シャマルとテュールというのは、幼馴染というには少し出会うのが遅すぎて、他人というには早く出会いすぎていた。
知人というには相手のことを知りすぎて、友人というにはひどく捻くれて壊れていた。
それは、遡るならば、テュールがまだ9代目の守護者でなく、シャマルが家光会う結構前だったと思う。
その頃、シャマルもテュールも少年と言うのにふさわしい年齢であり、微かにテュールの方が青年の域に差し掛かっていた。
本来、出会う筈のない二人はある日、まったく突然ではなく計画されて、予定日と時間まできっちりと決められて出会った。
その時、シャマルは年齢に見合わない実績を持ったフリーの殺し屋で、テュールは9代目の命を狙ったというのに生かされて一気にヴァリアーの幹部にねじりこんだ異端の新人。
二人が出会った理由は、ヴァリアーへのスカウトだった。
スカウトは必ず、実力を測る為と万が一、スカウト対象に殺されないように幹部の一人が出向くことになっており、その中で、早く死ねという意味と、あまりにも若すぎる年齢を軽んじてテュールが選ばれた。
そのことについて、テュールは物凄く不快であったという。
そして、同時にシャマルもまた、ヴァリアーを好きでなかった上にスカウトがあらか様に不機嫌そうな若い男であったことでとてつもなく不快だった。
しかも、シャマルは女性に受けそうなテュールの人形のようにキレイな顔が気に入らなかったし、テュールはこんな仕事にかりだされた原因となるシャマルに憎悪しか覚えられなかった。
変なところで気が合っていた二人の印象は最悪で、そのギスギスした雰囲気と言ったらゴミを漁っている猫すら逃げたという。
棒読みで、決められたセリフを告げ、書類を渡すテュールの目は酷く冷たく、その上、殺気も一切隠さないせいで笑っているのにシャマルは背筋に冷たいものが走ったのを覚えている。
というよりも、その初対面以降テュールはまったく変わらず殺意と笑顔を見せるので、忘れる間がないとも言えた。
とにかく、シャマルはヴァリアーに入る気がなく、きっぱり断った。
断った瞬間、笑顔のままのテュールはシャマルに恐ろしい速さと力で斬りかかった。
そこに一切の躊躇いも構えもない。
隻腕のどこから出たという力で間に挟んでいた机が真っ二つに割れ、ついでに咄嗟に避けたもののシャマルの髪の毛をばっさりと持っていった。
ほとんど、本能の反射でなければ避けられなかった一撃に、シャマルは初めてと言うほど純粋で狂った恐怖を感じた。
そのまま、テュールは笑いながら返す刃でシャマルを追う。
あまりにも早過ぎる斬撃に、シャマルはその風圧で頬が切れるのではないかと錯覚した。
それでもみっともなく転がりながら避け、自分の獲物をポケットから取り出す。
ぴくりっと、テュールの動きが止まった。
うかがうように、試すようにテュールが身を引く。
その顔は、やはり笑っていた。
この世の何よりもぞっと底冷えするような笑顔で笑いながら、待っている。
シャマルは、確信した。
(こいつはヤバすぎる)
今まで会った誰よりも、恐らくこれから会う誰よりも。
「てめえ」
危険すぎる。
ぴりぴりと肌を刺激する殺気の中、テュールはまだ声変わり前の高い美しいボーイソプラノで聞いた。
「名前なんてんだ?」
さっき自分が口にした筈だというのに、そんなこと知らないというようにテュールは聞いた。
状況がわからず自分の得物を解き放つ機会をうかがうシャマルは答えない。
ただ、じりじりと後退しようとした瞬間、地面が破裂した。
「名前きいてんだろ!!」
気短かっ!!
