとろくなことがねえ!!」
「よく言われるぜ?」

 充満する殺意も、向けられる銃口もまるでないかのような軽い口ぶり。

「おい!! 何を暢気に話してやがる!!」
「だってよ」
「はあ? 知るかよ」
「言っとくが、これは脅しじゃねえぞ!! 俺はあんたぶっ殺してこの世界でのしあがるんだからな!!」
「らしいぜ? 単細胞だな」
「今の若い奴は本気で命知らずだな……俺はお前とやりあうくらいなら熊と戦って名前をあげるぞ」

 鈍く輝く刃を少し振り、テュールはふっと、少しだけ身を低くした。
 びくりっと、優位な筈である集団に震えが走る。
 シャマルから自然にあげられた瞳が、集団を移した。
 鋭く、細いテュールの殺意が、視線と共に集団とリーダー格を突き刺す。

「うるせえなあ、今シャマルと話してんだろうが、クサレXXX野郎が喋ると空気が汚れるから10分息止めとけ」

 いらだっているような口調ではなく、ごく穏やかにも思えるものだった。
 まるで、ただ世間話を子どもに邪魔されたような自然さで、その顔にまったく不釣合いな言葉をはき捨てる。
 挑発すんなよっとシャマルがぼやくが、テュールはまったく聞き耳を持っていない。

「はっ! 嵐の守護者様が焦ってんのか!?
 ずいぶんと前に会った時よりもかわいい口利いてくれるじゃねえか? あのバカ丁寧な喋り方どうしたよ!!」

 呼応するようにリーダー格の男は叫ぶ。

「お前、焦ってんのか?」
「そう見えるなら霧の野郎に眼球をいれてかえてもらえ」

 だが、テュールはそれにも特別反応せず視線をすぐにシャマルへと移していた。
 ほぼ無視される形となったリーダー格の男に苛立ちが混じり始める。







「俺は、ただ」








 ぽつりっと、テュールは呟いた。
 シャマルが、あっそ、っと気のない返事をする。
 同時に、一歩前に踏み出す。
 それだけで、一瞬にして辺りの殺気がなぎ払われた。
 なぎ払ったのは、テュールの殺気。
 たった一人だけだというのに、目の前の集団よりもひどい殺気を辺りに撒き散らしたのだ。
 その殺気は勢いを失うことなく溢れ、テュールの姿を大きく見せた。微笑む美しい顔ですら、殺気とのギャップによってただただその恐ろしさを引き立てることにしかならない。
 気の小さいものから順に、震えがとまらなくなり、顔が引きつる。
 ただ、テュールが歩くだけで、銃を取り落とすものや、悲鳴をあげるものまでいた。

「だー……いつもながら、おっかねえ殺気」

 絶対的に優位だった筈の集団が崩れ始めた。
 優雅でゆったりともいえる歩調であるにもかかわらず、まるでライオンが飛び掛ってくる前のような混乱が、危機感がこみあげる。
 乱れた集団の中で、リーダー格の男が声をあげて叱咤した。
 その声は、むしろ部下にかけているというよりは、自分が逃げないように叫んでいるようにも見えた。
 撃てっと叫ぶと同時、引きつったものが引き金を引く。
 甲高い銃声。
 しかし、狙った先にテュールはいない。
 白い髪が揺れる。
 黒い瞳が笑みの形のまま睨んでいる。
 
「嵐の守護者の相手がお好みならば」

 形のいい唇から低い声がもれた。

「してあげようじゃないか?」

 跳躍。
 そのまま、前列に居た男の首が飛んだ。
 その見事な切断面から血が出ると同時に着地。
 隣にいた男にその血がかかった瞬間、悲鳴より早く2人目の命は消えていた。
 鮮やかで、滑らかな動き。
 さらりと舞う白髪を焼き付けて、3人目は倒れた。
 黒い瞳がリーダー格の男を捉える。
 銃声とともに4人目は、テュールの剣に胸を貫かれ、5人目の撃った弾丸によって頭に風穴を開けた。
 テュールの動きは速かった。
 しかし、それは目で追えないほどではないはずだったというのに。
 目で、追っている間に死んでいく。
 誰かが、美しいと震えた。
 震えたまま、そのテュールという名の刃によって命を散らす。
 その瞬間の表情は、ひどく幸せそうなものだった。