シャマルの横を道路の小さい破片が突き抜けていった瞬間心の中で叫んだ。
見れば、地面が破裂したのではなく、テュールがその刃でもって道路を破壊したところだった。
どう見ても、目の前のテュールは笑っていた。
笑っていると同時に激怒していた。
そう、激怒、激しい怒りだ。
体に重くのしかかるような殺気とともにテュールは刃を繰り出す。
「俺が聞いたら10秒以内に答えろ!!」
「いや、あんた10秒も待ってなかっただろ!!」
「俺時間だ!!」
「無茶な!!」
叫ぶ合間も繰り出される剣は初撃よりは幾分か威力も速さも落ちていた。
それでも、シャマルは避けることしかできない。
そう、逃げることも反撃することもうまくできず無様に何度も転がった。
まるで、ネズミをもてあそぶ猫のごとく、あるいは、子どもを転がす大人のように。
「てめえ、ヴァリアー入れよ」
楽しそうに唇の端を吊り上げた。
それでも、目の奥は笑っていない。
捕食者の光を宿した瞳で、叩きつけるように地面を破壊した。
シャマルは、試されていることに気づいた。
テュールの目は本気であったし、その一撃にはまったく迷いがない。しかし、シャマルは試されていた。
ここで、生き残れるか生き残れない器なのかを。
「それは、お断りだ」
だが、シャマルもおとなしく試される気はない。
なぜなら、テュールはどう見てもその器でなければシャマルを殺す気で溢れて零れて洪水になっている。
シャマルは、得物ではなく、逃亡用の目くらましに手をかけた。
勝てないと思った訳ではない。
ただ、本能が逃げろと告げているのだ。
同時に、冷静な頭がただ削りあいするだけでは無意味だとも計算する。
距離をとる為に一気に飛ぶと、シャマルは野球ボールほどの球体を投げ出した。
咄嗟に真っ二つにしたテュールの目の前に、真っ白な粉と妙に目と鼻にクる感覚が襲った。
「煙幕!?」
「あばよ!!」
シャマルは脱兎のごとく逃げ出した。
目と鼻をほとんど使用不能にされても脅威の執念と感覚でテュールは負う。
その瞬間、耳元で虫の羽音が聞こえた。
なんとか逃げ延びたシャマルは、汚れた道だというのに思わず座り込んだ。
(二度と会いたくない)
それが、生涯通してのシャマルのテュールへの素直な思いだった。
「つーのが、お前の親父と俺のファーストコンタクトだ」
「へー……」
「二度と会いたくねえと思ってたのにな。仕事柄なーんでかあっちまってよ。そりゃもう、散々だったぜ。
もしかして、あいつ俺のことストーキングしてたんじゃないかってくらいの偶然ぶりだ!
家光にあってドン・ボンゴレにツテができるまで何年も何年もあの執念深い野郎は俺の命を狙い続けたんだぞ……変わりにいきなり殴りかかってきやがるけど……」
「でも、親父に殺されないシャマルもすげえなあ……」
「おうよ、あいつに会うたび仕事とかそっちのけで逃げたからな……。
まあ、だいたいあいつと会う時は仕事の最中で、あいつは仕事を途中放棄でないからなんとかなったぜ。フリーと専属の差だな」
シャマルはそう呟きながら思い出す。
あの、笑っているというのに冷え冷えとした人形のような顔を。
笑っているのに、笑っていない。楽しそうだというのに、つまらなそうに。怒っているのに、悲しんでいるのに、それでも、笑っている。執念深いというのに、執着がない。無関心。本当の底が見えない。
なんだか、不気味だと思っていた。
色々と子どもお戯れのような嫌がらせも受けたし、はしゃいだり、人を好きだと言ってのけることもあった。けれども、それは何一つ、本気には見えなかった。まるで、演技のように巧妙に騙してはいるが拭えない違和感がある。
感情が、本当にあるのだろうかと。全部、ただ反射してるだけで。知識として知っているだけで、そんな風に見せているだけで、何もないのではないかと。からっぽな人形なのではないかと。
恐らく、シャマルはテュールが実はボンゴレが開発した最新鋭のロボットだと言われても信じていただろう。
しかし、今は――
「お前、ほんと、髪とかキレイだよなあ……なあ、マジ女とかじゃないのか?」
「……昔、診察しただろお?」
目の前にいる少年。
血の繋がらないテュールの息子。
ありとあらゆる関係を拒絶しない代わりに自ら繋ぐことのなかった男が、望んだ子ども。
「お前、自分がどれだけすごい存在かきづいてるか?」
「はあ?」
「……いや、なんでもない」
Copyright(c) 2006 all rights reserved.
一方、その頃