 悲鳴。
 銃声。
 血。
 死体。
 逃げるもの。
 座り込むもの。




 全てが一緒くたにテュールによってかき混ぜられる。
 シャマルは、遠くでそれを見ながら、終わりを感じていた。
 すでに、テュールの目はリーダー格の男以外見ていない。
 吸い込まれそうな、暗い瞳。
 否。
 落ち込んでしまいそうな、穴のような、二つの黒。
 それが、目の前まで迫ってくる。
 6人目が、7人目が、8人目が、斬られ突かれ刎ねられて死んでいく。
 リーダー格の男は、悲鳴をあげることすら忘れていた。
 何もかもが、世界から消えていく。
 あるのは、美しい双眸のみ。
 氷のように凍てつき冷たい、そして、とにかく、美しい。
 いや、美しいなどという次元ではない。
 美しいという言葉すら、陳腐にさせるほどの絶対さが、そこにはある。

「私はね、プライベートではこの口調は、嫌いなんだよ。来世で会う時は覚えておくんだね」 
 
 まるで、自ら死を望むように、男は顎をあげた。
 そこに、刃が突き刺さる。
 男の口から血が溢れた。
 そして、刃が抜かれると同時、テュールは少しだけ身を引いた。
 地面に、大量の血が飛び散る。
 テュールは、更に体を引いて、返り血を浴びないようにすると、辺りを見回す。
 そこには、もう戦闘できるものがいなかった。
 死体だけが、そこにある。
 テュールはそのほとんど真ん中で、刃だけを赤に塗り替え、何一つ汚れることなくそこで笑っていた。

「ただ、俺は、シャマルの前では嵐の守護者だとか、なんだとかになりたくねえんだよ。
 なんでだかしらねえけど」

 ぽつりっと、続きのようにはき捨てられた言葉を聞いたものは、本人しか居ない。

「これが、じじいのいう、ただの俺と付き合えってことなんじゃねえか」
























「終わりか、マチェッラトーレ」
「終わりだ、グワルドーネ」 

 血まみれの死体の中で、2人は確認するようにそう言った。
 物陰からシャマルは立ち上がり、その惨状と濃い血の匂いににうげえっと眉根をしかめる。

「また、ひでえな」

 生きている者がいないか確認のために近寄りながら、そんなものはいないとシャマルは薄々感づいていた。
 生かしておくことなど、しない。いや、できないのだ。
 テュールがその気で動けば、それは必殺を意味する。
 敵対したものは、その不幸を残ることしかできずにすべて、死ぬ。
 シャマルは形だけ声をかけると、「全員死亡」と軽く呟いた。

「どうすんだよ」
「部下呼んで始末させる」
「他力本願かよ!」
「俺の始末は死体にするまでだ。
 てめえだって一応医者やってるみたいだけど、診察した後、葬儀までやんねえだろ」

 あっさりと言い放つとコートの内ポケットから無線機のようなものを取り出し、耳にあてる。
 電話に似ているがどうにも違うそれで、簡単に連絡をとった。

「ああ、私だよ。ああ、ちょっといざこざがあってね。人目につかない場所だから急がなくてもいいけれど、処理を頼むよ。ああ、わかった。
 ――つーわけで、移動するぞ」
「はあ!? もう帰るんじゃないのか!?」
「何言ってんだ、今日の予定ではこの後、なんか、全米が泣いたとかいう映画いって、カフェによってそこでおすすめらしいジェラード食って、買い物いって適当なもん勝って、予約したレストランでコース食って、雰囲気のいいバーいって、ホテルにいくんだよ」
「いや!! 最初もつっこみどころ満載だけどよ、なんだ最後のホテルって!? そりゃ、デートコースか!!」
「晴の奴の計画書に書いてる」
「計画!?」
「これを一通りしときゃ仲良くなれるらしいぜ」
「デートコースじゃねえんだから俺はせいぜい映画までしか付き合わねえぞ!?」
「あー、後、途中でさりげなく手をつなぐって書いてるから繋ぐか」
「嫌だよ!! やっぱデートコースじゃねえか!!」
「逃げたらその右腕から切り落とすからな」
「殺すよりも具体的になってやがるし!!」
「逃げんなっつってんだろ。ちくしょう、手錠もってくりゃよかった」
「言っとくけどな、手錠で繋いでも手繋いだとはいわねえからな!!」
「わかった、省略してホテルだけにしてやるよ」
「いや、一番省略してほしい場所なんだけどよ!! って聞いてねー!! ぎゃー!!」





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